268.転売屋はサーカスと遭遇する
ある晴れた日の事。
いつものように畑でルフと戯れていると、街道の向こうに土煙が上がっているのが見えた。
何事かと様子を見ると、巨大な資材を積んだ巨大な馬車が何台もこっちに向かってくるのが見える。
突然の事に警備の連中も慌てた感じだったが、その馬車群は入り口から少し離れた場所に停車した。
そこから何人かが下りてきてこちらに向かってくる。
武装をしていないところから察するに盗賊団とかそういうのではなさそうだ。
まぁ、そういった連中が仮に来たとしても街の冒険者たちによって返り討ちに合うのは目に見えている。
彼らは警備と話をするとそのまま街の中へと案内された。
馬車付近にはまだ大勢の人が待機している。
女子供も含め、かなりの人数だ。
それに人だけじゃない。
馬車の後ろには何か別の獣がいるのか、ルフがしきりに臭いをかいでいる。
「悪意はなさそうだな。」
ブンブン。
「見た感じ行商って感じでもないし、旅芸人の一座とかそんな感じか。」
「ワゥ?」
「旅芸人ってのはいろんな場所で芸を見せて金を稼いでいる連中だよ。そういや子供のころ一度見たことがあったっけなぁ。」
大昔の事だ。
まだ街に空き地がいくつかあったころ、大きめの空き地をつかってサーカスが来たことがあった。
丁度新聞屋が入場券を持っていたので親が更新のついでにそれを貰って見せてもらった記憶がある。
空中ブランコや猛獣ショーなど、ごくありふれた?内容であったにもかかわらずものすごい興奮した覚えがある。
大人になった今でも楽しめるんだろうなぁ。
そんな事を考えながらルフの頭をワシャワシャと撫でてやる。
さて、サボりはこのぐらいにして戻るとするかね。
マートンさんに頼まれた素材はいまだ見つかっていない。
ま、納期はあるし根気強く情報を集めるとしよう。
「ただいま。」
「あ、シロウお帰り。ねぇ、サーカスが来たんだって!」
「あぁ、やっぱりそうだったか。」
「え、もう知ってるの?」
「畑の奥に大きな馬車が何台も止まってるからな、あの辺の土地を整地して場所を作るんだろう。」
「へぇ、詳しいのね。」
「大昔に一度見たことがある。」
「大昔って・・・。」
こんな見た目だが中身はエリザの倍生きたオッサンだ。
お陰様で見た目は若返ったが、中身はそのままなんだよな。
「サーカスですか。子供の頃に一度見ましたね。」
「ミラは見たことあるのか。」
「はい、母にねだって見せてもらいました。」
「どこも同じだな。」
「え~私見た事な~い。」
「旅芸人だから定期的に来ると思うんだが、よっぽど縁がなかったんだな。」
「ここに滞在するようになったのはここ数年だからね。それまではあっちこっち動き回ってたし。」
「同じ街にいても見たことありませんよ。」
どうやらアネットも見たことないようだ。
「ねぇ、始まったらみんなで見に行こうよ。」
「いいぞ。」
「え、いいの!」
「子供の頃とはまた違った楽しみがありそうだしな、それにあぁいう旅芸人の一座は集客してなんぼだ。金を落としてやるのも俺達の仕事だよ。」
「とかいって、自分が見たいだけでしょ?」
「だから見に行くって言ってるだろ?いいんだぞ、来なくても。」
「わー、行く行く!」
まったく、文句を言わずにいられないのかね。
その日の夕方、市場に買い物に行くと街中サーカスの話題で持ちきりだった。
なんでも7年ぶりらしい。
元の世界で言えば14年になるのか?
それだけ来なかったらこれだけの騒ぎになるのも仕方ないな。
俺の予想通り、畑から少し離れた場所を会場に整地するらしい。
そこに持ち込んだ会場を建てて二週間程滞在、公演するらしい。
楽しみだな。
だが、気になる事が一つ。
幸いにも今日は晴れだがこの時期は雨が多い。
短い雨期ではあるが、それにかぶると大変そうだな。
そんな事を考えながら夕日に染まった空を見上げる。
雲は無い。
明日は快晴だろう。
それから二日後、予定通りにサーカスは公演初日を迎えた。
初日は満員御礼。
混むのが嫌いな俺達は最初の三日を避けて四日目のチケットを購入した。
もちろん金に物を言わせて中央最前列だ。
やっぱりこういうのは間近で見ないと面白くないよな。
期待に胸を膨らませて公演日を待った俺達だが、俺の予想は悪い方に的中してしまった。
三日目から雨が降り始め、予約した四日ももちろん雨。
今日で雨が降り出して三日が経過したが止む気配は見られなかった。
「あ~あ。今日も雨ね。」
「仕方ない、一度降れば一週間は降り続けるからな。当分は無理だろう。」
「そうなったら公演終わっちゃうわよ。」
「一応俺達の分は振り替えてくれるらしいが、どうなる事やら。」
「雨なんて降らなきゃいいのに。」
「ですがエリザ様、この草原地帯で雨が無ければすぐに井戸が枯れてしまいます。それに、シロウ様の畑も雨無しでは次の作付けが出来ません。」
「もちろんわかってるって。でもな~、偶にでいいんだけどな~。」
気持ちは分かるがこればっかりは致し方ない。
雨を眺めて三日。
俺も市場に露店を出せないので手持無沙汰だ。
今は少年司書から貸してもらった本を読みながら、新素材の情報収集をしている。
さすがにこの雨だと冒険者たちも気が滅入るのか客も少なめだ。
「あ、いらっしゃいませ。」
とか言っていたら客が入ってきた。
ミラが対応しているのを後ろからこそっと確認する。
来たのはいつもの冒険者・・・ではなく、かなり長身の痩せ男だった。
身長2mはあるんじゃないだろうか、入り口の扉を少しかがむようにして入ってくる。
ふむ、武器を背負っている様子もない。
でもこんな高身長の住人いたっけなぁ。
「買取屋だと聞いてきたんだが、間違いないか?」
「はい。ここは買取屋です、質入れがご希望でしたら正面のベルナ質屋をご利用ください。」
「いや、買取でいい。若い男の店主だと聞いてきたんだが・・・。」
「でしたらシロウ様ですね、少々お待ちください。」
聞いてきたということはどこぞの紹介なんだろう。
そういう客の場合は俺が出たほうがいい。
そう判断したミラが俺を呼びに裏にやってきた。
「シロウ様お願いします。」
「冒険者じゃなさそうだな。」
「おそらくサーカスの関係者だと思います。」
「わかるのか?」
「手の甲に特徴的な刺青がありました、あれは確かサーカスの関係者が入れるものだったかと。」
なるほど、仲間を一目で見分けるための工夫か。
もしくは逃亡防止か。
ま、どっちでもいいけどな。
「店主のシロウだ、買取だって?」
「まずは自己紹介させてくれ、俺はシャウト、サーカス一座の団長だ。」
「ご丁寧にどうも。せっかく来たのに雨続きで災難だな。」
「まったくだ。チケットの売上もよかっただけにこの雨は悔やまれる。」
「来週いっぱいまでと聞いているが延期はしないのか?」
「客入り次第では考えるが、先立つものがないと難しいな。」
上演していない間も食費やらなんやらで金は出ていく。
普通であれば出ていくお金以上に入ってくるのでバランスが取れているのだが、強制的な休みを取らされている為出ていくお金が増えているのだろう。
つまりここに来たのは金策というわけだ。
「なるほどな。街の支援は受けられないのか?」
「俺達みたいな流れ者に支援するような奇特な奴はいないだろ。」
「まぁ、それもそうか。でも雨が止めばまた稼げるだろ?質入れのほうが都合いいんじゃないか?」
「アンタならいつ出ていくかもわからない奴にどれだけの金を貸せる?」
「・・・買取のほうがお互いに気楽だな。」
「そういう事だ。」
「とりあえず物を見せてもらおうか。」
世間話もほどほどに本題に入ろうじゃないか。
団長は懐を探り、古ぼけた小袋を取り出した。
コロンと小袋からトレイに移されたのは鮮やかな黄色をした宝石だった。
いや、違うな。
鉱石っぽい感じじゃない。
「これだ。」
「鉱石・・・じゃないな、結晶?触らせてもらってもいいか?」
「あぁ。いざという時の保険なんだが、まさかこんなところで売ることになるとはな。」
大きさはピンポン玉程。
大きすぎず小さすぎずといった感じだ。
鉱石っぽくないと感じたのはごつごつしておらず完全な球体だったからだ。
それを手に取るといつものように鑑定スキルが発動する。
『ドラゴンハート(小)。またの名を竜玉。ドラゴンの魔力核から採れる結晶で豊富な魔力を宿している。大型の魔道具や魔装具に利用される。最近の平均取引価格は金貨7枚。最安値金貨5枚、最高値金貨10枚。最終取引日は566日前と記録されています。』
ほぉ、ドラゴンの核か。
っていうか本当にドラゴンっているんだなぁ。
せっかくこういう世界に来たんだし一度ぐらいは見てみたいと思うが、危険なのは困る。
見たいとかいうとエリザが張り切るから黙ってくか。
「ドラゴンハートか、いいものだな。」
「数年前に見つけたお宝だ。他にも素材なんかがあったんだが、それも全部売っちまった。残ったのはそれだけだよ。」
「アンタが倒したのか?」
「いや、死骸を見つけたんだ。」
「そいつはツイてたな、ドラゴンの素材なんてめったに見つからないだろうに。」
「おかげでここまでなんとかやってこれたが・・・、それもこれで最後だ。」
恐らくは今回のように天候不順で思うように儲からなかったことが何度もあるんだろう。
聞けばそれなりの人数できているそうだ。
その度に素材を売ってやりくりしてきたがそれにも限界が来たわけだな。
「買取は金貨7枚だ。」
「もう少し何とかならないか?」
「本来であれば金貨5枚と言いたいところだが、これからに期待しての金貨7枚だ。」
「そういえば最前列を予約してくれていたな。」
「最高のパフォーマンスを期待している。」
そういいながら俺は金貨を8枚、トレイに乗せた。
「これは?」
「俺からの気持ちだ。」
「ありがたく頂戴させてもらおう、これで一週間は何とかなりそうだ。」
一日金貨1枚計算。
人が多いと必然的にそうなるか。
団長は改めてお礼を言って店を出る。
外は雨、願わくばこの雨が早くやみますように。




