265.転売屋は記者と出会う
畑で雑草をむしっていると汗が出るようになってきた。
暖かくなってくると、春がきたなと感じる。
いや、とっくに春ではあるんだけど尚更って感じだな。
畑の野菜はいよいよ収穫間近。
二・三日中には収穫を行えるだろうというのがアグリの見解だ。
二度目の収穫、例の襲撃を乗り越えただけに感動はひとしおだ。
「シロウ様、そこまでで大丈夫ですよ。」
「そうか?」
「えぇ、我々の仕事が無くなってしまいます。」
「そんなことはないだろう。」
「いいえ、無くなるんです。せっかくのお天気ですしお散歩になど行かれてはいかがですか?ルフが寂しがってますよ?」
そんなアグリのセリフにルフの方を見ると静かに尻尾を振っていた。
ふむ、たまには昼間の散歩もアリか。
追い出された感はあるがまぁいいだろう。
ルフの頭を撫でてから街の外を街道沿いに進む。
奥の草原ならともかく道沿いなら魔物に襲われる事も無い・・・はずだ。
ポカポカ陽気に誘われるようにどんどんと街道を進んでいく。
このままいけばどこかに行ける。
が、歩いていく奴なんてまぁいない。
冒険者ですら馬を使って移動する陸の孤島、それが俺達のいる街だ。
特色と言えばダンジョンがあるぐらいだが、人は良いし食い物も美味い。
欲しい物もそれなりに手に入るからあまり不自由はしないな。
金さえあれば飛ぶ鳥も落ちるとはよく言ったもの。
何でもできるもんなぁ。
空を飛ぶ鳥をぼんやりと見ながらそんな事を考えるが、今金があってもこれを落としてくれる人は周りにいない。
ルフじゃ飛べないもんな。
「うぅ?」
「なんでもない気にするな。」
ブンブン。
ルフが俺の考えを読み取ったかのようにこちらを見たが、頭を撫でてそれをごまかす。
相変わらず賢い子だ。
「う"ぅぅぅ・・・。」
と、そんなルフが急に身を沈め唸り声を出す。
これは魔物がいる時の反応だ。
俺も慌てて身をかがめ、辺りを見回す。
特にこれと言ったものは見え・・・いや、見えるわ。
街道をまっすぐにこちらに向かって来る馬が一頭。
馬上に影も見える。
で、その後ろから聞こえてくるのは犬・・・じゃなかったオオカミの吠える声だ。
追われている。
でだ、この状況で俺がとるべき行動は何か。
1、助ける。
2、放置する。
3、逃げる。
正解は・・・2でした!
冒険者でもない俺が魔物を倒す?
そんな事出来るはずないじゃないか。
俺はただの買取屋で一般人。
そういう事は専門家に任せておけばいいんだよ。
「ルフ、出るなよ。」
ブンブンブン。
「仕方ないだろ、俺じゃ助けられないんだから。」
ブンブンブン。
ルフの尻尾が三回振られる。
これはノーの返事だ。
マジかよ、助けるっていうのか?
俺は何もしないからな。
そんな俺の言葉が聞こえたかのように、ルフが小さく唸った。
任せとけと言う事らしい。
そうこうしている間にも馬はどんどんとこちらに近づいてきている。
そして俺達の横を通り抜けてすぐルフが街道に飛び出した。
「ウォン!」
そして一声吠える。
突然のルフの登場に驚いた三匹のグレイウルフは追うのをやめ、散り散りになって逃げだすのだった。
たった一吠えで魔物を追い払うとは・・・さすがルフだな。
グレイウルフが去ったのをもう一度確認して後ろを振り返ると、通り過ぎたはずの馬が立ち竦んでいた。
乗り手が必死に馬の腹を蹴っても動こうとしない。
おそらくはさっきの声に完全にビビってしまったんだろう。
ルフもまさかこんなことになるとは思っていなかったのか、俺の横に座り首をかしげていた。
「良くやったぞ、ルフ。」
ブンブン。
「おーい、俺は街の人間だ。大丈夫か?」
ゆっくりと近づきながら声をかけると、馬上のその人ははっとした顔をしてこちらを向いた。
「もしかして、追い払ってくれたんですか?」
「まぁそうなるな。やったのはこいつだけど。」
「グレイウルフを懐かせているなんて・・・さすがダンジョンの街ですね。」
「何はともあれ無事で何よりだ、俺達がいなくなったら馬も動くだろうさ。じゃあな。」
「あの、せめて名前だけでも!」
恩着せがましく名前を言う程名誉に飢えているわけでもないので、手を振ってそれに応え街へと戻る。
「ただいま。」
「おかえりなさい、遅かったですね。」
「ちょっとな。」
「とか何とか言って、サボってたんでしょ?」
「俺の店で俺が店主だ、サボっても問題ないだろ。」
「その通りです。ここはシロウ様のお店ですから、店番は私にお任せいただければ大丈夫です。」
「もぅ、ミラまでシロウを甘やかして。」
「エリザ様も甘やかしておられるではないですか。」
「私が?」
「はい。」
信じられないという顔をするエリザ。
俺が言うのもなんだが、大甘だぞ。
「まぁそれは良いとして・・・。」
「シロウさん、いますか!?」
「・・・またお前かよ。」
この前とは違い息を切らして羊男が店に飛び込んできた。
「さっき人助けしましたよね?」
「いや?」
「しましたよね?っていうか面は割れてるんです。この街でグレイウルフを従えてるのってシロウさんしかいないじゃないですか。」
「助けたのはルフだからな、俺は何もしていない。」
「そういうのいいですから。ともかく一緒に来てください、アナスタシア様がお呼びです。」
「報酬ならまた今度でいいぞ。」
「そうじゃないですって。良いから一緒に来てください!」
ったくなんだよ。
羊男に引っ張られてむかったのはいつものお屋敷・・・ではなくギルド協会だった。
「ここなのか?」
「今アナスタシア様が対応してくださっています。まさかあの『世界の楽しみ方』の記者様を助けるだなんて、うちも鼻が高い。」
「なんだそれ。」
「知らないんですか?世界中色々な街や場所に行って取材している雑誌ですよ、いま一番有名なんじゃないですかね。」
「旅行雑誌が人気なのはどこも同じか。」
どんなご時世でもどこかに行きたいと思う人の気持ちは同じ訳だ。
流石に今日はいつもの会議室ではなく応接室に案内される。
「失礼します、シロウ様をお連れしました。」
「入りなさい。」
アナスタシア様の偉そうな声が中から返って来る。
もちろん本人にはそんなこと言わないぞ?
羊男が扉を開け、俺だけが中に入る。
「あ、先ほどの!」
「間違いなかったわね。まぁ、彼しかいないから当然だけど。」
「どうして俺はここに呼ばれたんです?」
「この方がお礼を言いたいそうだから力になったのよ。せっかく有名な記者さんが来てくれたのにそれに応えないのは失礼でしょ?」
「助けたのは俺じゃなくてルフだ、礼なら彼女に言ってくれ。好きな物は肉だ、じゃあな。」
「待って、待ってください!」
「なんだよ。」
「お礼もそうなんですけど、今回の件を記事にしたいんです。構いませんか?」
どういうことだ?
「記事に?」
「はい!冒険者が集まるダンジョンの街に魔物を従えた買取屋がある。それだけで読者は食いつきます!今回の御礼も兼ねて是非紹介させていただきたいんです。」
「紹介してもらってもうちは買取屋だ、わざわざ遠方から物を売るために来ることはないだろ。」
「まぁまぁいいじゃないの。」
「何が良いんだ?」
「記事になれば人の記憶に残るわ。そうすれば来てくれる人も増えるし街にお金も落ちるし貴方は客が増える。悪い話じゃないでしょ?」
冒険者は増えるかもしれないが、そもそも冒険者がその雑誌を読むのか?
わからん。
「まぁ、好きにしてくれ。さっきも言ったが助けたのはルフだ、彼女にお礼を言っといてくれよ。」
「ありがとうございます!特別上等なお肉を持参させてもらいます!」
「あんた名前は?」
「ライラです。」
まぁ頭の片隅にでも置いておこう。
「もう帰っていいか?」
「来てすぐ帰りたがるとか、普通ははしゃいだり驚いたりするもんじゃない?」
「別に本に載ってもなぁ・・・。」
「あはは、こんなに喜ばれないのは初めてです。」
「ほら、ライラさんも戸惑ってるじゃない。」
「わるいな、嘘を言うのは嫌いでね。じゃあ店に戻らせてもらうぞ。」
「シロウ様もありがとうございました。」
深々と頭を下げるライラさん軽く会釈をして店に戻る。
「なんだったの?」
「『世界の楽しみ方』って本にうちが載るんだと。」
「「「えぇ!」」」
女達が大きな声を出すのでその声に俺が驚いてしまった。
「なんだよ、そんな大きな声を出して。」
「『世界の楽しみ方』って、あの『世界の楽しみ方』ですか!?」
「あのかどうかはわからないが、そうらしいぞ。」
「なんであの有名な雑誌がうちの取材を?」
「さぁ、なんでだろうなぁ。」
詳しく話すと朝の説明もしなければいけないので割愛しよう。
「どどど、どうしよう!」
「どうするも何もいつも通りでいいだろう。取材に来るわけじゃないみたいだし。」
「でも載るんでしょ?」
「らしいな。街の紹介と一緒にだそうだ。」
「すごい事じゃない!」
「お客様増えたらどうしましょう。」
「増えるに決まってるわよ!」
なんだかよく分からないが大盛り上がりしている。
さっきも言ったように、買取屋の為に遠路はるばる来ることはないだろう。
でもまぁ、今だけは夢を見させてもいいかもしれないな。
はしゃぐ女達を見ながらそんな事を思うのだった。




