263.転売屋は行商人と出会う
「あ~極楽極楽。」
「気持ちいいですね。」
「あ゛~最高。」
「オッサンだな。」
「誰がオッサンよ!」
お前だよお前、とエリザにお湯をかけてやると10倍になって返って来た。
ったく、これだから脳筋は。
お湯をかけると湯面が揺れ、エリザの乳やミラの乳が良い感じに揺れる。
今更だが乳って浮くんだな。
囲いすら一切ない山のど真ん中。
そこにぽっかりと直径10m程の円形露天風呂が出来ていた。
そこから少し離れた所に持って来た天幕を張り、四方に魔除けを設置。
今はアネットとビアンカが飯の準備をしてくれている。
温泉はまた後で入るそうだ。
「やはり私も手伝いましょうか。」
「いや、本人たちがやるって言ってるんだやらせておけばいい。」
「そうですね。」
「ビアンカが恥ずかしくて入れないからアネットも付き合ってるんでしょ。奴隷なら主人の命令は絶対・・・って命令してなかったわね。」
「一緒に温泉に入れって?どこの変態上司だよ。」
そんな命令しなくてもいずれ入るしかない。
それだけの魅力がこの温泉にはある。
「あ゛~最高。」
「さっきも言ったわよ。」
「いいんだよ。」
オレンジ色に染まる山々を見ながら自分の女達を抱き、温泉に浸かる。
これ以上の至福があるか?
いや、ない。
「ちょっと、何触ってるのよ。」
「まずかったか?」
「そんなことないけど・・・。」
「シロウ様よろしければ私もいかがです?」
「あぁ、もちろんだ。」
くっついてきたミラの尻をお湯の中で堪能する。
このまま致したい気持ちはあるのだが・・・。
ま、それは飯を食ってからでいいだろう。
エリザも文句を言いながら揉ませてくれるんだよな。
二人ともいい女だ。
のぼせるギリギリまで温泉を堪能し、ホカホカのまま天幕に戻る。
丁度晩飯が出来上がったようで、机代わりの巨大な岩の上にはたくさんの料理が並んでいた。
「すごい量だな。」
「えへへ、頑張りました。」
「お二人とも有難うございます。」
「早速食べるか。」
湯冷めしないように毛布を羽織ってから椅子代わりの岩に座る。
最初は座れるような形をしていなかったのだが、エリザの斧にかかれば御覧の通りだ。
机も巨石を真っ二つに割って作り上げた。
今後ここを利用するのなら放置して帰っていいだろう。
「「「「いただきます。」」」」
簡易調理になるのでここまでの料理を期待していなかったのだが、ちゃんと前菜にサラダにメインと4品もの料理が並んでいた。
サラダなんかは来る途中で見つけた山菜?だ。
覚悟して食べてみたが思ったよりも苦くなく、ドレッシングがいい感じに効いている。
うん、美味い。
これなんかキュウリみたいな触感だ。
あー、ここに味噌があればもろキュウなんだが・・・。
残念ながらこの世界ではまだ醤油しかお目にかかっていない。
それも使い切ってしまったので寂しい限りだ。
大満足のディナーを終える頃にはすっかりと日が落ちてしまった。
焚火の明かりに照らされて温泉から立ち上る湯気がなんとまぁ美しい事。
それから二度ほど湯船を堪能し、心も体もホッカホカ。
後は寝るだけ・・・そう思っていた時だった。
ガサガサと離れた茂みから音がする。
いち早く気づいたエリザが横に置いていた斧を手に取った。
「魔物か?」
「一応魔物除けはしているけど、強い魔物だと偶に効かないのよね。」
「ミラ、アネット、後ろに下がれ。」
「ビアンカ、悪いけどフォロー宜しく。」
「は、はい!」
皆風呂上りなのでラフな格好だ。
それでいて重厚な武器を持っているというのは何ともアンバランスな感じだが、音はどんどんと大きくなりこちらに近づいてくるのが分かる。
ゴくりと唾をのみ、その時を待つ。
そして次の瞬間。
「た、たすけてください・・・。」
茂みから出てきた何かはそういうと、その場に倒れてしまった。
全員で顔を見合わせ、大きく息を吐く。
「魔物じゃなかったか。」
「そうみたいね。」
「とりあえず救助したい所だが・・・。その前に着替えからだな。」
「あ。」
「確かにこの格好を見られるのはよろしくありません。」
「ですね。」
漫画なんかだとなりふり構わず駆け寄るだろうが、残念ながらそれほど正義感があるわけじゃない。
声の感じから男だろう。
俺の女達の裸を他所の男に見せるなど・・・。
あれ?
俺ってこんなに独占欲強かったっけ。
まぁいいか。
皆が着替えている間に男をこっちまで引きずり、着替えの終わったビアンカとアネットに状態を確認してもらう。
大きな傷は無く、恐らくは疲労か何かで気を失ったんだろうという見解だった。
「この荷物の量から察するに行商人か?」
「何でこんな山奥に行商人がいるのよ。」
「さぁ、迷子になったとか。」
「魔物に追われてという可能性はありますね。」
「ふむ・・・。」
中肉中背、歳は20代後半って所か。
前の俺からしたら若造だが、今の俺からしたら年上になる。
ややこしいなぁ、もう。
「ん・・・。」
「シロウ様、気づかれたようです。」
「エリザ頼む。」
「任せて。」
盗賊の可能性もゼロじゃない。
いきなり襲われるって事もあり得るのでエリザにも一緒にきてもらった。
「こ、ここは?」
「山奥の温泉だよ。俺達が利用している所にアンタが茂みから出てきたんだ。」
「いたた・・・。あ、私の荷物は!」
「後ろに置いてある、心配するな手をつけちゃいない。」
「あぁ、よかった。」
覚醒してすぐに荷物を探すとは、よっぽど大事なものが入っているんだろう。
「助けて頂きありがとうございました。救いに神とはまさにこの事です。」
「なに、俺達は休暇に来ていただけだ。俺はシロウ、買取屋だ。あんたは?」
「ティナカです。行商人と言えばわかりますか?」
「田中?」
「もしかして西方の生まれですか?」
「いや、そうじゃないがそう聞こえただけだ。」
名前はそれっぽいがどう見ても日本人の顔じゃない。
アジアっぽい感じはあるが、どちらかというとベトナムとかそっち系の顔だ。
「てっきりご同郷の方かと思ってしまいましたよ。」
「期待させて悪かったな。」
「いえいえ、ここまで来る仲間はいないでしょう。私の場合は半分流浪の旅みたいなものですから。」
「流浪、何か探し物か?」
「いえ、単に世界を見てみたいだけです。」
と、本人は言っているがそんな単純な理由で魔物の溢れる世界を旅しようと思う者だろうか。
ま、俺には関係ないけどな。
「よかったら飯食っていくか?残り物で悪いんだが。」
「そんな!助けて頂いたばかりか食事まで頂くわけにはいきません。」
「いえ、こちらも食べて頂けると助かります。残ると魔物や獣が匂いに誘われてやってきますので。」
「って事だ、とりあえずゆっくりしてくれ。」
「ではお言葉に甘えて。」
テーブルまで案内して持ってきた酒をふるまってやる。
袖振り合うのも他生の縁ってね、たまには人助けをするのもいいだろう。
「美味しい。」
「だ、そうだ。」
「ありがとうございます。」
「実は山に入って二日、何も食べていなかったんです。がけ崩れでもあったのか道もわからなくなってしまい、オレンジ色の明かりが見えた時はがむしゃらに走っていました。」
「二日か、大変だったな。」
「本当に有難うございます。」
涙を流しながら料理を食べるティナカ。
二日か、ここに来る前の俺だったら早々に諦めているかもなぁ。
流石に他人のいる状況で真横の風呂に入るわけにはいかないので、今日は早めに寝ることにしよう。
村に送ってからもう一度戻ってきてもいい。
元々二日ぐらいは想定していたし、この温泉を一回で終わらせるのはもったいない。
「ふぅ、ごちそうさまでした。」
「満足したか?」
「はい、堪能させて頂きました。」
「明日の朝には村まで送ってやれるんだが、天幕は定員オーバーでな、寝る時は悪いがその毛布を使ってくれ。焚火の傍なら寒くないだろう。」
「十分です、ありがとうございます。」
「荷物も無事で何よりだった、次は迷うなよ。」
「そうします。っと、そうだよろしければ・・・。」
と、ティナカはカバンをさぐり何かの液体が入った瓶と木製の箱を取り出した。
「助けてもらったお礼です。よろしければお納めください。」
「これは?」
「西方で作られている調味料で醤油と味噌といいます。」
「醤油と味噌!」
思わず大きな声を出してしまった。
「ご存じなのですか?」
「もちろんだ。醤油は一度手に入れたが、そうか味噌まであるのか。あけていいか?」
「ど、どうぞ。」
俺の勢いにティナカが若干ビビっているが気にせず木箱を開ける。
中に入っていたのは茶色いペースト。
横に合ったスプーンで軽く表面をなぞり口に入れる。
あぁ、この味。
この風味。
間違いない、みそだ。
「美味い。」
「よかった、こちらの方にはあまりなじみのないものですから。」
「これを売って歩いているのか?」
「そうです。」
「いくらだ?」
「そんな、差し上げますよ。」
「良いからいくらだ?」
「えっと、醤油が一瓶銀貨20枚で味噌が一つ銀貨10枚です。」
高い。
高いが、俺には安い。
むしろその値段でこの味が買えるのであれば大安売りだ。
「そんなにするの?」
「向こうではそんなに高くないんですけど、ここまで持ってくる費用を勘案するとどうしても・・・。」
「買った。」
「いえ、差し上げます。」
「いいや、買う。そしてその金を持って向こうに戻ってまた卸しに来てくれ、ここまでどのぐらいかかる?」
「そうですね、二カ月ぐらいでしょうか。」
「わかった。また二か月後、持ってきてくれ。これがその分の支払いだ。」
男の前に金貨を一枚置く。
それを見て男が目を見開いた。
おいおい、目玉が落ちるぞ。
「お、多すぎますよ!」
「今回が銀貨30枚。で、次回来るときに醤油三つに味噌一つを持ってきてくれ。計算合うだろ?」
「ですが来ない可能性も。」
「来るよな?」
「・・・来ます。」
「よし!あー、これで醤油と味噌を好きな時に味わえる。最高だな。」
「ほ、本当に西方の生まれじゃないんですよね?」
「あぁ、どっちかっていうと東方だな。」
信じられないという顔をした女達を無視して、俺は味噌をもう一度口に運んだ。
あぁ、最高だ。
こんな所で、こんなものに出会えるとは。
情けは人の為ならず。
良い事はするものだな。
そんな事を考えるのだった。




