262.転売屋は休暇を取る
「疲れた。」
「お疲れ様ですシロウ様。」
「でもそれは自分のせいよね?二万個なんて、普通は仕入れないわよ。」
「まだ一万個だ。まだあと半分ある。」
「ほんと、バカじゃないの。」
「まぁまぁ皆さん、香茶が入りましたよ。」
連日の買取。
その甲斐あってグリーンスライムの核は昨春と同数を確保することが出来た。
最初こそどうなる事かと思ったが、下水道の掃除の後は至る所にスライムが発生。
それはそれでどうかと思うが、おかげで確保に目処がついた。
今月までには残りも確保できるだろう。
買取価格を下げたので、当分はうちよりも高い所に品は動くはずだ。
俺ばかりが儲けるのはよろしくないからな。
ちゃんと皆で平等に?利益を享受しないと。
「ふぅ、美味い。ありがとうアネット。」
「どういたしまして。ですが、かなりお疲れですね。お薬飲みますか?」
「いや薬は良い。そういえばビアンカから手紙が来ていたそうだな。」
「はい。売上についての報告と私信ですね。あ、あと面白い事が書いてましたよ。」
「なんだ?」
「山で温泉が見つかったそうです。」
「「「温泉?」」」
三人の声が綺麗にハモる。
温泉ってあの温泉だよな?当たり前だけど。
それが見つかった?
そんな簡単に見つかるものなのか?
「森を抜けた先に高い山があるんですけど、そこでこの間地滑りが起きたそうなんです。その調査に行った際に見つけたと書いてありました。」
「調査に行ったって、ビアンカが行ったのか?」
「彼女も冒険者ですからね。」
「それなりの実力はあるから呼ばれて当然だわ。でも温泉かぁ、出来れば冬に入りたかったなぁ。」
「いや、まだ入れるかは分からないだろ。」
「え、お誘いの手紙じゃなかったの?」
「そうなのか?」
「おそらくはそうだと思います。」
そうなのか。
その感覚が俺にはわからないが、お誘いであれば喜んで行かせてもらおう。
幸い仕込みは半分済んだ。
冒険者はグリーンスライムにかかりっきりだし、多少店を空けても問題はないだろう。
一泊、欲を言えば二泊はしたい所だ。
でも新しく見つかった場所だけに宿があるわけじゃない。
野趣あふれる感じなのは覚悟しないといけないな。
「よし、そうとなれば即行動だ。明日から休んでビアンカの所に行くぞ。」
「え、全員で?」
「当たり前だろ。最近働き過ぎだからな、休暇だ休暇。」
「やった!すぐ準備するね!」
エリザが真っ先に立ち上がり慌てた様子で二階へと登って行った。
「よろしいのですか?」
「目的の分は稼いだ、当分は他の店に注文が回るだろう。」
「ですが買取は?」
「一日二日休んだところで文句を言う冒険者はいねぇよ、即金が必要ならベルナの店に行けばいい。」
「それもそうですね。」
「ってことで、明日から休暇だ。しっかり準備しろよ。」
「私も行っていいんですよね?」
「残りたいのか?」
「そんなことありません!」
「たまには友人とのんびりってのもいいだろう、何なら他の誰か誘うか?」
俺はともかくエリザやミラにも知人がいるだろう。
連れていきたいのであれば連れて行けばいい。
「エルロースはこの時期忙しいですから・・・。ハーシェ様はどうされます?」
「あの人は別件で出てるはずだ、またの機会だな。」
「でしたら今回は結構です。せっかくの温泉ですし最初はゆっくりしたくありませんか?」
「言うじゃないか。」
温泉につかりながらってのも乙なものだ。
宿じゃないんだしもちろん混浴、そうなればすることは一つだ。
ビアンカが文句を言うかもしれないが・・・。
最悪抱いてしまえばいい。
向こうがそれを望むならの話だけどな。
「それじゃあ俺達も準備するか。」
閉店の札を掛け、二日ほど休むとメモを張っておく。
中と外、両方から張っておけば取れても問題ないだろう。
あぁ、一応ギルド協会には連絡しておく。
ただし温泉とは言わない。
あくまでも、奴隷の状況観察だ。
馬鹿正直に言ったらついてきそうだからな、あの二人は。
ってな感じで準備を済ませ迎えた翌日。
天気は晴天。
手配した馬車に乗って一路ビアンカのいる村まで向かう。
「みんなで移動するのって久々ね。」
「そうだな。」
「護衛任務は嫌いだけど、こうやって気を抜けるのなら歓迎するわ。」
「その恰好を見たら雇い主も嘆くだろうな。」
「ちゃんと何か出たら戦うわよ?」
「ま、その時はな。」
鎧も身に着けず武骨な斧だけをぶら下げている。
馬車は結構揺れるので横になることは出来ないが、俺達しかいないので結構だらけることが出来る。
手土産程度の荷物も積んでいるのでそれに背中を預ければいい感じに揺れを軽減できるって寸法だ。
「あとどのぐらいだっけ。」
「あと一時間ですね、今日は比較的スムーズです。」
「スムーズじゃない時があるのか?」
「冬場は霧が凄いので進むのに時間が掛かるんですよね。」
「山特有の天気ってやつか、そりゃ仕方ない。」
霧の中この速度で進んで魔物にぶち当たりましたじゃ目も当てられないしな。
その後アネットの話の通り一時間ほどで村へと到着した。
「アネット!」
「ビアンカ!」
村の入り口ではビアンカが俺達の到着を待っていた。
「わざわざ出迎えなくていいんだぞ。」
「奴隷が主人を迎えないとかありえませんよ。」
「俺からしてみれば金さえ運んでくれればなんでもいいんだけどな。」
「相変わらずですね。」
ヤレヤレといった感じでため息をつかれてしまった。
アネットやミラは慣れたものだが、ビアンカはまだ奴隷という身分に慣れていないようだ。
さっきも言ったように俺からしてみれば奴隷なのはあくまでも身分の話で、仕事さえしっかりやってくれるのであれば身分は一切気にならない。
顔に書いているわけじゃないしな。
しいて言えば首輪がそれを物語っているのだが、チョーカーだと思えばいい。
「これはシロウ様、ようこそお越しくださいました。」
「なんだアイルさんまで迎えに来てくれたのか。」
「大切なお客様、そしてビアンカ様のご主人様ですから、お出迎えしないわけにはまいりません。」
「と言いながら目的は後ろのブツだろ?シープさんに言われた品と、必要と思われる品を一緒に運んできた。値段は・・・適当にやっといてくれ。」
「よろしいのですか?」
「代わりに温泉を使わせてもらうんだ、文句はない。」
「かしこまりました。良い様に取り計らせていただきます。」
シープ以上にヤリ手、それが俺のアイルさんへの評価だ。
この人とやり合うとなかなかに大変そうなので、最低限の部分だけ決めれば後は全部丸投げする。
向こうも俺を疎かにしちゃいけない事は分かっているのでそれだけで話が通じるというわけだ。
その証拠に、ビアンカの店に寄って休憩していた俺達の所に新鮮な肉と野菜が届けられた。
天幕は持ってきているので、これでも食べてゆっくりして来いって事なんだろう。
ありがたく頂戴しておく。
「今から出れば夕刻前には着けると思います。天幕はありますか?」
「あぁ、良い感じのやつを借りてきた。全員で寝ても広々しているぞ。」
「しかも魔除けの呪い付きだから襲われる心配もないわ。最高ね!」
山奥だから魔物に襲われる心配もあるが、天幕の他に魔除け関係の魔道具をいくつか持ってきている。
四方に置けば大丈夫だろう。
流石に森を抜けた先なので馬車で行くことは出来ないが、天幕はエリザが持ち他の荷物を全員で分散することで問題なく出発できた。
森林浴。
フィトンチッドだっけ?
それともマイナスイオン?
ともかく体に良さそうなものを一身に浴びながら森の中を歩いていく。
「あ、薬草見つけた!」
「こっちにもありますよ。」
「これ、食べられるキノコでしたよねミラ様。」
「・・・はい、間違いありません。本に書いてある通りです。」
ついでにアネットとビアンカは薬草を拾い、ミラとアネットが食べられるキノコや果実を次々見つけて行った。
「そんな本良く持ってたな。」
「アレン様よりお借りしていたものです。」
「いつの間に・・・。」
「お話しするとすぐに貸してくださいました、行けないのが残念だそうです。」
見た目は少年だが中身は初老。
温泉が恋しくなるのも無理ないか。
そんなこんなで荷物が最初よりも二割ほど増えたが、問題なく森を抜けることが出来た。
突然開けた先には、巨大な壁・・・じゃなかった見上げるほどの山々が広がっている。
森の先はすぐ岩場になっており、ハイキングが突然の山登りへと変更になった。
「ここまでくればあと少しです。」
「あと少しってのはどれぐらいだ?」
「えーっと、一時間ほどでしょうか。」
「・・・頑張るか。」
休暇のはずなのに体を動かしているとはこれ如何に。
そんな事を考えながらもなんとか一時間歩き続け、目的の温泉へとたどり着くのだった。




