261転売屋はスライムの核を依頼する
春になった。
春になったという事は、例の仕込みが始まるという事だ。
そう、グリーンスライムの核である。
新緑の時期にのみ出現する亜種で、核は様々な物に利用されている。
出だしはまだ高いが、ある程度数が出回ると値段がどんどんと下がっていく。
そこを狙って買い付けるのが一番儲かるのだが・・・。
ま、今回も少し早めに手を打って冒険者達を儲けさせるとしよう。
多目に払った分は結局うちの売り上げとして戻って来るので結果オーライだ。
しかも今回はでかい倉庫も手に入れたので、遠慮無用で仕入れる事が出来る。
寝かせれば寝かせる程利益の出る最高の素材だからな。
金に余力があるのであればいくらでも買い付けたいものだ。
「と、思っていたんだが今回は違うのか?」
「魔物の発生が遅く、数が確保できないみたいです。」
「そりゃまたどうしてだ?前回はそこら中に文字通り湧いて出たんだろ?」
「そうなのよ。ダンジョンには出るんだけど他の場所には出てこないのよね・・・。おかげで新米達が装備を揃えられないと嘆いていたわ。」
「これはゆゆしき事態ですね。」
「だな。」
新米達こそ今の俺が狙うべき客層だ。
その為の装備も事前に準備してあるというのに、その儲けの元が出てこないとなると大損になってしまう。
とはいえ何が原因かわからないのが困りものだなぁ。
「あの~シロウはん。」
「ん?エリザ何か言ったか?」
「何も言ってないわよ。」
「こっちやって、きこえへんの?」
「やっぱり何か聞こえるんだが、ミラでもないんだよな?」
「私もお声がけはしていませんが・・・。」
「せやからこっち言うてるやろ!」
「うぉぁ!」
足元から聞こえて来た怒鳴り声に思わずその場から後ずさる。
よく見るとそこにいたのは二足歩行のネズミ・・・ではなく鼠人だった。
「ダスキーじゃないか、一人で来るなんて珍しいな。」
片手を床に下すと素早くその上に乗って来た。
リフトのようにまっすぐ上げカウンターに下す。
「気づかれへんかったらどうしようかと思ったわ。」
「声が小さいからなぁ。」
「ま、気付いてくれたから文句は言わへん。ちょいと面倒な事になったんでな、助けてほしいんや。」
「面倒な事?」
「せや、うちの職場知っとるやろ?」
「下水道やろ?」
「そこにな、大量のスライムが住み着いてん。ゴミを食べてくれるんはありがたいんやけど、あいつらのせいで掃除が進まんくてなぁ、どないかしてくれへんやろか。」
スライムが住み着いた、ねぇ。
スライムは有機物であれば何でも食べて消化してしまう魔物だから生ごみや排泄物なんかも綺麗にしてくれるが、無機物には一切反応しないという欠点もある。
処理できなかった別のゴミがどんどんたまるのだが、スライムが多すぎるせいでそれを片付ける事が出来なくなったんだろう。
「話は分かるが、それは冒険者ギルドの管轄じゃないか?」
「もちろんわかっとる。せやけどこの時期のスライムは金になるんやろ?せやからあんさんに相談しに来たんやんか。」
「・・・スライムの色は?」
「緑や。」
「よし、俺が何とかしてやろう!」
「ホンマか!」
「ダスキーが集めた宝石はルティエの息抜きに必須だからな、仕事が出来ないと困る。俺に任せとけ。」
「持つべきものは友人やなぁ、ほなよろしく頼むで。」
軽くお辞儀をすると、ダスキーは器用にカウンターを降りて行った。
扉があく気配はないのでどこかに穴でも開いているんだろうか。
流石鼠。
「それで、そんな安請け合いしちゃって大丈夫なの?」
「所詮はスライム、やり方さえ間違えなければ初心者でも問題ないだろ。」
「とはいえ下水がうまる程の量なんでしょ?」
「まぁそれも俺に考えがある。まずはギルド協会に行くぞ。」
「え、冒険者ギルドじゃないの?」
「色々とやることがあるんだよ。」
ってことでエリザを引き連れてギルド協会へと向かう。
「おはよう、シープさんはいるか?」
「おはようございますシロウ様、シープ様は生憎会議に出ておられます。」
「そうか・・・。じゃあ片栗粉を融通してほしいんだ、グリーンスライムの核と交換でな。」
「え!手に入るんですか!?」
「今の計画ではな。10㎏程、大至急冒険者ギルドに運んでくれ。」
「わかりました!」
よし、エサの準備は出来た。
次は人手だ。
「何をする気かわかったわ。」
「良く考えれば簡単だろ?」
「でもシロウのやり方は大昔、それこそ魔術師が少なかった時のやり方よ?良く知ってたわね。」
「図書館でこの前見つけた本に書いてあったんだ。」
「へぇ、随分と古い本だったのね。」
「物理攻撃の利かないスライムも、身体を固めてしまえば問題ない。魔法を使ってもいいが、下水だからな。ガスが溜まってたら困るだろ?」
「それもそうね。」
引火して地下から大爆発とか勘弁して欲しい。
「さて、次は冒険者ギルドだ。」
「新米達を働かせるのね?」
「そういう事、ギルドに依頼を出して手伝ってもらう。報酬は出すが討伐したスライムの核はすべてこっちに回してもらおう。現物支給よりも現金の方がうれしいだろ?」
「確かにそうかもね。」
次は冒険者ギルドだ。
「あ、シロウさん!」
「おはようございま~す。」
ギルドの中はいつも以上にごった返していた。
どこもかしこも新米ばかり。
ベテランもいるが、彼らは気軽にダンジョンに行けるからな。
新米達は装備がまだ揃っていないのでそう言うわけにもいかない。
ってことで、簡単な依頼を待ってギルドに待機しているというわけだ。
「暇そうだな。」
「依頼が無いんですよ。あ~何でもいいから稼ぎたいなぁ。」
「なんでもいいのか?」
「あ、危険なのは無理ですよ?なんせ新米なんで。」
「勇気と無謀の違いはよく理解しているようだ。」
「そりゃああの不倒のエリザにあんな事されたら、自覚も持ちますって。」
「そいつは何よりだ。」
例のパフォーマンスも決して無駄じゃなかったらしい。
壁に吹き飛ばされた彼が今どこで何をしているのかは知らないが、彼にもいい教訓になっただろう。
「で、シロウさんがなんでここに?」
「仕事を持って来たんだよ、金に困らず危険も少ない最高の仕事をな。」
「マジッスカ!」
「後でギルドに張り出すからしっかり頑張ってくれ。」
「はい!」
中々にいい返事だ。
適当に挨拶を返しながらカウンターで待機していたニアの所へと向かう。
「わざわざお出迎えとは有り難いね。」
「今裏に届いた片栗粉、あれシロウさんが用意したんでしょ?」
「あぁ、仕事を頼みたい。対象は手の空いた新米達全員だ。」
「全員!?確かにすごいけど・・・何やらせる気?危険なのはダメですよ?」
「それが無いように片栗粉を持って来たんだよ。場所は下水道、依頼内容は大量発生したグリーンスライムの除去だ。落とした核はすべて回収させてもらうが、核一つにつき銅貨25枚出す。」
「そんなに・・・。さすがシロウさんやる事が半端ないですね。」
「四つ持って来たら銀貨1枚になる。稼ぎとしては申し分ないと思うがね。」
「十分すぎますよ。しかも片栗粉まで支給するんですから甘やかすにもほどがあります。」
スライムに物理攻撃は効かない。
だが片栗粉を混ぜる事で体が硬くなり、弱点である核がどこにあるかわかりやすくなる。
動きが遅くなり弱点が分かるとなれば新米でも倒せる雑魚に変わる、というわけだな。
「目的は下水の掃除だから個数に上限ははない。せいぜい綺麗にしてやってくれ。」
「今年は数が少ないと思ってましたけど・・・、そんな所で大量発生していたんですねぇ。」
「今回討伐しても定期的にわいてくるだろうから新米達に巡回させてもいいかもな。」
「そうさせてもらいます。ってことで、こっちの用紙に記入してくださいね、すぐに始めて構いませんか?」
「あぁ、さっさと始めてくれ。」
早ければ早いほどダスキーも俺も大喜びだ。
その日の昼過ぎには依頼が張り出され、新米達が大喜びで下水へと向かい洗礼を浴びていた。
臭い、湿気、どれをとっても不快指数MAXだ。
どんな場所でも戦うのが冒険者だが、流石に辛かったんだろう。
その日の夕刻、風呂場は冬以上の賑わいを見せたそうだ。
加えてアネットの匂いを感じにくくする薬も飛ぶように売れた。
こっちを支給してくれたらいいのにとニアにぼやかれたが、わざわざ金になる物を提供するはずないだろ。
たかだか銅貨10枚だ。
一匹倒せば元は取れる。
我ながらアコギなやり方だとは思うが、それもまた商売。
冒険者が頑張ればみんなが喜ぶ。
さぁ、俺の為にしっかり働いてくれ。
二日後。
新米達の奮闘により下水道のスライムは無事に駆除され、ダスキーが大喜びしていた。
そして、うちの倉庫にも大量の核が保管される事となった。
この前の春は1万個だったが、今回は2万個を目安に備蓄してみるか。
置けば置くほど金になる。
さぁ、素敵な仕込みの始まりだ。




