257.転売屋は新米冒険者と出会う
まさかこんなに冒険者が来るのか。
街中を行きかう冒険者の数に思わず目を疑ってしまった。
この前の春はこんな事にならなかったと思うんだが・・・、15月が特別なのか?
「今月は特に多いわね。」
「やっぱりそうか。」
「いつもはこの半分ぐらいなんだけど、ほら、この間シロウが色々と見つけちゃったでしょ?」
「そのうわさを聞きつけて冒険者希望が増えたと?」
「だってそれしか考えられないじゃない。ジェイドもオリハルコンも全部ダンジョンから発見されたのよ?」
それだけでこれだけの冒険者が来るのかははなはだ疑問なんだが・・・。
ギルドに行っても同じことを言われるんだろうなぁ。
「それと、やっぱり買取屋の存在が大きいわよね。」
「ん?なんでだ?」
「今までは武器とか装備とかが見つかっても、質屋に持っていくか自分で売るかしか選択肢が無かったじゃない。そこに、ちゃんとしたお金で買い取ってくれるお店が出来たら、みんな安心して装備を売れるようになったわ。わざわざ露店にお金を払って売れなかった時のショックと言ったら・・・。」
まぁ気持ちはわかる。
露店を出すための費用は一日銀貨1枚。
おっちゃんやおばちゃんなんかの日用品や生活必需品を売る人達からすれば、元が取れるので安心して商売が出来るが、冒険者はそうじゃない。
売れるかもわからないものを、よくわからない値段をつけてくることになる。
結果、誰も買ってもらえずただ出店料だけが無くなっていく。
銀貨1枚と言えば三日月亭の一泊分の料金だ。
安宿なら三日は泊れる。
それを何もせずに消費する時の絶望感は計り知れないものだろう。
「俺が買い叩いているとは思わないのか?」
「そうかもしれないけど、シロウはちゃんと私達の立場に立ってくれるじゃない?ベルナもそっちよりだけど、それでもやっぱり違うかな。」
「俺にはわからん。」
「ともかく、売る場所が増えてお金を手に入れやすくなった。そしてそのお金を使って装備を整えてもっとお金を稼げるようになる。良い循環が出来ているというわけよ。」
「ま、俺からしてみれば客が金を持ってきているだけだ。喜んで商売させてもらうさ。でな、そこまでは分かる。だが、なんで俺がギルドに行かなきゃならないんだ?それとこれとは話が別だと思うんだが。」
そう、俺は何故エリザと一緒にギルドに向かっているのか。
今日はこれと言って用事は無いので店でのんびりしていたい所なんだが、いつの間にかエリザと一緒に冒険者ギルドに行くことになっていた。
ミラとアネットも快く送り出してくれたんだが・・・解せぬ。
「それはほら、私のアシスタントみたいな?」
「冒険者の面倒を冒険者が見るというのは分かる。だが俺は冒険者じゃない、買取屋だ。」
「お願い!ニアの頼みだから断れなかったのよ!」
「断れなかったからと言って俺を巻き込むな。何が悲しくて新米冒険者の面倒なんざ見なきゃならないんだよ。」
「それが上に立つ冒険者の仕事なんだもん。下手にダンジョンの奥に迷い込まれて、トレインされても困るじゃない?」
「トレイン?」
「大量の魔物を引き連れて逃げ回る事よ。向こうは命掛かってるから必至だろうけど、いきなり大量の魔物を押し付けられる方の身にもなってほしいわ。」
なるほど。
電車ごっこ宜しく大量の魔物を連れてくるからトレインなのか。
「で、その辺の小難しい話をするために呼ばれたんだな?」
「そういう事、シロウは横に立って話を聞いてくれるだけでいいわ。」
「立ってるだけねぇ。」
「ほら、昔からいる冒険者なら私の事を知ってるけど新しく来た子は知らないじゃない?」
「つまり女だからとなめてかかるバカな奴がいるから、そういうやつ用にだな。」
「まぁね。」
「そんな奴には実力を見せ付けてやればいいじゃないか。」
「新人には優しくしてあげましょうってのが、今のギルドの方針なのよ。」
それはご苦労さん。
そしてそんな面倒ごとに駆り出される俺も、ご苦労さんだ。
新米たちでごった返すギルドに入ると、すかさずニアがこちらに手を振った。
「エリザー!」
「ニア、どうなってるの?」
「どうもこうもないわよ、すごい人で収拾付かないの。他の担当者は別室で順次説明を始めてるからエリザもお願い!」
「わかった。」
「第三会議室だから!」
はいはい、第三会議室ね。
まだ手続きをしていないであろう新米達にジロジロ見られながらエリザと共に会議室へと向かう。
この胸と尻は俺のものだ、触るんじゃねぇぞ。
会議室の中には20人ほどの冒険者が開始を今か今かと待ちわびていた。
資料のようなものは手元にあるらしい。
壇上にエリザが立ちそこから離れた所で俺が待機する。
男女比は8:2ぐらい。
やはり女性のほうが少ないようだ。
「それじゃあ始めましょうか、各自資料は読んだかしら?」
「資料なんかいいからさっさとダンジョンに入らせてくれよ姉ちゃん。」
「はいはい、それじゃあ始めるわよ。」
早速のヤジも完全スルー。
出鼻をくじかれた冒険者はカチンとした顔をしたが俺の方を見ると黙ってしまった。
それからしばらくは、エリザが補足をしながら資料を読み上げていく。
最初と違って随分と大人しいな。
「新人冒険者を卒業するまでは侵入しちゃいけない場所が多いから、各自気を付けるように。これは手柄を横取りされたくないとかじゃなく、ただ単純に貴方達では太刀打ちできない魔物が多いからよ。深く潜りたいのならば実力をつけるか仲間を見つけて潜りなさい。っと、とりあえずはこんな感じね。質問は?」
五人程手を上げた。
その中にはさっきの男も含まれている。
「じゃあ、手前の貴方。」
「はい!剥ぎ取りのコツはありますか?」
「コツはあるけど、何度もやるしか近道はないわね。数をこなしたいのなら先輩についていって剥ぎ取りの練習をさせてもらうという手もあるわよ。はい、次は奥の貴女。」
「魔物を放置して逃げるのはいいんですか?」
「命あっての物種だから逃げるのは構わないけど、せめて他人の迷惑にならないようにして頂戴。決して大勢引き連れて逃げ回らないように。」
質問した冒険者以外もうんうんとうなづいている。
「他は・・・じゃあ貴方。」
「アンタみたいな女でも強くなれるのか?それとも横にいる男に貢いでもらって強くなったのか?」
「あら、この装備の良さが分かるの?」
「装備に頼らないと女が冒険者なんてやれるわけないよなぁ。」
最初に茶々を入れた男がエリザをからかう。
てっきり怒ると思ったが、涼しい顔でそいつを見下ろしていた。
「へぇ、じゃあ貴方は強いのね?」
「他所では中層まで潜ってるんだぜ。ここに潜るなら登録しろってうるさいから仕方なく話を聞いてやってんだ。女のくせに偉そうにべらべらしゃべりやがってよぉ、何様のつもりだ?」
ザワザワと動揺が広がる。
が、エリザは相変わらずだ。
無言で男の横に立ち、上から見下ろす。
「んだよ。」
「何様も何も、上級冒険者だけど?」
「アンタみたいな女が上級?すごいダンジョンって聞いてきたがそうでもなさそうだな。」
「あらそう。じゃあ、そんな上級に情けなく負かされるのね、貴方は。」
「いい度胸だ!」
エリザの安っぽい挑発に男が立ち上がり応える。
一触即発。
じっとにらみ合ったかと思った次の瞬間、男の拳がまるでジャブをするように素早く動いた。
狙うはエリザの顔。
だが、その拳が目標をとらえることはなくその途中でつかまれてしまう。
「なっ!」
「随分と遅いわね、そんなので中層に行ったなんて誰に手伝ってもらったの?あぁ、装備に頼ったのね。」
「このアマ、離しやがれ!」
「私みたいな女の手も振りほどけないの?そんなんでこのダンジョンに潜ろうなんて、命知らずもいい所だわ。初心者からやり直しなさい!」
掴んだ手をそのまま持ち上げ、壁に向かって放り投げる。
勢いよく壁にぶつけられた男は、うめき声を上げるだけで動くことはなかった。
「ふぅ、口だけの男って迷惑ねぇ。」
「エリザ、周りがドン引きしてるぞ。」
「え!やだ、やりすぎちゃった?」
「ま、いいんじゃないか。お前の実力はしっかりと伝わったようだしな。」
うんうんと部屋中の冒険者が大きく頷く。
「うぅ、せっかく優しい先輩って感じで行こうと思ったのに。」
「人生そんなもんだ。ともかく、エリザには逆らうなよあんなふうになるぞ。」
「「「「「はい!」」」」」
「なんでシロウにはすんなり返事するのよ!」
エリザの悲痛な叫びも新米たちには恐怖の存在でしかない。
いいじゃないか、ふざけた冒険者が一人減ったと思えば。
「あ、あの~。」
静まり返った部屋で一人手を上げている新米がいた。
「どうした?」
「エリザさんの実力は十分に伝わったのですが、貴方とはいったいどういう関係なんでしょうか。」
手を上げたのは少し気の弱そうな女性冒険者だった。
気が弱そうと感じたのは単なる俺の主観なんだが。
「どういう関係?」
「そうねぇ、なんていうか・・・。」
「こいつは俺の女だ。」
俺の発言に部屋中がどよめく。
「シロウ、もう少しオブラートに包んでもらえると嬉しいんだけど。」
「だが事実だろ?」
「まぁ、そうね。隠すことでもないし。」
「付き合ってるんですか?」
「そういうんじゃないな、こいつは俺の女でさらに言えばダンジョンから商品を運んでくる客でもある。」
「お客?」
「シロウはこの街で買取屋を営んでいるの。今後は色々とお世話になると思うからみんなも覚えて帰るといいわよ。ギルドよりも高く買い取っている品もあるから。」
お、ナイス宣伝。
後で褒めてやろう。
「じゃあ、たくさん商品を持ち込めば私も女にしてくれますか?」
「「はい?」」
今度は俺とエリザの声が綺麗にハモった。
この女、今なんて言った?
「だって、こんなにすごい人を自分の女だって言い切ってそれをエリザさんも受け入れてるんですよね?絶対にただの買取屋さんじゃないですよ。きっと、隠れた実力とか、そういうのいっぱい持ってるに違いありません!私、キャンディーっていいます、覚えて帰ってください!」
「お、おぅ。」
それ以上の言葉が出てこなかった。
エリザと顔を見合わせて、いや部屋中の冒険者たちを顔を見合わせてしまった。
誰もがヤバい奴がいる。
そういう認識でいるようだ。
今月の新米はヤバい。
色々な意味を持ったこの言葉が、ギルド中に広がるのにそう時間はかからなかった。




