253.転売屋は春服を作る
春が来た。
といってもまだ風は冷たく、気温もそこまで上がってこない。
でも春は春だ。
その証拠に、太陽はいつも以上に暖かな光を注いでくれる。
マフラーが要らなくなったようにコートもすぐに要らなくなるだろう。
ここに来て二度目の春。
最初に買った服もそろそろ傷んできたし、気分を新しくするためにも新調してもいいかもしれない。
そんな時にお世話になるのが、お隣の服屋だ。
ローザさんとローザさんが大好きな旦那さん、二人で切り盛りしている。
腕は確かで、毎日ひっきりなしに客が来ては新しい服を仕立ててもらったり受け取ったりしており忙しそうだ。
うちもそれなりに客は来ているけど、客層が全然違うもんなぁ。
うちは冒険者で向こうは住民や貴族が相手だ。
「で、春服を作ろうと思うんだが・・・。」
「いいのではないでしょうか。暖かくなる前ですし、今ならまだ空いているかと。」
「折角だから三人も一緒に作るか?」
「え、いいの!?」
「折角だしな。ついでに余所行きの服も新調するといい、なんとなく嫌な予感がする。」
「新しい服を作るのにですか?」
三人が不思議そうに首をかしげる。
こういう時の勘は当たるんだよ。
ここ数ヶ月で普段関わらないような相手と知り合ってしまったからなぁ・・・。
出来ればもう会いたくないが、そう言うわけにはいかないだろう。
というか俺が拒んでも向こうが来るに違いない。
まったく、面倒事は嫌いだというのに。
「では早速何時が空いているか聞いてきます。」
「あぁ、よろしく頼む。」
ミラが小走りで店を出て・・・すぐに戻って来た。
いや、早いな。
「休みだったか?」
「いえ今なら空いているそうです、いかがなさいますか?」
「なら行くか。」
「え、私どんなやつにするか決めてない!」
「ローザさんに聞きながら決めたほうが良いぞ、自分で考えたやつは大抵失敗する。」
前にこんな服が良いとお願いして作ってもらったが、散々な評価だった。
『元の世界での常識はこの世界での非常識でもある』
これを理解するにはピッタリの事件だった。
正直あまり思い出したくない。
それ以降は全てローザさんのお任せだ。
開店前なので急ぎ隣へ移動する。
「ローザさん、おはようございます。」
「はい、おはよう。」
「全員分の春服を頼みたいんだが、そうだな上下二着ずつそれとよそ行きの服も一着ずつ頼む。」
「まぁまぁ大盤振る舞いだねぇ。」
「折角だしな。」
「じゃあ存分に腕を振るわないと、さぁどんなのにするか決めておくれよ。」
「俺はいつもの通りお任せで。」
「相変わらずだねぇ。」
「ローザさんに任せれば外れはないからな。」
っていうか、いちいち服を考えるのがめんどくさい。
餅は餅屋、プロに任せておけばそれなりに良い感じに仕上げてくれるだろう。
もちろん、絶対に着ないような服も時々用意されるがそれはそれだ。
何時かは着るだろう。
そんな服がうちのタンスにも増えてきた気がする。
「ではシロウ様行ってまいります。」
「あの、本当にいいんでしょうか。」
「いいのいいの、シロウのおごりなんだからさ。」
「ミラとアネットはともかく何で俺がお前の服を買うんだ?」
「可愛いのとかっこいいのどっちが好き?」
「・・・似合う奴。」
「ふふ、わかった。じゃあまた後でね。」
女達の服選びには時間がかかる。
ってことで俺は店に戻って大人しく店番だ。
開店の札を出し、棚の掃除をしていると早速客がやってきた。
「おはようございますシロウ様。」
と思ったらハーシェさんだった。
「どうした、朝から来るなんて珍しいな。」
「近くに来たので顔が見たくなって・・・。」
「ったく、三日前にあったばかりだろ?」
「もう三日もお顔を見ていません、明日からまた買い付けですし元気を分けてくださいませんか?」
そう言いながらズンズン俺に近づいて来て、小鳥のように唇を突き出す。
一度抱いてからというもの、ハーシェさんのアピールが一段と強くなった。
ミラ曰く今まで我慢していたのが爆発しているのだとか。
その様子にエリザが怒りだすかと思ったがそう言うわけでもないらしい。
むしろ前以上に女達と話している姿を見かけるようになった。
仲が良いのは良い事だ。
突き出された唇に軽く唇を重ねると同時に、強く抱きしめ尻を揉む。
この、何とも言えないボリューム。
たまらんなぁ。
「それ以上されると、もっと欲しくなってしまいます。」
「じゃあこれで終わりだな。」
「・・・シロウ様のいけず。」
「元気を補充してしっかり買い付けして来い、戻ってきたらまた抱いてやる。」
「はい!」
「で、なんでこっちに来たんだ?買い付け準備なら取引所やギルドだろ?」
「服を買いに来たんです。今頼んでおけば、戻ってきた頃に受け取れますから。」
「なるほど。」
季節の変わり目は購買意欲を掻き立てるというわけか。
残念ながら冒険者装備に春物はないんだが、それに近い物を何か探してみると良いかもしれない。
春と言えば、新緑の季節になればグリーンスライムの核がまた手に入る。
そろそろ準備しないと。
「では、名残惜しいですが。」
「今エリザ達が服を仕立ててもらっている、一緒に行って頼んで来い。」
「ですが・・・。」
「良い服も仕事の道具だ、経費で買ってやるよ。」
「ありがとうございます!」
ほんと、女って服が好きだなぁ。
俺にはわからん。
もう一度強く唇を重ね、ハーシェさんはスキップしながら店を出て行った。
プレートのおかげで仕事はやりやすくなったし、実入りも良くなった。
今が一番充実しているんだろうなぁ。
ってなことを考えていると、また誰かがやってきた。
今日は朝から客が多い。
「おはようございますシロウさん。」
「げ、来て欲しくないやつが来た。」
やってきたのは羊男。
このタイミングで来るという事は、何かやらせたいんだろう。
「それ、お客さんに向かって言います?」
「お前は客じゃないだろ。」
「でもお仕事は持ってきますよ?」
「俺の仕事は買取屋だよ、仕事をさせたいならまずは品を持ってくるんだな。」
「次からはそうします、で、お願いしたいことがあるんです。」
空気を読まないというか強引というか・・・。
それもまぁいつもの事か。
カウンターまで誘導するが茶は出さない。
こいつは客じゃないからな。
「で?」
「実はですねこういう物を仕入れてほしいんです。」
羊男が取り出したのは白い蔓。
一見すると糸にも見えるが2~3mm程の太さがあり産毛のようなものも見える。
『トレントの白髪。エルダートレントの蔓に極稀に混ざる白い蔓。繊維は細いが強靭であるため加工品だけでなく武具などにも使用される。また、ほぐした繊維を聖水に浸して聖織物として使われる事もある一級品。最近の平均取引価格は銀貨30枚、最安値銀貨25枚、最高値銀貨40枚。最終取引日は22日前と記録されています。』
「トレントの白髪?」
「えぇ、様々な加工品にも使える素材なのですが、なかなか数が集まらなくてですね。」
「何に使うんだ?」
「それは企業秘密です。」
「・・・断る。」
「冗談ですって。」
「もったいぶってないで早く言え。」
「この前の一件で中央にパイプが出来ましてね、国王陛下の生誕祭に贈り物をすることにしたんですよ。エルダートレントは主にダンジョンの中でしかみつかりませんからね、私達の街らしい贈り物になるでしょう。」
つまりごまをすりたいというわけか。
ギルド協会の、いや貴族の考えそうなことだな。
「話は分かるが嫁を通じて集めたほうが早くないか?」
「もちろんそうしますけど、シロウさんを通じた方がより早く集まるんですよねぇ。」
「それってどうなんだ?」
「街としては集まればどこでもいいですし、シロウさんの店だと税金も回収出来るので一石二鳥です。もちろん問題もありますが、ギルドだと機敏に動けないんですよね。」
つまり買取価格などを自由に動かせないので、その辺を自由に出来る俺に動いてほしいと。
「俺の儲けが少なくないか?」
「そんなことありませんよ!それに、送る時はちゃんとシロウさんの名前も出しますから。」
「ちがうな、俺の名前を出した方が受け取ってもらいやすいからだ。」
「・・・なんでそういうのにすぐ気付きますかね。」
「考えが浅はかなんだよ。なにが公平のギルド協会だ、まったく。」
「ちゃんと利益はお渡しします、それに本当にシロウさんの店の方が集まるのが早いんですって。お願いします!」
はぁ、また面倒な事を頼まれてしまった。
街に住んでいる以上ギルド協会のお願いを断るのは得策ではない。
俺は買い取ればいいだけだし、それで金が入るのならばやるしかないだろう。
「その代わり条件がある。」
「なんですか?」
「あの感じだと国王陛下はまたこっちに来る可能性もあるよな?」
「・・・ぶっちゃけ十分あり得ますね。」
「その時用の礼服を作ろうと思うんだが、そっち持ちでいいよな?」
「服でしたらローザさんの店ですね、まぁそれぐらいならいいでしょう。」
よし、言質取ったぞ!
何人分とは言っていないから全員分の代金を請求してやる。
その浅はかな考えを後悔するがいいさ。
「わかった、なら喜んでやらせてもらおう。納期はいつまでだ?」
「16月の頭までで。」
「できるだけギルドでも冒険者に声をかけるよう言っておいてくれ。」
「了解です。では、失礼しますね。」
あーよかったと胸をなでおろしながら羊男は去って行った。
さて、服代も浮いたし、ついでにもう一着ぐらい作ってもらおうかな。
そんなことを考えながら女達の様子を見に、ローザさんの店を覗くのだった。




