251.転売屋は女達にお膳立てされる
14月も終盤。
贈り物の日を終えればイベントらしいイベントもなく、終わりゆく冬を惜しむぐらいしかすることは無い。
なんてわけがあるか!
冬が終わろうが春が来ようが客は来るし、やらないといけない事は溜まっていく。
それをしないと飯は食えないし金は貯まらない。
幸いにも俺が働かなくても食べていけるぐらいには金が入ってくるようになったが、働かないとなんか気持ち悪いんだよなぁ。
「シロウ様、そろそろハーシェ様の報告を聞く時間です。夕食はどうなさいますか?」
「あー・・・、今回は例のプレートを使った行商の報告だったな。長くなりそうだから食べて帰る。」
「わかりました。こちらはお任せください。」
「よろしく頼む。エリザには上手く言っといてくれ。」
「大丈夫ですよ、エリザ様も良くお分かりですから。」
俺が勝手に出ていくと良い顔しないんだよなぁ、最近。
その割には自分はさっさとダンジョンに潜って丸一日帰ってこないくせに。
束縛されているわけではないが、毎回あの顔を見るのはちょっとなぁ。
「だと良いんだが。」
「特にハーシェ様の件はご自身から言い出しましたし。」
「ん?」
「いえ、こちらの話です。遅くなるようでしたら泊まって帰ってくださって構いませんので。」
いやいや、隣町ならあきらめるけど近所だし。
「その予定はないが、まぁそうなったらな。」
「はい。」
ミラはぺこりとお辞儀をしてすぐに裏へと引っ込んでしまった。
なんだろう、いつもと違う感じがするんだが・・・。
気のせいか?
「ただいま戻りました。」
「納品お疲れ様。」
「追加で花粉症用の薬を受注してきました、もう春ですね。」
「だなぁ、もうそんな時期か。」
「これから仕込みに入ります、申し訳ありませんが夜までお返事できません。」
「根をつめないようにな。」
一度作業に入るとなかなか返事がないからなぁ。
体力の指輪のおかげで無理はしないと思うが、戻って来てまだ作業していたら声をかけよう。
「じゃあ行って来る、後は頼んだ。」
「どうぞごゆっくり。」
「?」
いつもなら玄関先まで送ってくれるのだが、今日は中から声が聞こえるだけだった。
機嫌が悪いのかもしれない。
ま、そんな日もあるよな。
人間だもの。
店を出てハーシェさんの屋敷へと向かう。
元別荘とは言っていたが、なかなか立派な家だと思う。
これぐらいの広さがあるといろいろと便利なんだが・・・、土地がなぁ。
街の外に建てるとこの間みたいに襲撃されて大変な事になるし。
ま、今はそんな金ないしいずれないずれ。
「シロウ様、お待たせいたしましたどうぞお入りください。」
「ちょっと早かったか?」
心なしか頬が上気している。
風邪でも引いたんだろうか。
「大丈夫です。」
「そうか、ならいい。」
ハーシェさんに連れられて応接室へ。
流石貴族だけあって調度品や家具はいい物を使っている。
「今お茶をお持ちしますね。」
「その書類を見る限り長くなりそうだしな。」
「ふふ、良かったら先に目を通してください。」
ソファーの前には分厚い書類。
いつもの二倍はありそうな感じだ。
二・三ページ読んだ所で面倒になり読むのをやめる。
態々読まなくても報告を聞けばいいだろう。
そう言えば今日のハーシェさんは心なしかいい匂いがする。
どこかで嗅いだ匂いのはずなんだが・・・。
忘れた。
しばらくして香茶を入れたハーシェさんが戻って来る。
「シロウ様お待たせしました。」
「ん、あぁ。」
「どうかされましたか?」
「いや、何でもない。報告を頼む。」
「わかりました。では一ページ目をご覧ください。」
流石にいつもよりも量が多く、報告が終わったのは二時間ほど経ってからだった。
その間に三回香茶をお代わりしている。
「以上になります。」
「ふぅ、結構な量だったな。」
「申し訳ありません、あまりにも報告が多くなってしまって・・・。」
「いや仕方ないだろう。これが公的権力の力って奴なんだな。」
「まさかこんなにも安く仕入れる事が出来るとは思いませんでした。」
「だな。基本通常の二割引き、普段値引きのない品も一割引きで買い付ける事が出来た。これはつまりそれだけ利益が上がったって事になる。ありがたい話だが、何とも言えないな。」
「私達がこれまで働いたのは何だったんでしょうか。」
これまでだってサボっていたわけじゃない。
しっかりと交渉して仕入れを行っていた。
にもかかわらず、聖王騎士団のプレートを見せるだけで勝手に値引きされるのだ。
他の商人が知ったら悲しくなるだろうなぁ。
とはいえ、実入りが増えるのはありがたい事だ。
「まぁ、世の中そういう物だ、だろ?」
「・・・そうですね。」
「今が順調ならそれでいいじゃないか。稼げるときに稼ぎ、早く借金を返せば自由になれるしな。」
「借金を返したら終わりですか?」
「どういうことだ?」
「いえ、何でもありません。食事の準備が出来ていますので、良かったら食べて行かれませんか?」
「そうだな、良い時間だしそうさせてもらおう。食べながら次回の商売について話せばいいだろう。」
「では食堂へ。」
ハーシェさんと一緒に食堂へと向かう。
ふと思ったんだが、二時間報告を受けていたんだが一体いつ準備したんだろうか。
来る前か?
そうだとしたら随分と料理は冷めてしまうが・・・。
「お二人ともお疲れ様です。」
「長かったわねぇ。」
「申し訳ありません、なかなか報告が終わらなくて。」
「・・・なんでお前らがそこにいるんだよ。」
食堂で俺達を迎えたのはミラとエリザだった。
アネットは話の通り向こうで仕込みをしているんだろう。
「ハーシェ様に頼まれたからです。」
「ご飯の準備大変だったんだからね!」
「お二人ともありがとうございました。」
「では私達はこれで。」
「よ~し!アルバイト代も貰ったし今日は私のおごりで食べに行こう!」
「いいですね、アネット様も誘って行きましょう。」
「え、食べて行かないのか?」
「どうせ仕事の話をしながら食べるんでしょ?パスよパス。」
嫌そうな顔をしながらエリザは手を振り、ミラと共に食堂を出ていく。
「では、いただきましょうか。」
ふとここに来る前の話を思い出す。
ミラはあの時なんて言っていた?
ハーシェさんの件は自分から言い出した、そう言っていなかったか?
それがこれなのか?
「あ、あぁ、そうだな。」
「ではどうぞ奥へ、給仕はいないのでお酒は私がお注ぎしますね。」
促されるように席につき、ハーシェさんがワインをグラスに注ぐ。
まるで透明なルビーのような色をした液体で満たされていく。
中々上等そうだ。
同じものを自分に注ぎハーシェさんも席につく。
「何に乾杯しましょうか。」
「もちろん、今回の成功に。」
「本当にシロウ様はお金がお好きですね。」
「まぁな、金さえあれば何でもできる。」
「ふふ、そうですね、では。」
「「乾杯。」」
グラスを少しだけ持ち上げ、一息に飲み干す。
ブドウの芳醇な香りが口いっぱいに広がった。
う~む、美味い。
美味い酒に美味い食事、二人っきりだというのに話は弾み、気付けばあっという間に時間が過ぎて行った。
「っと、もうこんな時間か。」
「うふふ、まだいいじゃありませんか。」
「そうはいうが・・・飲み過ぎだぞ。」
ハーシェさんの頬はまるで熟したリンゴのように真っ赤になっていた。
元々肌が白いだけに余計に赤が目立つ。
二人で立ち上がろうとするとハーシェさんがよろけてしまったので慌ててそれを支えた。
「ほら見ろ。このまま置いていくわけにもいかないし、部屋まで連れて行くか。」
本人はうふふと笑うが、それ以上の反応はない。
エリザも飲み過ぎるとこんな感じになるよなぁ。
まったく、仕事がうまくいって嬉しいのはわかるが、困ったものだ。
何度も来ているので部屋の場所ももちろん知っている。
寝室の戸を開けると、真っ暗な部屋にまたあの匂いが満ちていた。
なんだか頭がくらくらする。
俺も結構飲んだしな、気をつけて帰らないと。
フラフラしながらベッドまでハーシェさんを連れて行くと、そのままゆっくりと寝かせ・・・ようとしたが勢い余ってそのまま一緒に倒れてしまった。
「っと、悪い。」
「いえ、大丈夫です。」
さっきまでまともな返事をしなかったのに随分としっかりとした返事だな。
そう思い顔を見ると、もうあの笑顔ではなかった。
しまったと思った時はもう遅い。
そのまま抱きしめられ、顔が胸に埋まる。
あの匂いが強くなり目の前が真っ白になる。
思い出した、これはダンディの店で嗅いだあの香水か。
「お願いします、どうか嫌わないで。こうでもしないと私は・・・。」
「わかったから手を緩めてくれ、窒息する。」
「ご、ごめんなさい。」
すぐに手が緩み、胸元から解放された。
顔を上げると申し訳なさそうな顔をしたハーシェさんがこっちを見ている。
エリザとミラのあの感じ。
お膳立てをされたという事なのだろう。
まったく、うちの女達と来たら嫉妬深いのか結束が強いのかわからんな。
「こんな時に旦那の話をするのはあれだが、本当にいいんだな?」
「あの人の事を忘れる事はできません。でも、私は、私にはシロウ様が必要なんです。あの日、助けて下さらなければ今頃よくわからない男たちの慰み物にされていたでしょう。女としての尊厳を失い、ただ生きていることを呪うだけ。そんな日々から私を救ってくださったのはほかでもないシロウ様なんです。どうか私に生きる希望を与えてくださいませんか?」
「大袈裟だなぁ。」
「大袈裟なんかではありません!」
また強く抱きしめられる。
今度は息を止め、その場でくるりと体制を変えた。
ハーシェさんを上から見下ろし、押し倒すような体制になる。
「まぁ、気持ちは分かった。本当にいいんだな?」
「はい。どうか、私をシロウ様の女にしてください。」
「うちの女達はどうしてこう、俺に恩を感じるのか。」
「ふふ、だって、危ない時に助けてくださった王子様ですもの。」
「俺が王子ねぇ。そんないい物じゃないってことをわからせてやる必要があるな。」
今度は俺がハーシェさんの背中に手を入れ、強く抱きしめる。
身体の力を抜いたのを確認してから俺達は静かに体を重ねるのだった。
翌朝。
いつも以上に幸せそうな顔をしたハーシェさんが朝の香茶を入れてくれた。
まぁ、話の内容は仕事の話だけども。
いつも以上に仕事をしてくれるならそれでいいかな。




