25.転売屋は仕込みをする。
例の騒動から五日。
引継ぎは滞りなく行われ、オッサンは無事に破産を免れたらしい。
金貨120枚をポンと出すあたり金持ちは違うよな。
「なぁマスター。」
「なんだよ。」
「ロックフロッグの肉って美味いのか?」
「処理してたら食えるが、そうでない奴はお勧めはしないな。」
「つまり不味いんだな。」
「あぁ、とてつもなく不味い。」
オッサンから譲り受ける予定の肉と酒は今日の昼に届く。
実はまだどこに置くかも決めてないんだよね。
そうか、そのままではやはり食えないか。
「そんなこと聞いてどうしたんだ?」
「じゃあさ、処理したやつは美味いのか?」
「美味い。」
「即答かよ。」
「臭いがなく柔らかい肉はドラゴンの肉よりも価値があると言われている。ただ、そこまで仕込むにはかなりの労力と金がかかるから手を出す奴は少ないな。」
労力、労力かぁ・・・。
そこまでは考えてなかった。
「どんなふうに仕込むんだ?」
「皮を剥いで内臓を取り出し、それを酒に漬け込む。」
「え、それだけ?」
「皮がな曲者なんだ。名前の通りかなり硬い皮で覆われているから、職人でも処理するのに五分はかかる。防具にも使える素材だがその面倒さから毛嫌いするやつも多いな。」
「そんなに大変なのか。」
「皮が不要ならそのまま漬け込む手もあるが、金を捨てるのと同じだと思えよ。年末の感謝祭で振舞われるとか言われてるが、正直手を出すのはお勧めしないんだが・・・お前まさか。」
「すみませーん、シロウさんいますかー!?」
お、さすがマスター察しが良いな。
信じられないと言った感じの顔で俺を見るのと同時に、大声で俺を呼ぶ客が入ってきた。
「おーい、ここだ!」
「結構あるんですけどどこに運べばいいですかー!?」
「なぁマスター、物は相談なんだが・・・。」
「とりあえず裏に運んでもらえ。表に置かれたら商売の邪魔だ。」
「さっすが、話が早い。」
「だが払うもんは払ってもらうぞ。」
いくら要求されるか正直不安だが、でもまぁ利益を考えたら惜しくはない。
俺の仕込みが当たればの話だけどな。
とりあえず荷物を裏に運んでもらうように指示をして俺も現場に向かった。
ちなみに、三日月亭はコの字型をした建物で裏はちょっとした広さの中庭になっているんだが・・・。
「庭が無いな。」
「いやー、まさかこれだけの量だとは正直思わなかったわ。」
「これで・・・っ最後!」
「ご苦労さん。」
「ここに受け取りの署名をお願いしまーす。」
「ハッサンさんによろしく伝えといてくれ、別の品はまた受け取りに行くってな。」
「わっかりましたー!」
元気イッパイの配達員は馬車に飛び乗り猛スピードで行ってしまった。
残されたのは大量の肉が入った壺と、大量の小瓶が詰め込まれた木箱。
それが庭を総べて埋め尽くしている。
「なぁ、別の品って言ってたがまだあるのか?」
「いや、肉と酒はこれで全部だ。」
マスターが壺に手を入れ肉をつまみ出す。
ちゃんと冷蔵保管されていたようで肉の色は鮮やかな赤色、どうやら処理は終わっているらしい。
よかった面倒は一つ片付いているようだ。
「いい感じの肉だが、やはり臭いな。」
「だな。」
とりあえず俺も手に取ってみる。
ツンと酸っぱいような臭いがしたが腐敗臭ではない。
これがクセってやつなんだろう。
『ロックフロッグの肉。臭いが強く処理をしなければ食べにくいが、処理されたものは高値で取引される。最近の平均取引価格は一壺銀貨1枚。最安値が銅貨20枚、最高値は銀貨2枚、最終取引日は二日前と記録されています。』
うん、聞いた通りだわ。
最終取引日はおそらく俺とオッサンが取引した日になるんだろうな。
やはり感謝祭には間に合わないから買う人がいないのか。
「で、これをどうするつもりだ?このまま置くなら使用料のほかに営業妨害分の金を請求するぞ。」
「ちなみにおいくらで?」
「一日金貨1枚。」
「嘘だろ!」
「この臭いじゃ客がみんな逃げちまう。それがいやならさっさとどうにかしろ!」
珍しくマスターがお怒りだ。
流石に毎日金貨1枚も取られたら破産するからな、さっさと終わらせるとしよう。
「ちょっと、この臭いなによ~!」
「お、リンカ良い所に来たな。バイトしないか?」
「バイト?なにそれ。」
「副業だよ副業、今暇だろ?」
「この臭いでお客さんみんな帰っちゃったから暇だけど・・・。」
マジか早くも被害が出ているのか。
客が帰ったと聞いてマスターのこめかみがピクピクと震えている。
噴火寸前って感じだ。
「今日一日で銀貨2枚出す、この肉の入った壺にそっちの小瓶に入ってる酒を入れて行ってくれ。何ならあと二人ぐらい追加してもいいぞ。」
「嘘!やるやる!ねぇマスター良いでしょ!?」
「あぁ、とにかくさっさと終わらせてくれ。」
「じゃあ裏の奥さんに声かけてこよーっと。」
嬉しそうに飛び跳ねながらリンカが裏庭を駆け抜けていった。
「それは・・・火酒か。」
「あぁ。かなり濃いらしいしこれなら普通に漬けるより早く臭いも無くなると思ってな。」
「それでも年末までに間に合うかは微妙だぞ?」
「最悪間に合わなくても普通に売ればいいさ。どっちにしろ俺に損は出ないよ。」
オッサンは金貨50枚かかったけど俺にとっては元手は0だ。
売れれば売れるだけ利益が出る。
「ついでにうちの火酒もつかうか?」
「暖冬予想で売れ残ってるのはここも同じかよ。」
「・・・まぁな。」
「庭の使用料と相殺で定価買い取りって感じでどうだ?」
「わかった。ただし他の店のやつも買ってもらうぞ、どっちみちその量じゃ足りないだろ。」
マジで、やっぱり足りない?
腰ぐらいまでの高さのある壺・・・っていうかここまで来ると甕になるのか?
ともかくそれが庭の半分を埋め尽くしていて、残り半分が酒の入った木箱だ。
半々でいけるかなーとか甘いこと思っていたけど、どうやら難しいらしい。
「他の店の方は買い叩いてくれるんだよな?」
「いくら出せる?」
「出来れば金貨5枚までには抑えたい。」
「金貨7枚出せ、そしたら足りるだけかき集めてやる。」
「・・・腐るよりましか。」
「妨害料金請求されるよりかはマシだろ?」
確かにその通りだ。
バイト料に追加の酒代、ちょいと想定外だが儲けが出ればそれでいい。
「シロウさーん!五人になっちゃったけど大丈夫ー?」
交渉成立と握手を交わしている向こうからリンカが奥様方を連れて戻ってきた。
二人も五人も同じ事だ、これが片付くなら文句はないさ。
その後慣れた手つきで肉を酒に漬け込む奥様方を横目に、マスターがかき集めてきた火酒をひたすら積み下ろしする作業に追われた。
久々の重労働で体中が悲鳴を上げている。
昼前から始めて奥様方に賃金を支払ったのが夕刻、体もくさいが今日はもうさっさと寝たい。
「何とか片付いたな。」
「おかげさんで。」
「場所代は一月金貨1枚でいいぞ。」
「そんなに取るのかよ!」
「むしろそれで済むだけありがたいと思え、うちの地下倉庫半分なんだぞ?」
「肉を二瓶譲るって話じゃなかったっけ?」
「それは迷惑料だ。」
迷惑をかけただけにこれ以上強く言えないなぁ。
でもまぁ適温で熟成出来て且つ盗難の心配もないと考えれば最高の場所か。
結局漬け込んだのは壺もとい甕52個。
二つ渡しても50個分が残ったわけだ。
はてさていくらで売れるのやら。
「後五か月分だから火酒の分も入れて金貨12枚か。明日でもいいか?」
「毎度あり。」
「なぁマスター、残りの火酒いくらで買い付けてきたんだよ。」
「さすがにそれは企業秘密だ。」
絶対それよりも安いのはわかっているが迷惑をかけたのもまた事実だ。
でもまぁ結局結構な追加が必要になったわけだし、マスターが居なかったら何甕分か捨てることになっただろう。
それを考えたら文句は言えない。
後先考えずに買い取った俺の勉強料だと思えばいい。
「あと五か月か。」
「せっかくだし今日の晩飯は特別に熟成後のやつを食わせてやるよ。あれがどれだけ美味くなるかわかったら、楽しみも増えるってものだろ?」
「そりゃいい。」
味がわかればより一層楽しみになる。
ドラゴンとやらよりも美味しいと噂のやつを堪能させてもらおうじゃないか。
「たっだいまーってクサ!なんの臭いこれー。」
「まだ臭うか?」
「長年洗ってない革鎧みたい。」
「その例え止めろよ。」
さぁ晩飯だというタイミングでエリザも戻ってきた。
美味い肉の匂いを嗅ぎつけた・・・わけではなさそうだ。
しかし長年洗ってない革鎧か。
剣道の防具も似た臭いするよな、夏場は最悪だった。
「文句があるならその男に言え。」
「えー、またシロウなの?」
「またってなんだよまたって。」
「だっていつも変な事してるじゃない。この間は貴族の偉い人にすごい口ぶりだったって聞いたけど?」
「それは変な事なのか?」
「普通の人は貴族に文句を言ったりしないと思うけど。」
そういうものだろうか。
あれはモノの弾みというやつで本人からもお咎めはないと言われている。
それにだ、あれ以降ちゃんと相手を確認して話をするようには気を付けている。
さすがに切り捨て御免は勘弁してほしいからな。
「そんな事いう奴には美味い肉を食わせてやる必要はないな。」
「え、お肉!?」
「ロックフロッグの肉を仕込んでたんだよ。さっき臭ったのはそのせいだ。」
「でもロックフロッグってあの臭い奴でしょ?」
「食ったことあるのか?」
「ダンジョンに潜った時にちょっと。でも美味しくなかったよ?」
「どうやらそれがうまくなる魔法があるらしい。」
魔法というか仕込みだけどな。
「えー、本当かなぁ。」
「疑うなら食わなくていいぞ?」
「嘘嘘食べる食べる!」
「現金な奴め。」
「わかったから入り口で騒ぐな、そこに座って大人しくしてろ。」
「はーい。」
その後出てきたそれは、想像以上の味をしていた。
こりゃ半年後が楽しみだ。
そんなことを思いながらぺろりと一皿目を平らげ、二皿目を今か今かと待ちわびるのだった。




