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【祝!2200万アクセス突破!】転売屋(テンバイヤー)は相場スキルで財を成す  作者: エルリア


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245/1767

245.転売屋は星空を眺める

その日は珍しく寝付けない夜だった。


何をしても睡魔が訪れず、横で眠るアネットが身体を動かすたびに難しい顔をする。


程々の運動もして、いつもならよく眠れるんだが・・・。


まぁ、そんな日もあるだろう。


起こさないようゆっくりとベッドを抜け出し、服を着替えて下に降りる。


エリザもミラも自室で寝ているので台所は静まり返っていた。


音をたてないようにコンロに火をつけてお湯を沸かす。


戸棚の上に置いてあるココアパウダーを取り出し、少し多めにカップに入れた。


お湯を注げばあっという間にココアの出来上がりだ。


本当は牛乳を温めると美味しいんだが、がっつり飲みたいわけじゃない。


一口含み、大きく息を吐く。


あぁ、美味い。


心が落ち着いていくようだ。


そのままボーっとしていると眠気が来るかと期待したのだが、残念ながらそんなことは無かった。


暇なので庭の方に目線を向ける。


今日は満月なんだろう、昼間まではいかないがほのかに白い光が庭全体を照らしていた。


この間植えた種が目を出したのか、うっすらと影を残している。


なんとなく外に出たくなり、毛布を羽織って裏口の戸を開けた。


上を見ればやはり満月が真上から照らしてる。


気持ちのいい夜だ。


風もなく、ただ月光だけが降り注いでいる。


街の外に行けば月光花が輝いている事だろう。


とはいえ、流石に一人で行く勇気はない。


戸口に座り、カップを両手で持ちながらぼんやりと月を見上げる。


この世界に来てもうすぐ一年。


いや24カ月と言えばいいか。


あっという間に時間が過ぎて行ったように思う。


最初にこの世界に来た時はどうしようかと思ったが、意外と何とかなるものだ。


とんとん拍子で金が貯まり、人脈が出来、そして女達が来た。


今じゃ多分野に手をかける実業家みたいになっている。


えーっと、買取屋に畑に行商に錬金術師の派遣に薬師に・・・ルティエの副業とかもあったなぁ。


ただの転売屋だと嫌われた俺が、こんなにも多くの人に求められるようになるとは。


夢なんじゃないか。


何度そう思った事だろう。


よくできた夢だ。


目が覚めると、病院のベッドの上だったなんてオチがあるかもしれない。


でも、仮にそうだとしても今の生活は決して忘れないだろう。


願わくば、このままこの世界で一生を終えたい。


元の世界に未練なんてないしな。


ココアを飲み、大きく息を吐く。


白い吐息は天高く昇り、月光に照らされて光り輝いていた。


あぁ、気持ちがいい夜だ。


「そう思ってくれるのは嬉しいなぁ。」


「・・・誰だ?」


「誰でもいいじゃない、気持ちのいい夜なんだから何も気にしなくてもいいんだよ。」


突然聞こえてきた声が気にするなという。


確かに無視していいかもしれない。


これは俺の頭が勝手に作り上げた声だ。


なんて、納得すると思うか?


「そうかもしれないが、大きな独り言をする気は無くてね。この間は雪の妖精にあったし、今回は月の妖精か何かか?」


「ん~、違うけどそういう事にしておこうか。」


「姿は見せてくれないのか?」


「見えてるじゃない、真上に大きく。」


「月がしゃべるとは知らなかった。」


「僕は結構おしゃべりだよ、でも誰も聞いてくれないんだ。」


「みんな忙しいからな、夜はぐっすり寝てるんだろう。俺だっていつもは寝てる時間だ。」


「今日はどうして?」


「さぁな、案外お前に呼ばれたんじゃないか?」


そう言いながら上を仰ぎ見る。


大きな月が少しだけ揺れたように思えた。


「そうかもしれないね。随分と不思議なものをたくさん預かっているみたいだし。」


「そういう仕事だからなぁ。まともな物も変な物も沢山集まってくる。」


「お仕事楽しい?」


「楽しいぞ、今まで見たことのない物ばかりだし何をしても金が増えるからな。いつかは失敗するかもしれないがそれまではこれまでどおりやっていくつもりだ。」


「自信家なんだね。」


「いいや、元は臆病者さ。だが失敗を恐れていちゃ何もできない。幸い失敗してもどうにかなるだけの金を手に入れたからな、そのおかげで自信ありげに見えているだけだ。」


「人間って面白いね。」


「毎日見ていても飽きないだろ?」


月相手に何を話しているんだろうか。


そもそも本当に月かどうかもわからないというのに、なんていうか、雰囲気がそうさせる。


手に持ったカップはとうに冷え切って、最後に流し込んだココアは冷たい塊となって胃に落ちるのがわかった。


「うん、君たちを見ているのはとても面白い。その中でも君は特に、かな。」


「光栄だね。」


「でね、そのお礼をしようと思って今日来たんだけど・・・。」


「けど?」


「何が欲しい?」


「今まで見て知ってるだろ、金だよ。」


「え~それじゃあ面白くないよ。」


「いや、金持ってるのかよ、月なのに。」


「僕はすごいからなんだって持ってるんだ。」


なんだって・・・ねぇ。


俺に欲しい物がないかと聞く時点であれだけど、改めて欲しいものを聞かれると何も思い浮かばないものだ。


昔からそうかもしれない。


転売品とか金になりそうな物は欲しいと思うのに、いざ自分の為に欲しいものはないかと聞かれると何も思い浮かばない。


仮にあったとしても、そういうのは欲しいと思った時に買ってるんだよなぁ。


食べたい物があれば食べ、飲みたいものがあれば飲み、欲しい物があったら買っている。


もちろん買えるものはだが、大抵欲しいと思う物は手の届くものばかりだ。


「俺が欲しい物・・・ねぇ。」


「君が本当に欲しいと思う物。ずっと上から見ててもそれがわからないんだ。」


「凄いのにわからないんだな。」


「だからこうやって直接聞きに来たんじゃないか。」


「わざわざご苦労な事だ。」


「それで、君は何が欲しいの?言ってみなよ。」


「そうだな、俺が欲しいのは・・・。」


今欲しいものを考える。


お金か、物か、そのどちらか。


そのはずなんだが、中々思い浮かばない。


うーん・・・。


今欲しい物。


今したい事。


今、何を望んでいるか。


「お前が見たい。」


「え?」


「お前に向かって話をしているが、本当のお前はそこにいないんだろ?なんせ天高い所にあるんだ、声なんて聞こえるはずがない。でも聞こえているという事は、近くにいるという事だ。俺が今欲しいのは、お前の姿だな。」


何者かわからないままってのは変な気分だ。


それなら、ちゃんと目に見えるものであって欲しい。


今何を望むかと言われて思い浮かんだのはそれだった。


「変なの、何でも叶うのに僕が見たいっていうなんて。そんなこと言う人初めてだよ。」


「大抵は物か金か人か、そんな所だろ?」


「そうだね、俗物的な物ばかり。」


「俺だってそうさ、目の前に見えないのが嫌だからそれを望んだだけ、十分俗物的だよ。」


「そっかぁ、そうかもしれない。」


「ってことで、姿を見せてくれるか?えぇと・・・。」


「名前は無いんだ、適当に呼んでよ。」


「なら、ルナだ。確か月はそういう呼び名もあったと記憶している。」


英語だとMOONだったが、それ以外の言語、ラテン系では確かルナだった。


昔読んだ歴史の解説書にもそんな名前があった・・・気がする。


「ルナ、いいね気に入ったよ。」


「そいつはよかった。じゃあルナ、お前を見せてくれ。」


「なんだかそんな風に言われると恥ずかしいなぁ。」


「男、だよな?」


「性別は無いんだけど、どっちがいい?」


「どっちでもいい。」


ぶっちゃけどっちでもよかった。


しばらくして、月光が庭の中心に向かって集まり、ゆっくりと形を成していく。


現れたのは、金色に輝く長髪の女性だった。


「ふぅ、こんな感じかな。」


「寒くないのか?」


「生身の体じゃないから、こんな感じだけどどうかな。」


「このチョイスの理由は?」


「君、こういうの好みでしょ?」


「あぁ、そそられるのはそそられる。」


アネットのようなエキゾチックな顔に出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる身体。


とはいえ、モデル体型ではなく程よく肉付きのいいほうが好みだ。


それをすべて体現した美人が目の前で裸体をさらしている。


が、一切興奮しないのは神々しい雰囲気のせいだろうか。


「なるほど、こういうのもいいね。今後はこの姿で人前に出ることにしよう。」


「なら服は着たほうがいいな、色々と誤解が生じる。」


「君がそう言うなら従うよ、でも今日は準備ができないからこれで我慢してね。」


我慢って言われてもなぁ。


仕方なく毛布を手に取りルナの肩にかけてやる。


風邪をひくかはしらないが、気分的に全裸は気まずい。


「別に気にしなくてもいいのに。」


「気分の問題だ。願いをかなえてくれてありがとな。」


「どういたしまして。ねぇ、本当にこんなのでいいの?」


「あぁ、特別な品ってのは色々と面倒だ。これでいいんだよ。」


ふと店の戸棚に入れてあるオーブを思い出した。


あれもよくわからない存在からもらったものだが、なかなか面倒な部分もある。


あぁいうのはもう十分だよ。


「そっか、君がいいならこれ以上は何も言わないよ。っと、誰か来たみたいだからこれで。君をもとの世界に戻すとかそういう事は考えてないから安心していいよ。」


「おい、どういう事・・・。」


「シロウ様どうかされましたか?」


後ろを振り返ると不思議そうな顔をしたミラがガウンを羽織って立っていた。


慌てて元居たほうを見るも、もうルナの姿はない。


さっき言っていたのは聞き間違いじゃないよな。


元の世界に戻すことはない。


それを信じていいんだよな?


そんな事を思いながら上を見上げると、天高く光る大きな月が少しだけ震えたように見えた。


ルナのいた場所に落ちた毛布が、そこに彼女がいたことを教えてくれる。


「眠れなくてな、月が綺麗だったから見ていただけだ。」


「そうでしたか・・・。声が聞こえたので誰かいるのかと思いました。」


「こんな夜中に来るなんて迷惑な奴だな。」


「そうですね、ですが気のせいだったようです。」


「せっかくだ、一緒に月を見るか?」


「はい、お付き合いいたします。でも・・・。」


小走りで俺のほうに駆けてきたと思ったら、着ていたガウンを俺の肩にかけた。


「そのままでは風邪をひいてしまいますよ」


「そうだな。あそこに毛布があるからそれをかぶるよ。」


「なぜあんなところに毛布が?」


「迷惑な奴が使ったのかもな。」


不思議そうに首をかしげるミラ。


毛布を拾い、土を払ってからガウンの代わりにミラにかけてやる。


もちろん俺もそれに混ざるけどな。


二人で裏口にもたれ月を見上げる。


「綺麗な月ですね。」


「そうだな。」


「シロウ様はどこにも行きませんよね?」


「どうした急に。」


「なんとなく、そう思っただけです。」


「安心しろ、どこにも行く予定はないしどこかに行くのなら一緒に連れていく。」


「どこにでもお供いたします。」


「あぁ、これからもよろしくな。」


コトンとミラの頭が俺の肩にのる。


どのぐらいそのままでいただろうか、気づけば二人共そのまま寝てしまい、俺が居ない事に気づいたアネットによって起こされるのだった。


月はもう見えなかった。


でもまぁ、また明日登ってくるんだろう。


また、一日が始まる。


いつもとちょっと違う、新しい一日がな。

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送還されることが無さそうなのは良かったです
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