243.転売屋は贈り物をたくさんもらう
催しは大成功。
参加者は町中の奥様にとどまらず男性や冒険者のエントリーもあったらしい。
そして今はそれぞれが持ち寄ったお菓子が展示、審査されている。
街中がチョコの臭いで満たされているような感じだ。
いいねぇ、チョコ好きにはたまらない環境だ。
「シロウお待たせ、はいホットショコラータ。」
「お、ありがと。」
「町中がショコラータだらけになっちゃったわね。」
「いいじゃないか、みんな喜んでいるんだし。」
「こんなに美味しいの初めて飲んだわ、お酒もいいけど昼間はこれね、あったまるし。」
「二人は?」
「ミラとアネットなら露店で缶詰じゃないかしら、まさかあんなものまで仕入れているとは思わなかったわ。」
「何か言われなかったか?」
「別に、でも暇になったら代わってほしいって言われたから後で戻るね。」
「そうしてやってくれ。」
ギルド協会からの命令で、ショコラータを使った露店を出すように命じられた。
そこでショコラータとココアパウダーを入れたホットミルクを『ホットショコラータ』と命名して売り出したのだが・・・。
まぁ、この寒さなら間違いなく売れるよな。
もちろんココアパウダーで代用できると宣伝することも忘れない。
屋台の横に販売用のパッケージも置いているので、後でその売れ行きも確認しておこう。
この一週間、ただひたすらにチョコを割って詰めて、チョコを割って詰めて・・・。
かと思ったら粉末を小分けにして封をして、小分けにして封をして、と肩の凝る仕事ばかりしていた。
昔は老眼を意識したことも有ったが、まさかこの若い体になっても同じ感覚を味わう事になるとは。
「で、この後どうするの?」
「ん~・・・特になし。」
「じゃあさ、コンテスト会場に行こうよ。」
「食べられないのに行くのか?」
「見るだけでも楽しいじゃない。すっごい綺麗なお菓子がたくさん並んでるんだって。」
出来れば会場入りは避けたい所だが、何かあっても店の手伝いがあるで逃げることも出来るか。
「まぁ行くだけな。」
「やった!」
エリザに手を引かれて、コンテスト会場となる街の北側へと向かう。
貴族街へと向かう大きな交差点を封鎖してそこに多くのお菓子が並べられていた。
アクリル?のような透明な箱に入れられている。
確かにこれなら土埃で汚れることも無いだろう。
「中々だな。」
「ね、思った以上にお菓子好きの人が多いみたい。私ももっと勉強しなきゃ。」
「菓子屋でも開くのか?」
「ん~、せめてこの人達に負けないぐらいにはなりたいかな。」
並んだ菓子はどれも美味しそうで、チョコが随所に使用されている。
中には、かなり金のかかっているであろうチョコケーキもある。
10グラム銅貨35枚として、この量を作るのに一体どれぐらいかかってるんだ?
確かに参加賞目当ての作品も多いが、先程のようにかなりがっつり作っている物もある。
「ね、みて!」
「お、早速取り入れたか。」
「プリンの上に生クリームをのせてショコラータを上からかけるなんて・・・美味しくないわけがないじゃない!」
「ドルチェもなかなかやるじゃないか。」
「プリンを使った作品は他にもあるが、やっぱりこれが一番ね。」
「今度俺達も作ってもらうか。」
「うん!」
作品の横には名前の書いたプレートが置かれてある。
ほとんど知らない名前だが、ドルチェやルティエ、リンカの名前もあった。
一番意外だったのはマスターだな。
「酒に合うショコラータ・・・ねぇ。」
「合うと思うか?」
「甘じょっぱい感じなら合うかも。」
アーモンドと絶妙な割合で配合された米菓子にチョコをかけたものもあったな。
目の前にあるのは干し肉のチョコかけだが、案外美味しいのかもしれない。
「あ、シロウだ!」
「シロウだ~!」
会場をぐるりと回った所で、突然足元に何かがぶつかってきた。
下を見ると孤児院のガキ共が足に群がっている。
「すみません、シロウ様。こら!勝手に走っちゃ駄目でしょ!」
「モニカも来てたのか。」
「会場のお手伝いをお願いされまして。」
「お仕事なの!」
「そうか、頑張れよ!」
「うん!」
よく見るといつもと違う可愛らしい服を着せられている。
どんな仕事かはわからないが、こんな日にも働くなんてご苦労なこった。
「そうだ、これあげる!」
「ん?」
「私もあげる!」
「僕も!」
「俺も!」
「なんだなんだ、急にどうした。」
足に群がっていたガキ共が突然衣装のポケットを漁り始める。
出てきたのは・・・茶色い飴玉だった。
「ショコラータのチョコなの!貰ったんだ!」
「美味しかったからシロウにもあげる!」
「いいのか?無くなるぞ?」
「いいの、今日は贈り物の日でしょ?」
「だからあげる!」
「いつものお礼だそうで、その私からもよろしければ。」
子供に混ざってモニカまで何かを取り出した。
いや、どこから取り出した・・・ってのは聞かないお約束か。
とりあえず飴を一つ口に入れてみる。
チョコ味のそれは子供向けにかなり甘く作られていたが、まぁ不味くはない。
「美味しい?」
「あぁ、美味しいぞ有難うな。」
ガキ共の頭を順番に撫でていき、モニカの所で手を止める。
「中身は今開けた方がいいか?」
「いえ、戻られてからで構いません。いつもありがとうございます、ほらみんな行きますよ。」
「「「「は~い!」」」」
まるで保育園の先生のように子供達を連れてモニカが審査会場へと消えていった。
「何貰ったの?」
「帰ってからの楽しみなんだとさ。」
「ふ~ん。」
「なんだよ。」
「贈り物の日だもんね、子供に囲まれた時嬉しそうな顔してたわよ。」
「まぁ悪い気はしないさ。」
飴玉を口の中でコロコロ転がしながら来た道を戻り、二人の待つ屋台へと向かったのだが・・・。
「あ、シロウさん!」
「ルティエじゃないか、会場に行かなくていいのか?」
「えへへ、選考落ちなのでここまでです。でもでも、参加賞だけでもすっごいんですよ!」
「中々いい出来だったじゃないか、お菓子作りの才能もあるかもな。」
「ありがとうございます!で、よかったらこれ、貰ってください!」
まずルティエに遭遇し、赤い箱を貰う。
中には銀色に輝くブレスレットが入っていた。
「いいのか?」
「そんな高い物じゃなんですけど、贈り物の日なので今までのお礼という事で。」
「わざわざありがとな、早速つけさせてもらうよ。」
「あ、向こうで仲間が呼んでるのでまた!」
そう言って元気に走って行ってしまった。
そしてすぐさま、別の人に呼び止められる。
「シロウ様、エリザ様こんにちは。」
「どうだ、自分の仕入れた物が街中に溢れる感想は。」
「やりがいと充実感でいっぱいです。どこを歩いてもショコラータの甘い香りに包まれて、お仕事をやっていた甲斐がありました。」
「だろうな、これからも引き続き頼むぞ。」
「おまかせください。それで、よかったらこれを・・・。」
次にハーシェさんから青色の箱を貰った。
中には高そうなペンが入っている。
「帳簿をつける時に等ご使用ください、こんな物で今までのご恩はお返しできませんけど、せっかくの日なので。」
「ありがとう、ありがたく使わせてもらう。」
「では、約束があるのでまた。」
ぺこりと頭を下げてハーシェさんも路地の向こうへと消えて行った。
さらにさらに・・・。
「あ、シロウさんじゃないか。」
「イライザさん、参加しなかったんだな。」
「お菓子作りってのはどうも性に合わなくて、やっぱり豪快に作りたいじゃない?」
「あはは、気持ちはわかる。」
「今度新しい料理を考えたからみんなで食べに来てよ。」
「喜んで。見ろ、エリザが尻尾振ってるぞ。」
「誰が尻尾振ってるよ!」
「楽しみだろ?」
「楽しみに決まってるじゃない、絶対美味しいわよ。」
「二人とも有難う。っと、そうだ、シロウさん良かったらこれを貰ってくれないか?」
今度はイライザさんが緑色の箱を差し出した。
中を開けるとそこにあったのは・・・箸?
「この間話してた箸ってのに似てると思って、お客が持っていたのを買ったんだ。なんでも随分と東の方から旅をしているそうだよ。」
「本当か、それはいい事を聞いた。次からはこれを持ってお邪魔させてもらう。」
「気に入って貰えて良かった。じゃあ、私は会場で審査員をするからまた。」
嬉しそうな顔をしてイライザさんも人ごみの中へと消えてしまった。
露店に行くまでのわずかな距離でこんなに物を貰うなんて、有難いがなんだか申し訳ない気もする。
「モテモテじゃない。」
「そういう日だからな、気を使ってくれたんだろう。」
「ふ~ん。」
「ほら、急いで二人の所に戻るぞ。」
「・・・私達も負けてないんだから。」
「何か言ったか?」
「何でもないわよ!」
突然プリプリと怒りだし、エリザが先に行ってしまった。
まったくこれだから女は。
露店は引き続き大盛況で、裏が大変な事になっていた。
「お帰りなさいませ、帰ってきて早々申し訳ありませんが食器の片づけをお願い出来ますか?」
「そっちは任せろ、トイレとかは大丈夫か?」
「それはなんとか。あ、いらっしゃいませ!ホットショコラータがお二つですね。」
「すぐ出すからちょっと待ってね。」
一足先に戻っていたエリザが注文を受けて牛乳を温め始める。
その横で洗い物を済ませていると、露店の奥にカラフルな箱が山のように積まれていた。
「なぁ、あれはなんだ?」
「さぁ知らない。」
「ふむ・・・。」
「あれはご主人様宛に持ち込まれた贈り物です、お名前を書いてありますので終わりましたらご確認下さい。」
エリザが温めた牛乳に溶かしたチョコとココアパウダーを入れてアネットが素早く店頭に戻って行った。
あれ全部が贈り物・・・?
マジかよ。
「いくら贈り物の日とは言え、多すぎないか?」
「それだけ皆様が感謝してるという事です。ちなみにですが、アナスタシア様も来られまして贈り物を置いて行かれました。」
「何でそんなことするかなぁ。」
「お歳暮のお礼だと思われます。」
いや、お歳暮にお礼って、不毛すぎるだろ。
まいったなぁ、お礼のお礼を考えないといけないのか・・・。
「それとですね、露店が終わりましたら私達からも日頃の感謝を込めて贈り物を用意しております、どうぞお楽しみに。」
「ちょっとまて、それは聞いてないぞ。」
「だって言ってないもの。覚悟してよね、誰よりも素敵な贈り物なんだから。」
「夜まで待ってくださいね。」
チョコだけに甘い贈り物・・・いや、まさかそんな古典的な奴はないだろう。
あれは元の世界の発想だし。
その夜、大勢の人からもらった贈り物を確認しながら、女達からの贈り物を体の底から堪能させられるのだった。
発想はどの世界も同じなんだな。




