24.転売屋は決断する。
まるで浮気現場に奥さんが乱入したような感じだ。
いや、そんな経験はないんだけども。
俺の首をガクガク揺らすオッサンに、俺の手を引っ張って抗議する子供。
あ、見た目は子供なだけで中身はオッサンだからどっちもオッサンだな。
そして揺すられてる俺もまた元オッサンだ。
オッサンオッサンとまるで花がない状況に正直申し訳なくなる。
はてさてこの現場どう収めてやろうか。
「とりあえず落ち着け!」
「落ち着いてられるか!」
「そうです!」
いや、落ち着けよ。
とりあえず胸ぐらをつかんでくるオッサンを引っぺがし、反対側の子供も同様に腕を持ち上げて落とす。
不満たっぷりの二人に睨まれながら俺は大きく息を吐いた。
「そんなに騒いだって何も始まらないだろ、ここは商人同士商談と行こうじゃないか。」
「商談・・・ですか?」
「あぁ、アンタはこれが欲しい。んでこっちもこれが欲しい。」
オッサンの前にクリムゾンティアを掲げ、それをリングさんの方に動かして見せる。
その動きに二人が大きく頷いた。
「正直にいうと別に俺は要らないんだよね。」
「なら!」
「だけどタダってわけにはいかないのはわかるよな?」
「なるほど商人だから見返りではなく商売をしろと言うわけか。」
「そそ、このまま渡したら俺だけが損をする。それは流石にいただけないわけですよ。」
このまま売れば金貨120枚。
オッサンには申し訳ないがそれを選ぶ方法もある。
俺も善人ってわけじゃない。
でもそれをすると絶対に恨まれるんだよな。
それでまた突き飛ばされたり後ろから刺されたりってのは流石に困る。
あんな恐怖は二度と御免だね。
「ではどうすればいいんです?」
「だからここからが商談なんだって、冷静になってもらえた?」
「・・・はい。」
よしよし。
何事も冷静に、感情的になって良い事は何もないからな。
「つまりどう転んでも私の手元にはそれが転がってくると考えていいわけだな?」
「そういう事ですね。ですが貴方にも商談には参加して貰いますよ。」
「なに?私は貴族ではあるが商人ではないぞ?」
「言いましたよね、俺だけが損をするのはいただけないと。」
「・・・よくわからないが手元に来るのであれば文句はない。まずはそっちを終わらせるがいい。」
「んじゃま商談なんだけどな、オッサンの買ったっていう肉と酒それを全部譲ってくれ。」
ハイ?っていう顔をするオッサン。
うん、顔は口ほどにものをいうとはこのことだな。
中々間抜けな顔だ。
「あれを?」
「あぁ、倉庫かどこかにあるんだろ?」
「えぇうちの倉庫に置いてありますが・・・。」
「肉はまだ新鮮だよな?」
「冷却用の倉庫に入れていますから。ですがそれも時間の問題ですよ。」
「腐ってなかったら別に構わないよ。」
俺の直感が正しければ何とかなる。
ぶっちゃけこの取引で損をすることはないんだよな。
元々これはオッサンのだし、俺の手で手に入れたものじゃない。
だから返せと言われれば返すべきモノなんだろう。
でもただじゃやっぱり気分的に嫌だから見返りが欲しいというわけ。
強欲?
褒め言葉だね。
「それで私の所に戻って来るんですよね?」
「あぁ、それを渡せば無事に金が入って来る。さらに在庫も処分できる、一石二鳥だろ?」
「本当にそれだけでいいんですか?」
「金貨120枚分の取引だからな、金貨50枚じゃちょっと足りないが・・・。そうだ、肥やしになってる装備とか道具があったら一緒に貰えるか?売れ残りでも構わない。」
「そんなものであれば。」
「んじゃこっちは商談成立だ。だが、品はちょっと待ってくれよ、こっちとも商談があるんだ。」
物を渡す前にくるりと反転してもう一人の商談相手と向き合う。
今更だが相手が相手だからな、怒らせないうちに終わらせるとしよう。
「お待たせしました。」
「私に何をさせるつもりだ?」
「俺には貴方がどれだけ凄い人かはわからないが無理を承知で頼みがある。この街で店を開きたいんだがその口利きをしてくれないか?」
「なんだって?」
「だから店を開きたいんだって。だが残念な事にどこにも空きはないんだって話なんだよ。」
最初は丁寧に説明するつもりだが一気にめんどくさくなった。
言葉遣いももう諦めてくれているという事にする。
「なら無理だろう。」
「それを何とかできないかっていう相談だ。もちろんその上で無理なら諦めるが、俺にない力で何とかなる話ならそれにすがりたいんだ。」
「つまり私の身分を利用したいという事だな?」
「その通り。」
「普通ならそのような事に手を貸すことはないが、今回は事情が事情だ。手に入らないと思っていた品を私の元に持って来たことに免じて話に乗ってやる。ただし、保証はしないぞ。」
「それで十分だ。」
「それだけか?」
「オッサンと同じく家に使ってないモノとか不要な装備があったら分けてほしい。もちろんここの人じゃないのはわかっているから、家に戻った時でもいいんだが・・・。」
「そのような物ならいくらでもある。ちょうど倉庫を掃除したいと思っていたところだ、後悔するぐらいに送り付けてやろう。」
いや、後悔するぐらいって・・・。
頼む内容間違えたかな。
でもまぁこれで俺だけが損をすることはなくなった。
さらに全員が全員望むべき状況になる。
三方丸く収まるわけだな。
「ほんじゃま商談成立だ。それじゃあまずこれをオッサンに渡して・・・っと。確かに渡したからな。」
「はい!いただきました!」
「そんでもってそれがこっちに移動すると。」
「とうとう私の手元にこれが・・・待っていろマリアンナ!」
マリアンナという人なのか。
王族らしいけど、まぁ俺には関係ないな。
「金の話はそっちでやってくれ。良かったなオッサン、店は破産しないみたいだぜ。」
「ありがとうございます、本当に何とお礼を言っていいのやら。」
「さっきは恨んでいるなんて言ったが、オッサンのおかげで多少気持ちが救われた部分もあるからな。肉と酒の件忘れるなよ。」
「何処にもっていけば?」
「話が終わったら三日月亭に来てくれ、そこに宿を取っている。」
「わかりました。」
今度は胸倉ではなくしっかりと両手で握手をする。
先ほどまでの絶望した顔が嘘みたいに晴れやかだ。
いいねぇ、その顔。
俺もつられて笑顔になる。
元はと言えばこのオッサンがクリムゾンティアをくれた所から始まったんだ。
俺としてみれば元手0で肉と酒、それと大量の品々をゲットできたんだから大儲けと言っていいだろう。
「なら私もそこに品を送ればいいのか?」
「あー、できればこのオッサンの所に送ってくれると助かる。店を持っていない以上置く場所がないからな。構わないだろ?」
「あの肉と酒が無くなればまるまる一つ倉庫が空きます、そこで良ければ。」
「使用料が必要なら言ってくれ・・・といっても高すぎるのは勘弁してくれよ。」
「面白い男だなお前は。」
「それは褒められていると思っていいんだよな?」
「あぁ、貴族である私を前にしてその口ぶり。久々に気持ちのいい話が出来た。」
貴族がどんな話をしているかは知らないが、うわべばかりの会話ばっかりなんだろうな。
やだねぇ身分ばかりの金持ちは。
「口調については目を瞑ってくれるんだよな?」
「仕方あるまい、変えろと言ってすぐに変わるものではないのだろう。まったく、子供のように見えて中身は随分と年を食っているのではないか?」
「いやいや、それは貴方のほうだろ。」
見た目は子供中身は大人。
ん?俺もそうなるのか?
見た目二十歳で中身40だもんな。
「こんな遠くまで来てどうなるものかと思ったが・・・。本当に助かったぞ二人共。」
「もったいないお言葉です。」
「早めに子供作れよ。」
「本当にお前は口が悪いな、言われるまでもない来年までに必ず跡取りを授かってみせよう。」
「やだやだこんな公衆の面前で家族計画なんて。」
「お前が言わせたんだろうが!」
俺達を囲んでいたやじ馬が声を出して笑っている。
それを聞いて怒っていた当人の顔にも笑みが浮かんでいる。
本当にうれしいんだろう。
どうなる事かと思ったが、何とかなって何よりだ。
後はこのお貴族様の権力に期待するだけだな。
「それじゃ俺はこれで、店の件よろしく頼む。」
「出来る限りの事をさせてもらおう。」
「私もそう言う話を耳にしたらお伝えします。」
「そうだ、オッサンの名前聞いてなかった!」
「ハッサンです。」
まさに破産しかかったってか?
うー寒。
もう一度二人に頭を下げてからその場を後にする。
気付けばあれだけいたやじ馬もいなくなっていた。
動きが早いな。
「あ、シロウじゃない!」
「なんだもう戻って来たのか?」
「きいてよ!これ凄いのよ!?」
「知ってるよ、それでどんな感じだった?」
帰り際三日月亭に戻る俺をエリザが後ろから追いかけて来た。
ダンジョンから戻ってすぐなんだろう、ギルドから借りた鎧には返り血がこびりついている。
普通に考えたら汚いと思う所だが、こいつにはこういう見た目が良く似合うな。
「もうすっごいの!」
「それじゃわからないんだが。」
「なんていうか、今まで苦労していた敵がスパッと切れて、それでいて攻撃を防いでもガキン!って跳ね返して、さらに火がブワァァァ!って出て、それで・・・。」
「わかったわかったもういい!それで稼ぎは?」
「えへへ、今日は珍しい素材も出たから銀貨5枚も稼いじゃった。」
「半日でそれはなかなかだな。」
普通ならな。
だが、一日の使用料を銀貨5枚で設定していたら損はしないが利益も出ていない。
中々に難しい所だ。
「でしょー、今日は私がおごってあげようか?」
「いいのか?」
「シロウもいいのあった?」
「まぁな、良い稼ぎになりそうだ。」
「へ~、ちなみにいくらぐらい?」
「そうだな金貨100枚って所か。」
「ひゃくま・・・!?」
俺の答えを聞いたエリザが目を真ん丸に見開いて絶句する。
こいつも表情で会話できるタイプか。
「おい、奢ってくれるんだろ?さっさと帰って一発ヤるぞ。」
何をどうすれば金貨100枚になるのかって?
それは見てのお楽しみってやつだ。
そのまま固まってしまったエリザを引っ張りながら、俺は三日月亭へと戻るのだった。




