239.転売屋は花?を買う
13月ももうすぐ終わり。
明後日には14月が始まる。
長かった冬も後一か月っていうわけだ。
その冬を名残惜しむように寒さが戻って来ている。
俺は焔の石を懐に入れて露店で静かに丸くなっていた。
「お~さむ、さすがに今日は客が少ないなぁ。」
「雪も降り出してきたな、今日は早じまいするか。」
「お、おっちゃん帰るのか?」
「あぁ、モイラさんと同じくさっさと帰るよ。」
おばちゃんは昼前には早々に退散していた。
客数はいつもの半分以下、雪も降りだしたのでもっと少なくなるだろう。
俺もさっさと帰った方がいいかもな。
「なら残り全部買うわ。」
「いいのか?」
「あぁ、この感じだと明日以降は難しいだろ?久々にゆっくりしたらどうだ?」
「そうさせてもらうよ。全部で・・・銀貨12枚でいいぞ。」
「安すぎないか?」
「持って帰る手間を考えたらそれでいいんだよ、いつも買ってもらって悪いな。」
「良いって事よ。」
おっちゃんの所の保存食は長持ちするし味も悪くない。
それに牛乳やバターはエリザ達がお菓子作りに使うだろう。
なんならドルチェに差し入れてもいい。
そういえば今日は見かけなかったな。
この寒さじゃ売れないとわかっていたのかもしれない。
おっちゃんに代金を支払って全ての在庫を引き受ける。
持ってきた大剣に背中を預けて俺は灰色の空に向けて白い息を吐いた。
雪だ。
これあ大雪になるかもしれないな。
「じゃあな、兄ちゃんも風邪には気をつけろよ。」
「はいよ、気を付けて。」
荷台を押しておっちゃんが市場を後にする。
他の露店も皆早々に店じまいをするのか、片付けを始めていた。
俺はどうすっかなぁ。
また持ってくることを考えるとぶっちゃけ面倒なんだが、この寒さじゃ冒険者も出歩かないだろう。
中休みの鐘を聞いたら帰るか。
よし、そうしよう。
そして今日は鍋だ。
イライザさんの店で肉鍋にしよう。
そうと決まれば予約を・・・ん?
人も疎らになった市場の奥に、何やら華やかな場所がある。
時期でも間違えたのかと言わんばかりの不思議な空間。
その異様さに近寄る人もいないようで、店主は膝を抱えて座っていた。
まるで今の俺のようだ。
「いったいどうなってるんだ?」
気になったら即行動だ。
不在の札を置き、お目当ての店まで向かう。
「まだやってるか?」
「え、あ、はい。やってます。」
客が来たというのにテンション低めだな。
いや、眠いのか。
今にも瞼が落ちそうになっている。
「この時期にこれだけの花、どうやって準備したんだ?」
「お花?あぁ、お花ですか、お花は採って来たんです・・・。」
「この寒さでこれだけの花が?」
「ダンジョンの中は暖かいから・・・。」
あぁ、なるほど。
ダンジョン産の花なのか。
それなら寒さも時期外れも納得だ。
赤、黄色、ピンク、緑、青まである。
灰色の世界にここだけインクを落としたような不思議な空間。
「で、これはいくらだ?」
「えへへ、お兄さん買ってくれるの?」
「売り物だろ?」
「うん、売り物~。」
「随分眠そうだな。」
「徹夜で採ってきたから・・・、ちょっと寝ていい?」
「いや、寝ていいって、おい寝るな。こら。」
客を目の前にして本当に寝やがった。
幸せそうに膝を抱いて頬お膝の上にのせている。
あっという間に寝息を立てた店主・・・その女性の前に立ち尽くす俺。
だからいくらなんだよ。
っていうか盗まれても知らないぞ。
そう思いながら花に手を伸ばした次の瞬間。
「シャ~!」
花が俺の手を噛もうとした。
いや、カチ!って歯の当たる音がしたから噛んだ。
幸いにも空を噛んだだけで俺の手は無事だが・・・。
食虫植物?
いや、この場合は食人植物かもしれん。
よく見ると他の花も全て口がついている。
まるで有名なゲームに出てくる敵キャラだ。
そりゃ誰も買わんわ。
まともな花ならともかく置いておくだけで身の危険を感じる花とか、そもそも売っていい物なのか?
謎だ。
とりあえず危険なので自分の店まで戻り様子を見る。
さすがに無差別に人を襲う事はしないようで、近づいてきても花が動くことは無かったが、手を伸ばした不埒者には威嚇の如く歯をむき出す。
なるほどなるほど。
どれぐらい眺めていただろうか、昼の中休みの鐘がなりハッと我に返った。
向こうも音に驚き起きたようだ。
市場の半分以上は店じまいをして他も片づけを始めていた。
俺も片づけるとしよう。
さくっと持ってきた荷台に荷物を詰め込み撤退準備を終える。
どれ、帰るとするか。
来た時よりも荷物が増えているのはご愛敬だ。
重たい荷台を押しながらも目線は例の花屋の方を向いてしまった。
目覚めたにもかかわらず彼女はボーっとしたまま。
うぅむ、気になる。
荷台を放置するわけにもいかないので、そのまま彼女の方へと向かってみる。
「あ、さっきのお兄さんだ。」
「少しは寝れたか?」
「うん、スッキリ。」
「で、その人の手を噛みちぎろうとする花は売り物なんだよな?」
「あ、勝手に持って行こうとしたの?」
「触ろうとしたら噛まれそうになったんだよ。」
「悪い事しなかったら噛んだりしないよ。」
いや、そうかもしれないが・・・。
花弁のど真ん中に漫画のようなギザギザの歯が10本ほど見える。
ニヤリと笑っているようだ。
「こいつは魔物なのか?」
「違うよ、ただのお花。」
「花が人を噛むのか?」
「ちゃんと魔力をあげれば懐いてくれる。」
「今まで売れたことは?」
「この前は三か月前に売れたかな?」
「・・・よく露店に出す気になったな。」
「欲しい人は欲しいみたい。この大きい子達はなかなか売れないけど。」
つまり売れ残りなんだろう。
当然だな。
「他に使い道は無いのか?防犯に使えるとか。」
「あ、花粉と種が薬に使えるよ。」
「ほぉ。」
「ちなみにこれ。」
彼女が手渡してくれた真っ黒い大豆のような何かを受け取る。
『カニバフラワーの種。摂取した餌の魔力を凝縮して作られており、これを材料に混ぜると薬の効果や薬品の効果が上がる。最近の平均取引価格は銅貨50枚、最安値銅貨30枚、最高値銅貨77枚。最終取引日は10日前と記録されています。』
ほぉ、なかなか面白い素材のようだ。
アネットに渡せばいいように使ってくれるだろうか。
「この種だけを売ってないのか?」
「ん~、ダンジョンに行けば手に入るけど・・・。」
「個人的には種だけ欲しいんだが。」
「それじゃあこの子達が売れないし。」
「いくらで売るつもりだ?」
「銀貨1枚。」
やっす!
種一つが銅貨50枚としても二個で元が取れてしまう。
まてよ、一つ落としたら死ぬとかそんな感じか?
「種は何度でも取れるのか?」
「うん、魔力を与えたら枯れないから。」
「魔力はどうやって与える?魔石か?」
「それだと純度が高すぎて成長し過ぎちゃうんだよね・・・。やっぱり餌から摂取するのが一番かな。」
「・・・魔物かぁ。」
「死んでても大丈夫だよ?」
「むやみやたらに人を襲わないんなら考えてもいい。」
「その辺はちゃんと命令すれば大丈夫。」
本当に大丈夫なんだろうか。
確かに本人は噛まれる事無く花の茎を撫でているが・・・。
うーむ。
「ちなみに、命令を聞かなかったことは?」
「ないよ、ちゃんとご飯さえ上げてれば言う事を聞くからそこらの魔獣よりも賢いかも。」
「ふむ・・・。」
ふとこの間の襲撃を思い出してみる。
もしルフ以外の魔獣が居たら多少は被害を減らすことが出来たんだろうか。
奴らは街道からではなく畑の北側から侵入してきたらしい。
むこうは草原と直接面しているからなぁ。
っていうか草原を耕して畑にしただけか。
出入り口も作るつもりだし、出来ればあっちの被害だけでも減らしたい。
よし、やるだけやってみるか。
「町の東門の先に畑があるのは知ってるか?」
「この間魔物が襲ってきたところだよね?知ってる。」
「実はあそこは俺の畑なんだが、一番北側の塀沿いにそいつを植えたいと考えている。手配できるか?」
「え、買ってくれるの?」
驚いた顔で俺を見てくる。
いや何でそこで驚く。
「エサは魔物の死骸でいいんだろ?それならダンジョンで幾らでも手に入るし、北側を勝手に守ってくれるなら好都合だ。取れる種も魅力的だしな。どれぐらいの頻度でとれる?」
「ん~、エサの量にもよるけど十日に一回ぐらい。」
「全部買おう。もし足りなかったら植えた後で請求してくれ。」
「本当に買うんだ・・・。」
「手配出来るよな?」
「当たり前だよ、まかしといて!」
とりあえず手付として後ろで俺に向かって満面の笑みを浮かべる花達の代金を支払う。
「明日のお昼には終わってるから、お兄さん有難う!」
さ~て、帰ってどうやって説明しようか。
曇天の空を仰ぎ見て大きく息を吐く。
空に白い息が昇っていくのを見つめながら、言い訳を考えるのだった。




