237.転売屋は新しい菓子を食す
蟻砂糖を売り捌き、ホクホク顔で店に戻る。
その途中の事だった。
「ん?」
市場に見慣れない露店が出ていた。
行列が出来ているわけではなくむしろその逆で、客が全く寄り付かない。
いったい何の店なんだろうか。
近づいてみると、黄色い台形型の何かだった。
円錐台だったら見覚えもあるのだが、真四角だもんなぁ。
まるで豆腐だ。
「いらっしゃいませ~。」
通り過ぎる人に呼び込みをかけるも皆チラ見するだけで客は寄ってこない。
朝から出店していると仮定して今は昼過ぎ。
疲労の色が濃い。
どれ、冷かしてみるか。
「あ、いらっしゃいませ!」
「これは何なんだ?」
「お菓子・・・なんですけど・・・。」
「なんで店主が自信なさげなんだよ。」
「お菓子と呼んでいいのか料理と呼んでいいのかいまだに悩んでいるんです。」
「見た感じ食べ物であるのはわかる。だが、形が変だな。」
「これ自体が柔らかいので、すぐにへにゃんってなっちゃうんです。でもでも!一度食べていただければこの良さがわかるはずです!」
見れば見る程豆腐に見える。
しかも黄色い豆腐。
お世辞にうまそうには見えないが・・・。
「なら一つ貰おう、いくらだ?」
「一つ銅貨7枚です。」
「・・・まぁそんなもんか。」
銅貨7枚あれば小さなパンが三つは買える。
そう考えるとこの得体のしれない食べ物に金を出すのは憚られるだろう。
店主の女性は嬉しそうに店の裏に置いていた冷蔵の魔道具から同じものを取り出した。
木製の四角い升に入っているようだ。
「このまま食べればいいのか?」
「よかったらこのスプーンをどうぞ。それと、できれば容器は返してもらえると助かります。」
「これを作る方が高そうだ。」
「えへへ、実はそうなんですよね。」
木製のスプーンを貸してもらいその場で一口食べてみる。
「・・・これは。」
「どうですか?」
「薄いな。」
「えぇ、結構砂糖入れたのになぁ。」
「いや、甘みはあるんだぞ。だが思っていたよりも薄く感じただけだ。」
「え、知ってるんですか?」
これはプリンだ、間違いない。
若干味が薄く、カラメルも乗っていないし、形も四角だがプリンだ。
よくよく考えればあって当然だよな。
別に難しいお菓子でもない。
もちろんそこに行きつくにはものすごい困難があったんだろうが、知っていればこんな物かっていうレベルの料理ではある。
「これは何て名前なんだ?」
「パピロンってうちでは呼んでいます。」
「俺はプリンって名前だったな。」
「う、そっちの方が可愛い・・・。」
「まぁ料理なんて地域が違えば名前も違うんだ。問題ないだろ。」
「絶対に私が初めてだと思ってたのに・・・。違ったんだぁ。」
「知っているがここで食べるのは初めてだ。店でも売ってなかったしみんな知らないんじゃないか?」
「でもでも、誰も買ってくれないんですよ?」
「そりゃ得体のしれない料理だからだろ。試食させればいいじゃないか。」
試食販売無くして実売無し。
誰もが知っている物ならともかく、そうで無いモノを売るのは大変だ。
それこそ、旅先で出会った料理ならその土地のものだと思って食べるがここはそう言う場所じゃない。
まぁこの味だと結果は見えてるだろうがなぁ・・・。
「でも試食すると売り物が減っちゃいます。」
「損して得取れだ、もちろんそれが嫌なら他の方法を考えるんだな。ごちそうさん。」
代金を支払ってその場を後にする。
別に俺が関与する必要はない。
むしろプリンなんて懐かしい物を思い出させてくれたんだ、早速かえって作ってみるか。
蟻砂糖全部売らなくてよかった。
「ってことがあったんだよ。」
「プリンですか。」
「知りませんね。」
「で、シロウが作っているのがそうなの?」
「あぁ、蒸し終わったから後は冷やしたら完成・・・のはずだ。」
ココットが無かったので適当なカップに入れたが問題はないだろう。
卵を泡立てない様に混ぜて蟻砂糖を入れて同じく混ぜ、そこに沸騰寸前まで熱した牛乳を入れてこれまた混ぜる。
後は濾しながら容器に移して風蜥蜴の被膜で軽く封をし、水を引いたフライパンの上に適当な布をひいてその上にのせて蒸してやればいい。
俺の記憶ではこんなかんじだったはずだ。
んで出来上がったやつを冷蔵用の魔道具に入れて冷えたら出来上がり。
「まだかかるのよね?」
「あぁ、先に晩飯にするか。ついでだし今日は俺が作ろう。」
「やった!シロウのご飯だ。」
「今日は何でしょうか。」
「楽しみですね。」
さすがに凝った料理は無理だけどな。
パスタが目に止まったので今日はカルボナーラにするか。
丁度卵と牛乳は目の前にある。
ベーコンは・・・干し肉で代用すればいいだろう。
オニオニオンもあるしな。
ってことでパスタを茹でつつ横でソースと具材を一気に作って、最後にゆであがったパスタを入れれば・・・はい、できた。
「パスタだ!」
「良い匂いですね。」
「さっさと食えよ、冷めると不味くなる。」
「「「いただきま~す!」」」
おっと、黒コショウも忘れずに。
胡椒といってもペパペッパっていう植物系の魔物から採れる種だが、味は完璧に胡椒だ。
うん、美味い。
女達も大満足なようで何よりだ。
食後、洗い物を任せて一息つけばあっと言う間にプリンも完成だ。
取り出して容器をひっくり返してみる。
が、出てこない。
某ぷっちんみたいには無理か。
まぁそのまま食べればいいだろう。
カラメルも入れてないし、見た目は二の次だ。
「お、お、お、おいしいいいいい!」
「甘くてとっても美味しいです!」
「甘いだけでなくちゃんとコクもありますね、それにこの食感。シロウ様これはすごいですよ。」
「蟻砂糖を使うと良い感じにコクがでるな。よしよし、いい感じだ。」
「こんな美味しいお菓子があるなんて、シロウこれでお店を出しましょう。絶対に売れる、私が保証する!」
「エリザ様の言う通りです!」
「似たような料理は他にもあるみたいだからなぁ・・・。」
「それに、売るとなると材料が足りません。どのぐらい売れるかもわかりませんし、お店を出されるのであれば蚤の市などで試してからが良いでしょう。」
さすがミラ、美味しさに感動して暴走することは無かったようだ。
それに、利益の問題もある。
確かにおっちゃんから直接卵と牛乳を仕入れれば材料費は安いが、一個単位の利益は微々たるものだ。
一個銅貨7枚として200個売ってトントン、そこから上が黒字って感じだろう。
蟻砂糖が普通の四倍はするからなぁ。
とはいえそれを売価に転嫁すれば一個銅貨10枚を超えてしまう。
銅貨7枚がギリギリのラインだろう。
そう言う意味では昼間の彼女は良い線ついていたと思う。
まぁ、売れていなかったけど。
「全部食うなよ。明日持って行く場所があるんだから一つは置いとけ。」
「は~い。」
「何処に持って行くんですか?」
「昼間の店主に御礼代わりに食わせてやるつもりだ。」
「それってひどくありません?自分の方が美味い物を作れるって教えに行くようなものですよね。」
「そう言う考え方もあるが、向こうも商売だからな。それをどうプラスに持っているか見ものだろ?それに自分で作るのも楽しいが、やっぱりめんどくさい。買うのが一番だよ。」
幸い金はたっぷりある。
昔では考えられなかったが、時間は金で買う。
まさにその通りだと思っている。
どうしても食べたくなったら今日みたいに自分で作ればいい。
それにしても、菓子かぁ。
料理もそうだがこの世界に来て食べていない物は沢山ある。
俺の知識が少ないっていうのもあるだろうけど、また食べたいと思う味を思い出してしまった。
チョコレート。
あれってどうやって作るんだったかな。
確か学生の時にカカオ豆から作ろうとしたことがあったが・・・。
そもそもこの世界にカカオ豆があるのか?
まずはそこからだ。
「シロウらしい発想ね。」
「それが一番現実的だ。世の中には俺の知らない食べ物が沢山あるんだろうし、それをハーシェさんに集めてもらって食道楽するのもいいかもしれん。」
「まるで隠居するみたいですね。」
「いやいや、金儲けはやめないぞ?俺の生きがいだからな。」
「知ってた。」
「じゃあ今度ダンジョン産の食材だけでお料理してみましょうか。」
「それいいかも!マスターに聞けば珍しい料理を教えてくれるかもしれないし。」
「いや、マスターの事だから金を払って食って帰れと言うだろう。ま、それもいいさ。」
まだ見ぬ珍しい食べ物やお菓子が沢山あるんだろう。
微かな記憶を頼りにそう言うのを作ってもいい。
キャラメルとかラムネとか、昔学校の実験で作った気がするんだ。
小学生でもできるんだから簡単なんだろう。
えーっとどうだったかな。
そんなことを考えながら夜は更けていくのだった。




