236.転売屋はダンジョンの奥に連れていかれる
よくわからないが、なぜ俺はこんな所にいるんだろうか。
目の前では形容しがたい化け物が巨大な剣と斧によって切り刻まれている。
その中心で返り血を浴びながら笑顔で踊っているのは俺の女。
いや、脳筋。
ここはダンジョン。
しかもそこそこ奥の方。
味方はいない。
いるのは目の前の返り血まみれの女だけだ。
「家に帰りたい。」
「ちょっとシロウなにいってるのよ!もうすぐなんだから頑張って!」
「頑張るのは俺じゃなくてお前だけどな。」
「もう終わるから!あーもう早く逝ってよ!ぬるぬるぬるぬる気持ち悪い!そんな物おっ勃てないでよね!」
「卑猥なセリフだがやってることは血みどろだな。」
戦闘が終了し、たっぷりと汚れたエリザが戻ってくる。
濡れたタオルを渡すと気持ちよさそうに顔を拭いた。
「あー疲れた。」
「その割には楽しそうに切り刻んでいたじゃないか。」
「だって少しでも残ってたら繁殖するんだもん。帰りに同じ事したくないでしょ?」
「まぁ確かに。」
「ほら、アネットの喜ぶ素材もあったから戻ったら喜ぶわよ。」
そう言ってエリザが胸の高さまで持ち上げたのは形容しがたい色をした触手だ。
鑑定するために指先だけで触れてみる。
『グリーンヒュドラの触手。ダンジョン内で群生するヒュドラ種は基本どれも薬の材料になる。最近の平均取引価格は銅貨42枚、最安値銅貨33枚、最高値銅貨47枚。最終取引日は26日前と記録されています。』
「薬の材料か。」
「そ、何にでも使えるんだって。」
「へぇ~。」
「興味なさそうね。」
「俺は一刻も早くここから出たい。言っただろ、ダンジョン以外の場所だって、なのに何でここにいるんだよ。」
「この前シロウが見つけた奴の正体が、ここならわかるかなって思って。」
ここってダンジョンで?
そんなまさか。
「どこに連れていくんだ?」
「ホードの所。」
「ホード?」
「そ、古いものは古い人に聞けばいいでしょ。」
ホードホード・・・。
はて、誰だったかな。
比較的人の顔と名前は一致する方だが、まったく頭に浮かんでこない。
エリザの知り合いであることは間違いないようだが・・・。
身支度を整えたエリザが再び先行してダンジョンを進んでいく。
ヒュドラが群生していた沼を抜けて、洞窟の中を進んでいくと突然扉が現れた。
いや、マジで普通の扉。
ここがトイレですと言われても疑う事の無い、木製の扉だ。
大きさはこれまた普通、人一人が出入りするやつ。
あ、表札まである。
なになに・・・『ホード』
マジかよ、ダンジョンに住んでるのか?
エリザは特に何を気にするでもなくその扉に近づき、コンコンとノックした。
「ホードいる~?」
返事はない。
今度はドンドンと大きくノックした。
いや、これはもうノックっていうか恫喝?
「うるさいなぁ、もう少し静かによべないのかい?」
「すぐに出て来ないからよ、はいお土産。」
「はいどうも、で、何で彼がいるのかな。ここダンジョンでも結構奥なんだけど。」
「連れてこられたんだよ。」
「ホードに聞きたいことがあったのよ、地上に出て来てくれないから直接来たの。」
「この前の還年祭には行ったけど?」
あぁ、思い出した!
この生意気なガキはあの不思議なオーブをくれた奴だ。
蚤の市といい還年祭といい、賑やかなのが好きなのか?
「え、そうなの!?」
「人間は騒ぐのが好きだね、今も地上はなんだか賑やかだ。」
「それはね、シロウが遺跡を見つけたから。」
「遺跡?」
「旧王朝の何からしいんだけど、ホードなら何か知ってるかなって思って。」
「君たちが旧王朝と呼ぶのは1000年前ぐらいに栄えていた文明だね、懐かしいなぁ。」
「わかるのか?」
「うん、僕はほら長生きだから。」
1000年は長生きってレベルじゃないと思うんだが・・・。
まぁダンジョンの神様?らしいし何よりこの世界だからな。
なんでもありだろう。
「なら、これを見てくれるか?」
「先に断っておくけど、何でも知ってるわけじゃないからね。」
「別に構わないさ。」
真っ赤な布に包まれた盃をホードに差し出す。
両手でしっかりと受け取ると興味深そうに色々な角度から見始めた。
「う~ん、祭器だね。それもかなり特殊な奴だ。」
「祭器なのは鑑定でも出ているが、特殊なのか?」
「召喚の儀に使われる奴でね、10日間ずっと祈り続け最後に命を捧げるとそれを代償として望むべき人が来る・・・ってやつだったはず。」
「生贄か。」
「そうとも言うね。まぁ、実際に行われたのはほんの数回。普通は使ったらこの盃も無くなっちゃうから失敗した奴じゃないかなぁ。」
「それって昔話に出てくる勇者とか?」
「そうだね、旧王朝時代は世界が荒れていたからそういう人が必要になったんだ。」
「お話の世界じゃなかったのね。」
俺からしてみれば漫画やゲームの世界だな。
ぶっちゃけ、それで俺が呼ばれたとか考えてしまったが、失敗してしまったようだし関係はなさそうだ。
「これもその遺跡から出てきたの?」
「いや、それは別の場所に転がってた。」
「転がるものじゃないと思うけど・・・。まぁ害はないし珍しいものだから好きに売ったらいいと思うよ。それが君の仕事でしょ?」
「だな、そうさせてもらうつもりだ。」
「話は終わり?それじゃあ僕はお昼寝の続きを・・・。」
「ほらぁやっぱり寝てたんじゃない。」
「次からはちゃんと連絡してよね。」
「どうやって連絡するのよ。」
俺もそれは気になる所だが、ホードは大欠伸を一つするとそのまま扉を閉めてしまった。
「まったく、自由なんだから。」
「ともかくこれが何かは分かったんだ、それで十分だよ。さっさと帰ろうぜ。」
「そうね、いつまでもいるわけにはいかないし・・・。」
「とはいえ来た道を戻るしかないわけだ。くれぐれも安全に頼むぞ。」
「は~い。」
気の抜けた返事をしながら再びエリザが先頭になり元来た道を戻る。
もちろんすぐには戻れなかったさ。
予定外の襲撃をいくつも潜り抜け、エリザは余裕で、俺は死に物狂いで地上に戻った。
上では丸一日経っており、俺は疲れからかその日は死んだように眠る事になる。
エリザは仮眠をとって再びダンジョンに潜ったらしい。
これだから脳筋は。
「召喚用の祭器ですか・・・。」
「そうらしいぞ。」
「何を召喚するかは存じませんが、貴重な物であることは間違いありあせん。図書館でも調べましたが、やはり王家にゆかりのある品のようです。」
「つまりミラは献上するべきだと?」
「いえ、売りつけるべきです。」
「オークションじゃダメなのか?」
「もし本当に何かを召喚出来るのであれば、よろしくない人に渡るのは避けたい所です。」
「公平なオークションとはいえ、売主が文句を言われると。」
「それならばしかるべき人にしかるべき金額で引き取って頂き、宝物庫なりなんなりにしまってもらえばいいだけのこと。シロウ様はそのコネをおもちではありませんか。とはいえ、つい先日の事ですからある程度時間を置いた方がよいかと思います。」
ミラの言い分はもっともだ。
何かが起きる前に封印なりなんなりしてもらうべきだろう。
俺は金にさえなれば文句はない。
願いの小石もまだ溜まってないし、それが溜まったころに再び連絡を取ろうかな。
それまではうちの隠し金庫に保管しておこう。
「ちなみにミラは誰を呼び出したい?」
「シロウ様です。」
「はい?」
「もしシロウ様が居なくなったらそれを使って戻ってきてもらいます。」
「お、おう。」
「なんて、冗談ですよ。」
ミラは一体どこまでわかっているんだろうか。
俺が別の場所から来たことは誰にも言っていないし、口を滑らせたことも無いはずだ。
寝言で言ってしまった可能性は否定できないが、寝言は所詮寝言。
夢だとごまかせばいい。
偶然なんだろうか。
「話は変わりますが、蟻砂糖の定期採取に成功したと冒険者ギルドから報告がありました。これで定期的に手に入れることが出来そうですが・・・。」
「その前に手放した方がいいぞというお達しだな、有難い事だ。」
「第一発見者への功労でしょうね、そうでなければ公平を司るギルド協会が私達の利益を優先するはずがありません。」
「わざわざ教えてくれたんだ、有難く利用させてもらうとしよう。」
蟻砂糖の在庫は残り100kg程。
ギルドが管理するようになった為、流通量が減り今の価格はキロ銀貨13枚だ。
今売れば金貨13枚にはなる。
十分すぎる利益を生み出してくれたな。
ありがたい話だ。
「これからはギルドから買わないといけませんね。」
「だな、その前にまた焼き菓子を作ってくれるか?」
「はい、お任せを。」
別になくなるわけじゃないから、欲しくなったら買えばいい。
とはいえ名残惜しいのは確かなので美味しいお菓子を作ってもらうとしよう。
折角だから久々にあれも食べたい所だ。
どれ、作ってみるかな。




