231.転売屋は二回目の作付をする
結果を言えば宝物は無かった。
とはいえ倉庫は手に入ったので、すぐに使わない物や行商関係の荷物は向こうへ移動。
家の倉庫が広くなり仕事がしやすくなった。
だが問題もある。
倉庫が遠いのだ。
すぐ近くにあればいいのだが、街の北の端なので徒歩で行くには気が引ける。
重たい荷物を運ぶには馬車を使わねばならず、日用品を気軽に取りに行くという感じにはならなさそうだ。
この辺をどうやって改善するかだが・・・。
「やっぱり壁を潰すしかないんじゃない?」
「潰すって言うなよ、改装だろ。」
「街の壁に穴をあけるんだから潰すでしょ。」
「小さい扉をつけるだけだ、人聞きの悪いこと言うなよな。」
アグリに呼び出されて畑に来たついでに、壁の向こう側から倉庫を見上げる。
中々に堅牢な壁だが、ここを通り抜けることが出来れば移動は格段に楽になるだろう。
北側にも入り口があればよかったんだが、この街東西と南にしか門が無いんだよな。
まぁ、街道に合わせてるから当然っちゃあ当然なんだけど。
勝手に穴をあけるわけにはいかないのでちゃんとギルド協会の許可を取って行わなければならない。
すぐにつけるのは難しいだろうが、今月中には何とかなるだろう。
「畑の収穫物を運搬するのであれば扉があるのは嬉しいですね、わざわざ東門を通って北の倉庫に行くのは大変です。」
「まぁ、それだけ収穫出来ればの話だが。」
「出来ますよ、大丈夫です。」
「自信たっぷりだな。」
「寒くなる時期と違って暖かくなる時期に生育しますからね、余程の事がなければ失敗しません。」
「よほどっていうと?」
「寒気とか病気、後は獣ですね。」
なるほどなぁ。
元々冬の野菜を育てるだけあって寒さには強いだろうが、病気や獣は避けることが出来ない。
とはいえ、一度は成功しているんだ何とかなるだろう。
「その辺は運に任せるしかないだろう。今回の作付けは何にするんだ?」
「今回も引き続きオニオニオンを、それからレッドキャベッジを植えるつもりです。」
「レッドキャベッジ、確か赤くて小さな奴だよな。」
「そうそう、甘くておいしいのよね。」
芽キャベツと言えばわかるだろうか、あれの赤い奴だ。
普通のやつよりも甘く、シャキシャキとした歯ごたえもあってサラダにも使える。
主に街に卸す予定だが、量が量だけにオニオニオンとともに出荷することになるだろう。
「キャベッジは葉が柔らかいだけに獣に食べられやすいのが問題なんですが・・・。」
「そこはルフがいるから問題ない。なぁ、ルフ。」
ブンブン。
尻尾を二回振ってもちろんだと応える。
頼りにしてるぞ、ルフ。
「で、作付けは何時するんだ?」
「明日のお昼にする予定です。朝方は寒いので昼から始めても問題ないでしょう。」
「その辺は任せる、ガキ共に風邪ひかれても困るしな。」
「この時期は風邪が流行るから、シロウも気をつけなさいよ。」
「わかってるって、マフラー巻いてるだろ。」
「それでも。」
過去に何度か迷惑をかけているだけにこれ以上病気になるわけにはいかない。
たかが風邪とはいえ、前回は三日もベッドに寝かされたんだ。
またあぁなるのはさすがにな。
「薬草は如何しますか?」
「それも植えるつもりだ、前と同じ奴と今回は黒薬草も植える。」
「え、あの毒のやつ?」
「元は森で育つらしいが、とりあえず植えてみる。エルロースも使うらしいから育てば需要はあるだろう。まぁ、場所は離して植えるけどな。」
「毒のある食べ物も、料理次第では食べることが可能です。とはいえ、他の作物にどのような影響があるかはわかりませんので隔離するのがよろしいかと。」
「種はもう用意してある、明日また持ってこよう。」
「ではまた明日のお昼に。」
諸々とした準備はアグリに丸投げしてエリザ共に家に戻る。
「ねぇ、本当に植えるの?」
「うちの庭で植えるか?」
「え、やだ。」
「だろ?あの畑は実験場の意味合いもあるからそれでいいんだよ。」
「じゃあうちには何を植えるの?」
「前に買い取ったまま忘れていたやつがあってな、それを植えるつもりだ。」
「あの怪しい豆?」
「怪しい言うな。」
この間倉庫を掃除していた時に出てきたんだ。
いつ買ったのかはあまり覚えていないんだが、図書館で調べると春先にかけて実をつける様なので今のうちから種蒔きをするのがいいそうだ。
だが風に弱いので外の畑では植えることが出来ない。
なので庭で植えようっていうわけだな。
庭の隅にはベリーを植えたままなので作付面積としては少ない。
手間はかからないだろう。
ちなみに名前を飽食の実という。
一粒食べるとお腹いっぱいになるって、昔読んだ漫画にそんなのがあったなぁ。
一足先に庭の種まきを終え、迎えた翌日。
昨日と違って外はどんよりとしており、今にも雪が降りそうな感じだった。
「嫌な雲だなぁ。」
「ね、雪が降りそう。」
「別に家で待っててもいいんだぞ?」
「土いじり好きだし、それに嫌な予感がするのよね。」
「やめろよ縁起でもない。」
「まぁまぁシロウ様、人手があると助かるのは事実ですから。」
「ま、確かにな。」
広い面積を一気に種まきする。
ただ種をまくだけじゃだめだ、ちゃんと土を耕し、穴をあけ、種を埋め、そして土を戻して適量の水をかける。
主に耕すのは大人が、種をまくのはガキ共がやるが準備やら何やらで忙しい事に変わりはない。
「終わったら温かいスープが待っております、皆様頑張ってください。」
「やった~!」
「スープだ~!」
今日はミラとアネットも助っ人で参加している。
店は休みにした。
最近働き過ぎだからこういう日があってもいいだろう。
と言っても体を動かすんだから休みらしい休みじゃないけれど、健康的であることに変わりはない。
なんだかんだ言って土いじりは好きだからな。
「じゃあ始めるか。」
「がんばるぞ~!」
「「「「おー!」」」」
全員の声がどんよりとした空に響き渡る。
前に一度やっているだけに作業はスムーズに進み、一度の休憩をはさんだだけで無事に終了した。
スープは一回目の休憩で飲んでしまったので、二回目は子供達にはお菓子を、大人には酒が振舞われている。
「いやぁ早く終わりましたねぇ。」
「だな。」
「出来上がるのが楽しみです。でも、この天気嫌ですねぇ。」
「昨日までの晴天が嘘のようだ。」
「この時期こんな天気になるのは珍しんですけど、前みたいに雪が降るんじゃないか?」
大人たちは焚火で暖を取りながら思い思いに話をしている。
雪かぁ。
今回は種蒔きだから雪関係ないんだよね。
発芽はまだまだ先だし、一気に寒くなったほうが暖かくなるのも早い、という話も聞く。
曇天の空はいつもより色濃く、俺達を見下ろしていた。
その日の夜。
心地よい疲労感に包まれ、ミラの体温を感じつつ眠りの渕に落ちようかという時だった。
『カンカンカン』
と、聞きなれない鐘の音が三回、それが三度なった。
「何事だ?」
「これは・・・襲撃?」
「襲撃だと?」
「魔物が襲ってきたときなんかに聞く音です、最近は静かだったのに。」
シーツを胸に当てたミラが不安そうな顔をしている。
「とりあえずは大丈夫だろう、いきなり魔物に襲われる事もあるまい。その為の警備、そして冒険者だ。」
「シロウ!」
「起きてるぞ、行くのか?」
「うん非常招集だから動ける冒険者は全員強制参加なの。」
「わかった、くれぐれも気をつけろよ。」
「大丈夫だとは思うけどね、この辺の魔物は弱いから。」
暫くして重装備に身を固めたエリザが部屋に入ってきた。
勿論その頃には着替え済みだ。
「エリザ様、よろしければこれを。」
「あ、ビアンカのポーションだ。」
「前に貰ったやつです、良かったら使って下さい。それと夜目が利くようになる薬です、明かりの側では使わないでくださいね。」
「助かる~。」
嬉しそうに貰った物を袋に詰める。
まるで遠足に行く前の子供のような顔だ。
「エリザ様、武運を。」
「いってきま~す!」
玄関先までエリザを見送って大きく息を吐く。
「魔物の襲撃か、そういう事もあるんだな。」
「原因は良くわかっていませんが、突然魔物が町を襲うんです。」
「あれは襲うって言うか通過するみたいな感じしますけどね。」
「どちらにせよ危険なのは確かだ。エリザには悪いが戸をしっかりと閉めておけ。それと、念のために食料と水を上に運んでおこう。最悪三階に逃げれば魔物は上がって来られないからな。」
「そうですね、階段さえ上げてしまえば大丈夫です。」
家の三階は仕込み階段だ。
普段は出しっぱなしだが、いざとなったら跳ね上げる事が出来る。
元は隠し部屋の仕様だったが、それが上手く利用されるんだ。
「はてさて、どうなる事か。」
結局その日は一睡も出来ず三人で身を寄せ合って朝を迎えた。




