23.転売屋は板挟みにあう
オッサンに胸ぐらを掴まれカクカク揺らされながらどうするべきかを考える。
あれはもう売ったというのは簡単だ。
だが、どうやらオッサンにはオッサンの事情があるらしい。
店が破産とか言っていたな、とりあえず事情を聴くか。
「出会っていきなり胸ぐらを掴むとはさすがの俺でも許しがたいんだが、一体なんだって言うんだ?」
「そんな偉そうな言い方をしてももう騙されませんよ!聞けば商人で貴族じゃないらしいじゃないですか!」
「騙すだなんて人聞きの悪い、あれはそっちが勝手に誤解しただけだろ?それどころか魔物の蔓延る草原に一人置き去りにしたじゃないか。あの時の恨みは忘れたわけじゃないからな。」
「そ、それは慌てていて・・・。」
「慌てていて人を置き去りにするのがアンタのやり方なんだな。聞けば店が破産しそうとか言っているがその性格が原因なんじゃないか?」
俺の勢いにさっきまでの強気な態度はどこへやら、初めて出会った時のように小さくなってしまった。
おいおい、これじゃまるで俺がいじめているみたいじゃないか。
「とりあえず話を聞かせてくれ、いったい何があったんだ?」
オッサンは胸ぐらを掴むのをやめ大きくうなだれてしまった。
とりあえず往来の真ん中では邪魔なので端っこに誘導する。
「貴方の言う通り私のそそっかしい性格のせいで大損してしまったんです。」
「何をやらかしたんだ?」
「年末の感謝祭で今年はロックフロッグの肉が振舞われる噂を聞きましてね、その噂を信じて手当たり次第に買い込んだんです。ロックフロッグの肉は癖が強く、半年ほど酒に付けないと食べられたものではないんですが、今はもう19月。どう考えても間に合わないんですよ!」
「そ、それは自業自得としか言えないなぁ・・・。」
勢いで買い込んだんだろうけど、少しでも冷静になれば今が19月だってことがわかるはずだ。
そそっかしいというレベルを超えているんじゃないか?
「それだけじゃないんです。」
「まだあるのかよ。」
「今年の冬は寒波が来ると呪い師に教えてもらいまして、慌ててこの火酒を買い込んだんです。ですがその後の発表では今年は暖冬、どう考えてもこれが売れるはず無いんですよ!」
そう言いながらオッサンが取り出したのは拳大の小さな壺。
突き出すように渡されたのでとりあえず受け取ってみると・・・。
『サラマンダーの火酒。北方で作られておりかなりアルコール度数が高い。火をつけると燃えることから火酒と呼ばれている。最近の平均取引価格は銅貨50枚、最安値が銅貨30枚、最高値は銀貨1枚、最終取引日は昨日と記録されています。」
なるほど、まさに火酒だ。
どことなくオッサンが酒臭いのはこれを飲んでいるからだろう。
そうでないといきなり俺に絡んで来ることはないはずだ。
「で、どれだけ買い込んだんだ?」
「金貨50枚分・・・。」
「馬鹿じゃねぇの!」
「わかってますよ!ですがこれが当たれば大儲け間違いなし!二倍、いえ三倍で売れるはずなんです!」
いや、二倍三倍って結局は売れたらの話だろ?
暖冬で酒は売れず肉は間に合わず腐っていくだけ。
どう考えてもジリ貧じゃねぇか。
そそっかしいっていうレベルを超えてただのバカだ。
「だから貴方に差し上げたクリムゾンティアを探しているんですよ!それさえあれば大損を取り戻せるどころか次の仕入れ分のお金も取り戻せます!お願いです!返して下さい!」
そして再び火が付いたように俺の首をカクカクと揺らしだすオッサン。
いや、マジで意味わかんないんですけど。
なんで俺が怒られないといけないんだ?
損をしたのはオッサンで、俺は何一つ悪くないじゃないか。
それにさっきも言ったように、置いて行かれたことを俺は許したわけじゃない。
慌てていたとはいえ、あと少し遅ければ俺は魔物の餌食になっていたんだ。
それを忘れたわけじゃないんだからな!
だが、そんな俺の気持ちを知るわけもなくオッサンはクリムゾンティアを返せ返せと騒ぎ続ける。
騒げば騒ぐほど血流が良くなり、さらにアルコールが体中を駆け巡るという最悪のスパイラルだ。
マジで勘弁してほしい。
流石の俺も我慢の限界を迎え、オッサンを引っぺがそうとしたその時だった。
「おい、クリムゾンティアを持っているというのは本当か!」
俺達を囲んでいた野次馬の隙間から小さな体をグイグイと押し込んで無理やり出てきたその人こそ、今一番来てほしくない人と思っていた人だった。
「あ、貴方様は?」
「もう一度聞く、クリムゾンティアを持っているのは本当か?」
子供のような見た目だが中身は立派な大人。
なんだよ、そのどこぞの名探偵みたいな設定。
マスターに聞くとそういう種族らしいが、見た目で年齢を推測できないのは正直めんどくさい。
その子供がものすごい目つきで俺達を睨んで来るわけでして。
ビビリのおっさんはそれだけ縮こまってしまったわけですよ。
「そうだとしたらどうだというのです?」
「お前はシロウか、持っていながらなぜすぐに言わなかった。」
「ですから持っているとは一言も・・・。」
「答えろと言っている!」
子供の割にビリビリと腹に響く声だ。
相手は貴族、前回は向こうに非があったから許してもらえたが二度目はないと思っていいだろう。
「言わなかったのは商売にならないから、それだけです。」
「何?」
「あの時確かに貴方様はクリムゾンティアを探していると仰っていました。ですが、いくらで買うとは一言も仰っておられません。こちらも商売ですから出来るだけ高い値段で売りたいと思うのが常、相手が貴族と言えどもそこは譲れません。」
相手は貴族とはいえ譲れない部分だってある。
それにあの時は隠した方がいいような気がしたんだよね!
という事で適当に言い訳をでっちあげてみたわけだが・・・。
まだすごい目つきで睨まれているんですけど、大丈夫だろうか。
「ふむ、確かに商人にも譲れないところはあるか。確かにあの時は値段に関しては何も言っていなかったな。」
「その通りでございます。」
「だが、その後依頼板などで私がクリムゾンティアを探していることを知っていたはずだ。それなのになぜ連絡しなかった。」
「お名前が書いておりませんでしたので。」
「何?」
「ですから、あの依頼書にはお名前が書いておりませんでした。連絡先は載っておりましたが、それがリング様である保証はどこにもありませんでしたので連絡しておりません。金額が金額故、誤った人間に私が持っていることを知られれば命を狙われる可能性もございましたので。」
嘘ではない。
依頼は載っていた。
だが本当に名前は無かった。
俺は前にやり合った時に名前と素性を知っていたからすぐに分かったが、あの依頼書じゃ素性を知る事は出来ないだろう。
「・・・本当だろうな。」
「嘘だと思うならこのオッサンに聞いてみてはどうです?」
「おい、そこの商人こいつの言っていることは本当か?」
「ほ、本当でございます!」
「そうか、載せていなかったか。」
そそっかしいのはオッサンだけじゃないってことだな。
でもこれに関してはそそっかしいおかげで命が助かったと言えるだろう。
てか、納得早いな。
「ではすべてが分かったうえでもう一度聞こう。所持しているのであれば私に売ってもらえるな?金額は望むまま・・・とは言わんが依頼に出した以上に出しても構わん。」
「一つお伺いしても?」
「この前も聞かれたが、良いだろう応えてやる。」
「なぜそこまでこれにこだわるんです?」
そう言いながら首元からクリムゾンティアを引っ張り出す。
深紅の宝石が太陽の光に照らされキラキラと輝き、周りにいた全員がそれに目を奪われた。
「結婚の条件なのだ。」
「条件?」
「あぁ、求婚相手がそれを持ってきた男と結婚すると急に言い出してな。王族に名を連ねているだけあってのライバルは多い、皆必死になってそれを探しているというわけだ。」
「何でまた急にそんな条件を付けだしたんだ?」
「・・・勇者を知っているか?」
あぁ、わかった。
その求婚相手が勇者のファンかなんかなんだろう。
確かこの間勇者がそれを買い求めたって、初めて手にした時に相場スキルに教えてもらったっけ。
そんなことで結婚が左右されるとか、貴族って大変なんだな。
「心中お察しするよ。」
「頼む、それがあれば我が家は安泰。私も安心して隠居できるというものだ。」
「ちょっと待て、アンタ一体何歳なんだ?」
「今年でもう41になる。ちなみに結婚相手は38だ。」
「行き遅れかよ!」
「うるさい!潰れかけた我が家を再興するために私がどれだけの血と汗を流してきたと思っている!」
マジかよ。
その見た目で41って・・・しかも結婚相手が38?
でもなぁ俺も元の世界に帰ればその年齢だし、なんか親近感湧くなぁ。
嫁さんにするなら年下、でも下過ぎても嫌だから理想は38ぐらい。
なるほどお似合いだわ。
「で、気づけばその年になっていたと。」
「頼む、私の事を哀れと思うのならどうかそれを譲ってくれ!」
あれだけ威張っていたお貴族様がクリムゾンティアを見た瞬間から下手に出てきた。
そしてあろうことか俺に向かって頭を下げている。
これを断ることは俺にはもう・・・できない。
「ダメです!もとはと言えばそれは私の物!返してください!」
と、今度は俺の後ろに隠れていたオッサンが再び胸ぐらを掴んで俺の頭をゆすり始めた。
「何を言うか!それは私の物だ!」
そしてこっちも。
両者に胸ぐらと足をゆすられ全身がクニャクニャと揺れるのがわかる。
前門の貴族、後門のオッサン。
果たして俺はどうするべきなんだろうか。
揺れる視界の中、間違えられない選択を迫られるのであった。




