228.転売屋は薬の素材を買い漁る
話を聞いた時はやばい話かと思ったが、結局は流行り病の薬だった。
流行り病と言っても風邪みたいなもので、山岳部でのみ発症するらしい。
事前に薬を飲めば予防できるので今までは未然に防げたが、薬師がいなくなったため飲むことが出来ない。
結果、すこしずつではあるが被害が拡大しているそうだ。
なので早急に手を打ちたいとのことで、俺に恩を売って作ろうとしたわけだが・・・。
あからさまな所を見ると、そこに話を持って行きたかった可能性もある。
自分から話を振ると吹っ掛けられるが、同情を誘う言い方ならそうはなりにくい。
そんな事しなくても儲かるのであれば俺は受けるけどな。
「で、受けちゃったの?」
「あぁ、今思えば数を確認しなかった自分を殴ってやりたい。」
「その薬でしたら過去に作ったことがありますから大丈夫です、でも材料が特殊なんですよね。」
「何がいるんだ?」
「ストーンエイプの毛とパラライパピヨンの鱗粉、そして黒薬草です。」
「黒薬草?薬草じゃないのか?」
「真っ黒くて単体だと毒でしかないんですけど、すりつぶした後にゆっくりと加熱して乾燥させると薬に変わるんです。加減が難しいのとなかなか手に入らなくて・・・。」
「とりあえず魔物の素材から集めるか。エリザ、冒険者ギルドに依頼を出してくれ。」
「ストーンエイプ嫌いなのよね、ずるがしこいから。」
「そうなのか?」
「石を投げたりするなら可愛い物よ、罠まで作ってこっちの動きを止めたり、石作りの要塞っぽいもの作って抵抗してくるの。燃やしたら楽なんだけど、そうすると毛皮は取れないし・・・。パピヨンの方がまだましだわ。風下にさえいなければいいんだから。」
中々に知恵の回る猿のようだ。
それにしても要塞か、巣を作るってのは聞いたことあるがそこまで行くと子供以上の知能があるって事だよな。
薬の材料がサルの脳みそって言われないだけマシか。
「買い取りの告知は取引所でも行っておきます、同時に黒薬草も依頼を出しますね。」
「あぁ、流行病は毎年同じ時期に出るようだし、買い込んでも問題ないだろう。問題は黒薬草をどこで手に入れるかだな。」
「ダンジョンでは見かけないわね。」
「そうなのか?」
「あれは薬草が魔素に汚染されて有毒化したものと言われています。主に魔力だまりの周辺で見つかるはず、ダンジョン内にはなかなかないと思います。」
このだだっ広い草原地帯ではさらに見つからないという事だろう。
でもさぁ、それって隣町の専売特許じゃない?
それを提示しなかったってのは、どういう事だろうか。
そもそも在庫が無かったのか?
あるのならこれを使ってくれ、もしくは買い取ってくれと言いだしそうなものだが・・・。
むむむ。
「とりあえずそれも取引所に依頼をだしてくれ。流石に冒険者はもってないだろう。」
「わざわざ毒草を持ち歩くことはしないわよ。」
「後あるとしたらどこだ?」
「魔道具を扱っているお店にあるかもしれません。」
「なら俺はそっちをあたるか。」
納期はこれと言って決められていないが、出来るだけ早く持っていくべきだろう。
そうだ、ついでにもう一つ探しておくか。
「ミラ、一緒にモスリザードの苔とアクアスパイダーの卵を少数手配してくれ。」
「わかりました、一緒に手配します。」
それだけでアネットは何かわかったようだ。
一応手配してから本人にお願いするとしよう。
店を一旦閉めて各自がそれぞれの仕事にとりかかる。
こういう時にもう一人、それこそ雑務が出来るような人間が居れば閉める必要はないんだけど、そのもう一人のハードルがなぁ。
安心して店を任せられるとすれば奴隷だろうが、その奴隷を住まわせる場所がない。
いっそのこと賃貸で用意するという手もあるが、人件費と維持費が無駄になる。
ってことはだ、今は何とかなっているんだからそのまま行くしかないというわけだ。
えーっと、魔道具の店はどこにあったかな・・・あったあった。
杖の紋章が描かれた古ぼけた店。
古ぼけたは失礼か、この街が出来てからずっとある老舗だ。
「エルロース、いるか。」
声をかけるとカウンター下で作業をしていたエルロースがパッと顔を上げた。
切れ長の細い目にツンととがった鼻、雪のような白い肌を引き立てる鮮やかなゴールドヘアー。
そして、そのてっぺんにはピンととがった兎の耳が揺れている。
「シロウさんじゃない、ここに来るなんて珍しいわね。」
「ちょっと探し物があってな。」
「なんだ、抱いてくれるんじゃないんだ。」
「まだその時期じゃないだろ?」
「そうだとしても抱かれたい日はあるわよ。」
顔を合わせて早々こんな会話をするような間柄、といっても発情期に入った時にお相手をするだけの関係だ。
セフレとも違う、持ちつ持たれつ?
「申し訳ないが今は時間が無いんだ。」
「そっか、残念。」
「だから明日な。」
「ほんと!」
「そんなに露骨に喜ぶなよ。」
「だって、あの日以外にシロウさんとするとミラが嫉妬するんだもん。そこも可愛いんだけど。」
「はいはい、とりあえず仕事の話をしようぜ。」
ミラと幼馴染の関係らしいが、個人的にはそれ以上の感情を持っていると思っている。
とはいえ別にライバルとかそういうわけでもないし、嫌悪感も無いので好きにしてくれって感じだ。
「お探しの品は何?」
「黒薬草。」
「誰か殺すの?」
「今の所殺す予定はないな。」
「そうねぇ、仕事用にいくつか残してるけどあまり在庫は無いかも。」
「いくつある?」
「乾燥粉末が100gぐらいと、干した奴が10束。」
「しまった、どれだけいるかは聞いてなかった・・・。」
手配することしか考えてなかったから必要数まで確認してないぞ。
困ったなぁ。
とりあえず必要なものではあるんだし、数があっても困らないだろう。
「どうする?」
「とりあえず全部くれ。」
「え、全部!?」
「あぁ、使う予定があったか?」
「当分は無いけど・・・本当に殺さない?」
「恨まれることはあっても恨むことは無いな、そうなる前に金で解決する。」
金さえあればすべて解決だ。
「シロウさんってそういう人よね。」
「あぁ、何か問題が?」
「もちろんないわ、えーっと、いくらで売ればいいのかしら。」
「いや、それを俺に聞くなよ。」
「仕入れ値でもいいんだけど・・・それっていくらだっけ。」
「あ~、時間が掛かるようなら店にもって来た時に代金を教えてくれ。それなりに高くても買う。」
「ごめんねシロウさん、じゃあ後で。」
相変わらず美人なのに中身が若干ポンコツなんだよな、エルロースは。
人は見かけによらないを逆で行くパターンだ。
それがいいっていう男もいるらしいが、俺にはよくわからん。
そう言う関係になったら気にならないのかもしれないな。
一先ず確保できたので店に戻ると、閉店中の札があるにもかかわらず行列が出来ていた。
「何事だ?」
「シロウさんちょうどよかった!ストーンエイプの毛を探してるんだろ?毛皮でもいいよな?」
「あぁ、確かに依頼を出したが・・・まさか全員そうなのか?」
並んでいた冒険者のほとんどが茶色い毛皮を抱えていた。
「三日ぐらい前にストーンエイプの群れが急に沸いてさ、ギルドの依頼で狩りに行ったんだ。場所が場所だけに火が使えなくて苦労したんだぜ。」
「だから毛皮ごとなのか。」
「シロウさんが買い取ってくれるって聞いて飛んできたんだ、こっちでも買い取るんだろ?」
「確かにやってるが・・・。」
ギルドに依頼を出している手前こっちで買い取るのもなぁ。
「ちなみにパラライパピヨンの鱗粉もあるぞ。」
「はぁ?」
「これも五日ほど前に群生しているところを見つけたんだ。」
「なんだよそれ。」
「え、シロウさん分かって依頼を出したんじゃないのか?」
「素材の行き場に困ってる俺達の為に依頼してくれたんだよな?」
「そうに決まってるだろ、じゃないとこんな素材買い取るはずないって。」
「だよな!」
なんだかよくわからないがそういう事になっているらしい。
うーむ、出来すぎじゃないだろうか。
確かに全部買い取る事が出来れば素材には困らないが・・・。
まぁ、出来すぎにしろなんにしろ薬ができるならそれでいい。
出来たらできた分だけ売りつければいいしな。
「あぁ、全部買い取ってやるから順番に並べよ。」
「「「「おう!」」」」
野太い声が辺りに響く。
さぁ派手に買い取る・・・いや買い漁ってやろうじゃないか。
ギルドへの依頼?
それはそれってな。




