227.転売屋は薬を注文をされる
準備は出来た。
ハーシェさんに手配してもらった馬車にはビアンカの荷物と、この日の為に用意した薬の数々。
加えて行商用の食材や道具を積み込んでいる。
予定よりもかなり量が増えてしまったが・・・まぁいいだろう。
「それじゃあ行くぞ。」
「はい!」
「どうぞお気をつけて。」
「薬の注文があれば受けていただいても構いませんが、他の薬もあるのでその辺りは加減をお願いします。」
「わかってるって。」
「アネット、シロウの言う事は信じない方がいいわよ。覚悟しておきなさい。」
「いやいや、さすがに無茶な注文は受けないって。」
その為に事前に薬を作って持って行くんだ、これだけあれば大丈夫だろう。
丸二日間ひたすらビアンカと共に作り続けたんだ、これで足りないと言われても困る。
三人に見送られて馬車は隣町へと向かう。
「ってことでダン、後はよろしく。」
「任せとけって。」
「よろしくお願いします。」
馬車の運転兼護衛はダンにお願いした。
片道三時間、手続きを考えても半日あったら帰ってこれるだろう。
馬車に揺られながら流れゆく景色を眺める。
「いい景色だなぁ。」
「何もないけどな。」
「それが良いんだよ。」
都会よりも田舎の方が好きだ。
とはいえ転売品は田舎にはあまり出回っていないので、結局は都会に出なければならない。
その帰り道にあんなことになってしまったのだが・・・。
今となってはそのおかげでこの暮らしが出来ているから文句はない。
話がそれたが、ともかく街よりも田舎の方が好きって話だ。
「向こうについたらまずは何をしますか?」
「まずはギルド協会に挨拶だな、その後家主の家に行ってお礼を言う。後は好きにしていいぞ。」
「え、この荷物は?」
「それは俺の仕事だ。きっちり売って早めに街に戻るつもりだ。」
「そりゃ助かる、遅くなるとリンカが怖い顔するんだよ。」
「尻に敷かれてるなぁ。」
って人のこと言えないか。
馬車は快調に進み予定よりも早く昼前には隣町に到着した。
「これはシロウ様ようこそおこしくださいました。」
「わざわざ出迎えてもらって悪いな。」
街の入り口では羊駱駝男が俺達を待っていた。
馬車を降りて挨拶をする。
「ビアンカ様もよく戻って来てくれました。」
「アイルさんまたよろしくお願いします。」
「この間は力になれず申し訳ありません。」
「何の話ですか?」
「いえ、こちらの話です。」
そうか、一連の話はビアンカには教えていなかったな。
ま、知らなくても良い事もあるだろう。
「ビアンカは俺の奴隷だ、ここに住むことにはなるが所有権は俺にある。何かあったら俺が動くからそのつもりでいてくれ。」
「余計な事をする者はおりません、どうぞご安心ください。」
「大丈夫です主様、皆さん優しい方ばかりですから。」
「古巣だしな、しっかり稼いでくれよ。」
「はい!では私は先に家を確認してきます。」
何度も頭を下げながらビアンカは村の奥へと行ってしまった。
おい、馬車の荷物はどうするんだよ。
「ダン、ビアンカの家に行って荷物を置いて来てくれ。俺はアイルさんと仕事の話をしてからそっちに向かう。」
「わかった。」
ビアンカの後をダンが馬車で追いかける。
「今回も何かお持ちくださったんですか?」
「あぁ、日用品と加工品それと薬だな。」
「どれも品薄の品ばかり、助かります。」
「錬金術師はビアンカが戻ってきたが、薬師の方はどうなんだ?」
「奥様はやはり行方知れず、まぁ当然ですけどね。」
「次のはまだ来てないのか。」
「紹介してもらえるように上に話を通していますが、やはりこの田舎では。」
田舎だからいいと思うんだけどなぁ。
ここだと薬草にも困らないし良い薬が作りたい放題だろう。
「代わりの薬師が来るまではうちのが薬を卸しても構わないぞ。」
「本当ですか!」
「もちろん量に限りはあるが・・・とりあえず目録を渡すからいくらか教えてくれ。」
「わかりました、少しお時間をいただきます。」
「その間に挨拶に行くとするか。」
「家はここからまっすぐ行って、赤い屋根を曲がった緑の屋根の家です。」
「赤い屋根を曲がった緑の家な、了解。」
前回同様目録を渡して値段をつけてもらう。
本来であればこちらが値段を提示するべきだが、品薄時の相場が分からないのであえて丸投げにしている。
ある程度値段が分かればこっちから提示してもいいかもしれないな。
家と家の間はかなり広く、かなりのどかだ。
各家には専用の庭があり、うち同様に思い思いの野菜を育てていた。
うちもそろそろ第二弾を作付しないとなぁ。
戻ったらアグリに相談してみるか。
中心の広場を抜けて赤い屋根の家を目指す。
お、ここだな。
そんでもってここを曲がって緑の家・・・あったあった。
正面にかなりぼろ・・・じゃなかった古い家がみえてくる。
その二軒隣にフラスコ模様の紋章がかかった家があった。
あそこがビアンカの工房だな。
工房の方が綺麗ってのは面白い。
「すみません、シロウと言いますが・・・。」
「はいはいちょっと待ってね。」
中から弱々しい声がかえってきた。
しばらくして出てきたのはかなり高齢の女性。
右手に杖をついているにもかかわらず少し震えている。
「この度工房を買わせていただきました隣町のシロウと言います。この度は素敵なお取引ありがとうございました。今日からビアンカが店に戻りますのでご挨拶に来た次第です。」
「まぁまぁそれはそれは、ビアンカちゃんは腕のいい錬金術師ですから、村の皆も喜ぶでしょうねぇ。」
「身分としては私の奴隷となっていますが、昔と変わらずこの街に住んで仕事をする予定です。何かございましたら私までご連絡ください。」
「私もこの歳ですから、家を買ってくださって助かりました。おかげで薬を買うお金が出来ましたよ。」
「失礼ながらどこか悪いのですか?」
「えぇ、肺の方を患ってましてねぇ。少し動くだけで息が切れて疲れてしまうんです。村の薬師がいなくなってしまったので薬を買い付けているんですが、それが高くてねぇ。」
なるほどなぁ、そう言う弊害もあったのか。
これは早急に薬を用立ててあげた方がいいかもしれない。
「私は薬師の奴隷も抱えています、せっかくのご縁ですし薬を用意しましょうか?」
「本当かい?嬉しいねぇ。」
「ちなみにどのような薬でしょうか。」
「モスリザードの苔とアクアスパイダーの卵を煎じた薬だそうです。それにここの薬草を混ぜると一時的にですが呼吸が楽になるのよ。」
「今回持って来た薬にはなかったな・・・。」
「また手に入ったらで構わないから、お願いできるかしら。」
「わかりました。手に入りましたらビアンカに渡しておきましょう。」
挨拶も程々にビアンカの店に様子を見に行く。
「どんな感じだ?」
「本当に機材が全部そろってる!後は材料さえあれば大丈夫です!」
「そうか、家主への挨拶はして来たからビアンカもしとけよ。」
「よかった、まだお元気だったんだ。」
「肺の薬が手に入らないらしい、戻ってアネットに聞いてみるから用意できたら渡してやってくれ。」
「わかりました。」
「他にも街の人から依頼があった場合はビアンカを通じてアネットに注文を流してくれ、手紙なら二日もあれば届くだろう。」
「アネットが来てくれればいいんですけど・・・。」
「アイツは俺の手元に置いておく、他に薬師が居たら一応紹介しておくよ。」
あれほどの女を手放すのは惜しい。
良い女は自分の手の届くところに置いておきたいのさ。
「じゃあ俺は戻るから。今月の納品は25日、翌月以降は28日までに来るように。しっかりやれよ。」
「はい!ありがとうございました!」
これで引き渡しも完了っと。
後は羊駱駝男の所で話を聞いたら街に戻るか。
リンカへの土産物を物色していたダンに声をかけてからギルド協会へと戻った。
「できたか?」
「ちょうど呼びに行こうと思った所です、どうぞそちらにおかけください。」
「はいよ。」
入り口近くの来客用ソファーに腰掛ける。
なかなかいい感じの座り心地だ。
家のソファーも買い替えようかな。
「こちらが購入金額になりますご確認ください。」
「なになに・・・日用品が銀貨80枚、加工品が金貨1.2枚か。まぁそんなもんだな。」
「もう少し高くできればよかったのですが、この間肉を分けていただいたばかりでさらに薬草の売れ行きが思わしくなくてですね。」
「錬金術師が戻ってきたんだ、その辺は問題ないだろう。あ、前に買ったのと同じ薬草を買って帰るつもりだから準備を頼む。」
「ありがとうございます、用意させましょう。」
「で、薬が・・・金貨4枚?高すぎないか?」
「常備薬が多かったのでこの金額になりました。薬師のいない現状ではなくてはならない物ですから。」
「ふむ、ならば仕方がない・・・いや、いくらなんでも高すぎる。」
危なくそのまま了承するところだった。
持ってきた薬はせいぜい一つ銅貨30枚。
それが箱いっぱい入っても金貨2枚がせいぜいだろう。
その倍で買い取るなんて、裏があるに決まってる。
「で、目的はなんだ?」
「いやはや、シロウ様にはかないませんね。」
「恩を売っておけば無理を言いやすい、常套手段だろ。」
「では、恥を忍んで申し上げます。薬を作ってもらえませんでしょうか。」
「さっきのじゃないのか?」
「はい。現在この街は病に侵されているんです。」
病に侵されている。
そう聞いた瞬間に、背中がぞくっとした。




