225.転売屋は還年祭を楽しむ
「それじゃあ今日は日付が変わるまで騒ぐとするか。」
「せっかくの還年祭だもの、こうでなくっちゃ!」
「さっきまで呑みまくってたくせに元気だな。」
「もう酔いは冷めたわよ、それにお腹もすいてる。」
「燃費悪すぎだろ。」
アレだけ食べて飲んでして二時間休めばまた同じだけ飲み食いできるとか、太るぞ?
「何処に行きますか?」
「三日月亭は久方ぶりの再開でごった返してるらしいからイライザさんの店だな。」
「結局そこなのね。」
「嫌なら帰れ。」
「帰らないもん。」
「はいはい、そんじゃまさっさと行くか。」
エリザとミラに両腕を掴まれ北風の吹く大通りを進む。
「あの・・・。」
「ん?」
「わ、私もご一緒していいんでしょうか。」
「今日までは一般人だからな。返済するまでは奴隷のままなんだし、最後ぐらい楽しんだらどうだ。」
「御主人様、返済すれば戻れるんですから最後じゃないと思います。」
「それもそうか。」
「今日はお祝いなんだから、ね、ビアンカ!」
「ちょっとアネット引っ張らないでよ!」
なんともまぁ楽しそうな事で。
奴隷仲間が増えるから、ではなく純粋に友人が救われたのがうれしかったんだろう。
奴隷になったことが救われたというのならばな。
「こんばんは~。」
「五人だけどいける?」
「シロウさん!寒かったでしょ、奥が空いてるから・・・しまった片づけてない!」
「その辺は自分でするって。」
「ごめんねぇ、すぐエール持って行くから。」
店は中々に盛況で食器の片付いていないテーブルがいくつかあった。
「お手伝いしてまいります。」
「いいのか?」
「時間はまだたっぷりありますから。」
つまりは腹ごなしをして長い夜を楽しもうというわけだ。
「私も手伝う!」
「でしたら私も、ビアンカも行くよ。」
「なんで私まで・・・って引っ張らないでよアネット!」
あっという間に女達は店の手伝いに回ってしまった。
ミラは洗い場へ、アネットとビアンカが食器の片付け。
そしてエリザが注文を聞いて回っている。
目の前の机が片付き、駆け付け一杯のエールが到着する。
いや、せっかくの還年祭りで一人で飲むのは寂しいんだが?
まぁいいけど。
生き生きと動き回る女達をつまみにエールを飲む。
普段と違う姿もなかなかに新鮮だ。
「あ、シロウ様奇遇ですね。」
「ん?」
聞き覚えのある声に後ろを振り返るとハーシェさんとアインさんがいた。
「行商の打ち合わせか?」
「それもありますけど、せっかくの還年祭ですので親睦を深めようかと。」
「ハーシェ様には当店を贔屓にして頂いていますから、お礼も兼ねてです。」
「つまり接待だな。」
「まぁ、個人的にもお話が合うのでそっちがメインです。」
ほぉ、そうなのか。
アインさんのプライベートがどんなものかは全く興味は無いが、話が合うのはいい事だ。
いくら仕事に邁進しているとはいえ旦那を亡くして寂しいだろうし、元々はこの街にいなかった人だ。
友人がいるのは心強い者だろう。
「シロウ様は・・・。」
「新しい奴隷を買ったんでその歓迎会のはずだったんだが、あの調子だ。」
「皆さんイライザさんをお手伝いされてるんですね。」
「自分たちがやりたいみたいだから好きにさせてる、注文はエリザに言えよ。」
「あ、ハーシェさんアインさんいらっしゃい、何にする?」
「では火鍋を。」
「それとエールをお願いします。」
「私は火酒で。」
「え、ハーシェさん火酒いけるの?」
「お酒には強いんです。」
・・・そうだったっけ?
前に酔いつぶれたとか何とか言っていたような。
まさかあれはワザとだったのか。
未亡人って怖えぇなぁ。
途中しまったっていう顔をするが後の祭りだ。
代わりにこちらを見てペロッと舌を出すハーシェさん。
いやいや、それは反則だろ。
今の俺からしてみれば年上だが、元の俺からしたら年下だ。
そんな人がそんな可愛らしい事をして反応しないわけがない。
うぅむ、これは気を抜けないな。
エリザが注文を受け厨房へ走り、厨房ではイライザさんとミラが料理をしている。
ビアンカとアネットは配膳担当のようだ。
「ってえぇぇぇ!エリザが働いてるぅぅぅ!」
「ニア、そんな大きな声出さないように。他のお客様の迷惑だよ。」
「だって、あのエリザが!ってシロウさん朝ぶりです。」
また誰か来たと思ったら今度は羊男とニアだった。
仕事休みって言ってたし来ない理由はないか。
「おぅ、お前らも来たのか。」
「三日月亭がすごい人だったんでこっちに。皆さんも還年待ちですか?」
「なんだそれ。」
「えぇそれを知らずに還年祭の準備してたんですか?」
「年が半分終わる瞬間待ちってことですよ。」
「つまりは朝までコースって事だろ?」
「まぁ、簡単に言えばそうですけど・・・。」
どの世界もやること考えることは同じってね。
「あ、ニアじゃない。」
「明日は雪でも降るんじゃない?」
「失礼ね。何にする?」
「とりあえずエールを五杯!」
「それとおつまみを適当に。私は水で結構ですので。」
「飲まないのか?」
「むしろしこたま飲まされてきたんですよ。」
「そりゃお疲れさん。」
よく見ると疲れた顔をしている。
まぁ朝から呼び出したし、その後も色々忙しかったんだろう。
主に飲み会関係で。
それからしばらくして元居た客が帰り、代わりにダンやリンカ、ルティエ達職人一行がやってきた。
気付けば店中が知り合いだらけだ。
「あー、もう終わり!おしまい!」
「店じまいか?」
「新規のお客さんはね、片付けしてくるよ。」
「それなら俺がしよう、酔い覚ましだ。」
さすがのイライザさんも疲れたようだ。
店は閉店、ここからは残った人たちだけでのんびりやるんだとさ。
豪快にエールを飲み干しすかさずミラが二杯目を注いでいる。
なんであんなに献身的なんだろうか。
確かにミラはイライザさんの料理を気に入っていたが・・・。
あれか?料理を盗もうとしているとかか?
そんな事しなくても教えてくれると思うけどなぁ。
盛り上がっている連中を他所に、マフラーをつけて外に出る。
きた時よりもグッと冷え込み、今にも雪が降りそうな感じになっていた。
うー、さぶさぶ。
手早く看板を片付け、外の札をクローズにする。
これで新しい客は入って来ないだろう。
吐く息が空高く昇っていく。
明日からまた新しい一年・・・ではなく、一年の後半戦が始まる。
感謝祭の時でもこんなにゆっくりしたことは無かったなぁ。
あの時は家を新しく買うとかで忙しかったし、それどころじゃなかったんだろう。
たった12カ月前の事なのに随分と前のような気がするよ。
色々な事が起きすぎなんだよな。
アネットを買って、行商に手をだして、畑を貰って・・・。
それからハーシェさんを助けて、最後にビアンカを買ったのか。
波乱万丈すぎるだろ。
次の12カ月で何が起きるんだ?
考えたくもない。
「ねぇ、そんなとこにいると風邪ひくよ。」
「ん、おぉ。」
「う~、寒い。雪降るんじゃない?」
「13月開始早々に雪とか勘弁してくれ。」
「でもいいじゃない、私雪好きよ。」
「俺も好きだが、降りすぎると色々と面倒だからなぁ。」
主に雪かきが。
それに物流がまた乱れるのでそれに対処するのがめんどくさい。
幸い備蓄はたくさんあるから多少の事では問題ないと思うが・・・。
まぁ、その時はその時だ。
エリザと二人で店に戻ると、中は更にお祭り騒ぎだ。
「あ~、やっと戻ってきた。」
「悪かったね、お客さんに手伝わせて。」
「良い酔い覚ましになった。」
「ほら、これ飲んであったまりな。」
「これ、火酒だろ。」
「そうですよ~、私と一緒です。」
ハーシェさんが火酒の入ったグラスを上に持ち上げる。
誰だ酒に強いとか言ったやつ、やっぱり酔っぱらってるじゃないか。
しかも酔うと精神年齢低くなるタイプのやつだ。
つまり一番めんどくさいっていうね。
「ご主人様、お鍋の準備が出来ましたよ。」
「ど、どうぞ。」
「ん、おぉ。」
「どうぞシロウ様。」
「ありがとう。」
席に座るとミラが素早く俺の分を取り分けてくれた。
さすが出来る女は違うね。
「三人ともお疲れさん。」
「疲れるほどは働いていません。」
「はい、この前に比べれば全然です。」
「あれは大変だったなぁ。」
蚤の市を思い出してみる。
あの行列、すごかった。
そう言えばそんなイベントもあったな。
12カ月なんてあっという間だ。
そんな事を考えていると、真夜中にもかかわらず教会の鐘が街中に響き渡った。
「あ、13月になった!」
「おめでとうございます。」
「おめでと~!」
「次も稼ぐぞ~!」
「お~~!」
「あーもううるさい!酔っ払い共!」
ルティエが職人連中に絡まれている。
ダンはリンカと一緒に静かに鐘の音をきいていた。
「引き続きよろしくな。」
「もちろん、よろしく。」
「はい、よろしくお願いしますシロウ様。」
「よろしくおねがいしま~す。」
「頑張らせて頂きます。」
さぁ、新しい12カ月の始まりだ。
次は何が待っているのか、楽しみなようなそうでないような。
ま、今は祭りに乾杯するか。
「それじゃあ乾杯いくぞー!」
「「「「「「かんぱ~い!」」」」」
その日は日の出まで飲んで食べて大騒ぎした。
店はどうするのかって?
翌日はもちろん休業だ。




