215..転売屋は食材を出荷する
「で、こうなったと。」
「まぁ予想通りですね。」
「それはそうなんだが、段取り良すぎないか?」
「むしろこうなるためにシロウさんが仕込んだんだと思ったんですけど、違いました?」
「違わなくはないんだが・・・。まぁ、いいか。」
俺の前には大量の肉を積んだ馬車があった。
運転席にはエリザ、その横にアネットも乗り込んでいる。
因みにミラは留守番だ。
この間のセールで大量の品が倉庫に溢れたからその後片付けを買って出てくれた。
マジですみません。
「じゃあ後はお任せします、売値も任せますんで。」
「売り上げは折半でいいんだよな?」
「はい。因みに馬車代もタダでいいですよ。」
「タダより高い物はないっていうが、いい機会だしありがたく使わせてもらおう。」
「では良い商売を。」
「エリザ出してくれ。」
「は~い!」
馬に合図を出し、満載の肉を積んだ馬車が動き出す。
事のはじまりはこうだ。
先日のダンジョン産食材の買取で集まった大量の肉。
予定通り備蓄として買い取ってもらったんだが、前回の分もあったので半分以上が余ってしまった。
もちろん炊き出しなどで使用したがそれでも追いつかないので、街の食肉加工業者と奥様方を総動員して、塩漬け肉へと加工。
ついでに街の備蓄もいくつか加工して隣町へ売ることになったというわけだ。
あぁ、もちろん隣と言ってもあの女豹のいる方じゃない。
その反対側。
そう、あのビアンカが仕事をしていたと言う街だ。
だいたい片道4時間ほどで行けるので、夕方には戻ってこられるだろう。
ある程度の話はギルド協会がつけてくれているので、後は現物を見て買い取ってもらう事になっている。
この馬車もそれに合わせて羊男が用意した物だ。
おそらくは前回の一件を自分の目で確かめてくるようにという羊男なりの考えもあるのだろう。
俺としては好都合だ。
しばらくはエリザの苦労話で盛り上がったのだが、さすがに四時間分のネタはなく残り一時間ほどで無言になってしまった。
「御主人様、一つ聞いてもよろしいですか?」
「ビアンカの件か?」
「はい。あの、本当に・・・。」
「金を貸す気はない。」
「そうですよね・・・。」
しゅんと下を向いていしまうアネット。
それを見たエリザが大きなため息をつく。
「シロウも頑固ね、助けてあげればいいじゃない。」
「言っただろ、金にならないんだよ。あの街には錬金術師が多すぎる。」
「それはそうだけどさぁ。」
「金は貯まった感じなのか?」
「この間聞いたら何とか金貨7枚は貯まったそうです。」
「なかなかやるじゃないか。」
「私の分が金貨3枚。それでも金貨5枚足りません。」
最初の話では月末までに自分で金貨10枚稼いでみせると言っていた。
それにかなり近い数字と言えるだろう。
だが、残り時間は十日を切っている。
ぶっちゃけ難しい所だろう。
「仮に金貨15枚貯まっても借金の総額は金貨30枚。残り15枚はどう考えても足りないんだよ。」
「はぁ、やっぱり無理かぁ。」
「その辺は自業自得だな。」
「それは・・・わかっています。変な事聞いてすみませんでした。」
それ以上アネットは何も言わなかった。
隣町に着くまで残り一時間ほど。
その間はエリザがずっと、先日のボンバーカウについての愚痴を言い続けたのだった。
「っと、着いたな。」
「あれ、誰かいるよ?」
街の入り口が見えてきたと思ったら、その手前に何かを待っているような人影が見えた。
近づくとこちらに向かって頭を下げて来る。
手前で停車して、エリザと共に下に降りた。
「お待ちしておりました、シロウ様ですね?」
「あぁ。」
「シープ様より話は伺っております。なんでも塩漬け肉を大量にお持ちくださったとか、本当にありがとうございます。」
「あんたは?」
「失礼、自己紹介が遅れました。私、ギルド協会に所属していますアイル=パーカと申します。」
羊駱駝ねぇ。
同類じゃないか。
ちょび髭を蓄えた中年、いや初老に近いその男性は深々と頭を下げた。
「買取屋のシロウだ、こっちは護衛のエリザ。後ろにいるのが薬師のアネットだ。」
「不倒のエリザ様に薬師アネット様、噂は伺っております。ささ、ここでは寒いですから中へどうぞ。」
山に近いだけあって気温はグッと低く、吹きおろしの風はさすように冷たい。
誘導されるがまま街に入り、中心付近にある建物へと案内された。
天秤のエンブレム。
ここがこの街のギルド協会なんだろう。
「目録をお預かりしても?」
「これだ。」
「では、中身を改めさせていただきます。それが済むまではどうぞ中で、温かい香茶を用意しましょう。」
「温かいのだって!」
「嬉しいですね。」
無意識に手をこすり合わせてしまうぐらいには寒い。
素早く建物の中に入ると、中では薪ストーブが焚かれており外の寒さが嘘のようだった。
「暖炉だ~!」
「あったかいですねぇ。」
三人でおのぼりさんよろしく暖炉に手を当てて冷え切った体をほぐしていく。
「遠い所をよくお越しくださいました。街中の皆が皆さんをお待ちしておりましたよ。」
「そんなに肉が欲しかったのか?」
「この寒さですと魔獣も出歩きませんので、どうしても肉が少なくなってしまうんです。野菜なんかは沢山あるのでよかったら仕入れて帰ってください。」
「それは良い事を聞いたな。」
あったまっていたところを羊駱駝男とは別の人が香茶を持ってきてくれた。
ふむ、野菜は沢山あると。
折角だ、時間まで情報収集するかな。
「ここは野菜の他に薬草も有名なんだよな?」
「はい。生息地が近く数多くの薬草が取れます。お連れ様は薬師だとか、よろしければいくつかご用意できますよ。」
「本当ですか!」
「値の張る物もございますが、お肉をお持ちくださった御礼もありますので少しでしたらお値引きできます。」
「御主人様・・・。」
「そんな顔しないで行ってこい、でも買い過ぎるなよ。」
「はい!」
アネットがキラキラと目を輝かせている。
別の担当がアネットを連れて建物奥へと進んでいった。
「悪いな。」
「いえいえ、先ほども申しましたようにお肉の御礼です。」
「薬草が多いってことはそれを加工している者も多いんだろうな、錬金術師なんか居るのか?」
「あ~・・・。」
「どうした?」
急にばつの悪そうな顔をする。
ちょいとばかしストレート過ぎただろうか。
「実は色々とありまして、錬金術師は不在なんです。」
「へぇ、これだけ薬草に囲まれていたら天国だろうに。」
「薬師はいるんですけど、その方と揉めてしまわれましてね。」
「薬師と錬金術師が?確か作るものは被らないって話だよな?」
「そうなんですけども、使用する物は同じですから。」
つまりは薬草の取り合いか何かで揉めたと。
「その薬師は古くからいるのか?」
「この副長の奥様です。」
「ナンバー2の嫁が薬師なのか。そりゃ負けるか。」
「まだ若く腕のいい錬金術師だったんですけど・・・。でもその副長の奥様も急に体調を崩されましてね、今は床に伏せっているとかで最近は姿をお見せになりません。」
おぉぅ、これが粛清か何かなんだろう。
気に入らない錬金術師を追い出したと思ったら今度は自分も追い出されてしまったわけだ。
「ってことはだ、この街には薬師も錬金術師もいないのか?」
「そうなんです!これだけ薬草が揃っているのに、やっぱり田舎だからですかねぇ・・・。私は好きなんですけど。」
「のどかでいい所っぽいんだがな。」
「え~、私はダンジョンが無いと嫌だな。」
「これだから脳筋は。」
「この辺りは魔物も少ないですので、冒険者様には物足りないかもしれませんね。」
客もおらず暇だったのか、その担当の女性は色々と話をしてくれた。
ふむ、おもしろい話を聞けたなぁ。
一番の収穫は追い出した本人がいなくなった事と、薬師の不在。
そして工房が手つかずで残っているという所か。
家主は今回の騒動を知っており、次に来る錬金術師の為に道具をそのまま残しているらしい。
確かに道具のあるなしでは移住のしやすさは変わって来るしな。
それなりの値段で売りつければ懐は暖かいって感じだろう。
「お待たせしました。」
「量が多くて悪かったな。」
「目録の通りに荷物は積まれておりました。いやー、これだけあれば春まで安心して食事が出来ます。13月になると雪が深くなり出歩くのが難しくなりますから、この量は助かります。それで、代金なんですけど・・・。」
「先にそっちの値段を聞こうか。」
「沢山持ち込んでくださいましたし、全部で金貨7枚いえ8枚でいかがでしょうか。」
「金貨8枚!?」
エリザが目を真ん丸にしている。
馬車一台分の肉で金貨8枚。
代金は折半だからぼろもうけとまではいかないが、十分に利益は出た。
さらに言えば情報というもっと価値のある物も手に入ったしな。
ここは今後に期待してもいいかもしれない。
「これは今回だけの価格だろ?」
「はい。春になれば我々も自由に行き来できますので出せても金貨4枚ほどかと。」
「つまり倍出すというわけか。太っ腹だな。」
「いいお付き合いが出来ると思いまして。薬師様はどちらに?」
「奥で秘蔵の薬草を見せてもらってるよ。」
「それはそれはようございます。」
薬師が不在、錬金術師も不在。
なのでここで恩を売って薬なんかを卸してもらおうという算段なんだろう。
この冬は無理でも春先以降は商売が出来るかもしれない。
戻ったらハーシェさんに教えておこう。
「わかった、その金額でいいだろう。今後も色々とよろしく頼む。」
「ありがとうございます!」
ガシっと握手を交わし交渉成立だ。
その後、アネットがいくつか薬草を買いたいと言ってきたので代金から相殺した。
金貨1枚分も買うか?とも思ったが、これもまた次への布石だ。
それにアネットだったら金貨1枚を金貨3枚にするのは簡単だろう。
行きと違い、帰りは大勢の人に見送られながら街へと戻るのだった。




