214.転売屋は炊き出しをする
エリザがフールと共にダンジョンに潜って今日で二日目。
戻るのは明日の夕方の予定だが、まぁ大丈夫だろう。
心配は心配だが、ぶっちゃけそれどころじゃないっていうのが本音だ。
まさかこんなことになるとは。
前回の失敗を糧に面倒事にはしないつもりだったんだが・・・。
「シロウさん!これもお願いします!」
初心者っぽい冒険者が目を輝かせてカウンターまでやって来た。
手には・・・。
うん、血の滴っている新鮮そうな肉が握られている。
「あー、ちなみに何を持って来たんだ?」
「モフラビットの毛皮と肉、それとファイティングバードの肉です。」
「毛皮はカウンター、肉は量りの上において重量報告。まったく、野菜はないのか野菜は!」
「あいつら燃やすと楽なのにそれが出来ないんですもん、肉の方が楽ですしね。」
「それで店中血の匂いがひどいんだ。まったく、明日からは前みたいに畑に持ってくるように言わないと。」
ダンジョン産の食材を仕込もうと思い、エリザがダンジョンに行くと同時にギルドに告知を出した。
『ダンジョン産食材買取UP!三日間限定!五種類以上持ってくると一角亭の食事券プレゼント。』
てな感じでやってみたらこれが大当たり。
夕方には食材を抱えた冒険者達が列をなして押し寄せて来た。
一応ギルドには報告してあったので、買取そのものには問題はないがさすがにこの人数を一人では捌けないので急遽ギルドから職員を派遣してもらい、この前の肉同様買取品のピストン輸送と買取補助がなされる事となった。
おかしいなぁ、前みたいにならない様に考えたはずだったんだけど。
「そんなに一角亭の食事券が欲しいのか?」
「っていうかこの時期に買い取りアップなんてするからですよ。タダ飯が食えてさらに金まで稼げる。この時期は何かと金を使いますから助かってます。」
「なるほどなぁ。」
「ってことで、肉はラビットが500g、バードが1kgです。他にも薬草と毒消しの実があるんですけどこれで五種類ですよね?」
「あぁ、五種類だよ。えーっと、毛皮と肉と薬草と・・・。薬草と毒消しの実は割増できないからな。」
「わかってますって。」
「全部で銀貨2枚だ、肉はギルドの倉庫に運んでおけよ。」
「は~い。」
最初は肉も店に置いていたがすぐに止めた。
寒いので外でも構わないが、衛生上の問題があるので冒険者ギルドの倉庫に持って行ってもらっている。
それにも色々と理由があるんだよ。
「よし、次!」
「次は私です。」
「はい、帰れ。」
しれっと冒険者に紛れてきたのは羊男だ。
「いやいやいや、ちゃんと順番並んだんですから話ぐらいしましょうよ。」
「どうせ面倒事だろ?」
「そんなことありませんよ、予想外の状況になったシロウさんにはいい話だと思っています。」
「・・・話だけは聞いてやる。」
「ダンジョン産の食材ですけど、過剰分は前回同様にギルド経由で備蓄に回して構いませんか?」
「あぁ、適正価格なら売ってやる。」
「ありがとうございます。で、それでも溢れた分なんですけど・・・。」
最初にうまい話を出しておき、次の本題をスムーズに進めたいってのが羊男のいつものやり方だ。
残念ながら今回はそれに乗るつもりはない。
「残念だがそれに関してはもう譲り先が決まってる。」
「え、譲り先?ってことは無料で?」
「あぁ、置いといても腐らせるだけだからな。」
「あのシロウさんが・・・。」
あのってなんだよあのって。
確かに守銭奴ではあるけれど、別に儲からない仕事はしないってわけじゃないんだぞ。
それに今回の件はミラとアネットの発案だ。
自分の女がやりたいと言っているんだからそれをやらせない理由はないよな。
「ちなみに何をするつもりで?」
「炊き出しだよ。」
「はい?」
「だから炊き出しだって。この時期は何かと物入りで食う物に困る家庭も多いからな、そう言う人たちに向けて教会が炊き出しを行うんだ。お前だって知ってるだろ?」
「そりゃあうちも一枚かんでますから・・・。だから今年は少なかったのか。」
「そういう事、その日に余った食材は全部教会に回して消費してもらってる。備蓄分に買い取るのはもちろん構わないが、全部買い取るのは勘弁してくれよ。まぁ、買い取れないだけの量が来てるけどな。」
今頃ミラとアネット、それとモニカとガキ共が必死になって料理を作っているだろう。
食器や調味料は近所の奥様方が持ってきてくれるし、交代で炊き出しの手伝いもやってくれてるそうだ。
昨日だけでもかなりの量を持って行ったので、今頃大変な事になっているだろう。
ま、日持ちする料理も作るように言っているから、還年祭が終わるぐらいまでは食っていけるだろうさ。
「シロウさんが慈善事業に手を伸ばすとは・・・。いや、今までも色々とされてましたね。」
「そんな高尚なもんじゃない、廃棄処分する分を正しく使ってもらっているだけだ。」
「そこまでして貰ってうちが何もしないってわけにはいかないんですよね。それに、今度それなりの人も来ますからお掃除しないといけないです。」
「掃除ねぇ。」
「もちろん追い出すとかじゃないですよ、一時的に綺麗にしてもらうだけです。」
つまりは貧しい人達に祭りの間引きこもってもらおうという事だ。
小さい街だが浮浪者や宿無しの人がいないわけじゃない。
金のない冒険者なんかは普通に軒下で寝ていたりするしな。
そう言うのを偉い人が来るときだけ無くそうって事だろう。
おそらくは食い物を渡して空き家なんかに押し込むんだろうけど・・・。
「それで事が終わった後に追い出すのはどうなんだ?」
「年が巡る瞬間ぐらいは温かい部屋で・・・っていうのは偽善ですか?」
「・・・そうだな、やらない善よりやる偽善の方が俺は好きだね。」
「そう言ってくださると思ってましたよ。」
お互いにニヤリと笑い合う。
何もしないよりもする方がいい。
それで文句を言われようが、文句を言う奴の心が狭いだけの話だ。
「話は終わりか?後ろが閊えてるんだが。」
「えぇ以上です。また夜に教会へ行きますからその時にでも。」
「いやだねぇ仕事が終わってからも仕事の話なんて。」
「まぁまぁそう言わないで。」
羊男が去り、次の客を相手にする。
結局日暮れまで客が途絶えることは無く、二日目も大賑わいで幕を閉じた。
早くも倉庫はパンク気味、こりゃ夜なべして整理しなきゃ明日エリザに何を言われるかわからないな。
っと、早く教会に行かないと。
片付けも程々に戸締りをして、北風吹きつける通りを小走りで進む。
還年祭の飾り付けが進み、街はどんどん賑やかになっていた。
薄暗い通りが角を曲がるとパッと明るくなる。
街中のはずなのに大きな焚き火が設置され、光に寄せられる虫のように大勢の人が集まっていた。
表情までは読み取れないが、聞こえてくる声は明るい。
「あ、シロウだ!」
「ほんとだシロウだ!遅いよ~。」
「すまん、仕事が忙しくてな。どんな感じだ?」
「今日はシチューだよ!」
「お肉ごろごろ入ってるよ!」
「野菜も食えよ。」
「え~やだ。」
「やだじゃねぇ、しっかり食わないと大きくなれないぞ。」
教会前につく前にガキどもに発見され、裏へと引っ張って行かれる。
「あ、シロウ様おかえりなさいませ。」
「御主人様お疲れ様でした。」
「こっちもなかなかに大変だな。」
「夕食分は早々に作り終えたのですが、他の料理が終わらなくて。」
「日持ちする物をってあれもこれも作り出すと収拾がつかなくなっちゃったんです。」
裏はまるで戦場のようだった。
夕食作りを終えた街の奥様方が大勢集まり、教会裏の一角はさながら野戦病院ならぬ野戦厨房となっていた。
「まぁ食材を無駄にしないって言う意味ではありがたい。」
「皆さんタダで食材を貰えると大喜びしていました。」
「八百屋さんが寂しそうな顔してましたけどね。」
奥様方が炊き出しに参加してくれている理由はずばり食材だ。
一時間から二時間手伝えば両手いっぱいの野菜やお肉を貰えるとあって、皆さん笑顔でお手伝いを買って出てくれている。
こっちとしては処分しなくて済むので大助かりだ。
まぁ、金はかなり出ていくが、別に回収する当てがあるので大丈夫だろう。
例の仕込みも順調に進んでいる。
後はどうやって仕込みを使うかだな。
「シロウ様、今日もありがとうございました。」
「モニカか。忙しいところ悪いな。」
「例年はわずかな炊き出ししかできませんが、今年はまるでお祭りのようで、神様も喜んでおられる事でしょう。」
「うるさいって怒ってるんじゃないか?」
「皆さんのこの笑顔を見てお怒りになるはずがありません。本当にありがとうございます。」
毎年炊き出しをやっているとモニカから話を聞いていたので、今回はそれに乗っかる形で手伝わせてもらった。
確かにお祭り騒ぎになっているようで、貧しい人達だけでなく冒険者や街の人も集まっては皆笑顔で食事をしている。
寒い冬に温かい食事。
やっぱこれだよな。
「シロウ様が慈悲深い方で本当に良かった。」
「ひとつ言っておくが、俺は慈悲の為にやってるんじゃない。食材が無駄になるから消費してもらっているだけだよ。だからお礼を言うのはこっちの方だ。」
「ふふ、シロウ様は恥ずかしがり屋ですね。」
「そうじゃなくてだな。」
後ろでミラとアネットがニコニコしているがあえて無視をする。
そんな高尚な考えでやってるわけじゃないんだよ。
でもまぁ、喜んでもらっているならそれでいいさ。
点数稼ぎもたまにはしておかないとな。
なんてことを考えながら、列に並び今日のシチューを堪能するのだった。
うん、美味い。




