211.転売屋は襲われる
12月も半ばに入り、寒さが一層厳しくなってきた。
オークションも近づき先程無事に登録は終了、ついでに納品も終わらせてきた。
いきなりあんなものを持って行ったので係の人も目を丸くしていたが、例の人が来るので助かると喜んでいたな。
そう、国王陛下が来るんだ。
ぶっちゃけ顔も知らないし興味もないのだが、一応一番偉い人なので目を付けられないよう大人しくしているつもりだ。
欲を言えばそういう人に買ってもらいたいと思っているのだが、どうなるかはわからない。
「さてっと、後は戻るだけ・・・。」
大きく伸びをしながら登録会場から出た、その時だ。
「買取屋だな、こっちに来てもらおうか。」
突然横から誰かが近づいてきて、背中に何かを押し付けてきた。
「何の用だ。」
「言わなくてもわかるでしょ。」
何かを突きつけている男とは別に女の声も聞こえてくる。
この声はシモーヌだろうけど、前と違い随分と余裕のない声をしていた。
まぁ十中八九例の件だろうな。
そりゃ慌てもするか。
そのまま引きずられるようにして裏路地へと連れていかれると、壁に思いきり押し付けられ顔を上げたら強面の男の隣にシモーヌが立っていた。
「一体何をしたの?」
「いやいや、こっちのセリフだよ一体何の話だ?」
「大事な客が全員いなくなったのよ?」
「大事な客って、あぁ金貸しじゃなくて売るほうか。」
「昨日までは普通に連絡があったのに、今日になってまったく反応がないの。それだけじゃないわ、他の客も急にキャンセルしたいといってきたんだから。普通じゃありえないわ。」
「それはずいぶんと急な話だな、同情するよ。」
その一言に反応してものすごく睨まれてしまった。
あまり刺激しないほうがよさそうだ。
ここで俺がかかわっているとなったら面倒なことになる。
っていうか間違いなく刺されるか殺される。
ここは慎重に対処しないとな。
「言え、何をした!」
「何をしたも何も、俺は何もしてないし何の話かも分からない。」
「うそを付け!」
「じゃあ逆に聞くが俺がどうやってお前の客とやらに接触するんだ?どこの誰かもわからず、下手に動けば殺すとまで脅されたんだぞ?それにそっちは、俺がどう動いているかも監視していたはずだ。」
「ぐっ・・・。」
横にいた強面の男が脅してくるが、そんな事で秘密を漏らすはずがない。
この感じだと前の件はバレていないようだ。
このままシラを切りとおせばなんとかなる。
「俺だって暇じゃない、それに関してはそっちもよく知っているはずだろ。」
「確かに怪しい動きはなかったが・・・。」
そこで男が横にいるシモーヌを見た。
何も言わず難しい顔で何かを考えるようだ。
まぁ、そんな顔をしていても美人なのは変わりないんだが、やっぱり俺の好みじゃないな。
「・・・いや、まてよ。そうだこの間ギルド協会に行っただろその時に何かしたに違いない。」
「いや、違いないって・・・。ギルド協会には還年祭の打ち合わせに行っただけだ。」
「そうね、中の会話も把握してるわ。」
「ギルド協会にまで入り込んでるのかよ。」
「そりゃあ危ない橋わたるんだもの、色々とやってるわ。もう一度聞くけど本当に何もしていないの?」
「俺だって命は惜しいんでね、せっかくうまいこと稼げるようになったのにそれをみすみす逃す気はないさ。」
これは本音だ。
この世界に来てもうすぐ一年。
せっかく商売が軌道に行って自分の好きなことで稼げるようになったのに、それを捨てる気はさらさらない。
とはいえ、それでビアンカを無視できるかと言えばそうでもなくてだな。
自分の女が困っているのに何もしないってのは性に合わなんだよ。
「行くわよ。」
「ですが!」
「これ以上手を出してもいいことは何もないわ。そりゃ指の一本や二本折れば何か言うかもしれないけど、それで客が戻ってくるわけじゃないもの。」
「そう言ってくれて助かるよ。大事な指なんでね。」
さすがに折られたら言ってしまうかもしれない。
危なかった。
「あら、目利きさえできればそれでいいじゃない。」
「最近は畑仕事に嵌っていてね、鍬を振れないのは困る。」
「マジカルキャロットの卸し先を探しているのなら紹介してあげてもいいわよ?」
「売れ残ったら相談させてもらうよ。もう行っていいか?」
「えぇ、オークション頑張ってね。」
それだけ言うとシモーヌは男を連れて路地裏の奥へと向かっ・・・たかと思ったらくるりと反転してシモーヌだけがまた戻ってきた。
さっきと違い怖いぐらいの笑顔だ。
「なんだよ?」
「何もしてないのよね?」
「そう言ったはずだが?」
「そ、ならいいの。」
「俺が言うのは変だが、金が帰ってこなかったら大変だな。」
「その時はその時で普通に売るだけよ。この街にも奴隷商人はいるしね。」
「それならレイブさんの所に行くといい、俺の知り合いだって言ったら多少色を付けてくれるかもな。」
「いいことを聞いたわ、それじゃあね。」
お礼を言うと今度こそ戻って・・・っておい!
急に近づいてきたので身構える事すらできず、刺されると覚悟したのだが、実際はなぜか頬にキスをされた。
慌てて距離をとると意味深な顔をして今度こそ路地裏へと去っていく。
キスされた頬を触ると、口紅が指に付いた。
まさか、これを狙って?
ハンカチ替わりの布でこすって口紅を落とす。
「まったく、なんなんだよ。」
誰もいなくなった路地裏を見つめながら、思わずそうつぶやいてしまうのだった。
「おかえりなさいませ。」
「遅かったわね。」
「ちょっとな。」
そういいながらカウンターをくぐり、近くの椅子に座って大きく息を吐く。
あー、疲れた。
「何かあったのですか?」
「あの金貸しに路地裏に連れ込まれたんだよ。」
「えぇ!」
エリザが大きな声を上げる。
そんな顔しなくても、と思いながらもこんな顔でもそそられるのは惚れた弱みか何かなんだろうか。
「別に何もなかったから安心しろ。なんでもビアンカを買いたいと言っていた奴らがことごとく姿を消すか辞退したらしい。それで俺に文句を言ってきたのさ。」
「濡れ衣じゃない。」
「まぁ、一番怪しいのは俺だから仕方ないだろう。」
「でもシロウ様は何もされていないんですよね?」
「あぁ、俺はな。」
俺は何もしていないぞ。
圧力もかけていないし通報もしていない。
やったのは別の誰かだ。
「じゃあビアンカの借金は・・・!」
「残念ながら借金は借金だ。返せなかったらどこぞの奴隷商人に売られるだけだろう。一応レイブさんを紹介しておいた、俺からも改めて伝えておくつもりだ。」
「そうですよね、借金がなくなったわけじゃないですもんね。」
「でもよくわからない誰かに売られるよりもずっといいわ。」
「そうです。レイブ様にお任せすれば問題ありません。」
そういいながらなんで俺を見るのかなぁ。
言っとくがこれ以上奴隷を増やすつもりはないぞ。
さらに言えば金を貸すつもりもない。
貸した所で帰って来る可能性はかなり低そうだ。
それに投資するほど甘いわけではない。
まぁ今のその甘い考えを変えない限りは、だけどな。
「とりあえず後で話をしてくるつもりだ。」
「畏まりました。」
「エリザ、念のため護衛を頼む。」
「もちろんよ。」
俺が関わってないとは言い切ったが、それを信じてくれているかは別の話だ。
あの口付け、絶対に何か裏がある。
そう思って行動するべきだろう。
「でさ、一つ聞きたいんだけど。」
「ん?」
「その口紅、何?」
「え?」
慌てて頬を触ってみる。
確かハンカチで拭いたはず・・・。
「へぇ、そこにもされたんだ。」
エリザが白い目で俺を見て来る。
あ、あれ?
おかしいな。
なんでこんな、浮気がばれた男みたいな感じになってるんだ?
そもそも三人は俺の女だけど俺の女じゃなくて・・・あれ?
「詳しくお話お聞かせいただけますね?」
「私も聞きたいです。」
「はい、シロウそこに座って。」
「いや、レイブさんの所に。」
「それは明日でもいいでしょ?それとも説明できない事情でもあるのかしら。」
「・・・はい。」
どうしてこうなった。
おのれ、シモーヌ今度会ったら仕返ししてやる。
覚えてろよ。
その後、必死に?弁明してその日は事なきを得たがその晩は中々に大変だった。
それはもう自分からアネットの薬を使わせてもらうぐらいに。
三人一緒はマジで勘弁してくれ。




