210.転売屋は報告を受ける
街が活気づいてきた。
後二週間もすればお待ちかねの還年祭りだ。
町の至る所に特徴的な飾りが設置されている。
そう、ランタンだ。
そう言えばどこかの地域でランタン祭りってのをやってるって聞いたことがある。
写真で見ただけだが、中々神秘的な感じだった。
こっちも似たようなものなのだろうか。
でもなぁ、カラフルな感じじゃないんだよなぁ。
かぼちゃのモチーフとかだったらわかりやすいが、ごくありふれたランタンが家の軒下や店先にぶら下がっている。
これをどうするんだろうか。
わからん。
ま、その日が来たらわかるだろう。
なんて思いながら、俺の足はギルド協会へと向かっていた。
いつもの呼び出し。
表向きは還年祭りの打ち合わせになっているが、間違いなく別の話だろう。
打ち合わせなら本人が来ればいいだけの話、それをわざわざ呼び出すんだから・・・。
ま、中身の関係上人に聞かれちゃまずいからってのがあるんだろうな。
ほら、余計な事をすると命を狙われちゃう身ですから。
やだねぇ、まったく。
「あ、おはようございますシロウさん。」
「打ち合わせに来たんだが、どこに行けばいい?」
「第二会議室へお願いします、場所は分かりますよね?」
「あぁ、何度も来てるからな。」
来過ぎて第四会議室の場所までわかるぞ。
最近じゃ案内すらしてくれないもんなぁ、別にいいんだけどさ。
通り過ぎる顔見知りに挨拶をしながら第二会議室を目指す。
第一は一番手前、ついで第三、第四、第二とつづいている。
え、どうして順番が違うのかって?
俺に聞くな。
「はいるぞ~。」
一応ノックはするが返事を待たずに中に入る。
もちろん誰もいなかった。
適当な椅子に座って待つこと30秒。
入ってきた入り口・・・ではなく一番奥の壁が忍者屋敷宜しくくるりと回転して羊男がやってきた。
「おはようございますシロウさん。」
「相変わらず変な機構だな。」
「外から見えずに移動できるのは便利ですよ。ほら、誰が見てるかわかりませんし。」
「わざわざ防音魔法と偽装魔法をかけてるなんてなぁ、ギルド協会も色々とあくどい事をしていたというわけだ。」
「それはギルド協会への挑戦状と受け取っても?」
「冗談だって。」
一瞬だけ目がマジになった。
まぁ、一瞬なので怒ってはいないんだろう。
「で、表むきの話からするか?」
「いえ、先に済ませてしまいましょう。これをお読みください。」
二枚の報告書が差し出される。
返事をせずにそれを受けとりまずは中身を確認する。
ふむふむなるほど。
そういう事か。
理解した。
「これを調べるのは大変だったんじゃないか?」
「そうですね、それなりに大変ではありましたがそれ以上の発見がありましたので問題ありません。」
「それはよかった。経費を請求されたらどうしようかと思っていたところだ。」
「請求した方がよろしかったですか?」
「請求されても払わないから安心しろ。」
報告書にはビアンカの借金騒動に関わる一連の流れが記載されていた。
加えて、それに関わっていた人物とその方法、そして証拠。
これだけあれば捕縛されるのは時間の問題だろう。
「読んで頂いた通り、今回の件に関して違法な違約金と違法な買い占めが発覚しました。まぁ、違約金に関しては規定がないので違法と言い切るのは難しいですが、通常の5倍以上となると異常であると言い切っていいと思います。さらに薬草の買い占め。定価ならばまだしも通常の販売価格よりも下げた値段で売り、高値で買った記録が見つかっています。まずはこれで立件し、余罪を追及することになるでしょう。もっとも、このやり方は錬金術師にしか使用できませんので、あまりたくさんの余罪は出てこないかもしれませんが・・・。」
「いや、十分すぎる内容だ。」
「これで何とかなりますか?」
「ん~、買主が居なくなれば強硬な手段はとらなくなると思うが、借金が無くなったわけじゃないからなぁ。」
「でも買主が居なければ売れないわけですよね?」
「その人に売れないだけで別の人に売ればいい。そうすれば金は戻ってくるしな。」
シモーヌが俺に対して余計な事をするなって言っているのは、売主が決まっているからだ。
そいつがいる限り彼女は手段を択ばないだろう。
だが、いなくなればそこまでの荒事はしないはず。
それに、俺とエリザに面が割れてしまった以上、ここで長居するのは彼女の匿名性を傷つける可能性が高くなる。
正体不明の冒険者専門金貸し。
それが彼女の正体だ。
「なるほど、あくまでも借金は借金というわけですか。」
「借りたものは返しましょう、まぁ至極当然の事だ。」
「そうですね。」
「ひとまず買主の件はそっちに任せた。違法な人身売買を立件するのは難しいかもしれないが捜査の手が入ったとわかれば少しは大人しくなるだろう。そうなればシモーヌも仕事がし辛くなるはずだ。」
「我々としては稼ぎ頭である冒険者が守られるのであればそれで構いません。」
「居辛くなればとっとと出ていくさ。」
「そうであることを期待しますよ。」
よし、あとはギルド協会に任せていればいいだろう。
買主さえ何とかすれば、シモーヌが動きだす。
だが俺が関わった証拠がない以上何もできない。
まぁ、文句は言われるだろうがその後彼女がどう動くかを見極めればなんとかなる・・・かもしれない。
はぁ、アネットの友人じゃなかったらここまですることは無いんだが・・・。
まったくめんどくさい。
「話は以上だな。」
「報告は以上です。」
「なら俺は店に戻って・・・。」
「次は還年祭に関する打ち合わせです、第三会議室へ移動してください。私もすぐに向かいます。」
・・・おのれ羊男謀ったな!
還年祭の件はあくまでもブラフ、本命はこっちのはずなのにまさかブラフの方でも働かされることになるとは。
ぐぬぬ。
まぁ、ここまで調べてもらったんだし仕方ないか。
書類は回収され羊男は壁の向こうへと消えて行った。
俺も席を立ち会議室の外に出る。
「あ!シロウさん、すみませんシープ様がなかなか見当たらなくて、待ちましたよね。」
なるほど、そういう体で行くのか。
会議室には誰も来なくて俺は一人待ちぼうけ。
で、それをお詫びするために職員が走って来たっと。
良く出来た芝居だ。
「なにかあったのか?」
「別の部屋で寝ていたそうなんです。きつく叱っておきましたので第三会議室にお願いします。」
「了解っと。」
小芝居を続けながら第三会議室へと向かう。
中には、ついさっき来ましたって顔をした羊男が待っていた。
この部屋には防音魔法などは施されていない。
だから会話は丸聞こえだ。
「おはようございますシロウさん、すみません寝坊してしまって。」
「昨夜はお楽しみだったのか?」
「残念ながら仕事です。あまりにも忙しくて転寝してしまって、帰ったら妻に怒られますね。」
「こっぴどく叱られてしまえ。」
っていう茶番でつかみはオッケーだろう。
「で、今日の呼び出し理由は?」
「この前買って頂いたお酒ありますよね。」
「あぁ、あのワインか。」
「二樽程融通してもらえませんか?」
「次の冬まで寝かすって話だっただろ?」
「そうなんですけど、予想外の人がオークションに来るそうでして・・・。」
露骨に嫌そうな顔をする羊男。
こいつもこんな顔するんだな。
あの女豹よりもイヤそうな顔してるぞ。
「で、誰なんだよ。」
「国王陛下です。」
「は?」
「だから、陛下がお忍びで来るんですよ。なんでもオークションに参加したいダンジョンが見たいとしこたまごねたようでして。」
いやいやいや、なんだよそれ。
それってつまり大統領や首相が来るって事だろ?
「一国の主がごねるのかよ。」
「普段は王都に缶詰めですから、たまには気晴らしをしたかったんじゃないですかね。」
「それでオークションに参加?意味が解らん。」
「よほど見たい品があるんじゃないですかね。」
「でも受け付け始まってないよな?」
「出品前でも噂は広がりますよ。よっぽどすごい品なんじゃないですか?」
俺の分は誰にも言ってない。
いや、店の女達は知ってるだろうけど彼女たちが言いふらすことはしないだろう。
って事は別の品を目当てに来るという事だ。
「で、その人に出すための酒が欲しいと。」
「私共の分は感謝祭まで置いておかねばなりません。そこでシロウさんの出番というわけです。」
「高いぞ。」
「それは仕方ないかと。で、いくらですか?」
「金貨4枚。」
「いやいやいや!あれから二カ月も経ってないんですけど!」
「じゃあ売らなくていいな。」
「シロウさん勘弁してくださいよ~。」
それからしばらく押し問答があったが、なんとか金貨3枚で決着した。
国王陛下に出すんだからケチるなよな、まったく。
でもまぁ俺には関係ないし、ほんの短期間でこれだけ利益が出れば上々だ。
今月末は忙しくなりそうだなぁ。
なんて他人事のようなことを考えながらギルド協会を後にするのだった。




