209.転売屋は冬野菜を収穫する。
「よーしお前ら、しっかりやれよ!」
「シロウも手伝ってよ!」
「当り前だ、俺の畑だからな。」
12月も半ば。
収穫の日を迎えた畑は、太陽の光を浴びて光り輝いていた。
「オ二オニオンは抜いた後畑の奥の台にひっかけてください。マジカルキャロットは傷つけないようにオレンジの籠に、グリーンラディッシュは根元から水平に切って緑の籠に入れてくださいね!」
「だ、そうだ。アグリの言う事ちゃんと聞けよ!」
「「「は~い。」」」
「では子供達はオニオニオンを、大人はグリーンラディッシュをお願いします。」
「で、俺がマジカルキャロットだな。」
「すみません、シロウ様の手を煩わせてしまって。」
「言っただろ、ここは俺の畑だ。持ち主がやらなくてどうするよ。」
監督と指示はアグリに任せている。
俺は作業員の一人として頑張らせてもらおう。
「ルフ、オニオニオンには近づくなよ。」
ブンブン。
尻尾を振って返事をする。
収穫前も臭いが嫌なのかあまり近づかなかったから大丈夫だろう。
やはりイヌ科が食べるとよろしくないそうだ。
ワザと魔物に食べさせて弱らせるなんて作戦もあるようだが、そんなことしないで正面から戦えばいいのに。
いや、安全策を取るのは当然か。
「うわ、すごい臭い!」
「くさ~い!」
「引っこ抜く時に傷つけるなよ、目に染みるぞ。」
「オニオニオンは水に晒すと刺激が無くなりますが、生のままだと大人でも涙が止まらなくなります。くれぐれも気を付けてください。」
「だ、そうだ。わかったな!」
「「「はい!」」」
そんな危険な仕事なんで子供にやらせるのかって?
引っこ抜くだけだからだ。
グリーンラディッシュは刃物を使うから子供に任せられないし、マジカルキャロットは簡単なんだけど単価が高い。
なので消去法でオニオニオンが子供の担当、というわけだ。
一本一本ゆっくり抜いて、水で洗って籠に入れる。
地味だ。
だがそれがいい。
朝一番に始まった収穫は、昼を前にして終了。
今日は俺のおごりでデリバリーを頼んでいる。
「おまたせしました~!」
「わ~いご飯だ~!」
「お外でご飯なんて初めて!」
「僕も!」
宅配ピザならぬ宅配パン。
薄く伸ばした生地にトトマのソースを塗って焼き、それに肉を挟んでくるくると巻いてある。
トルティーヤとかがこんな感じじゃなかったっけ。
お手軽ランチながら子供達は大はしゃぎ、大人にはせっかくなので昼から酒をふるまった。
「でもいいんですかね、こんな時間にお酒なんて。」
「じゃあ止めるか?」
「いえ、せっかくですから。」
こう見えてアグリは酒に強い。
なんなら樽で飲んでも大丈夫と言う、俗にいうザルというタイプだ。
酔わないわけではないが潰れない。
うらやましい体質である。
「シロウさん最高です!」
「そりゃよかった、だが飲み過ぎるなよ嫁さんに怒られるぞ。」
「平気ですって、ちゃんと酒を抜いて帰りますから。」
「これから抜くのか?」
「収穫だけが仕事じゃないですよ、ちゃんと耕してやらないと。」
それもそうだな。
穴ぼこのままだと危ないし、変な菌が奥に入っても困る。
ちゃんと手入れをしてやればやるほど、野菜はそれに応えてくれる。
早めに収穫できたので13月半ばにはもう一度野菜を植える予定だ。
冬から春にかけての野菜なら大丈夫だろう。
それから一か月ほど休ませて次は夏野菜。
また何を植えるか考えないとなぁ。
「なら俺も手伝うか。」
「そんな!そこまでしてもらうわけにはいきませんって。」
「俺達は給料もらってるんですから、給料分働きます。」
他の大人たちが慌てて止めてくる。
そんなに一緒に仕事がしたくないんだろうか。
まぁ、わからないでもない。
雇用主が目の前にいたらサボりたくてもさぼれないからなぁ。
「酒のみのセリフじゃないなぁ。」
「まぁ、そうなんですけどね。でも、シロウさんは何とも思ってないかもしれませんが、俺達感謝してるんです。」
「そうそう。魔物を狩るしか能の無かった俺達が、また昔みたいに畑を耕してるなんて夢見たいだよな。」
「今でも起きたらあの安宿で、痛みで見た夢だったとか、ありえそうでさぁ。」
「わかる・・・。」
「農家上がりの冒険者は多いらしいな。」
「えぇ、現役でダンジョンに潜ってるやつの中にも結構いますよ。」
畑の男達はみな彼らは元冒険者だ。
主に怪我をしてダンジョンに潜れなくなり生活に困っていた所を、冒険者ギルドの紹介で来てもらった。
最初は戸惑っていたものの、固定給が貰えるという事で今では喜んで手伝ってくれている。
中には所帯を持っているのもいるので、嫁さんに感謝されたぐらいだ。
ダンジョンなんて博打みたいなもんだからなぁ。
だからダンのように家庭を持つと別の仕事を選ぶようになるんだ。
動ける冒険者はまだいいが、彼らのように怪我をして昔のように動けなくなってしまうとなかなかそういう仕事を得ることも出来ない。
なので新しい就労先としてかなり期待されている。
らしいんだが・・・。
「まぁそいつらを受け入れるほどの余裕は無いけどな。」
「畑は大きくされないんですか?」
「ここはあくまでも俺の個人的な畑だ。収益目的で畑をすると税金がかかるし、国に上納する義務も発生する。それを避けるためにはこの規模でやるしかないんだよ。」
「でも、シープ様はそう考えておられないようですよ。」
「それも知ってる。実際、この収穫量を見るとどう考えても個人の畑ってレベルじゃないからなぁ。」
後ろに積みあがった大量の収穫物。
オニオニオンは木箱40個、マジカルキャロットとグリーンラディッシュが各20箱ずつ収穫できた。
マジカルキャロットは出荷品として主に行商にもっていき、グリーンラディッシュはアネットの薬として使うつもりだ。
だがオニオニオンは違う。
食べるにしてもかなり量があるので、残った奴は街に買い上げてもらう事になるだろう。
表向きは備蓄として。
でも買い上げることが前提ならもう収益用として考えていいんじゃないだろうか。
税金を取られるのはあれだが、明確にしている方が何かと面倒は少ない気がする。
問題は管理なんだよなぁ。
畑をやるって口で言うのは簡単だが、それを動かすにはヒトとカネがたくさん必要だ。
さらに、天候などで収穫が左右されるので収入にもずれが出てしまう。
よっぽど金が無いと、そのずれには対処できないだろう。
それこそ、金貨100枚単位の金をポンと出せるようじゃないと無理だ。
それってズバリ俺なんだよね。
「マジカルキャロットは売りに出されるとか。」
「あぁ、ホワイトベリー同様行商に回すつもりだ。街に卸すのは一箱分ぐらいだろう。」
「そうですか。一本分けてもらおうと思っていたのですが・・・。」
「それぐらいならいいぞ、持って帰れ。」
「いやいや、買いますよ。」
「今日の準備も全部アグリがやってくれただろ、ボーナスだよ。」
今の給料じゃどう考えても足りないぐらいに働いてくれている。
みんなにも行商が終わって利益が出たらそれなりに還元してもいいかもしれないな。
で、また頑張ってもらうと。
元々賞与ってのはそういう意味合いがあるらしい。
まぁ、貰ったことないけどな。
「じゃあ俺も!」
「俺もいいですか?」
「一本だけな。いや、オニオニオンの方が嫁さん喜ぶだろ。」
「あ~・・・。」
「ならそっちで。」
「だな、マジカルキャロット一本じゃ白い目で見られそうだ。」
独身組にはマジカルキャロットを、既婚組にはオニオニオンを。
ちなみにガキ共にはエリザお手製のお菓子を用意してある。
これで全部終わりだ。
片付けやら何やらしていると、いつの間にかもう夕暮れ。
皆で農機具を片付け綺麗になった畑を見渡す。
「サッパリしたなぁ。」
「でもまたすぐに作付けですから。」
「しばらくは休暇だ、ゆっくりしてくれ。」
次の仕事は13月になってから。
もっとも、完全な休暇ではなく畑の整備なんかもあるから時々は働いてもらわなければならない。
「でもいいんですか、休んでる間も給料もらっちゃって。」
「あぁ、仕事してないわけじゃないしな。」
「俺、毎日来ます!」
「俺も!」
「仕事があるなら構わないが・・・、って家に居場所がないとか言わないよな。」
「そ、そんなことないっすよ。」
「ですです!」
ならいいんだけど。
働いてくれるというのであれば何も言うまい。
皆の笑い声が夕暮れの冷たい空気と一緒に空へと登る。
さて、家に帰って温かい風呂に入ろう。
労働の後の風呂は格別だよな。
特に冬は。
そんな事を思いながら家路につくのだった。




