198.転売屋は加工を依頼する
目的の工房は、職人通りの少し奥まったところにあった。
ここだな。
エンブレムのようなものは無かったが、扉に小さく『ヒューターとアニーの工房』と書かれている。
二回ノックしてみるも返事は無い。
再度ノックしてみる。
「・・・誰?」
「商店街で買取屋をしているシロウという者だ。ヒューターさんはいるか?」
扉は開かなかったが中から声が聞こえてきた。
「夫は不在です。」
「いつ頃戻る?」
「夕方ごろには・・・。」
夕方か。
アポなしで飛び込んだんだし仕方がないだろう。
「そうか、ならその時間にまた来る。」
「何の御用かお伺いしておきましょうか、夫に伝えておきます。」
「そうだな。なら、『珍しい布が手に入ったので加工してほしいと・・・。」
そこまで言った所で固く閉ざされていた扉が突然開き、ぶつかりそうになってしまった。
何とか避けたが、反物一つ地面に落ちてしまう。
「これね!」
中から飛び出してきた女性が目にもとまらぬ速さで拾い上げ・・・ほおずりし始めた。
「あぁ、なんてスベスベしたさわり心地!そしてほのかに感じるこの温かさ!間違いないわ、ヒーターカプラの毛で出来た布ね!」
「よくわかるな。」
「反物で見るのは初めてだわ!これで仕事を?何を作るの?あぁ、どうしましょう!作りたいものがいっぱいありすぎて困っちゃうわ!」
いや、困っちゃう話じゃなくてそれを返して貰えないだろうか。
手を伸ばすもその女性は反物を抱きしめたまま動こうとしない。
いや、動いた。
そのまま何事もなかったかのように工房に戻ろうとしている。
「いやいやいや、それは俺のものだ返してくれ。」
「工房に御用なんでしょ?これを使って何かを作ってほしいのでしょ?ならどうぞお入りくださいな。」
「いや、お入りくださいなじゃなくてだな。」
「夫なら夕方には戻ります。それまでに色々、本当に色々と考えましょう!マフラー?手袋もいいですね、防寒用に服の内側に縫い付けてもいいかもしれない。ねぇいくつ持っておられるの?」
「合計で11反だ。」
「11反も!それだけあれば沢山、たくさん作れるわ!この色、この肌触り!間違いなくこの冬一番の商品になる。あぁ、神様こんな素敵な物をくださってありがとうございます!」
ツッコミどころが多すぎて何も言えない。
このまま帰るわけにもいかないので仕方なく工房に入るも、その人は反物を抱きしめたままクネクネ体を動かしているだけで、意識は向こうの世界に旅立ってしまったようだ。
仕方ないので工房内を見させてもらう。
ごく普通の工房、半分は販売用の品々が置かれており、もう半分に打ち合わせ用の机が置かれている。
カウンターの奥はバックヤード兼住居だろうか。
この街の工房はどこも同じような作りだなぁ。
長屋みたいな感じで大量生産し易かったんだろうか。
それともこの方が効率がいいんだろうか。
わからん。
しばらく店内をウロウロしていると、ドアの空く気配がしたのでそちらを振り向く。
「おや、アニーお客さんかな?」
「一応客なんだが、あんたがヒューターさんか?」
「あぁ、そうだが・・・。あの反物は貴方が?」
「落とした奴を拾われたらああなっちまった。モイラさんの紹介で来たんだが・・・気をつけろと言われた意味が良く分かったよ。」
「それは大変申し訳ない事をした。どうぞかけてください、今お茶を淹れましょう。」
さわやかな好青年。
いや、青年って年でもないか。
中年との微妙なところ、30代後半でも見た目は若いって感じだ。
細見で身長は高く、指先は驚くほどに細い。
女受けしそうというと怒られるかもしれないが、男の俺でも思わず魅入ってしまう綺麗な指をしていた。
「なにか?」
「いや、裁縫屋だけに器用そうな指だなと思ってな。」
「もっと男らしいごつごつとした指が良かったんですけど・・・。」
「別に見た目で仕事するわけじゃないさ。」
「お気遣いありがとうございます。どうぞ。」
商談用のテーブルに香茶が置かれる。
湯気と共に優しい香りが工房中に広がった。
「モイラさんにはいつもお世話になっています。それで、今日はどのような御用で?」
「あんたの嫁さんが手放さないあの布を使って商品を作ってほしいんだ。」
「鮮やかな布ですね、拝見しても?」
「あぁ。」
持ってきていた二つ目を机の上に乗せると、興味深そうに手を出した。
「絹のような滑らかさ、でも少し硬いようです。それに布自体が熱を帯びていますね。これは・・・たしかヒーターカプラの毛で織られたものですね。」
「夫婦そろって流石だな。鑑定スキルは持ってないんだろ?」
「生憎そう言ったスキルは持ち合わせていません。この辺はさほど寒くならないので目にするのは製品ばかりでしたが・・・。どのぐらいありますか?」
「全部で11反。全て加工してもらいたい。」
「ご希望はありますか?」
「ない。」
「え?」
「ついさっき買い取ったばかりで何を作るかは考えていないんだ。」
「買取・・・、貴方が噂の買取屋さんでしたか。」
「自己紹介が遅くなった、買取屋のシロウだ。」
今更だがお互いに自己紹介をする。
それからしばらくは雑談タイムだ。
お互いの仕事内容から今回の件まで、出された香茶がぬるくなるまでつい話し込んでしあった。
「っと、長々話して悪いな。」
「いえ、アニーもあの調子ですから。」
「で、何を作ってくれる?」
「そうですね・・・、マフラーや手袋は手堅いでしょう。この色です、よく売れると思います。」
「嫁もそんな事を言っていたな。」
「この夏は少し派手な色遣いが流行りましたから、この冬も同じ流れが来るはずです。後は刺繍で違いをつけたり、飾り石をつけるのも綺麗かもしれません。」
「布に石を?」
「小さな石ですけど、垂らした先に付けるのがいいのだとか。私は刺繍の方が好きですけどね。」
「ダメよ!絶対に飾り石が似合うわ!」
と、さっきまで別の世界にトリップしていた嫁さんが旦那にツッコミを入れた。
「お帰りアニー、いいアイデアは浮かんだかい?」
「えぇ!とっても素敵な物を見つけてきたわ。ちょっと量は少ないけど、これでこの還年祭りは優勝間違いなしよ!」
「何の話だ?」
「実は、職人通り内で新作の発表会が有りましてね。その中で一番人気の高かった店に人気店の看板が付けられるんです。」
それは知らなかった。
恐らくは職人通り独自の催しなんだろう。
「で、それにこの布を使うと?」
「お願い!絶対に悪い様にしないからやらせて!」
「こらアニー、まだ何を作るかもお客様の許可も貰っていないんだよ。」
「別に俺は構わないぞ、いい品を作って儲けてくれればそれでいい。」
「え、本当ですか?」
「話をしてみて二人が真面目なのは分かったし、優勝したいという意気込みも申し分ない。適当な仕事をされるより本気で仕事をしてくれる方がこの布も喜ぶだろう。」
「聞いた!?すぐに打ち合わせをしましょ!」
旦那の手を引っ張り裏へと行こうとする嫁だったが、旦那がそれを優しく宥める。
「ダメ。そうやって勢いでやって失敗したら大変だ。それに契約書も作ってないんだから。」
「そういえばそうだな。」
「正直に言って私もこの布が有れば優勝できると思っています。ぜひ使わせて頂きたいのですが、そちらの望みを教えてください。」
「こういったところは初めてでな、むしろそちらの条件を先に教えてくれ。」
「そうですね・・・。デザイン料で銀貨50枚、加工料で銀貨50枚の合計金貨1枚で11反分作らせて頂きます。この布はいかほどでしたか?」
「全部で金貨2枚だ。」
「思ったよりも高いですね・・・。」
そこで腕を組み旦那が何かを考えはじめる。
嫁は早く仕事がしたいのかそわそわとその場で体を揺らしていた。
「販売方法はどうするおつもりですか?」
「露店に出すつもりだったが、還年祭に合わせて何かするんだろ?そこで売り出して貰っても構わない。」
「利益はあまり出ないかもしれませんよ。」
「ならこうしよう、最低金貨1枚の儲けが出るようにしてくれ。」
「全部で金貨4枚、それ以上売れればということですね。」
「そういう事だ。そっちは作りたい物を作り、それを売って利益を出す。作る物に対して俺は一切口を出すつもりはない。だがそうだな・・・、最初にひざ掛けを二つとマフラー一つ、それと冒険者が使える様な手袋を一つ作ってほしい。」
「それぐらいでしたらお安い御用です。」
交渉成立だ。
ひざ掛けと手袋は彼女達に。
俺はマフラーを作ってもらおう。
せっかく買ったのに自分たちの分が無いのは寂しいからな。
契約書を作り、お互いにサインをする。
これでよしっと。
「全てお任せで本当にいいんですか?」
「言っただろ、何かを作りたくて買い付けた物じゃないんだ。それが金になるのであれば何でもいいさ。目的の物も作ってもらえるしな。」
「何でもいいのよね?後で怒らないわよね?」
「あぁ、好きにしてくれ。」
「嬉しい!なんて素敵なお客様なの!」
感極まった嫁が反物を頭上高く放り投げそしてそれをキャッチする。
かなりのオーバーリアクションだなぁ。
最初に顔を出した時とは別人だ。
余りの暴走ぶりに旦那が居なかったら今頃どうなっていたか想像もつかない。
モイラさんの忠告を聞いていてよかった。
「最初の品はいつできる?」
「マフラーとひざ掛けは二日もあれば。手袋は出来れば採寸したいのですが構いませんか?」
「あぁ、残りの布と一緒に明日の朝一番でここに来るように伝えておくよ。」
「ありがとうございます。」
固い握手を交わして工房を後にした。
冬の夜は早い。
いつの間にか外は真っ暗になってしまった。
北風が細長い通りを勢いよく通り抜けていく。
う~さぶ。
早くマフラーをつけたいなぁ。
両腕を抱くようにして急ぎ店へともどる。
「・・・あいつか。」
こちらを見ていた人物の気配と声は北風にかき消されて俺に届くことは無かった。




