193.転売屋は未来を想像する
大通りを男が走っていく。
その手にはトレイが乗せられ、更にその上には皿、その更に上には料理が乗せられ、最後に料理の上に風蜥蜴の皮膜がかぶせられている。
小噺みたいな感じになってしまったが実際に俺の目がそれを見ている。
普通と違うのは男の腕が片方無かった事。
片手で器用にバランスを取って男は注文先へと向っていった。
街は空前のデリバリーブームである。
いや、ブームは言いすぎか。
今までも行なわれていたけれど、あまり普及してなかっただけの話だ。
理由は簡単、回収がめんどくさいからだ。
料理を提供したは良いけれど、器は回収しなければならない。
回収するには時間も手間もかかるし、その間店が無人になる。
個人事業者が多いこの街でそれは致命傷。
だからこの前のように誰かを利用するわけだが、頼む先がなかった。
何処にというか誰に頼めば良いか分からず普及していなかった。というのがコレまでの流れだが、2日前にそれが変わった。
「また宅配してる。さっきも別の人が通ったわよ。」
「それだけ怪我人が多かったって事だ。」
「ある程度はポーションで治るけど、どうにもならない事もあるから。」
「今までなら引退して死ぬか、無理に潜って死ぬかの二択だったが、それがなくなっただけでも良いじゃないか。」
「感謝してる人も多いと思うの。」
「言っとくが俺は何もしてないぞ。やったのは冒険者ギルドとギルド協会だ。」
デリバリーの普及。
その一番の理由は人材を確保できた事だ。
担い手は主に負傷して戦えなくなった冒険者。
指や腕を無くして冒険は出来ないが、他の仕事は出来る。
そんな人を集めて各店舗に派遣、注文先へ宅配してもらう。
ウーバー何とかって奴みたいな感じだ。
店に注文をして代金を支払うと用紙が貰え、それを配達センターに持っていく。
用紙には名前と住所を書く欄があり、それを提出して帰ればセンターが手配した配達員によって商品が届くという中々便利なシステム。
確かに半分は俺の立案だが、残りは羊男とその嫁が考えた。
だから今回は俺の手柄ではない。
「宅配が増えたおかげで風蜥蜴を狩る冒険者も増えたわ。あいつ等邪魔だったから私達としても大助かりよ。」
「皮膜のほかにも尻尾は薬に使えるから、おかげで材料が安くなったってアネットが喜んでいたな。」
「思わぬところでいい事があるのねぇ。」
「冒険し易くなった結果、レア物を発見してウチに売り込まれるって事もあるからな。ありがたやありがたや。」
「あ、この前の装備調子良いわよ。」
「そりゃ良かった。」
「私に足りなかったのは素早さなのかしら。」
「じっと我慢するってタイプじゃないだろ?だからじゃないか?」
だって脳筋だし。
じっと耐えて隙をうかがうよりもガンガン攻撃して隙を作るってタイプだ。
典型的な殴り屋だな。
ゲームでは使いやすかったけど、怪我も多かった気がする。
いくらポーションがあるとはいえ精神衛生上よろしくない。
主に俺の。
「素早さをあげる薬とかもあるみたいだし、今度頼んでみようかしら。」
「アネットそんなの作れたか?」
「ううん、錬金術師に頼むのよ。」
「違うのか?」
「薬師は主に日常の薬で、錬金術師は冒険の薬って感じかしら。やってる事は似てるけど、アネットはポーション作らないでしょ?」
「そういえばそうだな。」
色々な薬は作っているが、ポーション等を作ったり売ったりしていた覚えは無い。
もちろん薬の中には冒険者がよく利用する物もあるので、決して一般市民用の薬だけというワケでは無さそうだが・・・。
「そもそも薬師と錬金術師の違いは何なんだ?アネットも冒険者用の薬を作るだろ?」
「ん~、どっちも似たようなものだけどポーションや対属性薬を作れるのは錬金術師で、身体の中に作用する薬を作れるのは薬師かな。あと、錬金術師は一緒にダンジョンに潜る事もあるからそこも違うかも。」
「・・・一緒に潜るのか?」
「製薬するのに器具を使わないからね。空き瓶さえあればその場でポーションが作れるわ。」
「なる・・・ほど。」
「製薬魔法は有り触れたものだけど、上手に作れるかは技術によるの。ベテランになると戦いながらでも作るわよ。」
戦いながらポーションをつくりその場で癒していくのか。
凄いな。
「でも材料がいるだろ?」
「もちろんよ。ポーション一つに薬草が五ついるわ。」
「結構使うんだな。」
「だから収納魔法のかかったカバンは必須なの。それがない錬金術師は、それが買えるまで地上でポーションを作り続けるんだって。」
「なるほど、それで合点がいった。」
ポーションなんて凄い薬をどうやって作っているのかずっと疑問だったんだ。
なるほど、魔法で作るのか。
そりゃ効果も絶大だよな。
でも材料は必要だから地上で薬屋をやると。
薬師と競合しないのはそういった事情もあるのかもしれない。
お互いの領域を侵さなければどちらもが儲かるからな。
材料は同じかもしれないが、その辺は固定買取でしこたまギルドが買い込んでるし。
固定買取の重要性はそこにも発揮されているのか。
それを犯した俺って・・・。
あの時注意で済んで本当に良かった。
「ちなみにこの街にも錬金術師はいるわよ。」
「ダンジョンがあるんだ、当然だろう。何人いるんだ?」
「えっとねぇ・・・確か三人、いや四人だったかな。」
「曖昧だな。」
「二人はダンジョンに潜っててもう一人は引退してお店をやってるの。でも最近新しい人が増えたってニアが言ってた気がするのよね。」
「ま、俺には関係ない話だ。」
ダンジョンに潜るわけでもないしポーションを売ることもない。
それこそ専売品だ、わざわざ薬師のいる店で売ったらうらまれるだろう。
わざわざ自分の首を絞める必要は無い。
「そうでもないかもよ。」
「は?」
「なんでもない、こっちの話。」
「面倒ごとは止めてくれよ、もう12月だ。還年祭にオークションに忙しいんだからな。」
「わかってるわよ。」
本当に分かっているんだろうか。
奴隷だってこれ以上買う金も部屋もない。
そんな事になったら引越しをすることになるだろう。
この街にそんな物件があるだろうか。
「ただいま戻りました。」
「あ、お帰りミラ。」
「ご苦労だったな。」
「冒険者ギルドとの協議の結果、風蜥蜴の皮膜は引き続き当店でも買取を了承してもらいました。代わりに二つ条件をつけられましたが・・・。」
「卸先の制限と価格だろ?」
「仰るとおりです。」
「卸し先は例の飯屋を含めて三件ほど、後は全て冒険者ギルドへ。価格もその卸先以外はギルドと同額かそれ以上にすることってな感じか。」
「それが分かってるならシロウが行けば良かったじゃない。」
「今回の協議は私がお願いして行かせていただきました。シロウ様の仕事量を考えると私も色々と勉強させて頂いたほうが良いと思いまして。」
俺としてはミラには店の事だけをしてもらえればそれで良いのだが、まぁ俺があれやこれやと手をつけるものだから心配になったんだろう。
買取屋だけのはずが気付けば行商に畑に製薬、そして卸までやってる事になる。
規模としてはまだまだ小さいが、いずれ規模を拡大するのであればそれだけ雑務も増えてくるだろう。
いっそのこと会社にしてしまうのはどうだろうか。
社長兼買取や店主を俺にして、各部署を設置、ミラやアネット、サーシャさんを部長にして下に部下をつける。
エリザは・・・仕入れ担当か?
それか冒険者ギルドとの調整役でも良いかもしれない。
そうすれば俺の仕事は買取と各部長から上がってくる稟議なんかの決済だけだ。
仕事量は格段に減るし自由な時間も出来る。
いや~、誰かの下につくのがイヤで自由に転売していた俺がまさか社長になる日が来るのか?
確かにそれなら誰かの下で働いているわけでもないし、好きな事をしている事に変わりない。
夢のような話だなぁ。
まぁ、当分先の話になるだろうけど。
「そこまで気負わなくても良いんだぞ。適当にやっても生活していけるんだから。」
「そうよ。今でも十分すぎるぐらいだわ。」
「別にこの街で一番になる必要は無いんだ。まぁ、稼げるにこしたことは無いがな。」
「その為に買っていただいた身でこんなこと言うのは差し出がましいですが、店番ばかりというのもちょっと。」
「飽きてきたか?」
「いえ、もっとシロウ様の為に出来る事があると思うんです。その一つとして今日は勝手を言わせていただきました。」
突然ミラが『今日の協議は私に行かせて下さい。』といってきた時はどうしようかとも思ったが、別に行かせてはいけない理由もないのでお願いした。
なるほど、ぶっちゃけ店番にも飽きていたと。
そりゃそうだよな、俺が外に出ている時はずっと店にいなきゃいけないわけだし。
休みの日もなんだかんだと急がしそうにしている。
まだ若いんだししたいこともあるだろう。
友人とお茶をしていても全然おかしくない年頃だ。
もちろんそれは奴隷ではなかったらの話で、今は俺に買われた身。
とはいえ自由がないのはあれだしなぁ。
「何一人で百面相してるのよ。」
「エリザは友達いるのか?」
「失礼ね!いるわよ!」
「まぁ、そうだよな。」
「私は・・・どちらかといえば少ない方でした。」
「彼女はどうした?」
「エルロースは別です。彼女はなんていうか、特別なので。」
俺はウサ耳娘を思い出した。
兎の獣人でミラの大親友だ。
「そうじゃないとシロウに抱かせたりしないわよね。」
「エルロースであれば構いません。最近はちょっと、頻度が多いように思いますけど。」
「発情期だけの約束だからな、それ以外はしてないぞ。」
「もちろん分かっています。」
彼女とはそういう約束だ。
俺が他の女に手を出そうがミラ達が干渉する理由は無いのだが、俺だって女好きって訳じゃない。
そりゃ毎晩とっかえひっかえはしているが、それは一種の愛情表現的なものだし・・・。
「ただいまもどりました~!」
と、そんな話しをしているとアネットも外から帰ってきた。
「おかえり。」
「おかえりなさいアネットさん。」
「ねぇ、どんな感じだった?」
「もう久々で、つい盛り上がっちゃいました。」
ん?なんの話だ?
「誰かに会ってきたのか?」
「前の町で知り合った友人がこの街に来たとエリザさんから聞きまして、会いに行って来ました。」
「あぁだから急いで出て行ったのか。」
てっきり急病人か何かだと思ったんだが違ったようだ。
「でもなんでエリザが?」
「そりゃ聞かれたからよ。アネットって薬師を知らないかって。」
「なるほどなぁ。」
世の中狭いもんだ。
ま、友人は多い必要は無いがいないのもあれだ。
この俺にだって友人と言える人の一人や二人はいたものだ。
といっても二年ほど連絡取ってなかったけど。
元気にしているだろうか。
「それでですね、ご主人様。」
「ん?」
「ちょっとお願いがあるんですけど・・・。」
珍しくアネットが上目遣いで俺をみてくる。
はて、願い事なんて珍しいな。
そして何でエリザがニヤニヤしてるんだ?
「なんだ、言ってみろ。」
その理由は話の後に全て分かった。




