189.転売屋はセールを開催する
今日は快晴、絶好の商売日和だ。
なんてことを考えながらいつものように露店へとやってきた。
だが今日はいつもとは違う。
荷物とは別に大きな看板を乗せてある。
おっちゃんとおばちゃんに挨拶をしていつもの場所に陣取った。
「今日はずいぶんと大量だな。」
「あぁ、ちょっと物入りなんだ。」
「珍しいじゃないか、お前さんがそんなこと言うなんて。まさか、借金なんてしてないだろうね。」
「それは俺が一番嫌いな奴だよ。そんなことするなら店をたたむさ。」
「兄ちゃんが店を畳むなら俺も街を変えないとなぁ、それぐらい不景気って事だろ?」
「まぁそうだね。」
不景気になると買取屋は儲かる。
まぁ、物が売れなければ結局は破産するんだけども、現状はそこまでいっていない。
あれこれ手を出しすぎて現金が少なくなってきただけの話だ。
「今日は二人に色々と迷惑かけるかもしれないが、大目に見てくれ。」
「別に構わないさ、いつもの事だろ。」
「違いない。」
そう言って笑って許してくれるんだよなぁ、この二人は。
本当に助かる。
大量の荷物をおろし、いつもよりも時間をかけて陳列する。
いつもは値札無しだが、今日はつけている。
何でつけているかって?
こんな事をするからだよ。
最後にでかい看板を一番後ろに立てて準備完了。
「値引きセール?」
「市場で三か所以上買い物すると一割引き?」
「そ、なんでもいいから買い物をしてこの用紙にサインかハンコをもらうんだ。一番手軽なのが両隣のおっちゃんおばちゃんだから宜しく。あ、これを使ってくれ。」
そういいながら二人にミラお手製のハンコを手渡す。
木彫りながら手の込んだ逸品だ。
どちらも似顔絵でしかも結構似ているんだよなぁ。
「ミラも器用になったねぇ。」
「なんだミラちゃんの手作りか。」
「よくわかったな。」
「昔からこういうのを作るは得意でね、絵をかかせても上手いんだよ。」
「あぁ、そっくりに描くからすごいよなぁ。」
俺にはこういったスキルが無いので純粋に尊敬する。
「なぁ、ちょっといいか?」
「お、いらっしゃい。」
早速お客の登場だ。
「この看板は本当か?」
「あぁ、この用紙を渡すから好きな店で買い物してサインかハンコをもらってきてくれ。三つ揃ってたらどんな品も一割引きだ。」
「じゃあそこの盾もか?」
「兄さんお目が高いね、もちろんこいつも一割引きだ。」
今の俺と変わらないぐらいの見た目だが、この盾を一発で見抜くあたりそれなりの経験は積んでいるんだろう。
今回持ってきた中では三番目に価値のある盾だ。
『フロストタートルの大甲羅。巨大なフロストタートルの甲羅からしか取れない珍しい盾で水と氷属性の攻撃を半減する。最近の平均取引価格は銀貨55枚、最安値銀貨48枚、最高値銀貨77枚。最終取引日は322日前と記録されています。』
鮮やかな青色の甲羅そのままの盾でかなり珍しい物・・・らしい。
鑑定スキルにも珍しいって書かれているあたり本当なんだろう。
ダンジョンの宝箱ってほんとなんでも入ってるよな。
「三か所どこでもいいのか?」
「あぁ、隣でもどこでもいいぞ。必要な物買い揃えてからまた来てくれ。」
「わかった。」
用紙をひったくるようにして受け取ると急ぎ足で人混みの中へと去って行く冒険者。
あの様子だとすぐ戻ってきそうだな。
「その盾、かなり価値があるんだろ?」
「書いてある通りだ。」
「一割も引いちゃって大丈夫なのかい?」
「そのぐらいなら問題ないさ。いつまでも売れないよりも現金化したほうがいいだろ?」
「そりゃあなぁ。」
仕込みと違って装備の在庫は金を生まない。
だから安くてもさっさと売ってしまって次のを仕入れたほうが効率が良いんだ。
「おい、そこ書いてあるのは本当か?」
「値引きか?もちろんだよ。」
「どうすればいいんだ?」
「この用紙に印をつけてもらってくれ。どこでもいいぞ、ただし三つとも別々の店でな。」
「わかった行って来る。」
客寄せパンダならぬ客寄せ看板に引き寄せられて冒険者が続々やって来る。
二時間ほどすると噂が広まったのか何も言わずに用紙だけ貰っていく奴も出て来た。
高額商品ほど一割引きはデカイ。
持って来た品もいつもの値段より少し下げて表示している。
1.5割引き位の計算になるので、普段から俺の店を覗いている人ほど食いつきが良い。
その日は続々と商品が売れ、夕方前にはほとんどの品が売り切れたのだった。
しめて金貨4枚と銀貨21枚。
銅貨は面倒なので切り捨てだ。
「うちも同じことしたら売れるかなぁ。」
「おっちゃんの所はそんなことしなくても売れるだろ。」
「最近飽きが来てるのか伸び悩んでいるんだ。持って帰るのも手間だし毎回売り切れてくれれば最高なんだが。」
「でもそう言って最後の方に値引きしてると、値引き目当ての客が来るだろ?]
[あぁ。だから兄ちゃんみたいなやり方をすれば同じように売れるのかと思ってな。」
「別におなじことやってくれてもかまわないぞ。用紙はまだあるし。」
「本当か!?」
おっちゃんの食いつきを見るに、本当に売れなくなっているのかもしれない。
保存食は味を変えるのが難しい、特にチーズなんかはなおさらだ。
確かに飽きも出て来るだろう。
「じゃあ明日から便乗させてくれ。」
「おうとも。」
固い握手を交わし、一足先に店に戻る。
もちろん帰ったからって休憩できるわけじゃない。
明日の準備をしてしまわないとな。
店に戻り売れ残りをかき集めては布でしっかりと磨き、小さな値札をつけていく。
これでよしっと。
翌朝。
昨日同様に荷物を満載にして露店に向かい、商品を陳列する。
おっちゃんに用紙を渡して商売開始だ。
「え、他のお店で買い物したら値引きしてくれるの?」
「何処の店でもいいからこの用紙に書いてもらってくれ。横の店でも構わない。」
「お隣はちょっとあれだけど、ちょうどモイラさんの所で買う用事があるのよ、助かったわ。」
「だってよ、おばちゃん。」
「うちは値引きしないけどいいのかい?」
「長い付き合いだもの。」
こっちとちがって普段財布の固い奥様方が食いついたようだ。
一か所で買い物を終えることがないだけに、普通に買い物するだけで値引きがあるのは大きい。
おっちゃんの店も夕方前には売り切れ、二人でハイタッチしたぐらいだ。
「なんだか羨ましいねぇ、うちもそれだけ売れりゃあいいけど・・・。これ以上の値引きは流石に無理だからねぇ。」
「ならおまけをつけてみたらどうだ?石鹸とかなら高くないだろ?」
「おまけで人が来るのかい?」
「そりゃくるだろ。いつもの買い物したら石鹸貰えるんだろ?俺なら行くね。」
「ちょうど古くなりかけの石鹸があったはずだ、明日ちょいと試してみようか。」
ってな感じでおばちゃんの参戦も決定。
昨日同様倉庫の片づけをして出荷物を決定、そして迎えた翌日。
「押さなくてもいいよ、まだいっぱいあるから。」
「モイラさん手作りの石鹸なんていつぶりだろうねぇ。」
「私もすっかり忘れてたんだよ。はい、毎度あり。」
「また作っておくれよ?」
「今度は娘と一緒に作るつもりさ、待っていておくれ。」
うち以上に繁盛してしまった。
両サイドが常に人で溢れているためにうちに客が集まってこないが、それでもそこそこの売り上げはある。
8か月近く居座っていた武器も、このセールのおかげでなんとか現金化する事が出来たぐらいだ。
まぁ、利益なんて雀の涙だったがそれでも赤字はない。
俺はこの三日でほとんどの商品を整理できたので、そろそろセールを終えようとしたその日の夕刻。
「シロウさん、ちょっといいですか?」
帰り際二人の兵士を連れた羊男が、俺の所にやって来た。
「なんだよ、ご禁制のものは売ってないぞ。」
「わかってます、今日は咎めに来たわけじゃないんです。」
「じゃあなんだよ。」
「この看板、シロウさんが始めたんですよね?」
「あぁ、問題はないだろ?」
「えぇ問題ありません。なのでご相談なんですけど・・・。」
羊男曰く、かなり噂になったので街全体で同じことをしたいというお願いだった。
俺が作ったような用紙をギルド協会が用意して好きな店で買い物をして判子を貰い、三個溜まったらお目当ての店に行ってそれを渡す。
お店は、紙と引き換えに値引きもしくはおまけを渡して、用紙をギルド協会に提出。
提出枚数に応じてギルドから補助が出る、という内容なんだそうだ。
「これは強制か?」
「いえ、あくまでも任意加入ですが皆さんの力でして。勝手にやってもいいんですけど、一応企画者にご挨拶をと思ってきた次第です。」
「好きなようにやってくれ、それでみんなが儲かるなら文句はないさ。」
「そう言ってくださると思ってました。」
「もちろんうちも参加する、また登録用紙を店に持ってきてくれ。」
「お任せを。」
恭しくお辞儀をして羊男は去って行った。
「さすが兄ちゃんだな、あの人ギルド協会のエライさんだろ?」
「そうらしいなぁ。俺にはそう思えないんだが。」
「アンタのおかげで街の皆が儲かるなんて、良い話じゃないか。」
「だな。いい還年祭りを迎えられそうだよ。」
それから三日後。
一週間かけて行われた還年祭前大感謝セールは大好評で幕を閉じるのだった。




