188.転売屋は酒を仕入れる
「酒?」
「えぇ、酒です。お好きでしょ?」
「好きなのは俺じゃなくてエリザだけどな。」
「失礼ね私ばっかり飲むみたいじゃない。シロウだって飲むでしょ?」
「少しはな。」
エリザ程の酒豪じゃない、少し飲んで楽しむ程度だ。
ちなみにエリザがいう少しっていうのはジョッキで5杯ほど。
俺の少しはジョッキ一杯だ。
その差は歴然だな。
「シープ様、何故シロウ様にお酒を?三日月亭のマスターや一角亭のイライザ様など飲食関係の方にお勧めするのが一般的では?」
「もちろんわかっていますが、今回は少し内容が違いまして。」
「というと?」
「アンティークといいますかヴィンテージといいますか・・・。」
「つまり投資目的の酒を買わないかって事だな?」
「さすがシロウさん話が早いなぁ。」
「断る。」
即答した。
こいつが持ってくる話だ、損はないと思うが・・・逆を言えば得もない。
何かしらの理由で俺の力を借りたいようだが残念ながらが興味が出ないな。
「そこを何とか。」
「飲みもしない酒に金を出すつもりはない。」
「そうよねぇ、せっかく買うんだったら飲みたいわよね。」
「でも飲んだら無くなりますよ。」
「そりゃ酒だからな。」
「う~ん、シロウさんなら乗ってくれると思ったんですがどうやら望みは薄いみたいですね。」
お、随分と今日は諦めが早いじゃないか。
それが作戦だと思うが・・・。
ま、話だけ聞いてやろう。
「ちなみに儲けは?」
「次の冬まで寝かせておけば金貨1枚。」
「安。」
「寝かせるだけですよ?」
「その十倍儲かるなら考えてやってもいいが、そりゃ単なる一時預かりだ。ようは資金を用立てたくて金を借りたいっていうのと同じだろ。」
「う・・・。」
どうやら図星だったらしい。
何かしらの理由で急に金が必要になったんだろう。
とはいえ金貸しから借りるわけにはいかないので、俺に白羽の矢が立ったわけだ。
「やましい話なのか?」
「とんでもない。ただ、還年祭を前に資金が乏しくてですね。せっかくいい話を見つけてきたんですがお金がないです。」
「それが酒の購入か。」
「本当に価値のあるお酒なんです。それがあの価格で手に入ることは二度とありません。今年の感謝祭に出すにはピッタリなんですけど・・・、やっぱりだめですよね。」
「ちなみにどんな酒なんだ?」
「ボールドゥー酒造の10年物のワインです。」
「それって当たり年のやつじゃない!」
「その通りです。それを30樽も出してくれるっていうんですよ?」
ワインなぁ。
毎年当たり年当たり年って言ってる気がするんだがそれとは違うのか?
「ミラ、知ってるか?」
「はい。かなり有名なお酒ですね、特に10年前のお酒は近年まれに見るデキだったと聞いた事があります。私は飲んだことありませんが、母が美味しいと言っていた記憶はあります。」
「私も知ってます。」
10年前と言えば俺の感覚でいう20年前だ。
それだけ古い酒なら確かに価値もあるんだろう。
「ちなみに予算は?」
「金貨30枚ほど・・・。」
「たっか!」
一樽金貨1枚!?
ぼったくり・・・でもないのか。
酒の値段はわからないが、希少性については理解がある。
いい物は高い。
そして需要のある物は高い。
それが珍しい物ならさらにだ。
これはつまり、もっと値段が上がるという事。
金貨30枚、無くはない。
ハーシェさんに払った分で随分と懐はさみしいが、これも未来への投資ってやつだろうか。
でもなぁ、ここで即決するのはちょっと。
物の価値も知らないで言われるまま買うのは俺のやり方に反する。
「現物はあるのか?」
「申し訳ありません、先方の倉に置いてあります。」
「ならこの話は保留にしてくれ、前向きに考えるとだけ言っておく。オークション前で手持ちが少ないんだ、それもわかるだろ?」
「もちろんです。ではどうぞよろしくお願いします、そして御馳走様でした。」
何時の間に食べ終わったのか羊男の皿は空っぽだ。
畏まったようなお辞儀をしてさっさと店を出ていった。
いや、ここ俺の店なんだけど。
何でそんな自由・・・いや今に始まった事じゃないか。
「どうされますか?」
「とりあえず物を見てみないと始まらないな。」
「では三日月亭ですね。」
「あぁ、行って来る。」
「私も行く!」
「飲ませないぞ?」
「わかってるわよ。」
あわよくばご相伴になんて思っているのかもしれないが、そうは問屋が卸さない。
かなり価値のある酒のようだしな。
後片付けをお任せしてエリザと共に三日月亭へ。
改装した店内は前よりも客数は減ったようだが、その分スペースがあり過ごしやすくなっていた。
「お、二人一緒なんて珍しいな。」
「ついてくるって聞かなかったんだよ。」
「ってことは酒関係か。」
「ご明察。」
住居を完全にうちに移動させた今、エリザがここに来ることはほとんどない。
冒険者同士はともかく特に俺と一緒に来る理由は一つもないな。
「で、何を探してるんだ?」
「ボールドゥーの10年物。」
「随分と値の張るものを探してるんだな。」
「あるだろ?」
「たしかまだ残っていたはずだ。」
さすがマスター、美味い酒を残していないはずがないか。
いつものように地下室に行くマスターを今日は見送り、しばらく待つと一本の瓶を大事そうに抱えて持って来た。
「こいつだ。」
「フルボトルで残ってるんだな。」
「開けると一気に飲まないと不味くなるのがワインの欠点だ。俺のとっておきだよ。」
「ちょっといいか?」
「落とすなよ、絶対に落とすなよ。」
とある芸人みたいなことを言いながらマスターがワインボトルを手渡す。
もちろんそこで落とす様な馬鹿な事はしない。
『ボールドゥーのワイン。10年ほど寝かされている。ここ最近では一番の当たり年と言われ、年々希少価値から価格が高騰している。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨3枚、最高値銀貨8枚。最終取引日は39日前と記録されています。』
価格が合わないのはボトルと樽の違いだろうか。
確かに高い酒のようだ。
「ワイン樽ってボトル何本分入るんだ?」
「地域によって違うがボールドゥーはかなり小さな樽で熟成させているから・・・確か50本ほどだったと記憶してる。」
随分と小さい樽を使うんだな。
確か元の世界では一樽で300本ぐらいだった覚えがあるんだが・・・。
想像しているよりもずいぶんと小さい樽を使うようだ。
50本という事は一樽で金貨2.5枚分。
確かに安い買い物かもしれないな。
一応その辺も調べておこう。
「随分と小さいんだな。」
「その方が味が良くなじむんだとよ。俺はそう言う上品なワインよりも水のように飲むワインの方が好きだ。」
「おいおい、それが酒を扱う人間のセリフか?」
「いいだろ、酒の種類で楽しみ方がちがうんだよ。」
「まぁ、ワインだと酔うのも時間かかるしなぁ。」
水の代わりにワインを飲む、その方が安いから。
なんて事も聞いた事がある。
この世界のワインは酒精が弱い。
だからそれも可能だ。
「私はエールの方が好き。」
「冒険者はだろ?」
「だってワインじゃ酔えないんだもの。」
「飲んだくれには向かない酒だ。」
「失礼ねぇ。」
「すまん、良い物見せてもらった。」
「手に入るなら一樽買ってやってもいいぞ。」
今回の話を知っているんだろうか。
いや、マスターの事だから知ってるんだろうなぁ。
「手に入ったらな。」
とりあえずお礼を言ってその足でギルド協会へ向かう。
入り口を開けてすぐ、羊男が笑顔で迎えてくれた。
「来てくださると思っていましたよ。」
「10樽譲ってくれるなら用立ててやってもいいぞ。」
「そんなにですか?」
「高価な酒をむしろ湯水のように提供する方がどうかと思うね。」
「まぁ、そうなんですよね。」
「20樽でもボトル1000本分だ、感謝祭の時期位は持つだろう。どうせお貴族様に苦労して手に入れましたみたいな顔で出すんだろ?」
「あはは、良くお分かりで。」
「追加が欲しくなったら声をかけてくれ、適正価格で売ってやる。」
置いておけば値段の上がる魔法の酒。
金貨2.5枚が今後どうなるのか・・・。
「わかりました、それでお願いします。」
「金は店に取りに来てくれ、最近は持ち歩かないようにしているんだ。」
「わかりました。」
「それと、保管もこっちで頼む。生憎地下室が無いのと、ネズミが飲み干しかねない。」
「誰がネズミよ。」
「何も言ってないだろ。」
飲む気満々かよ。
エールの方がいいとか言っていたくせに。
まったく。
「本当にありがとうございます、シロウさん。」
「これで貸し何個目だろうな。」
「あはは、数えるの止めてしまいました。」
「まぁいいさ、いつかまとめて返してくれるんだろ?畑みたいに。」
「土地で良ければ喜んでご提供しますが?」
「勘弁してくれ。」
どうせ食料を作ってくれとか言い出すんだろ?
今の畑で十分だよ。
次の冬、感謝祭の時期にまた一つ楽しみが増えたな。
だが、ちょっと現金が心もとなくなってきた。
いい加減本格的に現金化を考える必要があるだろう。
さてと何があったかな。




