187.転売屋はお楽しみを増やす。
「お前、これは・・・。」
「オリハルコンの原石だ、打てるんだろ?」
「そりゃ頼まれれば打つが・・・。本気で言ってるのか?」
「俺はアンタ以上の職人を知らない。だから頼みたいんだ。」
「・・・そこまで言われて打たないわけにはいかないだろう。」
カウンターの上に転がった原石を手に取り、天井の明かりに原石を透かすようにかざす。
その目は真剣そのものだった。
「何を打つかは任せる。今回はエリザ用じゃないからマートンさんの好きな物を作ってくれ。」
「好きな物ってそれでいいのか?」
「俺はそれをオークションに出すつもりだ。最高の職人マートンが作るオリハルコンの逸品、期待してるぞ。」
「俺が作りたい最高の品・・・か。」
「それが世を渡り必要とする人の所に届く。あー、どこぞの宝物庫にしまいっぱなしって可能性も無くはない。」
「そうなったらそうなった時だ。俺の仕事はこいつに命を吹き込むこと、その先の事は知らねぇよ。」
「そう言ってくれると思ったぜ。で、何か必要な物はあるか?」
「ない。」
「期限は12月の二週目まで、おおよそ一か月って所か。」
オークションの締め切りがそれぐらいになるはずだ。
一か月あったら、まぁ大丈夫だろう。
「それだけあれば・・・いけるだろう。」
「まぁ、間に合わなくても構わないさ。良いものを作ってくれればそれでいい。」
「なんだよ、余裕だな。」
「別の品は確保してあるんだ。だが、できれば二つ揃えて出品したくてな。」
「納期は守る、それが最高の職人ってもんだ。」
「わかった。必要な物が出たらまた教えてくれ。」
「そうさせてもらうよ。」
よし、これで楽しみがまた増えたな。
出来ればあと一つ二つ仕込んでおきたい所だが・・・。
マートンさんは結晶を持ったまま固まってしまっている。
邪魔にならないうちに退散しよう。
そっと工房を出て店に戻る。
すると、真っ赤な顔をしたエリザが俺を待っていた。
「ねぇ!オリハルコンの原石はどこ!?」
「もうマートンさんの所だよ、加工してもらうんだ。」
「えー!私一度でいいからオリハルコンの武器が持ちたかったのに・・・。」
「今のでも十分じゃないか?」
「そうなんだけど・・・、深い所に潜るならやっぱり強い武器が欲しいじゃない?」
「一年前にそうやって潜って死にかけたのを忘れたのか?」
「う・・・、そうだった。」
まったく、この脳筋は。
「また手に入ったら次はお前のにするつもりだ。まぁ、出るかどうかはわからないけどな。」
「シロウなら出るわよ。」
「なんでだよ。」
「お金になる事はみんなシロウに集まるもの。」
「そんなことないぞ、それなら今頃大金持ちだ。」
「シロウ様、世間的に言えば十分に大金持ちです。」
そうか?
まぁ、ポンと金貨200枚出す時点でおかしいのか。
いや、あれは投資であってもっと大きくなって帰ってくる。
そうに違いない。
「あんまり敵を作らないタイプだから大丈夫だと思うけど、あんまり派手な事はしない方がいいわよ。」
「なんだよ、派手な事って。」
「お金をバラまくとか?」
「別に人気取りがしたいわけじゃない、ただ単に金儲けがしたいだけだ。」
「ともかく気を付けなさいって事。お金目当てにブスっとやられたくないでしょ。」
そりゃそうだ。
いくらポーションで治る世の中でも殺されちゃ生き返れない。
せっかく最高の人生を歩んでいるんだ、このまま女達に囲まれて年老いて死んでいきたいものだな。
「せいぜい気を付けるさ。」
「そうしなさい。」
この後仕込みを探しにまた街に行こうと思ったが、エリザの一言でその気もうせてしまった。
今日は大人しく店に引きこもろう、そうしよう。
「先に食事になさいますか?」
「いや、倉庫の片づけをしてくる。この前のお守りも使った準備をしたい。」
「ルティエ様はまだ・・・。」
「あぁ、あいつはいいんだ。俺が個人的にやるだけだから。」
「何作るの?」
「金儲けの道具。」
「知ってた。」
なら聞くなっての。
倉庫に向かい、干しモイをかじりながらこの前買ってきたお守りを仕分けする。
殆んどが魔物除けだが、時々薬草なんかも混じってる。
効果はあまり期待できそうにないが、無いよりはマシって感じだろう。
それにルティエから納品されたアクセサリーを同封する。
よしよし、値段はそんなに高くないが何が当たるかわからないってやつは人気が出るからな。
ガチャガチャはほんと人の射幸心をくすぐってくる。
そう、俺が作っているのはガチャガチャだ。
買ってきたあの大量のお守りの中に、ルティエのアクセサリーを入れる。
これはかなりの人気で、闘技大会の時に一度は売り切れたぐらいだ。
その後ブームが一度去り、また少しずつ数が溜まって来たので、再び火をつけようっていうね。
お守りが50個。
出来ればもう50個買い付けたいが、次いつ持ってくるかがわからないんだよなぁ。
また作ってきます!って言ってたから12月までには揃うんだろうけど・・・。
まぁ何とかなるか。
その他こまごまとした片づけを済ませて外に出る。
いつもなら真上にあった太陽がもう建物の向こうに消えそうになっていた。
陽が落ちるのがはやくなったなぁ。
庭に植えたホワイトベリーは無事に収穫も終わり、今は土を休ませている段階だ。
アネットお手製の薬を撒いてあるので一月ぐらいにはまた作付けが出来るだろう。
なんだかんだ、こういう未来のある仕込みって好きなんだよなぁ。
すぐ売れるとか、すぐ手に入るのももちろん好きだが、頑張った先に儲けがあるとよりやりがいがある。
俗にいうお楽しみってやつだ。
一番のお楽しみはオリハルコンだが、その他にもいくつか仕込んでおきたい。
仕込みで言えばグリーンスライムの核がもうすぐなくなる。
あれなんかかなり息の長い仕込みだったが、この時期が一番利益が出て頑張った甲斐を実感できる。
安く買って高く売る、商売の基本みたいなやつだ。
また春になったら大量に仕入れておかなければ。
「シロウ、ご飯だよ。」
「おぅ、今行く。」
裏口から顔だけ出したエリザが俺を呼ぶ。
まだまだやりたいことはたくさんある。
そのひとつひとつをかなえて行けば、また次の季節にカネが生まれる。
「何ニヤニヤしてるの?」
「いやな、金儲けは辞められないと思ってな。」
「シロウからお金儲けを取ったら何も残らないわよ。」
「それは言いすぎじゃないか?」
「そうよね?ミラ、アネット。」
「シロウ様が稼ぐ事でたくさんの方が幸せになります。ですので、頑張ってください。」
「私もそう思います。」
「刺されない程度に頑張るよ。」
人の恨みは買うもんじゃない。
大人しくしているのが一番だ。
といっても、俺がいくら大人しくしても周りがうるさく言ってくる場合がある。
「シロウさん、いらっしゃいますか?」
「ん?」
「あ、シープ様が来たみたいです。」
こんな風にな。
「飯だからあとで来いって言っとけ。」
「そう言わないでくださいよ。」
「・・・勝手に中まで入ってくるなよ。」
「休業中の札が出ていましたから今の私はお客じゃありません。」
「シープ様、良ければご一緒に召しあがりますか?」
「良いんですか?いやぁ、アネットさんがそういうのなら喜んでご相伴にあずかります。」
「いや、少しは遠慮しろよ。」
休業中だから客じゃないって、どんな理屈だよ。
いくら何でも横暴すぎるだろ。
って、こいつにそれを言っても無駄か。
「いただきます。」
「「「「いただきます。」」」」
いつもの食卓に何故か一人増えているが気にしたら負けだ。
「美味しそうな料理ですね、これは誰が?」
「は~い、今日は私。」
「え、エリザさんも料理を?」
「ちょっと、いくらニアの旦那でも言っていい事と悪い事があるわよ。」
「妻からは、冒険者はあまり料理をしないと聞いていましたから。」
「まぁ普通は作らないわね。でも、ここに来てなかなか面白いなって思いだしたの。お菓子作りだってそうよ。」
「あれはたしかに美味しいお菓子でした。なるほど、エリザさんにそんな特技が・・・。」
特技なのか?
もっぱら食う専門のエリザだったが確かに最近は自分で作るようになってきた。
しかも中々に美味い。
素質があったんだろうな。
「で、何しに来た?」
「別に何も?」
「嘘つけ、お前が何の用も無く来るはずないだろ。」
「そんなことないですって、あははは。」
その笑いは絶対に嘘だ。
その証拠に何度も機を狙うかのように俺を見てくる。
「いい加減白状しろ、飯が不味くなる。」
「そうよ。シロウにお願いがあって来たんでしょ?」
「そうですか?じゃあ・・・。」
ナイフとフォークを置き、かしこまったかのように背筋を伸ばす羊男。
「シロウさん、お酒、買いません?」
ちょっと想像していた内容と違うんだが・・・。
ま、聞くだけ聞いてやるか。




