180.転売屋は訳アリ女の話を聞く
女の話は涙涙の物語・・・というよりかは、どこをどう間違えたらそんなことになるのかという内容だった。
最初は些細な事だった。
やはり俺の想像通り貴族の家柄で、中流程度の収入があったらしい。
何もしなくても事業が金を呼び、その金が金を生むという何とも羨ましい生活を送っていたようだが、亡くなった旦那が友人の頼みに根負けして連帯保証人になったのがケチの付きはじめ。
やはり連帯保証人なんかになるもんじゃないなと身につまされる話だった。
その友人が起こしたという事業が破綻、友人は夜逃げしてしまい旦那が借金を肩代わりしたそうだ。
その為に事業を一つ売り払い、費用を捻出。
しかしそれにより、財務状況が悪化して少しずつ歯車が狂いだした。
今までだったら何の問題も無かった損失がじわじわと首を絞めはじめ、さらに干ばつや魔物の襲撃、荷の紛失など悪い事は立て続けに起きあっという間に資産は半減。
そんな折に旦那が亡くなり、事業を引き継いだものの商才があるわけもなくハイエナの如く群がってきた悪徳商人たちに全て奪い去られてしまったというわけだ。
残ったのは多額の借金とこの街にある小さな屋敷のみ。
その屋敷も借金が払えなければ今日中に差し押さえられるのだとか。
各所を転々として最後に残ったこの街に辿り着いたものの、もう打つ手は無し。
借金の総額は金貨200枚。
いやー、連帯保証人って怖いね。
何が起こるかわからない。
「なるほどな、話は分かった。だが買い取り金額とそれとはまったく別の話だ。」
「ちょっと、今の話聞いて何とも思わないの?」
「思う所はたくさんあるさ。連帯保証人なんざなるもんじゃないな、とかな。」
「そこ!?」
「むしろそこが一番大切だろ。その借金さえなかったら今でも悠々自適の生活を送れたはずなんだ。それが今じゃ借金取りに追われ住む家さえ失う始末、俺も気を付けるとしよう。」
「もぅ!信じられないわ!」
なぜかエリザがお怒りなんだが意味が解らない。
話は聞いていた、そして借金は怖いという話だった。
それだけだ。
「エリザ様、シロウ様はちゃんとお話を聞いておられました大丈夫です。」
「そうですよ。だから安心してくださいね、ハーシェ様。」
「ありがとうございます、皆さん。」
アネットが差し出したハンカチで涙をぬぐうワケアリ女ことハーシェ。
エメラルドのような緑色の髪、そして深い森のような緑の瞳、そして着ている服まで青リンゴのような黄緑と来たらどう考えても危なそうなタイプだってわかるだろう。
全身緑だぞ?
センスとかそういう問題じゃないだろ。
似合いすぎて逆に不気味だわ。
「話を戻すぞ、アンタはこれを売って借金を返済したいわけだが・・・。正直に言ってこれ一つじゃ足りないな。」
「そんな!」
「普通なら金貨100枚と言いたい所だが、今の話を聞いて俺もそれなりに思う所はある。それでも金貨150枚が限界だろう。」
「何とかなりませんか?」
「もう売るもんは何もないんだろ?」
「はい・・・。服も宝石も何もかも持っていかれてしまいました。残っているのはお金にならない生活用品ぐらいなものです。」
足りない分は金貨50枚。
それをポンと出せるほど俺も甘い男じゃない。
「ご主人様どうしてもだめですか?」
「ダメだな。代わりにお前達が金を出し合ってもいいんだぞ?」
「そんなお金あるわけないでしょ!」
「そうですね、せいぜい金貨2枚ぐらいでしょうか。」
「意外に持ってるんだな?」
「ご主人様が自由に仕事をさせて下さいましたから。」
薬師として稼いだ金の1割はアネットの懐に入るようになっている。
って事は俺は金貨18枚も稼がせてもらっているのか。
不労所得でそんだけ稼いだとなると、ぶっちゃけ稼ぎすぎな気がする。
この分で行くとすぐにでもアネットを買った分は清算できそうだ。
「私も自由にできるのは金貨3枚ってとこね。」
「申し訳ありません。私はなにも・・・。」
「残り金貨45枚、売るものも無く出来ることも無い。現実ってのはそんなものだ。」
「残るは家を売るしか・・・。」
「家を売った所でそんな金にはならないだろう。」
「夫が昔手に入れた古い家ですからせいぜい金貨20枚かそこらにしかならないそうです。」
家を売っても金貨30枚の借金は残る。
年齢は30を超えてそうだし、奴隷になった所でそんな金にはならないだろう。
借金奴隷として娼館に売られてそれでおしまいだ。
「ねぇシロウ・・・。」
「そんな猫なで声を出したって駄目だぞ。」
「どうしてもだめでしょうか。」
「店を管理しているミラならわかるだろ、それ以上は利益が出ない。慈善事業じゃないんだ、儲けの出ない仕事はしない。」
「もちろんわかっております。わかっておりますが・・・。」
女三人の視線が痛い。
確かに金をかき集めれば金貨200枚出せないことも無い。
だがそれをすれば次も、また次もとずるずる同じことが起きるだろう。
アネットのように何か特技があるのであれば、一時的に貸してやってもいいがそれもなさそうだしな。
「・・・その金額でも結構です。買い取って頂けますでしょうか。」
「ちょっとハーシェさん!?」
「ダメです、まだあきらめちゃいけません!いざとなったら私達三人でご主人様を骨抜きにして・・・。」
「アネット、あの薬を使うのは無しだぞ。それをしたら追い出すからな。」
「うぅ・・・じゃあどうしたら。」
いや、使う気だったんかい!
自分の主人に薬を盛ろうなんざどういう了見だ。
普通ならお仕置きものだぞ。
「いいんだな?」
「はい。そのまま借金が残れば別の方に迷惑が掛かりますから。」
「借金が残れば奴隷行きだ、死ぬまで娼館から出ることは無いだろう。」
「夫には十分に素敵な生活を過ごさせてもらいました。思い残すことはありません。」
「わかった。ミラ、金庫を持ってきてくれ。」
「かしこまりました。」
ミラが裏に金庫を取りに行く。
エリザとアネットはものすごい目で俺を見てくる。
これが現実だ。
「シロウのバカ。」
「じゃあお前が肩代わりするか?」
「出来るわけないでしょ。」
「出来ないのなら文句を言わず静かにしてろ。」
「でもシロウは出来るじゃない。」
「俺は儲けにならない事はしないんだ。」
「私を助けたのに?」
「実際お前は金を運んでくる。アネットも金を運んでくる。ミラは俺の代わりに仕事が出来る。でもこの人はどうだ?俺にカネを運んでくれるのか?違うよな?じゃあ出来ない相談だ。」
とどめとばかりに現実を叩きつけてやる。
しばらく恨まれるだろうが本当は女達もわかっている。
わかっていて俺の良心的な何かに訴えかけているんだろう。
すまんな、そう言うのは持ち合わせていないんだ。
「お持ちしました。」
「じゃあもう一度品を見せてくれ。」
「どうぞ。」
『ノワールエッグ。闇をも吸い込む漆黒のオニキスは例え厄災であろうとも吸い込み封じ込めてしまう。身に着けると呪いを寄せ付けない効果がある。最近の平均取引価格は金貨185枚、最安値金貨80枚、最高値金貨230枚。最終取引日は5年と622日前と記録されています。」
ん?
こんな効果あったっけ?
再度鑑定スキルを発動させてみるも結果は同じ。
「ミラ、これを鑑定してくれ。」
「かしこまりました。」
念の為にミラにも鑑定させてみる。
「ノワールエッグ、ですね。呪いを寄せ付けない効果があるそうです。確かこれは図書館で借りた本にも書かれていました。どのような強い呪いも、この黒い輝きの前には太刀打ちできないと。」
「つまりは呪術的な不利を全て無かったことに出来るのか。」
「おそらくはそういう事になるかと。」
「ふむ・・・。」
そこで少し考える。
あの時俺が見落としたのかはさておき、それってすごい事なんじゃないだろうか。
この世界には魔法と同じく呪術的な物も多数存在している。
よく見るのは呪われた装備だが、その他にも牛の刻参り宜しく人に直接影響を及ぼす呪いも多数あるそうだ。
そういうのは聖水であるとか祝福であるとかである程度中和できるそうだが、ヒトの命を犠牲にするような強烈な奴も存在するらしい。
あれだ、ピラミッドの呪い的な奴だ。
つまりはこの前のジェイド・アイ宜しく欲しがる人はたくさんいるんじゃないだろうか。
もしそうならオークションに出せばそれなりの値段で売れることだろう。
なんせ5年以上売買されていない様な品だ。
元の世界で換算すると10年だぞ?
よっぽど珍しい品だと考えてもいい。
だがどうする、今値段を変えるのはあれだけ言った手前恥ずかしいよな。
出来ないと言っていたくせに結局やるのかってなるし・・・。
う~む。
「どうしたの?」
「ハーシェさんだったか、アンタ何かできることはあるのか?」
「出来ること、ですか。」
「借金を背負う事になったとはいえ、旦那の事業を引き継いで何とかやって来たんだ。どんな仕事をしてきたんだ?」
「旦那は主に貿易関係の仕事をしていまして、引き継いだ後は近くの街に必要なものを買い付けたり売ったりしていました。」
「つまり行商をしていたわけか。」
「私が行くことはありませんが、人を雇って細々と・・・。でも失敗することも多く結局は借金が増えてしまいました。」
良くある話だ。
持ち逃げに納期遅延、この世界なら魔物や野盗の襲撃だってある。
素人が手を出すもんじゃない。
「失敗の原因は?」
「持ち逃げと魔物の襲撃です。最後も借金を返そうと無理な依頼を受けてしまって・・・。」
「それ、どう考えてもだまされてるじゃない!」
「そうかもしれません。でも、それを証明することは出来ませんでした。」
「なるほどな。」
って事はだ、そういうのさえなければそれなりにやっていけたって事なんだろう。
自転車操業になったから焦って失敗したが、そうでないときはそれなりに利益が出せていた。
あながち素人ってわけでもないわけだ。
腕を組みしばし考える。
これは人助けじゃない、商売だ。
今の事業を継続していくにあたり、ぶっちゃけ手が足りないってのはある。
なら人を雇って稼がせるのが一番簡単だ。
幸い目の前にはワケアリながらそれに適した人物がいる。
そう、これは人助けじゃない。
大事な事だから二回言うぞ。
「シロウ様?」
「条件がある、それを飲むのなら金貨200枚出してやろう。」
「本当ですか!」
「さすがシロウね、そう言ってくれると思ってたわ。」
「有難うございますご主人様!」
何でお前達が手を取り合って喜んでるんだ?
わからん。
本人は喜んだもののすぐに真剣な顔になりこちらを見ている。
今まで何度もだまされているだけに少しは用心深くなったようだ。
ますます使えるじゃないか。
「買取金額が150枚なのは変わらないが、残り金貨50枚でお前を買ってやる。俺の代わりに仕事をしてくれ。」
「奴隷になれという事ですか?」
「いいや、奴隷になると後々面倒だから借金の肩代わりって感じだな。」
「未亡人の私を買ってくださるんですね。」
「あ~、一つ勘違いしないでほしいんだが別に女として買うんじゃなくてだな・・・。」
さっきまで手を取り合って喜んでいたエリザとアネットが信じられないという顔で俺を見てくる。
まてまて、誤解するな。
ってかミラもそんな顔で俺を見るな。
「落ち着けお前ら、一から説明するから冷静になれ。」
なんで金を出す俺がこんなに謝らなければならないのだろうか。
まったく、女って生き物は・・・。
俺は言葉を選びながらワケアリ女ハーシェの処遇について説明するのだった。




