1760.転売屋は海藻を加工する
「シロウさんおかわり!」
元気いっぱいな感じでルティエが茶碗を突き出してくる。
尾
それを受け取り山盛りのコメをよそってから伸ばしたままの手にそっと置いてやった。
「なんで飯までたかりに来るんだよ。」
「いいじゃないですか、可愛い彼女が来ているんですからもてなしてくださいよ。」
「自分で可愛いっていう残念な彼女なんて知らないな。」
「えーひどーい!」
「まぁまぁルティエちゃん、シロウは恥ずかしがってるだけだから。」
「そうですよ、こういう反応をするときは照れている時です。覚えておいてくださいね。」
文句を言うルティエにエリザとミラがよくわからないフォローをしている。
別に照れているわけじゃないし、自分の工房があるのになんで飯をたかりに来るのかって聞いただけなんだが・・・まぁ、知らない仲じゃないし子供達もなついているから別に構わないんだけども。
最初に食わせると今後ずっと食わせることになるんだぞ?
餌を与えるときは最後まで飼う覚悟をだな・・・。
なんていまさらか。
「ん-美味しぃ!」
「そりゃよかった。」
「ダンジョン街で食べるご飯も美味しかったんですけど、ここで食べるのもまた格別ですね。」
「どれがお気に入りだ?」
「お魚がどれも美味しくて食べすぎちゃいそうですけど・・・でもここにはあれがないんですね。」
「あれ?」
食卓を見回したルティエだったがどうやらお目当ての品がのっていなかったらしい。
詳しく聞くとハルカさんが西方から送ってもらった黒い食材がものすごくご飯に合って美味しかったんだとか。
この辺りは西方と海でつながっていることもあり向こうの食材が多く使われている、にも関わらずそれがないという事はよっぽど珍しい物だったんだろう。
詳しくヒアリングするとなんでも黒くて髪の毛みたいに長くて、それでいてコリコリした触感だったらしい。
色々と候補は思いつくけれどこれだ!というものが見つからない。
うーむ、一体なんだろうか。
「ってなわけで何かないか探しに来たんだが。」
「黒くて髪の毛みたいなものといえば海藻ぐらいなもんですけど、こいつらコリコリしてませんからねぇ。」
「俺も最初は海苔か何かだと思ったんだがちょっと違うんだよなぁ。あ、それなんだ?」
「今日水揚げされたばかりのソードフィッシュです、〆たばかりですから新鮮ですよ。」
港に足を運ぶとちょうど沖から漁船が戻ってきたところで、様々な魚が水揚げされていた。
流石にこの前のようなブラックパールはないけれど、今後はアクセサリーに使えそうなものがあれば回しえ貰えるようにお願いしている。
「あ、シロウさん!」
「ルティエか、さっき言ってた春香さんからもらったってやつこの中にあるか?」
「ん~お魚じゃないんですけど海で獲れるって言ってたんですよね。」
「魚じゃないとなるとやっぱり海藻じゃないですかね、これとかコリコリしてますよ?」
「ちょっと違うんですよねぇ。」
ワカメ的な奴を紹介してもらったがルティエ的には違うらしい。
うーむ、飯のお供となると濃い目の味付けにしていることが考えられるので元は黒くない可能性もある。
それから二人で色々と調べて回ってけれど該当するものは何も見つからなかった。
仕方ない、今度西方から船が来たときに直接聞いてみるとするか。
折角なのでルティエに町を案内しつつデートを楽しんでいると気づけばもう昼過ぎ、晩飯の仕込みをするべく急ぎ屋敷へと戻る。
領主が飯の心配をするなんてなんとも庶民的だよな、なんて考えながら大鍋の中に昆布もどきを沈めて出汁を取る。
この時期は気温が低いので外の日陰に置いておくだけでしっかりと冷えて二・三日は保存できるのはありがたい。
特にスチュロールの箱に入れておけば保温性能も高いので一度冷やせばずっとそのまま、どうしても気になる場合には氷を入れておくだけで十分だ。
本当は廃鉱山みたいに氷室が作れたら最高なんだけど、残念ながらそう便利な場所がない。
「よし、これで終わりっと。」
「これでしばらくは持ちそうですね。」
「人数が多いと使う量も多いからなぁ、昔はこれで一週間持ったんだけど今じゃ三日が限界だ。」
「ですがその分美味しいですから。」
「そう言ってくれるとありがたい。それじゃあ俺は唐揚げの準備してくるから残りは頼む。」
出汁を取るのが仕事じゃない、次は人数分の唐揚げを仕込んでそれから付け合わせの準備。
さっき買ったソードフィッシュはさばいたのを直接持ってきてくれるらしいので届いたら食卓に並べればいいだろう。
今はまだ子供が小さいけど、今後大きくなったら一体どのぐらいの量を作らなければならないんだろうか。
ハワードがいればと思いながらも、なんだかんだ自分で作るのは好きなのでやっちゃうんだろうなぁ。
「領主様、出汁を取ったこれはどうしましょう。」
「それはもう使わないから捨てといてくれ。」
「これ、北方産のやつですよね?勿体ないなぁ。」
「出汁を取ってるから味はしないし、せいぜいコリコリした食感を楽しむぐらいで・・・ん?」
コリコリとした食感、昆布、佃煮・・・。
「どうされました?」
「それ、捨てないでこのぐらいの細さに切っておいてくれ。」
「これを?」
「よろしく頼む。」
「わかりました!」
出汁を取り出した後の昆布もどきは緑、ルティエの言う黒とは程遠い色だけどそれは味付け前だからだ。
確かにこいつは西方産の食べ物だしこれならコリコリしているし飯のお供にもなる。
っていうかむしろこれしかないだろ。
急ぎ唐揚げの仕込みをしてあるのを丸投げし、刻んでもらった昆布を鍋にかける。
さっき取ったばかりの出汁汁の他、砂糖とお酢を入れて弱火で煮込みながら昆布を柔らかくしていく。
ここまではただ昆布を煮込んだだけ、色も黒くならず緑のままだがここに醤油をぶち込んだら一気に変わってくる。
ただし強火でやると焦げるだけなのでここからは焦らずじっくりと汁気を飛ばしながら味をしみこませていけばお手製佃煮の完成だ。
「あ!これ!」
「そうだと思って作っておいたぞ。」
「へ~、話に聞いていたよりも真っ黒ね。」
「でもお醤油のいい香りがします。」
夕食時、早速出来立ての佃煮を披露してみたのだが予想通りルティエが食べていたのは昆布の佃煮だった。
味付けは若干違うかもしれないが食べた感じは悪くない、濃い味付けに白いコメがよく進みそうだ。
「美味しいです!」
「そりゃよかった。」
「これ、塩分も多いしお米に入れたら美味しいんじゃない?」
「お、流石エリザ良い所に目をつけるな。むこうじゃおにぎりの具材として鉄板で、腹も塩分も両方満たせるっていう最高のお供だ。」
皆の反応はなかなかいい感じで、子供達も嫌がらずに食べてくれている。
塩分が多いのであまり量を食べさせることはできないけれど、これでまたコメを美味く食べられそうだ。
「ここまで塩気がつよいとお酒にも合いそうですね。」
「あー、お茶請けには出されていたけど確かに行けそうな感じだ。」
「お米と食べるならこのぐらいの細さの方が良いけど、お酒のおつまみにするならもう少し大きい方が良いんじゃない?厚みはまぁ難しいとしても大きさは変えられるでしょ?」
「それはできる。ふむ、酒のつまみか。そうすれば別の販路でも売りに出せそうだ。」
出汁を取る前の昆布もどきは正直それなりの値段がするけれど、出汁を取った後は基本捨てるだけだったので原価はゼロ。
それも定期的に出汁を取れば勝手に在庫が増えていくので安定した供給量を確保できる。
商売として定期的に決まった量ができるというのは非常にありがたい、今度作り方を明文化して誰でも作れるようにしておくか。
そんなわけで自宅用にと思って作った佃煮だったが、早くも売り先をどこにするのかという話で盛り上がり始めた。
他の西方産の食材と合わせれば値段を上げてもそこまで不自然じゃないので、なかなかいい感じの値が付くかもしれない。
とりあえず最初は街で売り出してみて、それから販路を拡大するのかを考えよう。
売り先はミラの雑貨屋、一度ミラが製品を買い取ってそれから販売することで生産者である俺にも収入が出来るし店で販売することで税収も確保することが出来る。
嫁たちが稼いでくれているので個人で稼ぐ必要がないといえばないけれども、男のちっぽけなプライドで少しは稼いでおきたいのさ。
「でもこれ、売れだしたら材料がすぐ足りなくなるわよね、どうするの?」
「んー、各家庭の出涸らしを回収するっていう方法もあるけれど理想はこれに代わる昆布もどきを見つけることだ。とはいえすぐにはできないだろうし出涸らしを安く買い取るってのが今一番現実的だろうな。特にダンジョン街なんかは消費量が増えているからそこで安く買って、それを加工して売りに行く。輸送コストを考えるとその場で作ってその場で売るのが望ましいけど、そうするとレシピも流れるんだよなぁ。」
「難しい所よね。」
「でもまぁ今までも同じような感じで婦人会に依頼していたし、最悪前みたいに権利を売るっていうやり方もあるからそれはそれで検討しよう。ともかく今はこれをどうやって売っていくか、それだけを考えないとな。」
今はまだ大丈夫、でもその先を見越してこそ商売ってもんだ。
安く買って高く売る、この流れを守れば確実に利益が出る。
この町ならではの食材を使ってさらに利益を出せば俺だけじゃなく皆も儲かる、やるからには町全体が儲かることを考えるのが今の俺の仕事だからな。
ルティエが教えてくれた昆布の佃煮、これがこの町の名産になるのはもう少し先の話だ。




