174.転売屋は懐かしの味に出会う
無事に焔の石を手に入れることが出来た。
早速庭と畑に石を撒き、寒気に備える。
色々と使い道のある石のようなので引き続き買取をしつつギルドに流すこととなった。
ヒドゥラの素材については残念がっていたが、これも目的の為だ。
沸き過ぎなければ問題なく処理が出来るそうだし、定期的に冒険者を派遣すれば安定して素材を確保できるだろう。
「う~さぶさぶ。」
「お、戻ったか。」
「本当に寒くなって来たわね。」
「アグリの話じゃ今晩から一気に冷え込むらしい、寝床に毛布を入れとけよ。」
「一緒に焔の石を入れておくと寝るとき暖かいですよ。やけどをしないようにタオルで巻いて下さい。」
「そうするわ。」
夕方。
エリザが手をこすり合わせながら外から戻ってきた。
手には・・・あれ?頼んでいた物が無いんだが。
「なぁ、買い物はどうした?」
「聞いてよ、目の前で最後の一つを買われたの。」
「マジかよ。」
「他も探してみたんだけどどこも品切れ、皆考えることは同じね。」
「急に寒くなりましたから。でもどうします?」
「ホワイトコール無しの鍋なんて鍋じゃねぇ。」
「そんなこと言ったってない物は無いのよ。畑のやつはまだ駄目なんでしょ?」
ちなみにホワイトコールとは白菜の事だ。
白菜無しの鍋は鍋にあらず。
ちなみにネギもない。
正確に言えばこの地域にないだけで、他の地域に行けば生えているらしいがこの時期はここまで入って来ないらしい。
ぐぬぬ。
「食えるのは13月になってからだろうなぁ、植えるの遅かったし。」
「じゃあ仕方ないわよ。」
「どうしますか?」
「のこるはアネットに賭けるしかないか。」
買出し班は二つ。
野菜担当のエリザと肉担当のアネットだ。
ミラは台所で準備をしてくれている。
ちなみに俺は暖かい部屋で焔の石を懐に入れて待機している。
常に発熱し続けるから一個入れとけばずっと暖かい。
冬の必需品と言えるだろう。
今までは例のヒドゥラのせいで供給が追い付いていなかったが、今年は街中の人にいきわたること間違いない。
いやー、良い事したわ。
「もどりました!」
「お帰りアネット、どうだった。」
「お肉は売っていたんですけど・・・。」
「ですけど?」
「ジャイアントバッファローの肉はなかったので、代わりにアングリーチキンの肉を買っていました。」
「でかした!」
肉の無い鍋など鍋にあらず。
別に牛肉でなくても鍋は楽しめるしな。
しかし鳥肉か。
鶏肉と言えば・・・。
「キャベッジはあったよな?」
「はい、昨日買った分がまるまる一玉残っています。」
「塩は?」
「もちろんあるわよ。」
本当なら醤油と昆布が欲しい所だが仕方あるまい。
「水炊き風にするか。」
「じゃあ味付けはシロウに任せるわね。」
「おう、任せておけ。」
「シロウ様お願いします。」
ミラと場所を交代して準備に取り掛かる。
別に鍋奉行というわけではないが、好きな物には手を抜きたくないタイプだ。
モモ付近の肉をぶつ切りにして沸騰する前の鍋に投入、そこに塩を入れて沸騰させる。
放っておけば鶏肉から出汁が出るので沸騰したところにキャベッジを投入してクタクタにする。
「薬味は?」
「ない。」
「えぇ!」
「欲しけりゃイライザさんの店に行ってこい。」
「そうするわ、ちょっと行ってくる。」
俺だってネギが欲しいさ。
でもないもんは無い。
本当はポン酢で頂きたい所だが、やはり醤油がないとはじまらないんだよなぁ。
エリザが戻るまで少し待つか。
「アネット店の玄関を開けといてくれないか?」
「いいんですか?」
「湿気がこもるよりもいいだろう。」
「わかりました。」
多少部屋を冷やした方が鍋も美味しく感じる。
裏庭の戸もあけると風が一気に吹き抜けていった。
う~寒い。
冬の風が頬に当たる度ピリピリと痛む。
いやー、マジで寒くなってきた。
早いけど閉めようかと思った所で玄関から何やら音がする。
エリザが戻ってくるには早いよな。
顔を出すとそこには珍しい人物が立っていた。
「ベルナじゃないか、どうしたんだ?」
「ニャニャ、いい匂いがすると思ったらシロウの店だったニャ。」
「あぁ、鍋の匂いか。」
「寒くなって来たら鍋が一番にゃ、シロウのおかげで焔の石も流れ出したし今年は暖かい冬を迎えられそうニャ。」
「そりゃよかった。」
「それでなんだけど・・・。」
「どうした?」
「シロウにお願いがあるのニャ。」
猫耳をピコピコさせて上目遣いでこちらを見てくるベルナ。
はは~ん、これはもしかしてあれか?
「一緒に食いたいのか?」
「ニャニャ!どうしてわかったのニャ?」
「そんな顔してたら誰でもわかるだろ。いまエリザが薬味を取りに行ってるから中に入って待ってろ。」
「有難うニャ!そうニャ!とっておきを持ってくるニャ!」
ピコピコ揺れていた耳をピンと立たせてベルナが大急ぎで戻って行った。
っていっても大通りを挟んだ向かい側だ、すぐ戻ってくるだろう。
「別に構わないよな?」
「お鍋は皆で食べた方が美味しいですから。」
「ベルナ様にはいろいろとお世話になっていますし構いません。」
「ってことで上から椅子を降ろしてくる。」
食卓には四人分の椅子しか置いていないので、客が来た時は二階のやつを使うようにしている。
椅子を持って降りると早くもベルナが戻ってきていた。
手には何かの瓶を持っている。
中には黒っぽい液体が満たされていた。
「酒か?悪いな。」
「違うニャ。」
「違うんですか?」
「お鍋に使うと美味しいっていうソースにゃ。」
「鍋にソース?」
よくわからん。
机の上に設置した火の魔道具の上に鍋を乗せ魔道具を起動させる。
チチチという音と共に下から火が出てくる様子はまさにコンロだ。
便利だなぁ。
ぐつぐつといい音を立てながら部屋中に湯気が広がっていく。
そろそろ食べごろだろう。
「ただいま!」
「お帰り、手に入ったか?」
「ばっちり!」
「鍋にはやっぱり薬味がないとな。」
ちなみにエリザがもらってきたのは、ロングシャーロットという魔物の頭に生えている植物だ。
ネギ風の味がするので薬味として使われているが、やはり本物には敵わない。
ま、今はこれでいいだろう。
「あれ、ベルナも一緒?」
「ニャニャ、悪いかニャ?」
「ううん、鍋はみんなで食べたほうが美味しいもの。何それお酒?すっごい色ね。」
「違うにゃ、ソースだニャ。」
「ソース?」
「前に買った客がそう言っておいていったニャ。」
「ってことは使うのは初めてなのか?」
「そうニャけど、いい匂いがするから味は保証するニャ。」
臭いで味を判断するのはいかがなものか。
物は試しとふたを開けて匂いを嗅いでみる。
嘘だろ!?
そのまま用意した器にそれを注ぎ、小指を漬けて口に入れた。
と、同時に鑑定スキルが発動する。
『醤油。調味料の一種で、遥か遠方の地で作られている。最近の平均取引価格は銀貨20枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨30枚。最終取引日は5日前と記録されています。』
鑑定スキルを待たずともわかるこの風味。
若干味は異なるが、しょうゆであることは疑いようもない。
鑑定スキルが発動し、かつ取引履歴も出るということはこの世界に醤油が流通している証拠と言えるだろう。
マジか。
もう一回いう、マジか。
「どうかしたのかニャ?」
「これ、いくらで買った?」
「ニャニャ、銀貨10枚で買い付けたニャ。」
「銀貨30枚出す、譲ってくれ。」
「はぁ?銀貨30枚?」
「この調味料、そんなに貴重なのかニャ?」
「どこかでは流通しているようだが、ここら辺では珍しい。ついでに言えば俺の故郷の味に近い。てっきりもう味わうことはないと思っていたが・・・。」
思わず瓶を抱きしめてしまう。
この世界に来てずいぶん経つが、やはりこの味は忘れられない。
「条件があるニャ。」
「言ってくれ。」
「私にも使わせてほしいニャ、味も知らないまま譲るのはアレだにゃ。」
「もちろんだ。この鍋にふさわしい調味料と言ってもいいだろう。ミラ、お酢とレモモンあったよな?」
「ございます。」
「半分に切ってくれ、しぼり汁が欲しい。」
醤油があればあれこれできるが、ここはやはりポン酢の出番だろう。
さくっと混ぜて味を見る。
うん、これでいい。
「これをつけて食べてくれ、世界が変わる。」
「え~本当に?」
「よく冷ました奴が欲しいニャ。」
「どうぞ、ベルナ様。」
「有難うニャ。」
全員にポン酢を渡し、俺も鶏肉をつけて食べる。
酸味と醤油の味が絶妙だ。
あぁ、やっぱり醤油って最高の調味料だな。
「何これ!すっごい美味しい!」
「酸味のほかに深いコクのようなものも感じます。」
「鶏肉とよく合うニャ、これはすごいニャ!」
「だろ?」
得意げな顔をして四人を見る。
驚きの顔が二人、不思議そうな顔一人、無言で鍋を食べ続けるの一人。
そんなに気に入ったのか、アネット。
「譲るのが惜しくなったニャ。」
「銀貨30枚だ。」
「金を出すのが早いニャ!」
「ご主人様が即決するなんてよっぽどの品なんですね。」
「次にまた同じ奴が来たらどこで手に入れたか聞いておいてくれ、いやそのままここに連れてこい。絶対だぞ。」
「わかった、分ったからそんなに怖い顔で見ないでニャ。」
エリザ曰くこの世界に来て初めての顔をしていたそうだ。
そんなに鬼気迫っていただろうか。
いや、そうかもしれない。
この味が手に入れられるなら・・・。
異世界に来てもやはり根は変わらないようだ。




