17.転売屋は店員の本性を知る
結論だけ言えばやはり空きは無いらしい。
話の流れで空き店舗を聞いてみたが、今は何処もいっぱいで辞めるという話も出てないそうだ。
ならば仕方がない。
なければ作ってくれと言えるようなネタでもないし、それを教えてもらえただけでも良かったとしよう。
その後無事に登録を済ませ、羊に見送られながら俺は協会を後にした。
商人ギルドの関係者は引きつった顔をしていたが俺の知ったこっちゃない。
身から出た錆だ、自分のケツは自分で拭けばいい。
でもなぁ、やっぱり空きは無いのか。
辞める予定もないって事は金を溜めた所で無駄になるかもしれないって事だよなぁ。
うーむ。
とはいえ、今更目標を白紙にするのもあれだし目標は目標のまま行くしかないか。
今回の件で羊に恩を売れたのは間違いない、それが回り回って帰ってくると信じておこう。
あまりにも早い時間に用事が終わってしまったので手持ち無沙汰になってしまった。
腹は減ってない。
とりあえず一度戻って仕入れでもするかな・・・と三日月亭の方に身体をむけると正面から見覚えのある顔が歩いてきた。
ってか、この街で知っている顔なんてそんなにないけどな。
「買い物か?」
「シロウの方こそ挨拶は終わったの?」
「あぁ、とりあえずは。」
「なによその含みのある言い方。」
「別に、なぁ暇だからついていっても良いか?」
「構わないけど・・・面白い所じゃないわよ?」
「暇つぶしになるならそれでいい。」
そう断ってエリザが向ったのは何とも厳つくてむさ苦しい男達が集う場所。
そんな言い方をすると怒られるかもしれないが、言葉通りの光景が目の前に広がっている。
確かヨーロッパにはこんな恰好をしてガチで殴りあう祭りがあったと記憶しているが、そこに迷い込んだような錯覚を覚える。
いや、コレは錯覚ではなく現実なんだけれども・・・。
どこをみてもごつい鎧にごつい武器をぶら下げた男達ばかり。
その中に時々女性や細身の男性も混ざっているが、割合で言うと七対三ぐらいだな。
「ここは冒険者ギルドか?」
「それ以外に何があるのよ。」
ここに入る前、入口上にぶら下げられた看板には剣と盾がX字に交差する紋章が掲げられていた。
うーむ、異世界感半端ないな。
「で、ここには何しにきたんだ?」
「ちょっとね。」
詳しくは言わないがまぁ着いていけばわかるだろう。
屈強な男達の間をすり抜けるようにエリザが先を行く。
できるだけ俺も急いだが、団体さんが目の前を通過してしまい置いていかれてしまい、やっとの思いで追いついた頃には、一人の冒険者がエリザに話しかけていた。
「よぉエリザ!まだ冒険者やってんのか?」
「当たり前でしょ、私が冒険者じゃなかったら何だって言うのよ。」
「てっきり娼婦にでもなったのかと思ってたが、まさかあれ全部返したのかよ。」
「そうじゃなかったらこんな場所にくるはずないでしょ。そこどいて、邪魔。」
まるで羽虫を追い払うようにシッシッと手を動かすが男は動こうとしない。
エリザが睨みつけても男はゲスい笑みを浮かべるだけだった。
「なによ、私に何か用でもあるの?」
「ホルトにはお前が金を払えなかったら俺が買うって言ってあったんだ、一体どんなカラクリを使ったんだよ。」
「別に、親切な人にお金を借りただけよ。でも良かった、払えなかったら舌を噛んで死んでたわね。」
エリザの返答にやり取りを見ていた周りの冒険者がドッと笑いだす。
それが恥ずかしかったのか男の顔が一気に真っ赤になった。
ハゲてるからまるで茹で蛸みたいだな。
「何処の男だ、言えよ。いや、そいつを見つけて俺が借金をチャラにしてやるってのはどうだ?」
「その代わりに自分の女になれって言うんでしょ?死んでもお断りよ。そんなやり方でしか女を口説けないから娼館に行っても追い返されるってまだわからないの?」
「このアマ言わせておけば!」
激昂した蛸坊主が拳を振り上げエリザに殴りかかる。
だがエリザはビビる事無く最小の動作でそれを避け、それどころか足を引っ掛けた。
バランスを崩した蛸坊主が凄い顔でこっちに向ってくる。
慌てて避けると丁度ハゲ頭が俺の足元にあった。
「あ、シロウ大丈夫?」
「大人気だな。」
「まぁね、ほら私って美人じゃない?」
「自分で言うな自分で。」
素早いツッコミに周りの男達から笑い声が漏れる。
それが不満だったのか自分の頬やアゴに手を当てよく分からないポーズをとり始めた。
確かに美人ではある。
抱き心地もいいしな。
でも本当の美人は自分の事を美人とは言わないと思うぞ。
「俺の上でペチャクチャペチャクチャしゃべるんじゃねぇよ!」
と、足元に転がっていた蛸坊主がさらに顔を真っ赤にして起き上がった。
てっきりエリザに向っていくと思ったのだが、何故か俺が睨まれている。
おいまて、何時の間にヘイトを稼いだ?
ってか何で俺なんだ?
どう考えても俺じゃないだろ。
「お前だな!エリザを買ったのは!」
「そうだったらどうするんだ?」
「お前を殺してエリザを振り向かせるだけだよ!」
「おいおい、マジで言ってるのか?さっきそれを止めろって言われた所だろうが。」
「うるせぇ死にさらせぇぇぇ!」
先程まで素手だったのに何故か俺に向ってくる時だけナイフを振り上げる蛸坊主。
からかい過ぎたと若干後悔したが、それも若干だけだ。
振り上げられたナイフは何時までも振り下ろされる事は無い。
何故なら蛸坊主の手首をエリザがしっかりと掴んで離さなかったからだ。
「ちょっと、誰に武器を抜いてるの?」
「くそ、離せ!」
「ねぇ、誰に武器を抜いたのって聞いてるの。そこは私に向ってくる所でしょ?シロウは関係ないじゃない。」
「言っただろ、こいつを殺してお前を自由に・・・。」
「私がいつ自由にしてくれって言ったのか聞いてんのよ!」
エリザの怒号がビリビリと響く。
それと同時にゴキッという鈍い音が頭上でしたかと思うと、次に聞こえてきたのは蛸坊主の叫び声だった。
「腕が、俺の腕がぁぁぁぁ!」
「煩いわね!」
間髪いれずエリザの蹴りがケツに炸裂しそのまま吹き飛んでいく蛸坊主。
吹き飛んだ先でも手首を押さえたままゴロゴロしている。
あまりにスムーズな動きに周りの冒険者達と一緒になって拍手をしてしまった。
「あー、スッキリした。」
「満足か?」
「やっぱり私って身体を動かしていないとダメみたい。シロウには悪いけどやっぱりあの仕事は向いてないよ。」
「だから早く稼いで冒険に出ろって言ったんだ。金さえ返してくれればさっきみたいに絡まれなくて済む。」
まるでビールを飲み干した時のように清々しい顔をするエリザ。
その表情に思わずドキリとしてしまった。
年下の女にトキメクとは俺も若いなって、若くなったんだから当然か。
今の俺はエリザより年下だしな。
「おいおい、マジかよ!あのエリザが笑ってるぞ!」
「すげぇあのエリザが手懐けられてる。信じられねぇ。」
「おい、あの男は何者だ?」
「しらねぇよ、見た感じ冒険者じゃないみたいだが本当にエリザの男なのか?」
そんな表情に周りの男達も信じられないといった声を上げる。
あのエリザ、ねぇ。
どんな風に呼ばれていたかはなんとなく察しがつく。
「さぁ、さっさと用事を済ませましょ。」
「そもそも何しに来たんだよ。」
「冒険者証を受け取りによ。」
「なんだ、冒険者じゃなかったのか?」
「売られるかもしれないから一時的に返納してたの。装備を買いなおすにも冒険者証は必要だし、やっぱり手元に無いと落ち着かないから。」
なるほどそういうことか。
冒険者のまま売られてはいけないという決まりがあるかは知らないが、エリザ的にそのまま売られるのをヨシとしなかったんだろう。
「話には聞いていたが本当に強かったんだな。」
「強い女は嫌い?」
「いいや、ベッドの中を知っているだけに新鮮だ。」
「ちょ、こんな所で言わないでよ!」
俺の発言に再び周りがざわつく。
良い女だと再認識したからこそ、余計に手放したくなくなってきた。
だからこそ他の男に自分の女だと認識させたくなる。
俺も若いな。
「まずかったか?」
「別にいいけどさ・・・。」
さっきまでと違い女らしい態度を取るエリザ。
そのギャップに周りの男達の悲鳴が聞こえた気がしたが、残念ながらコイツは俺の女だ。
借金を返すまでとはいえ、当分手放すつもりは無い。
「ちょっとちょっと、戻ってきて早々問題を起こすのはやめてくれる?」
「ニア!」
「おかえりエリザ、待ってたよ。」
騒ぎを聞きつけてやってきた女はニアというらしい。
エリザの前までくると腰に手を当てて怒っているぞとポーズをとった。
冒険者と違いずいぶん大人しい服を着ている。
いや、一箇所大人しくない場所があるな。
何だあの胸、いやあそこまで行くと乳だな乳。
「ただいま、約束どおり戻ってきたわよ。」
「一時はどうなることかと思ってたけど、まさか男を作って戻ってくるのは想定外だったかな。」
「えへへ、色々あったのよ。」
「まぁ無事にまた冒険者に戻ってくれるならギルドとしても嬉しいわ、おかえりなさい不倒のエリザ。」
「不倒?」
「あら、知らなかったの?どんな相手にも倒れない屈しない、それがこのエリザなのよ。」
「やめてよ恥ずかしい!」
エリザが蛸坊主のように顔を赤らめている。
どうやら本当に恥ずかしいらしい。
不倒ねぇ・・・。
確かにこの身体なら中々倒れないかもしれないが、ベッドの中だとすぐにダウンするのは言わないほうが良いんだろうな。
「はじめまして、冒険者ギルドの二アっていうの。貴方は?」
「シロウだ。」
「シロウさんね、どうやってあのエリザを口説き落としたのか教えてくれる?」
「そうだな、代わりにその胸について教えてくれたら考えよう。」
「あら残念、それは出来ない相談だわ。だって私には旦那がいるんですもの。」
それはまた残念だ。
あいにくNTRには興味がなくてね。
胸についてはエリザ経由で聞き出せばいいだろう。
知り合いみたいだし。
ふと、さっきまで茹で蛸になっていたエリザが俺を睨んでいる事に気がついた。
「なんだよ。」
「別に。」
「あらら、エリザがヤキモチやいてるなんて信じられないわ。」
「ニアももう良いから!ほら、早く冒険者証かえしてよ!」
「はいはい、ちょっと待ってね。今お茶を出すから。」
「お茶じゃなくて冒険者証!」
まるで姉妹のような二人のやり取りに周りの男達も笑っている。
不倒のエリザ、ねぇ。
とりあえずこいつを怒らせちゃいけない。
それだけはよくわかった。




