165.転売屋は月見をする
「シロウ様、お月見に行きませんか?」
「月見?」
10月も半ばを超え、だいぶ涼しくなってきた。
夜は少し肌寒く薄手の長袖が欲しいところだ。
そんな事を考えながら査定をしていると、突然ミラが月見に誘ってきた。
「今日は金色の月と言われる満月が見える日でして、天気もよさそうですしシロウ様と楽しみたいと思っているのですが。いかがですか?」
「確かに魅力的な提案だ。月見酒も、いいかもしれん。」
「月見菓子も用意しましょう。」
「菓子か、甘いのか?」
「いえ、丸い形をした焼き菓子です。お酒にも合うように少ししょっぱいですね。」
某菓子メーカーの三日月型のコメ菓子を思い浮かべる。
あれも酒によく合うよな。
「なら準備が必要だ、どこで見る?」
「外で。」
「外だと?」
「はい。危険はあるかもしれませんがエリザ様とルフがいれば大丈夫だと思います。」
てっきり二人っきりでのお誘いかと思ったんだが・・・。
まぁそれは別の機会でもいいだろう。
「いい場所を知っているんだな?」
「とっておきの場所があるんです。といっても、見たのが随分も前ですので今もあるかはわかりませんが・・・。」
「なければ茣蓙でもしいてみればいい。月見か、楽しみだな。」
査定に集中しなければならないというのに頭の中は月見の事でいっぱいになってしまった。
仕事にならないな。
「さっさと終わらせて準備をするか。昼からは休業だ。」
「それがよろしいかと。」
「次は二人っきりでな。」
「もちろんそれも考えております、ご期待ください。」
普通は男から誘うものかもしれないが、そんな常識など俺は知らない。
誘いたいほうが誘えばいい。
子供じゃないんだ、好きにすればいいのさ。
ってことで、査定をサクッと終わらせて客が帰ると同時に臨時休業の札を出す。
「俺は酒を確保してくる。」
「では私はつまみになるようなものを用意いたしましょう。食事は軽くで構いませんか?」
「そうだな、食いたい奴が準備すればいい。」
「エリザ様はダンジョン、アネット様は図書館でしたね。」
「書置きぐらいしておくか。」
戻ってきて誰もいなかったら驚くだろう。
『月見をするから各自必要なものを準備するように』と書いた紙を置いて店の前でミラと別れる。
向かったのはもちろん三日月亭だ。
「美味い酒?」
「どれも美味いのは知ってるけどせっかくの月見だ、それに合わせたような酒が欲しいんだが・・・。」
「そうかそんな時期か。」
「俺もミラに言われるまでは全然知らなかったんだが、金色の月って言うらしいな。」
「金色の月か、そりゃ随分と懐かしい言い回しだな。」
「そうなのか?」
「昔はそんな言い方をしていたが、今は『ハーベストムーン』っていうこじゃれた名前になってるぞ。」
なんでもカタカナにすればいいってもんじゃないぞ。
そんな事を昔祖父が言っていた気がするが、今その気持ちが何となくわかった。
いいじゃないか、金色の月。
古風な感じでさ。
「俺は前者を押すね。」
「奇遇だな、俺もだ。」
「で、そんな俺にピッタリの酒はあるのか?」
「俺は酒屋じゃないんだが・・・っと、あったぞ。」
そういいながらマスターが棚の下から引っ張り出してきたのは少し古ぼけた酒瓶だった。
ラベルも随分と色あせてしまっており、真ん中に大きな丸が描かれているのはわかる。
「随分と古そうだな。」
「昔買い付けておいてすっかり忘れてたからな。栓は開けてないから十分飲めるぞ。」
「この丸はなんだ?」
「昔ここに黄色い丸が書かれてたんだよ。意味は・・・なんだったか忘れちまったが月っぽいんで買い付けたんだ。」
そういえば黄色はすぐ色が抜けるんだったっけ。
だから縁だけが残ったのか。
「味は保証付きだよな?」
「もちろんだ、気に入らない酒は買い付けねぇよ。」
「買った!」
「銀貨10枚な。」
「高すぎだろ!」
「古酒には価値がつくんだよ。知らなかったのか?」
「知らないわけじゃないが、これ忘れてたやつだろ?」
「そうだったか?」
さっき自分で忘れたって言ってたじゃねぇか。
と、ツッコんだ所でシラを切られて終わりだ。
ここは何も言わずに金を払うだけでいい。
せっかくの月見に水を差す必要もないしな。
言われるがまま代金をカウンターの上に乗せると、マスターがにやりと笑った。
「毎度あり。それとな、出かける前にもう一度寄れ。」
「どうしてだ?」
「酒しか飲まないわけにはいかないだろ、飯用意してやるよ。」
「マジか、助かる。」
「外で飲むんだろ?」
「なんでわかるんだ?」
「金色の月を見るならやっぱりあそこじゃないとな。」
どうやらミラが言っていた場所をマスターも知っているようだった。
月を見るのにとっておきの場所ねぇ。
満月の日に湖に行くと女神が出てくるなんて昔話を聞いたこともあったな。
あれは絵本だったか、それとも海外の本だったかは忘れてしまったが、随分とロマンチックな内容だったのは覚えている。
あの草原にそんな場所があるはずもないか。
マスターに礼を言ってから店に戻ると、ちょうどミラとエリザが店から出てくるところだった。
「あ、シロウ!」
「おかえりなさいご主人様。」
「今戻ったのか?」
「うん。ねぇ、月見に行くんでしょ?」
「あぁ、酒は手に入れたぞ。マスターのとっておきだとさ。」
「古そうなお酒ねぇ。」
ラベルを見て不安そうな顔をするエリザ。
気持ちはまぁ、わかる。
「古いから価値があるんだって豪語してたぞ。」
「ふ~ん。ねぇ食事の手配は終わったの?」
「マスターが用意してくれるみたいだが・・・。」
「私お腹ペコペコなのよ、イライザさんに何か作ってもらうね。」
「アネットはどこに行くんだ?」
「ちょっと入れ物と鎌を買いに・・・。」
「ん?」
入れ物と鎌?
一体何に使うんだろうか。
わからん。
わからんが、必要だから買いに行くんだろうな。
「夕方までに戻って来いよ。」
「「は~い。」」
意気揚々と買い物に行く二人を見送り、店に入ってひと眠りする。
夜は長そうだから今のうちに英気を養っておこう。
ってな感じで迎えた日暮れ前。
各自手配した物を持って西門の前に立っていた。
「お酒良し、飯良し、敷物良し。」
「おつまみも持ちました。」
「追加のご飯もね!」
「皆さんの分の鎌と籠も準備万端です。」
一人よくわからない物を用意しているんだが・・・。
「何に使うんだ?」
「それは見てのお楽しみです。」
「そうか。」
「ルフも一緒よね?」
「あぁ、邪魔する奴が来たらすぐに教えてくれるだろう。な、ルフ?」
「バウ!」
よしよしいい返事だ。
頭をワシャワシャと撫でてやり、干し肉(塩分控えめ)を口に放り込んでやる。
「それじゃま、道案内はミラにまかせた。」
「お任せください。」
夕暮れの草原。
夏と違ってすぐに日は暮れ、夜がやって来る。
松明とランタンの明かりを頼りに俺達は草原をまっすぐに進んでいった。
出発から一時間ほど。
そろそろ足が疲れてきたぐらいの頃にミラが足を止める。
「ありました、ここです。」
ミラが指さした先にあったのは巨大な岩。
オレンジ色の明かりに照らされて俺達の前にそびえている。
中々にでかい。
「この上は平らになっています。時間まで食事にしましょう。」
「待ってました!」
我先にと岩の上に昇ったエリザを追いかけ順番に上に上がる。
敷物を広げ用意した品々を広げればあっという間に宴会場が出来上がった。
頭上には金色に光る満月と、満天の星空。
いつも以上に光る満月を見上げながら俺達は宴会を楽しんだ。
いつも一緒の四人なのに話題は尽きず、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
エリザの持って来た酒はとうの昔に無くなり、残るはマスターからもらったこの酒だけだ。
それも残り三分の一。
勿体ないが飲み干してしまおう。
と、酒瓶に手を伸ばした次の瞬間。
指先が瓶に触れ、岩の下に転がり落ちてしまった。
「あ~あ、もったいない。」
「すまん、取って来る。」
ランタンを手に岩を降りる。
酔っぱらう程は飲んでいないのでゆっくりと降りれば大丈夫だ。
よっこらしょっと。
ちゃぷ。
ん?
ちゃぷ?
慌てて足元を照らしてみると、地面が水浸しになっていた。
「なんだぁ!?」
「あ、始まりました!」
「どういう事だよ。」
「シロウ様、早く上に!」
せかされるように岩の上に昇ると、信じられない光景が広がっていた。
金色の月が二つ浮かんでいる。
上と下、二つの月が向かい合って辺り一面が明るく輝いていた。
「何事だ?」
「突然泉が湧き出たのよ!」
「湧き出る?」
「お酒を垂らすのをすっかりと忘れていました。」
「どういうことなんだ?」
「ここは一年に一度だけ月光蓮が咲く泉なんです。金色の月が出ている夜にだけ現れる、とっても貴重な植物なんですよ。」
「アネットは知っていたのか。」
「はい。毎年取りに来ていましたから。」
だから籠と鎌を取りに行っていたんだな。
合点がいった。
「何時までも泉が出来ないなぁと思っていたんですが、お酒が必要だったんですね。」
コンコンと湧く水の合間にポコポコと睡蓮の花が咲いている。
フワフワするのは酔いのせいではない。
金色の月が俺達を惑わせているのかもしれない。
「綺麗だなぁ。」
「この月をシロウ様、そして皆さんと見たかったんです。」
「ありがとうね、ミラ。」
「どういたしまして。」
ゆらゆらと揺れる月と星、見上げると同じものが輝いている。
本当に来てよかった。
そう思った。
のも、つかの間。
「さぁ!皆さんそろそろ家に戻りましょう。酔い覚ましの運動もできますからお付き合いくださいね。」
アネットが満面の笑みで籠と鎌を差し出してきた。
「まさか、これを刈り取るのか?」
「当然です。今しか取れない貴重な薬草なんですから、全部貰っちゃいますよ!」
「少しぐらい残したらどうなんだ?」
「明日の朝には枯れちゃいますから、全部取って問題ありません。」
あ、そうですか・・・。
「月光蓮ってかなり高価な薬草よね。こんな所に生えてるなんて、知らなかったわ。」
「地上で手に入らないと後はダンジョンの中で見つけるしか方法はないんです。これさえあれば上級ポーションなんかも作りたい放題です。大儲けですよ!」
大儲け。
その言葉を聞いて俺にもスイッチが入った。
「よし、全部刈るぞ。」
「花は刈り取った後こちらにください、戻ってエキスを抽出しますので。」
「了解した。」
「さぁ、皆さん頑張りましょう!」
月見の情緒もどこへやら。
いつもの金もうけに走るのが、まぁ俺達らしいじゃないか。
満天の月明かりに照らされながら四人が鎌をふるうさまは、あまり綺麗な物ではなかったけどな。




