162.転売屋は福袋を披露する
いよいよその日はやって来た。
町中がソワソワしているのが肌で伝わって来る。
まぁ、そわそわしてる大半は大人だけども。
子供達は早くも店の前でスタンばっている。
まだ日が登ってすぐだぞ?
飯はどうした飯は。
「もう並んでるわよ。」
「健康的な事だ。」
「どうしますか?少し早いですが配ってしまいますか?その、準備もありますし。」
「そうだなぁ・・・。」
俺は見ないようにしていた庭の方を見る。
倉庫だけでなく庭全てを覆い尽くすほどの品々に目がくらみそうだ。
これでも総数の四分の一。
残りはギルド協会の倉庫と中に押し込められている。
早く撒いてしまわないと業務に差し支えるのだが・・・。
「まぁ、のんびりでいいんじゃないか?今日は仕事しないらしいし。」
今日はお休みなので問題なしだ。
「では香茶をもう一杯入れましょう。」
「あぁ、頼む。」
「アネットは余裕ねぇ。」
「今日は子供達にお菓子を上げるだけですから。」
「いや、まぁ、表向きはね。」
「それに今更慌てた所で仕方ありません。むしろ菓子作りが終われば地獄が始まりますから、この時間を楽しむべきです。」
地獄、地獄か。
配るだけならそうかもしれないが、俺にとっては別の意味がある。
そう、戦いだ。
貴族と商人の全面戦争。
今までは金に物を言わせて勝利を得てきたかもしれないが今回はそうはいかない。
この俺がその連勝記録を止めてやる。
ゆっくりと香茶を楽しんだ所でそろそろ時間だ。
「それじゃあ始めるか。」
大きな横長の机を店の前に設置し、準備は完了だ。
「さぁガキ共、お待ちかねの時間だぞ!」
「「「わ~い!」」」
店を取り囲んでいた子供達が歓声を上げる。
「順番に並んでからよ!」
「沢山ありますからあわてないで。」
「一人一個、でも食べ終わったら並び直してもいいですよ。」
ちゃんと列に並ばせてから菓子を配り始めた。
ってか並び直しても構わないのか。
まぁ、あの量だしなぁ。
庭は例のブツでいっぱいだが二階はお菓子の袋が山積みだ。
もちろん大人に配る分もあるのだが、それにしても作りすぎだろう。
金貨3枚分だもんなぁ。
「はい、どうぞ。」
「わ~い!」
「落とすんじゃないわよ。」
「は~い!」
「食べたら歯を磨いてね?」
「わかった!」
三列に並んだ子供達にそれぞれ一声かけながら渡していく。
「ねぇシロウ私にも頂戴。」
「なんで俺の方に並ぶんだよ。」
「暇なんでしょ?」
「俺にもくれよ!」
そして何故か俺の方にも列が出来ていた。
並んでいたのは孤児院のガキ共。
「で、お前もか?」
「えへへ、保護者でも貰えますか?」
「まぁいいんじゃないか?」
そしてモニカだった。
見た目はまぁガキみたいなもんだし別に構わないだろう。
「ありがとうございます!」
「それと、これもな。」
「これは?」
「今日来られないやつもいるだろ?そいつと、神様の分だ。」
「ありがとうございます。」
よくみるとファンの姿がなかった。
おそらくイライザさんの方を手伝っているんだろう。
孤児院の中では一番年長で唯一定職を持っている。
でもまだまだガキだ。
菓子を貰う権利だってあるだろう。
神様はついでみたいなものだ。
祭壇に捧げておけば何か見返りがあるかもしれない。
それこそ勝利の祝福とかな。
朝一から配り出したので昼前には菓子を配り終える事が出来た。
そして、いよいよその時が始まる。
周りの大人たちはその時を今か今かと待ちわびていた。
正直目が怖い。
特に女性の目が。
「福袋なんてよく考えついたわね。」
「これなら入れ物は一つだし複数個には該当しないだろ。」
「それでいて数を配る事が出来ます。」
「中に何が入っているかわからないのもいいですよね。」
一袋で何度も楽しめるのが福袋の良い所だ。
もちろんハズレも入っているだろうがそれはそれ。
そこも含めてが福袋ってね。
「鐘が鳴ってからだったな。」
「はい。途中一回二回と鳴りまして三回なったら終了です。それまでにどれだけ証を獲得できるか・・・。」
「まぁ間違いなく俺達が一位だ。」
「もちろんです。これだけのお金を費やしたんですから。」
「金貨20枚。ほんと馬鹿じゃないの。」
「勝てば50枚だ、悪い勝負じゃない。」
「でも負けたら?」
「負けはあり得ません、だって御主人様ですから。」
そう、この俺が負けるはずがない。
負ける勝負など端からする気もない。
勝つ。
その為だけにこれだけ準備してきたのだから。
カ~ンと鐘が鳴る。
それと同時に雄叫びの様な音が町中に響き渡った。
人が殺到する。
さぁ、楽しい楽しい地獄の始まりだ。
「調子はいかがですか?」
「見ての通りだ。」
「まだまだありますからじゃんじゃん配ってくださいね。」
「言われなくてもそうするさ。」
後ろでは女たちが交代で福袋と証を交換している。
俺は休憩中だ。
「それにしても福袋ですか。中身はバラバラで貰ってみないとわからない、こんな楽しいやり方があったなんて思いもしませんでした。」
「使えるのは今回だけ、次回からは貴族も真似をしてくるだろうさ。」
「このままいけば我々の勝ちは必然。今回だけ勝てばいいんです。」
「そんなにあの人に勝ちたいのか?」
「それはもう。こういう時にしか勝てませんからね。」
確かに色々と無理難題を突き付けて来る人ではあるが・・・。
羊男にも思う所があるのだろう。
「それはどうかしら。」
と、その時だった。
聞き覚えのある声が後ろから聞こえて来る。
「これはこれはアナスタシア様」
「まったく、とんでもない物を用意したわね。」
「お褒めにあずかり光栄ですと言うべきなのか?」
「別に褒めてないわよ。まったくギルド協会を抱き込むなんて前代未聞だわ。」
「我々はあくまで公平な立場にいますよ。」
「嘘仰い、ギルド協会が全面的にバックアップしたのは知ってるんだから。」
「でも金を出したのは俺だ。貴女だって貴族に色々と助言をしたそうじゃないか。」
「だって私は向こう側の人間だもの。せっかくとっておきを用意したのに、完勝するはずが予想外もいい所だわ。」
その口ぶりは勝つ気でいるようだ。
「確か食事券でしたっけ?換金性の高い物は禁止されていたと思うんだが。」
「逆に聞くけどあんな紙切れ何処で換金するの?」
「確かに使用者は換金できないが、使用された店は換金できるよな?」
「えぇ、終わってからね。」
「それはいいのか?シープさんよぉ。」
「誰もが現金にできるわけではありませんから、限りなく黒に近い白と言えます。」
「食事券を別の物と交換したりするのは白なのか。」
「そんな事言ったら貴方だってそうでしょ?」
まぁそうなんだけども。
今回用意した福袋には各商店自慢の品々が大きな笊に乗せられている。
本当は福袋ではなく福笊というべきなんだが、まぁいいだろう。
その自慢の品々だが、あまりにも数が多すぎるので笊には乗り切らない。
そこで、笊ごとに入れる物を変えて楽しめるようにしたわけだ。
「大通りは物々交換会場になってしまって収拾がつかない状況よ。まったく、面倒な事をしてくれたわね。」
「欲しい人が欲しい物を手に入れられるんだ、配った後の事まで面倒見切れないね。」
「そちらは警備やギルド協会の職員が統制していますので問題ありません。」
「まったく何が公平な立場なんだか。」
「そちらの品も物々交換されてるそうじゃないか、お相子だよお相子。」
「仮に全住民がそっちの品を交換したとしても、こっちも全住民が交換すれば負けないわ。」
「同票の場合は引き分けですが、残り一つの票が貴族か庶民かで勝敗が決まる事になります。」
「残り一つがどこに集まるのか、それはもうわかり切ってると思うがなぁ。」
俺は後ろの列を振り返る。
福袋に並ぶ列の隣には、もう一つの列が出来ている。
そう、女達が用意した菓子に並ぶ行列だ。
「食べるだけで痩せるってのは本当なの?」
「もちろん個人差はあるだろうが、体脂肪を燃やし新陳代謝を活性化させる成分が含まれている。後は本人次第だ。」
「それ、ずるくないかしら。」
「欲しいなら並べよ。」
「分けてくれないの?」
「票を貰ってるんだろ?あくまでも公平に、貴族だろうが関係ないね。」
「もぅ、仕方ないわねぇ。」
その後金鐘が三つまで列が途切れることは無く、用意した福袋は無事に全て配り終わった。
渋谷109の物々交換会よろしく町中で行われていた交換も無事に落ち着き、お目当ての品を手に入れた住民達は嬉しそうに家へと帰って行った。
で、結果はどうなったかって?
もちろん俺達の完全勝利だ。
俺とアナスタシア様陣営が同票。
そして過半数を得た女達の分で一勝一分け。
完全勝利とはいかなかったが、それでも勝ちであることは間違いない。
こうして初の庶民側勝利で企画は終了したのだった。
だが・・・。
「申し訳ありませんシロウさん。」
「話が違うぞ。」
「私も掛け合ったんですが、さすがに金貨50枚はむりでした。」
「男の約束じゃないのか?」
「それとこれとは話が別よ。ギルド協会が許しても、街長と副長が許可しないわ。」
「本当に申し訳ありません。」
減税してもらえるはずがまさかまさかの展開になってしまった。
どう考えてもこの人が何か言ったんだろうな。
俺に負けたのが悔しいからって全く・・・。
「それでも金貨30枚は減らしてくださるそうです。」
「プラス家賃な。」
「・・・善処しますとだけお答えします。」
税金は街の管轄だが家賃は別だ。
それぐらいならこの男が何とかするだろう。
金貨25枚はかかったが金貨30枚の減税に家賃の減額。
けして悪い戦いではなかった。
何より楽しかったしな。
「次は負けないわよ。」
「こっちこそ、みすみす負けるつもりはないさ。」
次の為にも今から作戦を練らなければ。




