161.転売屋は準備に奔走する
なんだかんだで後二日になった。
何かって?
貴族との戦いがだよ。
正確には子供達に菓子を配る日なので本来の目的とは違うのだが・・・。
そっちは三人に任せている。
俺は戦いの準備をするとしよう。
「よぉ兄ちゃん。」
「おっちゃん!」
市場を歩いているといつもの場所におっちゃんがいた。
「この間は無理言って悪かったな。」
「なに、兄ちゃんの頼みだ喜んでやるさ。」
「おかげでメドがついたよ。」
「今日も作ってるのか?」
「あぁ、今日と明日の二日で仕上げるんだとさ。家中甘い匂いで居場所がないぐらいだ。」
「いいじゃねぇか、頑張れよ。」
ポンポンと肩を叩かれる。
おっちゃんには菓子作りに必要な生乳とバターを大量に用意してもらったのだ。
生ものだけにギリギリまで手配できなかったのだが、使うときは大量に使う。
かなり大きな馬車で運んできてもらい、それを家に運び込んだのが昨日。
それからリンカに手配してもらった奥様方に一斉に声をかけて、大量のクッキー作りが始まった。
生地作りは囲いを作ったうちの庭で行い、できた生地を各家庭にばら撒いて焼いてきてもらう作戦だ。
こうする事で一回で大量のクッキーを焼く事が出来る。
一体どれだけ作るつもりなんだろうか。
金貨3枚分なんだけど、まさか1年分備蓄しますとか言わないよな。
「で、もう一つの方はどんなんだい?」
今度は反対から声をかけられる。
「そっちも何とか。今日はギルドへの納品日だからその案内と代金の支払いに回ってるんだ。ってことで、おばちゃんも。」
そういいながらミラの母親であるモイラさんに代金を手渡す。
主に日用雑貨を扱うモイラさんだが、今回かなり無理をしてかき集めてもらった。
おかげでなかなかの入れ物が用意できたよ。
「抱えるぐらいの巨大な笊を用意してくれって言われた時は何事かと思ったけど、相変らず馬鹿な事をする男だね。」
「でもオバちゃんだって負けたくないだろ?」
「当り前さ。だから用意してやったんじゃないか。」
「ほんと助かったよ。当日はオバちゃんも貰いに来てくれよな。」
「わたしゃ菓子と交換でいいよ。子供達に配れるからね。」
「まぁその辺は任せるよ。じゃあ、他に行く所があるから、また!」
二人にお礼を言って露店を離れ、今度は大通りへと向かう。
各商店に声をかけ、一件一件に代金を支払って回ると気づけばもう昼を過ぎていた。
最後の店に挨拶をして、一息つく。
とりあえずこれで終わりか。
あとは・・・。
「シロウ!」
「エリザか。」
「終わったの?」
「あぁ、そっちは?」
「今焼いてるとこ。今日は後五回は焼かないとね。」
「菓子で家を作るつもりか?」
「ふふ、そうなるかもしれないわよ。」
マジかよ、勘弁してくれ。
「寝る所だけは空けといてくれ。」
「もし匂いが嫌ならマスターの所に行ったら?あそこなら部屋もあるしゆっくりできるでしょ。むしろそうするべきよ。」
「そんなにすごいのか?」
「ん~、シロウなら五分で逃げだすぐらい・・・かな?」
はい、家に帰れなくなりました。
昨日の時点でかなりのものだったが、それをさらに超える状況になってるのか。
よくそんな場所で作業が出来るな。
「大人しくそうさせてもらうよ。」
「食事はこっちで適当に済ませるから、シロウも偶にはゆっくりしなさいよ。」
「そうする。」
じゃあねと手を振ってエリザは戻っていった。
つまりあと二日は家に帰れないという事だ。
家を追い出される日が来るとは思いもしなかったが・・・、これも貴族に勝つためだ。
致し方あるまい。
くるりと反転して商店街を戻っていく。
店に近づくだけで甘い匂いが香って来た。
外でこれなら中はどうなって・・・いや、考えたくもない。
声をかけるのもあれだったのでそのまま素通りしてギルド協会へと足を運ぶ。
中は戦場と化していた。
人が大勢行きかっている。
皆鬼の形相で、いつもの穏やかな空気はどこにもない。
なんなら受付のお嬢がこちらに気付かないぐらいだ。
よほどの状況と言えるだろう。
「あ、シロウ様!」
「すごいな。」
「一大戦争ですからね。でも、原因の半分はシロウ様ですよ?」
「俺?」
「あのシープ様を焚き付けたんですから。かなり気合入ってますから頑張ってくださいね。ちなみに、二階の準備室に籠っておられます。」
「はいよ。」
行き交う人の間を縫うようにして廊下を進み、奥の階段から二階へと向かう。
こっちはそんなに人はおらず、静かだった。
えーっと準備室準備室・・・ここだな。
一応ノックをしたが返事を待たずにドアを開ける。
「どうも、シロウさん。」
「随分とひどい顔だぞ。」
「おや~さすがに二日寝てないときついですね。」
「本番まであと二日だ、四日寝ないつもりか?」
「さすがに無理ですよ。でもこれを終わらせないと。」
「何やってるんだ?」
「御礼状です。出品してくださった皆さんにお返しする奴を・・・。」
そういいながらよれよれの羊男が手に取ったのは、何かが書かれた紙だった。
えーっと何々・・・って、読めないぞ。
「すまんが読めん。」
「・・・・・・。」
「おい、起きろ。」
「え!寝てませんよ!」
「寝てただろ。こんなミミズの這ったような手紙じゃ御礼にもならないぞ。いい加減に諦めて寝ろ。因みに出品者にはついさっき代金を支払いつつ礼を言ってきたから御礼状は不要だ。」
「そんなぁ・・・。」
がっくりとうなだれる羊男。
そしてそのまま動かなくなってしまった。
気を失った?
違うな、寝てるわ。
こいつはこいつなりに考えて行動してくれたようだが、睡眠不足は人の思考を阻害する。
いつものこいつならこんな手間な事しなかったはずだ。
よっぽど疲れていたんだな。
とはいえ、かけてやる布も無ければかける気もない。
とりあえず放置をして俺は準備室を出た。
「いましたか?」
「あぁ、居たが使い物にならなかった。冒険者ギルドに連絡して引き取ってもらえ。」
「そうだろうと思って連絡してあります。」
「さすが、出来る女は違うな。」
「でしょ?だから私にもクッキー下さいね。」
ペロッと舌を出す姿が可愛らしい。
でも残念ながら好みじゃないんだよな。
可愛い系はあんまりなんだ。
羊男が使えないので仕方なくそこで情報収集していると、慌てた様子のニアがやって来た。
「ニア、おたくの旦那なら二階の準備室だ。」
「シロウさん。すみません、夫がご迷惑をかけて。」
「まぁ、半分は俺が原因だからな。とりあえず今日一日は休ませといてくれ。明日と明後日使えればいい。」
「そうします。」
「手伝いますか?」
「大丈夫です。」
パタパタと廊下を走っていくニアさん。
大丈夫ってまさか一人で連れて帰るのか?
いくらなんでもそれは・・・と思った俺達の目に飛び込んできたのは、眠ったままの羊男を軽々と肩に担いで戻って来た姿だった。
さすが冒険者ギルド、見た目で判断しちゃいけないな。
「ではまた明日。」
「気をつけてな。」
さすがに扉は開けにくそうだったので、それだけ手伝って二人を見送る。
あれでも起きないってよっぽど疲れてたんだな。
「じゃあ俺も行くわ。」
「明日には注文の品がすべてそろいます。あとは全職員総出で仕上げますので期待していてください。」
「よろしくたのむ。」
「これなら絶対に勝てますよ。もちろん私も貰いに行きます。」
「貴族の方には行かなくていいのか?」
「もちろん行きますよ。でも、一つはシロウ様の所で使います。こんなお得なの見逃す手はありませんから。」
別に懐柔したり強制したつもりはない。
だが全職員、本当に全職員が俺の品を交換してくれると言ってくれている。
ありがたい話だ。
明日には内容が告示され、住民達が俺と交換しようか思案する事だろう。
その中でも間違いなく俺の品が選ばれる。
一人三票。
そのうちの一票を回収できれば俺の勝ちだ。
全住民の分は用意してある。
貴族の分もな。
彼らも必ず交換に来る。
まぁ、その前に明日一悶着あるだろうけども・・・。
そこはほら、羊男に何とかしてもらうから問題ないだろう。
その為に連れて帰ってもらったんだし。
明日使い物になればそれでいい。
あぁ、できれば明後日もだが、あいつなしでもギルド協会は回るからな。
問題ないだろう。
受付嬢に後は任せて家路・・・ではなく三日月亭へと足を延ばす。
宿につくと、来るだろうと思っていたとマスターに言われてしまった。
「部屋はちょうど空いてる、好きに使え。」
「二日ほど世話になるよ。」
「勝てそうか?」
「勝てそうじゃない、勝つんだ。」
「おっと、そうだった悪い悪い。」
「ってことで前祝いにいい感じの肉を頼みたいんだけど・・・もちろんあるよな?」
「あぁ、とっておきのがあるぞ。」
お互いにニヤリと笑う。
決戦は明後日。
でもその前にしっかりと精をつけておかなければ。
羊男のようになりたくないしな。
席について待つことしばし。
巨大な肉と共にそれに合う酒が運ばれてきた。
「前祝いだ。」
「マスターも食うのかよ。」
「もちろん、お前のおごりでな。」
今回マスターにはかなり無理を言ったからな、仕方ないだろう。
肉を切り分けグラスを軽く当てる。
「勝利に。」
「勝利に。」
さぁ、決戦はもうすぐだ。
その日の為にたらふく食べようじゃないか。




