160.転売屋は世話をする
名前はルフと決まった。
グレイウルフだからルフ。
安直だと笑いたきゃ笑え。
だが本人は甚く気に入ったらしく、名前を呼ぶとしっぽが動いた。
他の名前では微動だにしなかったのでやはり気に入ったんだろう。
「思ったよりも大人しいですね。」
「そうですね、魔獣ってなんていうか凶暴なイメージがありました。」
「凶暴は凶暴だけど、忠誠心も人一倍強いからそれでじゃないかしら。」
「俺のいう事しか聞かないわけでもないらしい、畑でも上手くやっているそうだ。」
「子供に毛を引っ張られていた時はヒヤヒヤしたわ。」
「でも隷属の首輪はつけていないんですよね?」
「そうなのよ。なんで懐いたのかしら。」
本来であれば隷属の首輪をつけて使役するらしいのだが、ルフはそれを嫌がった。
法律でつけなければならないというわけではないそうなので、あえて強制していないが人を傷つけた時の末路は言うまでもない。
魔獣は魔獣。
我々に危害を加えるのであれば殺される運命にある。
それが分かっているのか、ルフは誰にも牙を向けたりはしなかった。
「肉が良かったんじゃないか?」
「でも端肉だったのよ?」
「空腹で死にかけた所を助けてくれたシロウ様に恩を感じているからではないでしょうか。」
「てっきり肉だけ食べてどこかに行くと思ってたんだがなぁ。」
「私もよ。」
「それだけ嬉しかったんだと思います。」
本人の口からきいたわけではないので推測になるが、まぁそういう事にしておこう。
「実際アンタにしか尻尾振らないのよね。」
「そうなのか?」
「そうよ。私が行っても食事を持って行っても一瞥するだけ。」
「でもシロウ様が行かれるとちゃんと立ち上がって尻尾を振りますね。」
「それは知らなかった。後で見てこよう。」
丁度市場に行く用事があったんだ。
そのついでに顔を見に行くとするか。
「なんだかんだで気に入ってるじゃない。」
「ルフを撫でている時の御主人様はいつもよりも優しい顔をされますよね。」
「心優しい方ですから。」
じゃあ行って来ると言って店を出ようとした時にそんな感じの会話が聞こえてきたが、あえて反応するのは止めた。
別に心優しいんじゃない。
俺は犬が好きなだけだ。
ルフは・・・オオカミだけどな。
大通りを抜けて街の外に出る。
畑ではガキ共が雑草を抜いている所だった。
「あ、シロウだ!」
「シロウさんこんにちは。」
「頑張ってるじゃないか。」
「だって、もうすぐお菓子貰えるんだもん!」
「いっぱいいっぱい貰えるんだよね?」
「あぁ、そうらしいな。」
どうやらもうすぐやって来る例の日のために頑張っているようだ。
おそらくはモニカが焚き付けたんだろう。
『一生懸命働かない子はお菓子がもらえません!』とか何とか言ったに違いない。
「だからいっぱい草抜きするね!」
「がんばれよ。」
ガキ共一人一人の頭を撫でてから畑の中央へと向かう。
そこでは男達がハンマーを振っていた。
「アグリ。」
「これはシロウ様、見回りですか?」
「買い物のついでにな。これ、ガキ共に渡しといてくれ、それとこっちは大人にな。」
「いつもありがとうございます。」
今日の差し入れは飴と酒。
毎回ではないが、畑にいく時は何か持って行くように心がけている。
これも良い人間関係を構築するためにも必要な事だ。
ちなみにアグリはここの代表・・・は俺か。
彼には畑の管理を一手に任せている。
「で、何を作ってるんだ?塀じゃないよな。」
「ルフの小屋を作ってるんですよ。いつも野ざらしじゃかわいそうですからね。」
「余計な仕事をさせて悪いな。」
「いいんですって、アイツのおかげで害獣の被害も減りましたから。」
「そうそう、塀を直す手間が減ったよな。」
「ちゃんと役に立ってるんだな。」
「最初はどうなる事かと思いましたが、これもシロウ様の人徳のおかげですね。」
いや、たぶん肉のおかげだと思うぞ。
肉をくれたからには給料分働きますってやつだ。
でもまぁ、受け入れられているようで何よりだよ。
「完成したらいつもの場所に置いてみます。」
「よろしく頼む。」
「任せてください、立派な奴作りますから!」
男たちが力こぶを作って返事をする。
あまりこだわりすぎないでくれよ、とは言えなかった。
後はアグリに任せてルフの姿を探す。
いつもなら日中は城壁の側でまるくなっているんだが・・・、お、いたいた。
建設中の倉庫の側で丸くなっていた。
トンテンカンテン音が響いているがうるさくないんだろうか。
「ルフ。」
名前を呼んだ瞬間に耳がピンと立ち勢いよく頭が上がる。
そして俺の顔を見るなり立ち上がった。
「元気か?」
返事はない。
が、返事の代わりに尻尾が二回振られた。
元気だそうだ。
「ほら、今日の分だ。」
エサは一日三回。
本来は朝晩だけだが、まだ育ち盛りなので三回与えている。
いっぱい食べて立派な体になれよ。
皿の上に肉を置くと美味しそうにかぶりついた。
頭を二回撫でて水を取りに井戸へと向かう。
戻ると、子供達が集まっていた。
「ルフご飯食べてるね。」
「いいな~お肉美味しそう。」
「私達もそろそろご飯だよ、一回帰らないと。」
「モニカに怒られちゃう!」
「気をつけて帰れよ。」
ガキ共に好き放題頭や体を触られたというのに、怒りもせずマイペースで肉を食べ続けるルフ。
俺ならぶちキレてるね。
「ほら、水だ。」
また尻尾が二回振られた。
肉を食べきり水を飲んで満足そうな顔をする。
ネコ科の表情は分かりにくいが、イヌ科はわかりやすいよなぁ。
不思議だ。
「美味かったか?」
ブンブン。
「そうか。ガキ共の相手ありがとな。」
ブンブン。
「夜もしっかりと害獣を追い払ったそうじゃないか。よくやった。」
ブンブンブン。
お、三回振られたぞ。
嬉しい時は三回なんだろうか。
「今日もよろしく頼むな。」
ブンブン。
「それと、明日は医者が来てくれるから診てもらうぞ。必要であれば注射してもらうからな。」
ブン。
あ、一回だけだ。
心なしか耳も垂れている。
医者を知ってるんだろうか。
屋外で飼っている以上色々な問題が出て来る。
虫や病気もその一つだ。
幸いにもそれ用の薬があるそうなので、羊男に紹介してもらった医者に診てもらう事にしたんだ。
「大丈夫だって、俺も一緒だ。」
ブンブン。
「痛いのは最初だけらしいから、しっかり頑張れよ男だろ。」
ブン。
ん?一回?
「男・・・だよな?」
ブン。
「違うのか?」
ブンブン。
おぉ、会話が出来る。
って、こいつメスだったのか。
知らなかった。
そう言えばその辺ぜんぜん気にしてなかったな。
「そうか、間違ってたか。スマン。」
ブンブン。
「でも医者には見てもらうからな、頑張れよ。」
ブン。
また耳が垂れている。
なんとなく雰囲気でわかるのかもしれない。
大丈夫だって、歯医者と一緒で行くまでが怖いだけで行けば案外何ともない。
むしろ何回か行くと待ち遠しくなる。
歯石取りとか結構好きだぞ。
かなりゴリゴリやられるし血だらけになるけどな。
え、俺だけ?
それから一通りの手順で躾け・・・というか命令を覚えさせる。
座れ、マテ、立て、行け。
言葉が分かるからか、二・三回練習するだけですんなりできるようになった。
魔獣って賢いんだなぁ。
いや、ルフだから賢いのか。
ブンブン。
早くも親バカ?らしい。
「よし、そろそろ良い時間だな。用事を済ませてまた来る、夕飯はミラが来るからよろしくな。」
ブンブン。
「それじゃあ。」
立ち上がるとルフも立ち上がった。
そして一回だけ足に頭を押し付けて来る。
コツン。
それだけすると満足そうにまた城壁の側で丸くなった。
明日にはあそこに立派な小屋が置かれている事だろう。
ガキ共に言って飾り付けてもらってもいいかもしれないな。
「質素な家よりも明るい家の方がいいだろ?」
ブン。
え、違うの?
そうか、そういうものなのか。
まぁルフのしたいようにさせよう。
「じゃあまた明日。」
立ち上がることはなかったが、ブンブンと尻尾が揺れるのだけは見えた。
賢い奴だな。
その後、店に戻ってその話をするとやはり俺にしか尻尾を振らないそうだ。
会話が成立したことに驚いていた。
だが、メスである事は三人とも知っていたらしくむしろ知らなかった俺が怒られたんだが・・・。
なんでだろうか。




