157.転売屋は戦いの準備をする
店に戻り三人に事情を説明する。
予想はしていたらしくあまり驚いた様子はなかった。
「では我々は菓子作りに専念致します。」
「前と同じでしょ?なら大丈夫よ。」
「蟻砂糖を使われると喜ばれると思いますが、どうしますか?」
「もちろん使ってくれ、出し惜しみをするつもりはない。」
まだそれなりに備蓄は残っている。
流通し始めたとはいえ、まだまだ庶民には縁遠いものだし喜ばれるのは間違いないだろう。
「でも菓子だけじゃないんでしょ?」
「あぁ、貴族に負けないような『何か』を考えなきゃならない。」
「毎年、お金に物を言わせて攻勢を仕掛けてきます。それに対抗するのはかなり大変でしょう。」
「まぁ、こっちもそれなりに金はかけるつもりだ。」
「ちなみにいくらまで?」
「そうだな・・・最低金貨10枚、出せて25枚ってところか。」
俺の言葉に三人が目を丸くする。
一瞬の静寂の後。
「バカじゃないの!?」
エリザの大声が店中に響き渡った。
余りの声に窓ガラスがバリバリと震える。
これだから脳筋は。
「そんな大きな声出すなよ。」
「だって、金貨10枚だなんて・・・。」
「最大25枚ですエリザ様。」
「いつもみたいな仕込みならともかくばらまくのよ?銅貨1枚も戻ってこないのよ?わかってるの?」
まぁ普通に考えればそうだな。
これは人気取りの競争で、いわばバラマキだ。
住民もそれを心待ちにしている。
「わかってるさ。貴族に勝てば金貨50枚分の税金を免除してくれるって約束も一緒にしてきた。むしろ勝てばぼろ儲けだ。」
「さすがシロウ様、ぬかりありませんね。」
「当然だろ。俺がタダで金をばらまくかよ。」
「でも負ければ税金はそのままですし、使ったお金は戻ってきませんよね・・・。」
「あぁ、だから勝つ。」
「勝つって、相手は貴族よ?わかってるの?」
「ただの金持ち集団だろ?まぁ、アナスタシア様が絡んでるから強敵であることは間違いない。これまで通り住民はこぞって貴族の所に足を運ぶだろう。」
だから今まで誰も勝てなかったんだ。
貴族全員が全力で金をばらまいてくる。
普通の商人が普通にやって勝てる相手じゃない。
まぁ、それもこれまでの話だ。
今回は減税というニンジンもあるわけだし、それ目当てに本気を出しても怒られない。
「あまり詳しく話を聞いてこなかったんだが、どういう風に勝敗をつけるんだ?」
「住民一人に付き三個の証を配られます。一か所に付き一つしか交換できませんので大抵は行く貴族を絞って・・・ってのが一般的ですね。」
「ちなみに、三人共貴族の所に毎年行ってたんだよな?」
「まぁ・・・ね。」
「物がいいので。」
「目移りしちゃいますけど、三個ともそこで使います。」
「別に咎めてるわけじゃない、もし俺が同じ立場ならそうしてる。普通はそうだろうな。」
そしてそれを売る。
貴族の放出品となればそれなりの価値だろう。
最初は値崩れするだろうが時間が経てば価値が産まれる。
そもそも元手はゼロだし、どう転んでも利益が出るというわけだ。
「でもでも、そこにシロウは戦いを挑むわけでしょ?」
その通りだ。
住民の殆ど・・・それこそ99%が選ぶ貴族相手にケンカを売るわけだな。
そんな状況でも勝算がないとは思っていない。
むしろ俺だからこそ勝てる戦いだと考えている。
「全貴族がここぞとばかりに品を出すんだよな?」
「はい。すべてと言っていいでしょう。」
「なら勝てる可能性は十分にある。なんせ庶民代表は俺一人だからな。」
「どういうこと?」
エリザが何言ってるの?と言わんばかりに首をかしげる。
「証は一か所に付き一つしか交換できないんだろ?ならそれを逆手にとればいいのさ。」
「といいますと?」
「貴族全員が競い合って品を出すってことは、選択肢が増えるってことだ。選択肢が増えれば票が割れ、一か所に入る票は少なくなる。さらに言えば複数票を投入できないから過度に票が集まることはない。その点こっちは票が割れないからな、可能性は上がる・・・はずだ。」
「確かに上がるかもしれませんが・・・。」
「選ばれなかったら意味がないって?」
「はい。」
まぁそう思うわな。
だがこっちは庶民代表っていう切り札がある。
今までそれを前面に押し出したことはなかっただろうから、今回はそれを有効に使わせてもらおう。
それこそ、ギルド協会の後ろ盾を最大限に利用してな。
「物は一つしかダメって決まりはなかったよな。」
「そうですね、過去に複数個出した人もいます。」
「でも、三つも四つも出したら目を付けられるわよ。」
「そりゃそうだ。それに、一つに付き一票とか言われかねない。」
「ならどうするんですか?」
「その辺は今後の下準備次第だな。金はかかるが、結果として俺だけじゃなくて他の商人も儲かるようなやり方をしようと思ってる。そのほうが平等だろ?」
俺一人でやるのは簡単だ。
だが、さっきも言ったように俺は庶民代表。
俺のほかにもたくさんの庶民、つまりは商人がいる。
彼らにも貴族を負かしてやったぞという気持ちを味わってもらいたい。
というのは建前で、しっかりと協力してもらうつもりだ。
打倒貴族。
長年の夢を俺の代で叶えたら、来年以降はおとなしくしてられるだろう。
何ものにも縛られない新人だからこそ出来る事。
ま、それも準備が上手くいったらの話だけどな。
「よくわからないけど、シロウならできる気がするわ。」
「そうですね、シロウ様ですから。」
「絶対成功します!」
「三人にはいろいろと無理をさせるがよろしく頼む。あと、菓子の件もな。」
「「「はい!」」」
そもそもメインはそっちだからな。
子供達に菓子を配る。
その為の催しだ。
それが物欲まみれの大人のせいでこんなことになってしまったが、まずは子供に楽しんでもらわなければ。
そう考えると、菓子だけでいいんだろうか。
いや、いいんだろうけど・・・。
なんかなぁ。
「どれだけ作るかは任せるが、とりあえず必要な量とそれにかかる費用をまとめてくれ。ミラ、宜しく頼む。」
「材料は極力自前で何とかするわ。それと、人もね。」
「人?」
「街中の子供に菓子を配るのよ?こっちは一人一個ってわけにもいかないし、それなりの数が必要になるわよ。」
「前回同様焼き菓子にすれば事前準備も出来ますが、やはり数を作るとなるとここだけでは賄いきれません。」
「それで人を募集するわけか。」
「材料を作って、各家庭で焼いてきてもらえば一気に数を稼ぐことが出来ますね。」
「で、その材料づくりにも人がいると。」
「バターも小麦もミルクも大量に必要になるわ、覚悟する事ね。」
その辺は単価も安いからそこまで気にしてないが・・・。
人件費の方が心配だな。
リンカに言ったら安く手配してもらえるだろうか。
「まぁとりあえず準備だけ進めてくれ。」
「シロウは?」
「俺は先人たちの意見を聞いてくる。」
敵を知れば百戦危うからずってどこぞの古い言葉があったはずだ。
とりあえずここ二年ほどの動きを知ればなんとかなるかもしれない。
そう思っていたんだが・・・。
「お役に立てず申し訳ありません。」
「ま、そうですよね。」
「奴隷商という仕事柄何か特別な品を用意するわけにもいかず、手ごろに用意できるお酒をふるまったのですが・・・。」
「結果は散々だったと。」
「男性はよく来てくださいました。それに女性も少しは。」
「美男美女にお酌してもらえると思うと、少なからず経験したいと思う人はいるでしょうね。ただ酒ですし。」
「そういうお店を経営しようと思ったことも有りましたが、やはり私には今の仕事があっているようです。」
いや、レイブさんなら一発で成功させると思うんだけどな。
ただ単にめんどくさくて真剣にやらなかったって感じだろう。
端から諦めていたんだから当然だ。
もちろんそれが悪いとは言わない。
俺のように報酬をぶら下げられているわけじゃなかったわけだし、ちゃんと子供用の菓子は準備していたみたいだしな。
やる事はやった、って感じだろう。
「参考になりましたか?」
「えぇ、貴族の品については大変参考になりました。」
「大変だと思いますが頑張って下さい。」
レイブさんに見送られて今度は三日月亭へ移動する。
が・・・。
「うちは飯を出したぐらいだ、役に立たなくてすまんな。」
結果は同じだった。
どちらも戦う事を最初から考えず、多少の還元という形で提供したようだ。
さっきも言ったが、それが悪いわけではない。
勝ち目のない戦いは端からする必要が無いし、やるだけ無駄だ。
余計な金もかかるしな。
そういう意味では二人共至極真っ当な戦い方をしたと思う。
決して雑にならず、それでいて無理もしない。
『いつもと変わらない事』を提供するのもとても大切な事だ。
「いいや、色々と勉強になったよ。」
「シロウはやる気なのか?」
「あぁ、ギルド協会の全面バックアップを勝ち取ったからな。全力で叩き潰しに行くつもりだ。」
「だが相手はアナスタシア様だぞ?」
「だからどうしたって感じだよ。むしろ知っている相手だからこそやりようがある。」
「相変わらずだな。」
「もちろんマスターにも色々と手を貸してもらいたいと思ってるんだが、構わないか?」
「お前の頼みだ、出来る限りはやってやる。出来る限りはな。」
それで十分だ。
俺一人じゃ流石に勝てないが、色々な人の力を借りれば十分に戦える。
戦力は少しでも増やしておきたいからな。
「じゃあそういう事で。」
「頑張れよ。」
必要な情報は集めたし、ひとまず店に戻ろう。
まだまだ時間はある。




