155.転売屋は草原を歩く
「ねぇ、シロウって街の外にいかないの?」
「行くだろ、隣町に。」
「そうじゃなくて、他の場所に興味はないのって話よ。」
「他の場所ねぇ。」
この世界に来て一年以上になるが、ぶっちゃけ街の外に行った事はほとんどない。
それこそこの間行った隣町が初めてじゃないだろうか。
昔じゃ考えられないが、この街で十分生活できるうえに外に行く必要を感じない。
欲しい物は手に入るし、安全も保障されている。
テレビやネットのない生活なんてありえないと思っていたが案外何とでもなるモノだ。
「・・・ないな。」
「信じられない。ミラとアネットは?」
「私はシロウ様のいる所であれば。」
「私はちょっと興味はあります。でも、忙しいのでそんな暇はないですね。」
「も~、三人共枯れるには早いわよ。」
余計なお世話だ。
街からでない事で枯れるならマスターはどうなるんだよ、確か十年以上街から出てないはずだぞ。
「エリザは他の街に行きたいのか?」
「ん~行きたくないって言ったら嘘になるかな。でも、今すぐじゃないわよ、いずれの話。」
「興味が無いわけじゃないが必要に感じないってのが本音だな。」
「ここに何でもあるから?」
「そうだ。欲しい物は揃ってるし、いい女もいるしな。」
「光栄です。」
「ありがとうございます御主人様。」
嬉しそうに笑う二人とは対照的にエリザはまだ不満気だ。
「行きたい理由があるんだろ?遠慮するな言ってみろよ。」
「え?」
「お前がそんな顔をしている時は何か考えがある時だ。まったく、子供じゃないんだからわかりやす過ぎるぞ。」
「え?え?そんなにわかりやすい?」
「申し訳ありませんが。」
「まるですねた子供みたいでした。」
「そんな~アネットまで~。」
「味方はいないぞ、ほらさっさと白状しちまえ。」
エリザ曰く、ここから二時間ほどの所に珍しい薬草が生える場所があるらしい。
ギルドの依頼ではないのだが、暇つぶしに取りに行こうと思ったのだが一人だと寂しいので俺達を誘いたかったようだ。
「ってか、最初からそう言えよ。」
「でも、みんな忙しそうだし。」
「忙しいのは忙しい。」
「そうですね、今日もお客様は沢山来られるかと。」
「私も製薬の続きをしなければなりません。」
「ほら~。」
「だが、その誘いも捨てがたい。」
やっぱりみたいな顔をしたエリザの動きがピタッと止まる。
「忙しいばかりではこの間の様にシロウ様は倒れてしまうでしょう。気晴らしを推奨します。」
「製薬をしちゃわないといけないんですけど、夕刻までは別の作業に機器を使ってるのでその時間まででしたら問題ありません。」
「それにだ、珍しい薬草なら高値で売れる可能性がある。そうだよな、ミラ。」
「恐らくバイオレットハーブかと思われます。この時期しか採れない貴重な品ですので見つかればそれなりの金額で売れるかと。」
「私も冬に向けてそのハーブが欲しかったんです。エリザ様、ご一緒して構いませんか?」
三人の顔を見て嬉しそうに笑うエリザ。
まるで飼いならされた犬のようだ。
昔飼っていた犬がこんな顔をした覚えがある。
確かあれは散歩に行くのが分かった時だったっけ。
それと同じだな。
ってことで急きょ決まったピクニックもとい薬草探索。
魔物が出る場所なので一応それなりの準備をして俺達は街を出た。
「あ、シロウだ!」
「よぉガキども、しっかり働いてるか?」
「うん!今日は雑草を抜くんだよ!」
「よしよし、熱中症にならないように水分を取ってよく休んで仕事しろよ。」
「シロウはお出かけ?」
「ちょっとな。」
「「「いってらっしゃ~い。」」」
ガキどもに見送られてエリザを先頭に草原を行く。
そう言えばこの世界に初めて来たときもここから始まったんだっけ。
そう思うと感慨深く・・・まったくないな。
「本当にここには何もないな。」
「まぁね、でも草ばっかりじゃないのよ?薬草だってあるし低木も一応あるんだから。」
「マジか。」
「この辺りは比較的魔物も少ないので安全だと言われています。」
「それはフラグになるからやめてくれ。」
「フラグ、ですか。」
魔物が少ないってのは魔物に出てくれって言っているのと同じだ。
そう言う話題には触れない方がいいだろう。
「エリザ様はよく探索されるんですか?」
「最近はしなかったけど、前は結構ウロウロしてたわよ。」
「だからこんなにスムーズに歩けるのか。」
「例えばこの岩とか、そこのくぼみとか、目印になるのは結構あるの。」
「・・・全くわからん。」
「シロウも毎日歩けばわかるようになるわよ。」
それはつまり毎日歩かないと覚えられないという事だ。
どんだけ暇だったんだよ。
「で、二時間歩きっぱなしなんだよな。」
「途中で休憩できる場所があるから、そこで休みましょ。」
「まぁ、いい運動にはなるか。」
「魔物除けは焚いていますし天候も問題なさそうです。のんびりと行きましょう。」
「あ、薬草みつけました!」
ってな感じで一時間ほど草原を歩き続けるとエリザの話していた岩が見えて来た。
こんな何もない場所にどうしてこんな物があるんだろうか。
「それはね、どこぞの魔術師が土魔法を暴走させた時にできたのよ。」
「ロマンもへったくれもないな。」
「過度の地形変化は重罪なんだけど、まぁここは誰も見てないから結構みんな好き勝手やってるのよ。」
「練習場所でもあるわけか。」
「それで少しでも上手くなってからダンジョンに入るの。」
「冒険者も大変だな。」
いきなり本番で暴走されるよりかはマシだけどな。
水分補給を済ませて再び草原を行く。
さっきの話を聞いてから注意深く地面を見ると、それらしき痕跡を見つけることが出来た。
急に穴が開いていたり、クレーターのようなものがあったりと若干心配になる跡もあるが、自然はそれを気にする事も無くそこに新しい命が芽吹いていた。
「そろそろよ。」
若干足が重くなってきた頃、エリザがそう言って立ち止まった。
と思ったら今度はしゃがんだ。
三人が慌ててそれに倣う。
「どうした?」
「先客みたい。」
「冒険者・・・じゃないよな。」
「うん、魔物。でも弱いからちゃちゃっと終わらせるね。」
「よろしく頼む。」
薬草目当ての魔物とか、どんだけ健康志向なんだよ。
エリザがしゃがんだまま進んでいき、そして草の向こうに消えた。
三人で身を寄せ合い息をひそめる。
使う事はないと思うが、念のためにマートンさんに貰った短剣に手をかけておくか。
それからしばらく無言の時が続く。
と、
「ギャ~ッギャッギャッギャ!」
甲高い声が草原に響き、そしてすぐに静かになった。
鳥だろうか。
「終わったわ、もう出てきていいわよ。」
向こうからエリザの声が聞こえて来る。
立ち上がるとエリザが巨大な鳥を手に自慢げな顔をしてこちらを見ていた。
体調2mぐらいはあるだろうか。
超筋肉質な鶴みたいな感じだ。
いやマジでムキムキなんだって。
これからだ重すぎて飛べないんじゃないの?
「そいつは?」
「ノースバードって言ってね、薬草を食べに北から飛んでくるの。もうすぐ寒くなるわよ。」
「冬の使者にしては早すぎないか?」
「もう11月も間近ですから、一気に寒くなりますよ。」
「ちなみにもも肉がとっても美味しいの。持って帰ってイライザさんに捌いてもらいましょ。」
「それなら後二・三匹いるんじゃないか?」
「見つけたらね。」
残念ながらこの周辺にはいないようだが、また見つけたら是非捕獲したい。
エリザが美味いという肉に間違いはないからな。
その後無事に薬草を確保する事が出来た。
確保というか、乱獲というか。
アネットがあんなに目の色を変えるとは思わなかった。
おかげで収納カバンが薬草だらけだ。
さすが薬師、薬になると人が変わるな。
「よ~し、それじゃあ帰るわよ。」
「あいよ。」
「あと一羽ぐらい見つかればよかったんですが・・・。」
「まだ飛来したばかりだし仕方ないわよ。また獲ってきてあげるから、ね。」
「よろしくお願いします。」
なんでも鳥の内臓が良い薬になるそう
薬草ばかりを食べる鳥だけに効果もすごいらしい。
今回確保できたのは三羽。
晩飯分は十分にあるからそっちでも楽しめそうだ。
「ねぇシロウ。」
その帰り道、何故か心配そうな顔をしたエリザが横から顔を覗き込んできた。
「どうした?」
「楽しかった?」
「あぁ、それなりに楽しめたぞ。」
「よかった!」
「金になる薬草が手に入ったし、美味そうな肉も確保できた。これで楽しくないわけがないだろ。」
「え~そっち~?」
また不満そうな顔をする。
まったく、子供かよ。
「なにより気分転換になった、ありがとうな。」
「えへへ、どういたしまして。」
「あの薬草はしばらく生えるのですか?」
「今日結構採っちゃったから、次は一か月後かな。」
「ではまた来月行きましょう。」
「いいの?」
「来ない理由がありません。私も楽しかったです、ありがとうございましたエリザ様。」
「私も楽しかったです!」
この日一番の笑顔を見せるエリザを先頭に夕暮れの草原を行く。
たまにはこんな日があってもいいだろう。
お待ちかねの肉は想像以上に美味かったしな。




