150.転売屋は恩返しを受ける
「恩返しに来たぞ。」
「は?」
「だから、恩返しに来たというておろう。」
10月になって三日目か四日目。
開店前の店にノックの音が響いた。
朝食中だったがあまりにもしつこかった為致し方なく扉を開けると、今のような展開になっていた。
「鶴を助けた覚えはないんだが?」
「鶴とやらが何かはわからんが、恩を受けてそれを返さないのは一族の恥。あの日の酒と芋は大変美味かった、特に一週間置いたやつは格別であったぞ。」
「芋・・・あぁ!あの時の食いしん坊か!」
そこまで言われて思い出した、あの日信仰所にお供えした芋が無くなったんだったっけか。
そういえばそんなことも有ったな。
「誰が食いしん坊か!」
「いや、お供えして俺が出ていく前に食ったんだから言い逃れ出来ないだろ。」
「ぐぬぬ、確かにそうだが・・・。」
「まぁ、美味かったんならそれでいい。礼なんていいぞ。」
「それは困る!」
よくよく考えれば目の前にいるチンチクリン・・・は失礼か、目の前にいる子供は神様って事になるんだろう。
最近ガキの相手ばかりしているからそういう目で見れないんだが、無礼だのなんだの言いださないから別にいいだろう。
「困るって言われてもなぁ。」
「何か欲しい物はないか?」
「金。」
「俗物的だのぉ。」
「商売の神様なんだろ?商人が何のために働いてるかぐらいわかるだろう。」
ちなみに見た目は古臭い着物?のようなものを着た少女だ。
最近こんなのばっかりだな。
もっとこう、色気のある奴はいないんだろうか。
「まぁ、それもそうじゃな。」
「金になれば何でもいい。それにだ、あれは収穫のお裾分けで恩返ししてほしくてやった事じゃない。また収穫出来たら持ってってやるよ。」
「それなら寝かせた奴で頼む。まだあるんじゃろ?」
「そりゃあるが・・・。まさかたかりに来たのか?」
「恩返しだというておろう!」
「そんな大きな声出すなよ。」
近所迷惑になるだろ、まったく。
「シロウ様誰か来ているんですか?」
「ん?」
そんなやり取りをしていると、ミラが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
おかしいな、こいつが見えないのか?
「客というかなんというか・・・。」
「どうしたの?」
「神様が恩返しに来たんだとさ。」
「アンタ、また熱でもあるんじゃない?大丈夫?」
今度はエリザが心配そうな顔で俺を見る。
なるほど、これは熱が見せた幻か。
それで合点がいった。
今日はゆっくりするとしよう。
ポンと手を打って扉を閉めようとする。
「コラコラコラ!我を挟むな!」
「なんだよ、幻がしゃべってるぞ。」
「誰が幻か!えぇい、普通は神様有難うございます!と喜んで迎え入れるのではないのか?まったく、前の男といい今までと反応が違いすぎるぞ。」
「なんだ、レイブさんの所にもいったのか?」
「もちろんだ。あれほどの酒は中々味わえんからな、礼を言うのが筋という物じゃ。」
「ちなみにレイブさんはなんて?」
「礼は要らないからまたいい商材を頼むとだけ言って扉を閉めよった。」
「んじゃ俺もそれでいいや。」
それでこの幻から解放されるなら何でもいい。
「それじゃ困るというておろう!さっきの男で恩を返せなんだからお前に頼んでいるのだ。というか、恩返しせんとあそこに戻れん!」
「ったく、面倒だなぁ。」
「ご主人様、大丈夫ですか?」
最後はミラが不安そうな顔で俺を見てくる。
三人雁首揃えて何やってんだか。
「あー、俺が寝ぼけていると思ってきいてくれ。この前信仰所に芋を供えたんだが、その恩返しに来たっていう子供が見えるんだ。」
「ちょっとアンタ本当に大丈夫?」
「上でお休みになられますか?」
「気を落ち着かせるお薬でしたらすぐに用意できますよ。」
「キーーー!他の者まで我を邪魔者扱いしおって!」
と、そいつが急に怒り出すと同時に店の中の商品がガタガタと震えだした。
まるでポルターガイストのようだ。
突然の出来事に首だけ出していた三人が悲鳴を上げながら慌てて首を引っ込めた。
「わかったわかった!恩返ししてもらうから落ち着いてくれ、商品がダメになる!」
「わかればいいのじゃ。」
やれやれ、恩返ししたいのか面倒を掛けたいのかどっちなんだよ。
「ほ、本当に神様がおられるのですか?」
「そうらしいぞ。なんだ、三人には見えないのか。」
「当然じゃ。我はそなたに恩を返しに来たのだから、他の者に見えては困る。」
「って事は俺の願いしか叶えないんだな?」
「うむ。ちなみに最初の男が断ったから二つ頼むぞ。」
レイブさんの分まで本当にいいんだろうか。
また今度何かで礼をするとしよう。
「ってことで、神様が二つ願いをかなえてくれるらしい。なにがいい?」
「コラ!お主の願いだと言っておるだろうが。」
「三人の意見を聞いて、俺が願ったらそれは俺の願いになるだろ?」
「ぐぬぬ、確かにそうじゃが・・・。ずるがしこい奴じゃのう。」
「商売人にとってそれは誉め言葉だよ。」
「それもそうじゃな。だが時間が無い、さっさと頼むぞ。」
さっさとって時間制限付きの恩返しとか本当に恩を返す気があるんだろうか。
「ミラ、芋まだあったよな。」
「はい、裏に一本だけ。残りは倉庫にあります。」
「それ取ってくれないか?」
ミラの顔が引っ込み、代わりに芋が顔を出す。
まだ怖いのかこちらに来たくないようだ。
二人はともかく、エリザは悪霊とか死霊なんかと戦っているんだから大丈夫だと思うんだがなぁ。
「とりえあずこれでも食ってろ。」
「誰が食いしん坊か!」
「じゃあいらないんだな?」
「いる。」
「なら食って待ってろ、今考える。」
何故思っていたことが漏れたんだろうか・・・。
そこそこデカイ芋を生のままかじる姿はどう見ても欠食児童。
もしくは食いしん坊だ。
と、そんな事よりも何を願うかだったな。
「とりあえず何が欲しい?」
「探索する範囲が増えたから新しい収納カバンが欲しいかな。できれば中身の大きい奴。」
「私は調合器具を収納する棚が欲しいです。今のは取り出すのがちょっと面倒で・・・。」
「そうですね・・・しいて言えば新しいお鍋でしょうか。」
「随分と控えめだな。」
「今は十分に満たされております。」
何故か幸せそうな顔をするミラ。
鍋なら自分の母親から買えばいいんじゃないだろうか。
ま、いいけど。
「ってことはだ、結論から言うと金だな。」
「そうね。」
「そうですね。」
「なら一つ目の願いは金だ。」
残りはあと一つ。
ぶっちゃけ金さえあれば何でもできるのでそれ以外願う必要はない気がするぞ。
「決まったか?」
「一つはな。」
「芋は食べ終わってしまったぞ、時間だ。」
時間稼ぎは終了か。
仕方ない。
「残りの一つはシロウ様の思いのままにどうぞ。」
「いいのか?」
「もとはと言えばシロウ様がお供えしたのが始まりですから。」
「好きにしちゃいなさいよ。」
「なら遠慮なくそうさせてもらおう。」
許可もでたし残りの一つは、アレだな。
「じゃあ願いを二つ言うがいい。」
「一つは金、もう一つはモノだ。」
「ひねりも何もないのぉ。」
「うちに必要なのはその二つだからな。」
「金は分かるが、モノとは何だ?」
「モノはモノだ。うちは買取屋だからな、金になるような品は何でも買い取ってる。」
「つまりは金目のものという事か。」
「金になるモノ、が正しいな。」
「今は価値が無くとも構わないと?」
「仕込めば何とかなる場合もある。間違えるなよ、金になるモノが欲しいんだ、金にもならないゴミは御免だからな。」
こういう場合具体的な物を言うよりも抽象的な方が良い場合が多いが、面倒な物を押し付けられる場合もある。
一応念には念を入れておこう。
「わかった、お主の願いを聞き届けよう。」
「いまだしてくれるのか?」
「さすがに今は無理じゃ。そうさな、七日ほど待ってくれると助かる。」
「結構時間がかかるんだなぁ。」
「お主が面倒な願いを言うからじゃ全く。」
不満そうな顔をする少女。
「願いを言えって言ったのはそっちだろ。ま、期待しないで待ってるよ。」
「ふん、驚き過ぎて腰を抜かすがいいわ。」
そう言い放つと、そいつは姿を消しながら勝手に出て行ってしまった。
静寂が店に戻る。
まったく、朝一番から面倒な事になったものだ。
「帰ったの?」
「あぁ、帰った。」
「本当に神様だったんでしょうか。」
「わからん、悪霊の類じゃないと良いんだけどな。」
「むしろその方が助かるわ、切ればいいだけだもの。」
「そういう所はカッコいいよな。」
「どういう意味よ。」
「言葉通りの意味だよ。」
それからしばらく忙しい日々が続き、この日の事など皆すっかり忘れていた。
しかし七日後。
開店するために開けたドアの前にひざ丈ぐらいの木箱が置いてあるのに気が付いた。
中には小瓶が四つ。
鑑定した結果を見て、俺は思わず笑いだしてしまった。
とんだ恩返しになったが、まぁ、こういうのもいいかもしれない。




