149.転売屋は秋の実りを収穫する
色々とあった九月だったが、そろそろ終盤。
そしてついに待ちに待ったその日がやって来た。
「シロウ見て!すっごい大きいよ!」
「シロウ様かなり太いようです。お口に入りますでしょうか。」
「御主人様こんなに長いの見たことありません。」
女達が太くて長くて大きい物を見て大興奮している。
字面だけで言えば規制が入りそうなものだが、ただの芋だ。
庭に植えていた芋が良い感じになったので、店を休みにして収穫する事にした。
「初めてにしては上出来だな。」
「市場に流しても問題ないほどの出来です。手間暇かけた甲斐がありました。」
「私は雑草を抜いただけですけど、エリザ様と御主人様はかなり手を加えておられましたね。」
「最初はどうでもよかったんだがな、案外土いじりも楽しいもんだ。」
「ねぇ、何で食べる?蒸す?焼く?それとも・・・。」
エリザは一人で食い倒れの世界へと旅立ってしまったようだ。
まだ畝一つ分も収穫していない。
にもかかわらず俺の目の前には膝ぐらいの高さまで芋が積まれていた。
ちょっと多すぎないだろうか。
「これ全部抜くとかなりの量になりそうだな。」
「大きめの木箱三つ、いえ四つ分にはなるでしょう。一箱あれば次の夏まではもつと思いますが、どうされますか?」
「寝かせると美味いんだったか?」
「そうよ!すぐ食べても美味しくないから一月は寝かせるの。寝かせれば寝かせるだけ甘くなるけど、虫も出るから難しいのよね。」
「詳しいな。」
「そりゃ好きだもの。」
あっちの世界に行っていたエリザがいつの間にか戻って来ていた。
いや、戻って来てはいないか。
またすぐにどうやって食べるか妄想しているようだ。
「なら二箱置いて、一箱は知り合いに配るか。」
「もう一箱はどうするんですか?」
「寝かせてから市場に流す。もしこれが当たりなら、次の夏は外の畑で大量生産と行こうじゃないか。」
収益用の畑ではないが、金になるのなら売ればいい。
もちろん個人用の畑だから自分で食べる分だけにするつもりだが、出来過ぎてしまった分は仕方ないよな。
「この大きさならそれなりの値段がつくでしょう。味も良ければなおの事、夢があります。」
「ミラも随分とこっち側の思考になって来たな。」
「奴隷がご主人様の考えに倣うのは当然の事です。」
「私もダンジョンでつい、高く売れそうとか考えちゃうのよね。」
「まだそこまでは考えられませんが、昔以上に病の流行には敏感になりました。流行る前に準備をする、そうすれば薬が売れて御主人様が潤うわけですから。」
「アネットも随分と染まったようだな。」
「御主人様に染めていただきましたから。」
こらこら、芋に頬ずりしながらそんな事を言うのは止めなさい。
まったく、最近お前達慎みという物がなくなってきているぞ。
もっと女性は清楚で・・・いや、そう言うのあまり気にしてなかったわ。
「ねぇ、早く掘っちゃおうよ!」
「わかったから引っ張るな。先は長いぞ。」
「では私は木箱の用意をしてきます。」
「ご近所に配るなら袋もいりますね、麻袋でいいですか?」
「なんでもいい、まかせる。」
「ほらシロウはやくしようよ!」
因みに畝の残りは半分。
加えてまだ畝が四つほどある。
よかった、あと二つ畝を増やそうと言われた時に断っておいて。
庭の半分以上が芋で埋まる所だった。
ちなみに隅の方に植えているベリーも順調に生育中だ。
予定通り冬には収穫できるだろう。
こっちは完全に収益目的、しかもかなり高額で売れるやつだ。
手間はかかるがその分儲けも大きい。
この前の冬は博打みたいな仕込みだったから、堅実な奴もたまにはいいだろう。
もちろんこの冬用に例の肉を仕込んである。
流行じゃないかもしれないが、あの味ならイライザさんの店でよく売れるだろう。
その後、なんとか昼過ぎまでかかって全ての芋を収穫する事が出来た。
ミラの見立て通り大きな木箱四つ分。
加えてご近所用の麻袋20個。
「それじゃ各々よろしく頼む。」
「じゃあ私はマスターとイライザさんね。」
「本当に母の分も貰ってよろしいのですか?」
「あぁ横のおっちゃんにもよろしく伝えておいてくれ。」
「では私はギルド関係を回ります。」
各自分担して芋を配って歩く。
流石に関係者全員ってわけにもいかないが、知り合いに配ればすぐに無くなる量だ。
ルティエ達にも配りつつ仕事の様子を見て来るかな。
袋を抱えて裏通りへ行くと、ちょうどルティエが工房から出てきた所だった。
「よぉ、終わりか?」
「あ!シロウさん、何ですかそれ。」
「芋だ。」
「お芋!?」
「今日収穫したんだが、かなりの量だったから配って歩いてるんだよ。いるか?」
「いるいる、いります!」
ほんと女って芋好きだよなぁ。
麻袋を渡すと大事そうに抱えて満面の笑みを浮かべた。
「えへへ、どうやって食べようかな。」
「収穫してすぐだから少しは寝かせろよ、まだ甘くないぞ。」
「それぐらいわかってますよぉ。」
「仕事の方はどんな感じだ?」
「流行が変わったのか少し少なくなってきました。それでも、いつもと違うお仕事を貰えるようになりましたし、予約もいっぱいあるので当分は大丈夫です。」
「そりゃよかった。この裏通りじゃ一番の稼ぎ頭だしな。」
「昔はこんな風になるなんて思ってませんでした。」
「俺もまさか芋を配って歩く事になるとは思ってなかったよ。」
人生何が起こるかわからないもんだ。
それこそこんな世界があるとも思ってなかった。
漫画やゲームの世界だと思っていたのに・・・。
ま、俺にはこの世界の方がよく合ってるけどな。
「もしかして他のお芋も?」
「あぁ、奥の連中の分だ。またまともに食ってないだろ?」
「あはは、そうかも。」
「ついでだ、渡しといてくれるか?」
「えぇ!これ全部ですか!?」
「芋食うんだろ?」
「食べますけど・・・。」
「じゃあよろしく頼むわ。」
奥まで行こうと思ったが、ルティエに配ってもらえば問題は解決。
結構重かったんだよね。
あー楽になった。
ルティエが絶妙なバランスで麻袋を抱えている。
「ちょ、無理ですって、助けてくださいよぉ!」
「頑張れよ~。」
手伝ってやりたいが行く場所は他にもある。
ルティエの悲鳴を背中で聞きながら店に戻り、再び麻袋を抱えて再び大通りへ行く。
そこそこの量があるので前が見えにくいぞっと。
「あ、買取屋さん!」
「ほんとだ買取屋さんだ。」
大通りのど真ん中でそう声をかけられたかともうと、足元に何かがまとわりついてきた。
なんだなんだ?
「危ないだろ、お前ら離れろ。」
「は~い。」
渋々といった声が麻袋の下から聞こえてくる。
この声は・・・。
「畑仕事の帰りか?」
「うん!」
「あ、一つ持ちます。」
「重いぞ。」
「これぐらいへっちゃらです。」
どうやら纏わりついてきたのは孤児院のガキ共と、この間の兄妹のようだ。
時間的に昼休憩といった感じだろう。
「うわ~、お芋さんいっぱいだ!」
「ね、すごいね!」
麻袋を二つ下ろすとやっと視界が確保された。
一つを兄貴が、もう一つを別の妹がもう一人の子供と一緒に抱えている。
「これ、どうするの?」
「たくさん獲れたらおすそわけだ、モニカに渡しておいてくれ。」
「え!いいの!?」
「腹いっぱい食べて夕方もしっかり働けよ。」
「「「は~い!」」」
教会に行く手間が省けたな。
ほんじゃま最後の一つはあそこだ。
大通りを北上して人通りの少ない道を行く。
辿り着いたのは信仰所。
目的の祠に入ろうかと思ったら中に先客がいるようだ。
中に入るのはマナー違反なので外で待っていると、出てきたのはまさかのレイブさんだった。
「これはシロウ様、見事な芋ですね。」
「先ほど収穫しましてね、せっかくですのでお供えしようと思ってきたんです。」
「それは良い心がけかと。」
「レイブさんは願掛けですか?」
「いえ、この間のオークションも無事に済みましたのでお礼を言いに来た次第です。」
「繁盛しているようで何よりです。」
前回は参加しなかったからわからなかったが、流石レイブさんといった所だな。
「次回はシロウ様も参加を?」
「そのつもりです。といってもこの間のような品はまだありませんが。」
「またご一緒に出品できる日を楽しみにしています。」
それではと言うレイブさんにも芋を手渡し信仰所へ入る。
一番奥には先程レイブさんがお供えしたであろう高そうなお酒が置いてあった。
酒の横に芋か・・・。
ま、ないよりはいいよな。
立派な奴を二つほどお供えして目を閉じ手を合わせる。
南無南無・・・って違うか。
良い収穫に恵まれましたのでお裾分けです、美味しかったらオークション用のいい品に恵まれますようにっと。
こんな感じで良いかな。
目を開けると驚いたことに供えたばかりの芋が無くなっていた。
慌てて周りを見るも誰もいないしどこにもない。
食いしん坊の神様もいたもんだ。
「もう少し寝かした方が美味いとおもうけどな。」
なくなってしまったものは仕方がない。
もう一つだけお供えして、ついでに冒険者の信仰所にも芋を供えると綺麗に麻袋の中身が無くなった。
さて、帰るとするか。
帰りにこそっと商売の信仰所を覗いてみると流石に二回目のやつは残っていた。




