143.転売屋は再び業者と合う
「この度はご用命賜り有難うございます。」
「あぁ、よろしく頼む。」
「聞けば昨月ご自身で商いをされたとか、如何でしたか?」
「耳が早いな。」
「それが仕事ですから。」
翌日、ダンから話を聞いて早速アインさんがやって来た。
仕事が早い人は嫌いじゃない。
この人は何が重要かを良く知っている人なんだろう。
しかも耳が早い。
俺が行商に出たというのはあまり人に伝えてないんだが、流石だな。
「行商自体は悪くない結果だった。だが、人がな。」
「あぁ、あの方ですね。」
「俺とは圧倒的に合わないタイプだ。もう目をつけられているし、当分は御社を使ってやり取りするつもりだ。怪しい物はもちろんないが、ついでも結構あるそれは許してくれ。」
「といいますと?」
不思議そうに首をかしげるアインさん。
目元の皺が少し深くなった。
「今回頼みたいのはブラウンマッシュルームの卸しだ。だが、それでは税金がかかるのでそれと並行して別の店で買い物をしてもらう。ただし、それは同行するダンに頼むつもりでいる。」
「当社が信用頂けないと?」
「そうじゃない。ダンとその嫁さんには個人的な付き合いがあってな、彼らの結婚祝いも兼ねて仕事を頼みたいんだ。」
「なるほど、そういう理由でしたらうちも断る理由はありません。ダンは良くしてくれていますし、奥様が心配されているのは私達も把握しています。」
「話が早くて助かる。これからも御社を使うつもりだから申し訳ないが多少の事は目を瞑ってくれ。」
「定期的にご利用いただけるのであれば喜んでお手伝いせて頂きます。」
一先ず好意的に受け入れてくれたようで何よりだ。
本来であればダンへの仕事も自分たちの仕事になり、金銭が発生する。
しかし、自分たちの儲けを捨ててでも顧客の望みをかなえようとする姿勢は非常に好感が持てるな。
今回の結果が良ければ定期利用していいだろう。
「代金は向こうに伝えているから、物を渡して代金を回収してきてくれ。税金は一緒に買い付ける品で多少減免されると思うから、残りの代金から依頼料を引いた分をこちらに納めてくれて構わない。領収書だけ持ってきてくれれば結構だ。ただし、定期利用の条件はあくまでも今回の成功が条件になる。もちろん失敗は無いと思うがそこを承知しておいてくれ。」
「もちろんです。精一杯やらせて頂きます。」
「契約書はどうする?」
「明日改めてお持ち致します。先日お話ししましたように、初回のお値引きもございますのでご期待ください。ブラウンマッシュルームはいかほど運ばれる予定ですか?」
「金貨1枚分だ。」
「でしたら小型馬車で問題ありませんね、買い付ける品も?」
「あぁ、むしろもっと小型だ。」
「でしたら往復分で対応出来ますね・・・。畏まりました、明日のこの時間に再度お伺いいたします。」
アインさんは完璧な営業スマイルを浮かべると深々と頭を下げ店を出て行った。
相変わらず動きが上品で物腰も柔らかい。
非常に好感の持てる人だな。
「あぁいう人が好みなの?」
「何の話だ?」
「だって、珍しく不機嫌な顔してないから。」
「ちょっと待て、常に不機嫌な顔してるのか?」
「そうですね、我々は特に気にしておりませんが見る方が見れば不機嫌に見えるかと。」
ミラまでそういうのであれば間違いないだろう。
そうか、俺は不機嫌な顔をしているのか。
「で、どうなの?」
「どちらかと聞かれても、どちらでもないと応えるしかない。俺が感心していたのは立ち振る舞いであって、それは好みの話じゃない。」
「なるほど、確かに上品な方でした。」
「商売柄そうなんだろうが、相手を不快にさせない物言いというのはなかなかできるものじゃない。誰しもあうあわないがあるが、あの人はたいていの人に受け入れられるだろう。」
「ふ~ん。」
「お前ももう少し落ち着いて話せばいい感じだぞ。」
「落ち着いてって、これでも落ち着いているつもりなんだけど。」
「そう思っている時点でまだまだだ。」
エリザは他の冒険者と同じく勢いで行くところがある。
もう少しワンクッションおいて話をすればいい感じなんだがなぁ。
逆にミラは落ち着き過ぎているので、もう少しアクティブでもいいかもしれない。
その中間にいるのはアネットだが、彼女の場合は若さゆえに上品さが少ない。
三人共良い所ばかりなので全然気にならないけどな。
「むぅ。」
「それにだ、好みか好みじゃないかで言えばお前達三人は俺の好みだ。それ以上は言わなくてもわかるな。」
「え~、言ってほしいなぁ。」
「そういう所だって言ってるんだよ。」
考えるな感じろ。
「私も年を取ったら落ち着くわよ。」
「何年先の話なんだか。ミラ、マッシュルームの受け取りは何時だ?」
「手配に三日かかるとの事でしたので、また連絡が入る手はずとなっております。」
「そうか。」
「秋になりますとまた別のキノコが旬を迎えます、またみんなで食べましょう。」
「それは楽しみだ。」
「採ってくるのは私だけどね。」
「そういえば新しく発見された場所にはもう行かないのか?」
キノコを採ってくるのはむしろありがたいが、いまだに他の冒険者はダンジョンの奥へと潜っている。
中々に珍しい魔物が多いらしく、ギルドもうちも大賑わいだ。
「飽きたのよ。」
「早いな。」
「だって、どこに行っても顔なじみの冒険者がいるんだもの。最初は楽しかったけど、実入りもそんなに良くないし次が見つかったらにするわ。」
「贅沢な悩みだな。」
「私はシロウと一緒にいたいのよ。」
「そりゃどうも。」
くしゃくしゃと頭を撫ででやるとくすぐったそうにして目を細めた。
だが、ついでに胸を揉むとものすごい目で睨まれる。
何故だろうか。
ちなみに何も言わずに頭を下げるミラもいるんだが、こちらは胸を揉んでも尻を揉んでも何も言わない。
揉み終わると役目を果たしたかのように満足そうな顔をしていた。
良い揉みごたえだった。
「ま、当分は業者を通じてのやり取りになる。俺達は俺達の仕事をするとするか。」
そんな気持ちでその日一日の仕事を終え、向かえた翌朝。
「こちらが見積もりになります。」
再びやって来たアインさんの見積書を見て目を丸くする。
「これは・・・安すぎないか?」
「馬車は当社所有の小型ですし、同乗もありませんのでこのぐらいが妥当かと。もちろん初回のみの価格ですので次回以降は通常料金となります。」
アインさんが提示してきたのは銀貨25枚。
ぶっちゃけ馬車を借りるよりも安い。
「ちなみに通常料金で幾らだ?」
「銀貨40枚になります。」
「ふむ、そんなものか。」
「一台分の価格になりますので、空きがあるよりも満載して頂く方がお得ですよ。」
「ちなみにまだ空きはあるのか?」
「金貨1枚分のブラウンマッシュルームでしたらその倍は積み込めると思います。」
なるほどな。
あくまでも台数単位での価格なので空荷にするぐらいなら満載してくれって事だろう。
満載すればするほど利益が上がり、結果として儲かったと認識できる。
そうすれば満足度が上がり、リピートが増えるというわけか。
「帰りにそっちの荷物を積んで戻ってきてもいいんだぞ?」
「残念ながら不確定な要素が多いので、それでお値引きする予定はございません。」
「しっかりしてる。」
「それが当社の魅力ですので。」
「わかった、復路の分に関しては別に荷を積んでもらうかもしれない。もちろんその場合の買い付け代は別途払うつもりだ、わかり次第見積書を再作成してくれるか?」
「もちろんですとも。」
「出発は来週になる、詳しい日付は二日後改めて連絡させてくれ。」
「お待ちしております。」
何度も足を運んでもらって申し訳ないが、同じ金をかけるのであればそれなりに儲けを出したい。
向こうはそれが仕事なので、安心して任せられるのも良いな。
不正があればダンが教えてくれるだろうし、あの感じであればそういった事には手を出さないタイプなんだろう。
「ふぅ。」
彼女が帰ってから新たに浮かんだ問題について考える。
隣町の産業についてはある程度調べがついているが、前回はダマスカス鋼だけ買って帰った。
新たに取引先を探す必要があるし、さらに言えばこちらで捌く先も見つけなければならない。
「お疲れ様です。」
考えている所にミラが香茶を持ってやって来た。
優しい香りに心が落ち着いてくる。
「どう思う?」
「隣街でしたら工業製品もしくは加工製品を買い付けるのがよろしいかと。」
「とはいえ伝手がないぞ?」
「捌く先でしたら何とかなると思います。加工製品といいましても完成品でなく、部品のような形で仕入れれば応用がききます。この街にも職人はいるわけですから彼らに卸せば喜んでもらえる事でしょう。」
「って事はマートンさんに知恵を借りるか。」
「私も取引所で依頼を探してみます。九月に入りましたし、いろいろなものが動き出す時期ですから。」
「じゃあ俺は戻ってくるまで待ってる。」
店を空けるわけにはいかない。
この時間だとマートンさんも忙しいから夕方行けばいいだろう。
はてさて、魔道具を買うだけのはずが随分と展開が変わったな。
まぁ、儲かるならそれでいいか。




