139.転売屋は土地を手に入れる
祭りの翌日。
なんだかんだで飲まされてしまい、若干の二日酔いの中その人はやってきた。
「ひどい顔ね。」
「そりゃしこたま飲まされたからな」
「薬をもらったらいいじゃない。」
「その持ち主が二日酔いで寝てるんだ。というか、朝早すぎだろ。」
「仕方ないじゃない、シープに怒られちゃったんだもの。朝一番で説明してこいだなんて、ひどいと思わない?」
「それだけの事をしたんですから仕方ない。あの土地の件だよな?」
朝一番。
まだ日が昇って間もない時間にアナスタシア様が店に来た。
まったく、朝っぱらからドンドンドンと何度も扉をたたきいい近所迷惑だ。
とはいえ副長の奥様を待たせるわけにもいかないので、本人曰くひどい顔のままお出迎えしたわけだな。
今はカウンター前の小さな商談用テーブルで向かい合っている。
いつも一緒の護衛が入って来ないなんて、よっぽど信頼されているんだなぁ。
「そうよ。勝手に目録に追加したのは悪かったけど、遊びでも嘘でもないわ。貴方に土地を譲ろうと思うの。」
「譲るって言ってもこの街にはもう空き地は無いだろ。一体どこなんだ?」
「外よ?」
「外?」
まさか、本当に街の外なのか?
つまり俺達は用済みだから出て行けとかそういう感じ?
「街の中は無理だけど、街の外、東に出てすぐの場所に昔の街跡が残っているの。井戸もあるし、あそこならそんなに魔物も出ないから色々できると思うわ。」
「それはつまり出て行けって事か?」
「違うわよ!」
「じゃあどういう事なんだ?」
「あの土地は元々私の持ち物なの。っていうか、街長から引き継いだものなんだけど、管理してないからひどい事になってるの。そのまま置いといても宝の持ち腐れだし、せっかくだから貴方に譲ろうと思って。」
「それはつまり押し付けという奴だな。」
「最近自分の庭で薬草とか食べ物とか栽培してるんでしょ?それなら広い所でやった方が効率的じゃなくて?」
どうしてうちの庭で栽培している事を知っているんだろうか。
いやまぁ、隠しているわけじゃないから別に構わないんだけど・・・。
これ以上は深く聞かない方が身の為だろうな。
「確かに広い土地があれば薬草の栽培はやりやすいだろう。仕入れが減ればそれだけ利益が出る。利益が出れば結果として町が儲かるというわけだな。」
「そういう事よ。何もせず遊ばせている土地と、お金を生む土地。どちらがいいかなんて考えるまでもないわよね。」
「だがそれで、貴重な土地を無償で譲渡してしまって大丈夫なのか?」
「ほかの土地は街長の持ち物だし、魔物が出るから住むには適さないのよ。でも、栽培だけなら問題ないでしょ?」
「他の土地を使って農場を造ればいいんじゃないか?」
「大規模な農場は国から税金を掛けられるわ。それに加えて収穫分の上納もあるし、結構面倒なのよね。」
「なのに薬草は大丈夫なのか?」
「それは個人の持ち物だから。個人であれば街の管轄になるから税金をかけるかどうかはこちらの自由よ。だから街の外にある畑は名目上個人の所有物になってるわ。自分が食べる分は問題ないって事ね。」
なんで広い土地があるのに農場とか作らないのかやっと理由が分かった。
最初は魔物がたくさん出るとか、栽培に適していないとか色々と考えたが、ぶっちゃけ面倒なだけだったのか。
それは思いつかなかったわ。
「具体的にどれだけの土地になるんだ?」
「街の東側から外に五十歩程、そこから北に町外れまでって所かしら。朽ちた塀とかが残ってるから、一度確認しておいて。」
「随分と大雑把だなぁ。普通は登記簿とかでしっかり管理する物じゃないのか?」
「街の外なんて誰も使いたがらないから適当でいいのよ。もしもっと欲しくなったら街長に相談して頂戴。貴方と一緒でお金になるのなら話を聞いてくれると思うわ。」
何その拝金主義。
今まで同じように考えて土地を貰おうとした人とかいなかったんだろうか。
ま、貰えるんなら喜んでもらうけど・・・。
「とりあえず口頭ではあれだから書面で残してもらえるか?測量を行って具体的な範囲を確定してもらえると助かる。それと、収穫物に関して税金はもちろんかからないんだよな?」
「私はそのつもりだけど、その辺りはギルド協会と相談してくれる?私は説明しろって言われただけだから。」
「・・・そんなんで大丈夫なのか?」
「大丈夫だから私が来たんでしょ。ダメだったら話を持ってこないわよ。」
ま、それもそうか。
法律?的にも問題ないから俺に譲渡するって話になったんだろうし。
細かなところは後で聞けばいいだろう。
話すだけ話してアナスタシア様は帰って行った。
一応外まで見送り、店に戻ると眠そうな顔をした三人がこちらを見ている。
エリザに至っては髪の毛がぼさぼさだ。
「なんだったの?」
「昨日のあの土地の件だが、間違いじゃなかったらしい。」
「え!じゃあ本当にもらえたの?」
「元々はアナスタシア様の所有だったようだが、遊ばせておくぐらいなら俺に渡して薬草なりなんなりを育てて利益を上げてほしいんだとさ。」
「でも税金とかはどうなっているのでしょう。労力だけかけて収入に見合わなければ断るのも一つです。」
「そこも聞いたんだが、詳しい事はシープさんが言いに来るらしい。昨日の今日だから昼前ぐらいになるんじゃないか?」
「どのぐらい広いんですか?」
「東門の外に五十歩、そっから北の町外れまでらしい。」
城壁までってぶっちゃけかなり距離があるぞ。
横はともかく縦に長い土地のようだ。
100mぐらいあるんじゃないだろうか。
ってことはだ。
一歩1mとして横に50m、さらに縦に100mとしたら・・・5000㎡になるのか?
問題はそれをどう維持するかだ。
収益を上げるためには手を加える必要がある。
土を耕したり水はけを良くしたり、なにより街の外だから魔物や獣から薬草を守らなければならない。
そこそこの塀が必要になるだろう。
それを全部自分でやらなきゃいけないわけだろ?
こりゃ大仕事だぞ。
「広すぎませんか?」
「俺もそう思ってる。」
「お店だけじゃなくて畑仕事までしなきゃいけなくなったわね。」
「ですが頑張ればそれだけ収入に繋がります。我々が頑張らずとも人を雇う方法もありますし、アナスタシア様はそこまで考えているのかもしれません。」
いや、それは無い。
絶対にない。
確かに雇用が産まれれば消費に繋がり結果として町が潤うかもしれないが、あの人はそこまで考えていない。
ただ単に管理がめんどくさかっただけだ。
「ま、それも詳しい話を聞いてからだ。あー、朝からつかれた。」
「食事の用意は致しますのでもう少しお休みになりますか?」
「いや、畑を見てくる。そろそろ収穫だからな。」
「外の畑って薬草だけじゃなくてもいいんでしょ?」
「あぁ、特に制限はないと思うぞ。」
「じゃあもっといっぱいお芋を作れるわけよね。」
どんだけ芋好きなんだよお前は。
もっとこう金になりそうな食べ物とかないのか?
マジックベリー・・・はさすがに無理か。
でも他のベリー種や果物なんかは金になるしいいかもしれない。
もちろん手間がかからず金になる事が前提だが・・・。
なんだかんだ言って俺もヤル気じゃないか。
金儲けができると思ったらすぐこれだ。
って、それが俺なんだから仕方ないよな。
二度寝する気もないのでエリザと手分けして畑の世話をし、汗を流してから朝食を摂る。
さすがのエリザも今日は朝から迫ってくることはなかった。
あれだけ飲んだらそんな元気ないよな。
「じゃあ行ってくるね。」
「おぅ、気を付けてな。」
とか思ってたら、完全防備のエリザがダンジョンに行くそうなので入り口まで見送りに行った。
月が替わったからとりあえず潜るんだとか。
ようわからんが、なにかあるんだろう。
「私は薬の在庫整理をしてきます。」
「では私は図書館へ行ってきます。せっかく大きな土地を手に入れるのですから色々と勉強してまいります。」
アネットとミラも早々に自分の仕事をしに行ってしまった。
残されたのは俺一人。
って、店番するのが俺の仕事か。
月が替わろうがやることはいつもと同じだ。
客が来たら買取品を査定して、購入客が来たら物を売る。
空き時間は帳簿の整理だ。
いつもは月末にやるのだが、昨日は一日遊んでいたからそういえばやっていない。
なんだ、俺にも仕事があるじゃないか。
畑の件でなんだか浮足立ってしまったが、やることはいつもと一緒だ。
安く仕入れて高く売る。
それこそ商売の基本であり、転売屋の腕の見せ所ってね。
本日も晴天なり。
さぁ、気持ちを新たに頑張るとしようか!
「シロウさんおはようございます。」
と、気合十分に店を開けてわずか30秒。
昼過ぎに来ると思っていた羊男がにっこにこの笑顔で登場した。
土地の話をしに来たんだろうが・・・。
なんでこんなにうれしくないんだろうか。
そうか、こいつがこんな顔しているときは碌なことが無いからだ。
はてさて何を言われるのやら。
帰すわけにもいかず、仕方なく羊男を迎え入れるのだった。




