137.転売屋は祭りに行く
いよいよその時は来た。
八月も最後の週になり、街中上げてのイベントがとうとう始まるのだ。
そう、酒飲みの祭典である。
誰が一番量を飲むことが出来るのか。
それだけではない。
量だけではなく強さを競うのもあるらしい。
火酒を順番に開けていき、倒れた方が負けという超シンプルルール。
え、急性アルコール中毒は大丈夫かって?
心配ご無用。
アネットお手製の薬があれば瞬く間にアルコールを分解してしまうので問題ない。
恐ろしい効き目だがこの世界ではごくありふれた薬だ。
まぁ、それを頼りに飲みまくってるってのはどうかと思うが、全ては今日という日の為である。
ちなみに翌日はオークションが開催されるので、今日は前夜祭という位置づけらしい。
なので冒険者も平民も貴族も関係なく、ただひたすらどんちゃん騒ぎをする。
だってタダなんだから!
そう、今日振舞われる飯も酒も全てタダ!
そりゃあれだけ高い税金ふんだくってるんだから出来て当然ですよね。
なので税金分は取り返すべく、俺達も街に繰り出すのだった。
「ご主人見てください串焼きの店ですよ!」
「よし、食おう。」
「シロウ様珍しい干物を焼いています。」
「よし、それも食おう。」
「シロウ!アンタも飲みなさいよ。」
「だが断る!」
冒険者、奴隷、亜人の三人の美女をはべらせながら大通りを練り歩く。
俺達の事を知らない連中は何事かと二度見してくるが、この街の住民からしてみればいつもの事だ。
「シロウさん!」
「お、ルティエじゃないか。流石に今日は休んだんだな。」
「その為に一杯加工しましたから。あ、新しいアクセサリー出来たのでまた持って行きますね。」
「本業はどうした本業は。」
「ちゃんとやってますよ!でも、息抜きも大切だって言ったのシロウさんじゃないですか。」
いつにもなくテンションが高いルティエ。
ほのかに赤くなった頬がアルコール摂取済みだと教えてくれる。
「他の仲間はどうしたんだ?」
「みんなご飯食べに行ってます。ここの露店を全部制覇するんだって行っちゃいました。私は留守番です。」
「若いなぁ。」
見た目はあれだが中身はオッサンだ。
「ご主人様も十分若いのでは?」
「シロウ様は時々そういう事を仰りますね。」
「隠し事してるんじゃないの?言いなさいよ、シロウ。」
「黙れ酔っ払い。早々に敗北したくせに。」
「し、仕方ないでしょ!一番最初にマスターと当たると思わなかったんだから!」
俺もマスターが出ているとは思いもしなかった。
エリザが挑戦したのは一番シンプルな早飲み競争。
用意されたエールをどちらが先に飲み干すかという奴なのだが、初戦で対決したのがまさかまさかの三日月亭のマスターだった。
後で聞いた話では過去に優勝したことがあるとか。
エリザが3杯飲む間に倍量流し込み、余裕の勝利で二回戦へと進出していた。
負けたエリザはあまりの悔しさにそのまま火酒競争へと殴り込み、二回戦で敗退。
結果この酔っ払い状態である。
アネットの薬でほぼ素面に戻り、また飲んでここまで酔っ払ったってのが正しいか。
「まぁまぁ、おかげでみんなでこうしてゆっくり回れるのですからいいではありませんか。」
「こうなったら食べて食べて食べまくってやるわ。シロウ、次はボアの丸焼き食べに行くわよ。」
「丸焼き?」
「イライザさんが用意したそうです。なかなかの人気で今回の優勝候補にも挙がっているとか。」
「それはすごいな。」
「でしょ、だから食べて貢献してあげないと。」
飲み比べの他に行われているのが売り上げ競争である。
全品無料の中でどれが一番売れたのか。
値段に差があると勝敗にも影響が出るが、全て無料なので純粋に味とインパクトが鍵となる。
らしい。
俺は美味いものが食べられて楽しければそれで十分だ。
だが、知り合いが勝ってくれると嬉しい。
なのでみんなで貢献することにしよう。
「すみませ~ん、10皿お願いします。」
「は~いただいま!」
「いきなり10皿とか、食えるのか?」
「余裕よ。」
某有名映画に出て来そうな巨大な猪がこれまた巨大なグリルの上で焼かれている。
その香りに吸い寄せられるように大勢の客が並んでいた。
イライザさんの捌いた肉を素早くキャッチし、客に運んでいるのは小さな子供達。
そう、ファンを筆頭にした教会の孤児達だ。
見た目以上のチームワークでどんどんと客を処理している。
モニカは・・・いないみたいだな。
「あ、シロウだ!」
「シロウだ!」
「おぅ、頑張ってるか悪ガキども。」
「うん!頑張ってるよ!」
「偉い偉い、終わったらタラフク食わして貰えよ。優勝したらご褒美があるぞ。」
「「「「ご褒美!?」」」」
五人の目が一斉にこちらを向く。
そんなにみるなよ、手が止まってるぞ。
「優勝出来たら教えてやる、だから頑張れよ。」
「うん!」
「任せてよ!」
「シロウもいっぱい食べてね!」
「エリザが山ほど食ってくれるからジャンジャンもってこい。」
「は~い!」
一先ず注文した10人前を手分けして持って、少し離れた路地に移動する。
地べたに座って料理を食べるのもまた、祭りの醍醐味だ。
「美味しい!」
「あの脂っこいボア肉がこんなにもサッパリ食べられるなんて思いませんでした。」
「サッパリだけどパサパサしてません。」
うむ、美味い。
ジューシーだが決してくどくなく、香辛料のおかげで食欲がそそられる。
一年前は倒産寸前だった料理店だなんて信じられないな。
「ほら、次が来るぞ。しっかり食べろ。」
「シロウも食べなさいよ。」
「食べてるって。」
「ご主人様、胃薬はありますから安心して食べてくださいね。」
「なんでしたら口移しで飲ませて差し上げます。」
「いや、そこは普通に飲む。大丈夫だ。」
「残念です。」
時々、いや結構な割合でそういう事ぶっこんで来るよなミラは。
どこでそういう情報を仕入れてくるんだろうか。
「あ、こんな所に居たのね。」
「ニア!」
「と、一緒にいるのは羊男さんか。」
「大盛況のようですね、今年の優勝はここでしょう。」
「まだわからないぞ。他にも美味い店はたくさんある。」
「シロウさんは店を出さなかったんですか?あの焼き菓子なら優勝も狙えたと思いますけど。」
「ひたすら焼き菓子を作るぐらいならこうやって好き放題食べ歩くさ。税金分は回収しないとな。」
「金貨200枚分ですか。今日中に終わりますかね。」
「出来るぞ。なんせアネットの薬があるからな。隠れた優勝候補は何を隠そううちのアネットだ。」
自信満々に宣言してやる。
売り上げ競争は別に料理だけじゃない。
純粋に今日消費された商材の売上ナンバーワンになればいいだけの話だ。
この日の為にアネットは薬を作り続け、大量の薬をギルド協会に提供した。
そう、譲渡したんじゃない。
提供したんだ。
つまりは消費されればされるほどカウントされるわけだな。
「金貨200枚分の薬が今日中に消費されるでしょうか。」
「あの盛り上がり様なら可能性はあるぞ。それに、夜はこれからだからな。」
「まさか!」
「あぁ、これだけ盛り上がれば夜の街はもっと儲かるだろう。向こうの売上ももちろんカウントされるよな?」
「そこまで手広くやっているとは・・・予想外でした。」
「結構大変だったんだぞ。って、頑張ったのはアネットだけどな。」
「頑張らせて頂きました。」
ムンと両手に力を入れてアネットがアピールをする。
流石にあまりに量が多すぎてリンカに助っ人を手配してもらったけどな。
奥様方も手馴れてきたのか、予想以上の効率だった。
「料理部門はイライザさん、総合部門はアネットさんですか・・・。」
「そういえば優勝賞品について発表無かったよな。」
「そうですね。例年祭りの前日には発表されていたと思いますが・・・。」
「よくぞ聞いて下さいました。今年はいつもよりも趣向を凝らし、特別ステージでの発表に切り替えたんです。おっと、そろそろ司会の時間なので行きますね。」
「じゃあねエリザ、飲み過ぎちゃ駄目よ。」
「ニアもねー。」
何やら今年はいつもと違うようだ。
って、俺は今回が初めてだから違いは分からんが。
「何だろうね。」
「何でしょう、楽しみですね。」
「・・・どうされたんですかシロウ様。」
「いや、なんだか嫌な予感がしただけだ。」
二人が去った後、何故か背中に寒気が走った。
今年だけいつもと違う。
特設ステージで発表。
一体何をやらかすつもりなんだろうか。
そして図ったかのように俺の前に登場した羊男も気になる。
まさかな。
「とりあえず食べようよ、おかわり取ってくるね。」
「あ、私も行きます!」
エリザとアネットが行列の最後尾に向かっていった。
なんだかんだ言ってあの二人仲良しだな。
もちろんミラとも仲はいいけど。
「楽しいですね。」
「そうだな。」
「まさかいつもの祭りがこんなに楽しく感じるなんて思いもしませんでした。本当に有難うございます、シロウ様。」
「何を改まってるんだ?これからもっと楽しくなるかもしれないぞ。」
「ふふふ、それも楽しみです。」
酒を飲んでいないはずなのに、ミラの顔が赤くなっている。
暑さにやられたんだろうか。
ふと、ミラと視線が合い吸い寄せられるようにして唇が近づいていく。
そしてそのままキスをする・・・。
はずだった。
「お待たせいたしました!これより夏祭り特設ステージにて優秀商人賞を発表いたします!この賞はこの12カ月で一番稼ぎ、街に貢献した商人に贈られる特別な賞。今年は特別版でお届けします。」
突然聞こえてきた爆音放送。
この声は羊男か?
余りの音にミラと見つめ合ったまま固まってしまう。
「ではさっそく、その特別版にふさわしい商人をご紹介いたしましょう。皆さんご存知、この街に突如として現れ、我々の生活をどんどんと良くしてくれた最高の商人。街の買取屋、シロウさんの登場です!シロウさーん、出番ですよー!」
あのバカ羊男はいったい何を言っているんだろうか。
余りに信じられない内容にミラと見つめ合ったまま固まってしまう。
司会の端でエリザとアネットが何か言っているようにも思えるが・・・。
「ミラ、これは夢か?」
「いいえシロウ様、これは現実です。」
それを教えてくれるかのようにミラの唇が俺の唇に重なるのだった。




