135.転売屋は慎ましく?過ごす
朝。
目が覚めると横には誰もいなかった。
昨夜はアネットがベッドにもぐりこんできたが、夜明け前に自分の部屋に戻ったんだろう。
他の二人と違って比較的おとなしい感じだもんな。
体力の指輪を付けてるので長期戦では絶対に敵わないのだが、そこまで好きというわけではないのだろう。
それでも当番とか役目とか関係なく来る辺り、嫌いではないようだ。
ベッドから降りてマッパのまま大きく伸びをする。
夏も終わりとはいえまだ暑いな。
床に落ちていた下着を履いてそのまま風呂場へと向かう。
お湯が欲しい所だが寝汗を流すだけだし沸かし直すのもめんどくさい。
「あ、シロウおはよう。」
「おはよう。」
さぁ水をかぶろうかと桶に手を伸ばした所で風呂場のドアが開き、エリザが覗いてきた。
「お風呂するの?」
「いや、水をかぶるだけにする。」
「私入りたいから沸かしといてもらっていい?」
「朝風呂とは優雅だな。」
「さっきまでダンジョンにいたのよ。」
「そりゃご苦労な事だ。」
よく見ると所々に返り血がついている。
派手に暴れてきたようだが、けがはしてないみたいだな。
ま、ポーションを使えば抉れたキズもすぐに元通りだし大丈夫だろう。
すぐに顔を引っ込めるのかと思ったらまだじーっとこちらを見てくる。
なんていうか、目が普通じゃない。
「ねぇ、一緒に入る?」
「欲情してるところ申し訳ないが仕事だ。」
「えー、ケチ。昨日はアネットと楽しんだんでしょ?」
「まぁな。」
「今日は私だからね。」
「それはミラと相談・・・っておい、脱ぐな脱ぐな。」
「えへへ、いいでしょ。一緒にお風呂しようよ。」
脱ぐなよ、脱ぐなよ!と某トリオのネタをしたわけじゃないのだが、あっという間に鎧と肌着を脱ぎ捨て下着を見せつけるようにして下ろしていく。
これで反応しない奴は男じゃないね。
あの瞳で見られたらもう逃げられない。
あれはなんていうか、獣の目だ。
初めてエリザを見た時と同じ、飢えた獣。
まぁ、あの時は半分怯えていたが・・・。
「ほら、シロウもその気じゃない。」
「これは不可抗力だ。」
引き締まり所々筋肉が目立つが、出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる。
女性は曲線で出来ているとはよく言ったものだな。
「ほら、奥まで入ってよ。」
「だから俺は。」
「・・・逃がさないからね。」
結局朝っぱらから飢えた獣に捕食され、捕食者はというと満足そうな顔で自分のベッドに戻って行った。
朝からひどい目に合った。
「おはようございますシロウ様。」
「すまん、遅くなった。」
「お食事は出来ています。店の準備をしてきますのでゆっくりとお召し上がりください。」
「そうさせてもらおう。ん?アネットはもう食事を済ませたのか?」
「はい。シロウ様がエリザ様に襲われている間に食事を済まされ、今は庭で薬草の世話をしております。」
「襲われているという認識なのか。」
「あぁなってしまったエリザ様は止められませんから。」
命のやり取りをした後だから余計に気持ちが昂っていたっていうのはわかるが・・・。
困ったものだ。
用意してあった食事を堪能した後、洗い物を済ませて庭に出る。
ちなみに洗い物は自分でする決まりになっている。
そうじゃないといつまでも片付かないと悟ったのだ。
「おはようアネット。」
「おはようございますご主人様、お疲れさまでした。」
「さすがに疲れてたのかすぐ満足してくれて助かった。」
「疲労回復のお薬は必要ですか?」
「いや、そこまでじゃない。水まきまで済ましてくれたんだな。」
「ついでですので。」
庭に埋めた芋たちはかなり大きくなっている。
土の中までは見えないが、この調子だといい感じの収穫が見込めそうだ。
ベリー種も俺の想像以上に大きくなっている。
そろそろ追肥が必要だろうか。
また調べておこう。
「開店まではまだ時間があるか・・・。」
ふと芋の間に生えた雑草が気になった。
別にあれぐらいで生育に影響は出ないと思うのだが、なんとなくそういう気分だったので雑草をむしり始める。
「私がやりますよ。」
「いや、いい。そういう気分なんだ。」
恐らくエリザとの一戦で俺も気分が昂っているんだろう。
無心で雑草を処理していると、なかなかの量が積みあがっていた。
心なしか気分も晴れやかだ。
っと、また汗をかいてしまったな。
「アネットも終わりか?」
「はい。珍しい薬草なんですけど土が合うのか大きくなってくれています。」
「珍しい薬草は買うと高いし、このまま大きくなってくれることを祈るよ。」
「お店に出られますか?」
「いや、すごい汗だから流してから向かう。」
「でしたら、その・・・。」
暑さにやられたのかアネットの顔は真っ赤になっていた。
って違うよなぁ。
モジモジと指を絡ませ、チラチラとこちらを見てくる。
こうなってしまったらエリザもアネットも同じだ。
その薬草、怪しい成分とか入ってないよな?
大丈夫なんだよな?
「時間が無いから少しだぞ。」
「はい!」
慣れてしまったのであれだが、アネットは亜人だ。
しかも銀狐人なんていう珍しい種類で、亜人というだけあって獣耳がある。
エリザも犬だが、狐もまたイヌ科だな。
尻尾は無いのであれだが、中々に感情表現豊かな耳が嬉しそうにピンと立っていた。
本人は気づいていないようなので、当分言うつもりはない。
ミラに汗を流してくるとだけ伝え、腕を絡ませてくるアネット共に本日二度目の風呂に入る。
少し冷めてしまったが、火照った体にはちょうど良かった。
エキゾチックな面持ちのアネットが艶めかしい表情で俺を見てくるんだ、我慢なんぞ出来るはずがない。
エリザに搾り取られたはずなのに、昨夜よりも積極的かつ大胆なアネットを堪能してからフラフラと下に戻る。
流石にもう無理だ。
腰が痛い。
「すまん、遅くなった。」
「先ほどダン様が来られていましたよ。」
「ダンが?」
「なんでも見てほしい品があるとかで、後で持ってくるそうです。」
「ダンジョンに潜るのは止めたんじゃないのか?」
「回数を減らしただけで止めたわけではないと思います。時々魔物の素材を持ってこられますので。」
まぁ護衛だけで食っていくのは大変だからなぁ。
ダンはダンなりに頑張ってるんだろう。
俺の命の恩人だけに邪険にするつもりはない。
もちろん、依怙贔屓するつもりも無いけどな。
「他は何かあったか?」
「オーブのおかげか、またいくつか商品が売れました。売れ残っていた魔鈴も無事に出ましたよ。」
「本当か!」
「はい。少し怪しげな雰囲気の方でしたが悪い人ではなさそうでした。」
「変な事に使われない事を祈ろう。まぁ、オーブが連れてくる客だし大丈夫だと思うがな。」
「そうですね。すみません、少しお手洗いに行ってきます。」
「悪かったな、しばらく見てるからゆっくり休んでくれ。」
ミラと店番を変わり椅子に座ってようやく一息付けた。
魔鈴とは俺が見つけてきた禍々しい鈴の事だ。
『魔寄せの鈴。鈴の音を聞くと辺りの魔物が音に惹かれて集まってくる。特にアンデッドや死霊に効果が強い。最近の平均取引価格は銀貨45枚。最安値銀貨20枚最高値銀貨80枚、最終取引日は1年と34日前と記録されています。』
手に取った瞬間ヤバイものだとは思ったが、売り主がどうしても引き取ってくれというので致し方なく買い取ったやつだ。
幸いにもミスリルで作った箱の中に入れると効果は無い様なので、専用の箱を作ってもらって保管していた。
まさか売れる日が来るとはなぁ。
流石客寄せオーブ、効果は絶大だ。
帳簿を見ると金貨1枚で売れている。
箱代が高かったので半ばあきらめ気味だったが、何に使うかは聞かない方がいいだろうな。
個人的には、魔寄せをすることで冒険者が喜ぶと思ったんだが、実際はそうじゃなかった。
何でもかんでも買い取るとこういう事になると、いい教訓になった品だ。
「ふぅ、お待たせしました。」
「もう少し休んでいいんだぞ?」
「いえ、大丈夫です。」
それだけ言うとミラが俺の横に座ってくる。
横というか真横というか。
あの、ミラさん?
少々暑いんですが・・・。
「どうしたんだ?」
「なんでもありません。」
何でも無いわけないよな、どう考えても。
理由は分かるがあえて言わない。
せめて夕方、いや夜までは我慢してもらえないだろうか。
流石に体力が・・・。
そしてそのまま昼になり、やっとエリザが降りてきた。
「おはよー、って近くない?」
「おはようございますエリザ様、よくお休みになれましたか?」
「そりゃもうばっちり!ねぇ、暑くないの?」
「暑くありません。」
「シロウがだいぶ汗かいてるけど?」
「気のせいです。そうですね、シロウ様。」
「・・・そうだな。」
ここで否定しようものなら何をされるかわからない。
俺の奴隷なのにその奴隷に脅迫されるって・・・。
いや、マジで圧が半端ないんだよ。
「ふーん、まぁいいけど。朝の買取ってもう終わってる?」
「そちらが買取金になります、お納めください。」
ミラは棚の上を指さすだけで動くことは無かった。
真横にいたはずのミラは今では俺の膝の上に座っている。
何とも言えない柔らかな感触に、うなじから香ってくる汗の匂い。
俺が我慢しているのは感じているだろうから、これはもう我慢比べと同じだ。
「ミラ様、昼食どうしましょうか・・・。あ、エリザ様おはようございます。」
「アネットも今起きてきたの?」
「私は作業をしていましたよ?」
「あ、っそう。」
作業をしていた割にはかなりお肌がつやつやなんですよね。
何ででしょうか。
っていうかマジで限界だ。
「アネット、店番を頼む。客が来たら夕方まで待つように言ってくれ。」
「わかりました。」
「エリザ、俺の代わりに冒険者ギルドに行ってコボレートの牙を納品してきてくれ。倉庫の手前に置いてある。」
「は~い。」
二人に指示を出すとミラを横抱きにして裏に入る。
お互いに目線を合わせることはない。
そのまま二階に上がり・・・。
夕刻、サッパリとした顔のミラだけが店に立っていたそうな。
いや、マジで死ぬかと思った。




