125.転売屋は鍛冶屋を紹介される
あの婆さんはやはり大物だった。
売り上げという面でも人物という面でもだが、人は見た目によらないな。
エリザは漬物を全て買い占め、ミラとアネットは婆さんを被服ギルドへ紹介する傍ら、販売物を手に入れる交渉をしていた。
なんでも家にかなりの量があるらしく、金に物を言わせて、もとい、説得して譲り受けたそうだ。
話を聞いたギルドは大喜びで婆さんを迎え入れ、途絶えていた技術の継承は無事になされるらしい。
「で、これがギルドからの報奨金で、こっちがギルドに提供した商品の代金。それまたこっちが、お婆さんからのお礼っと。」
カウンターの上に三つの袋が並べられる。
どれもそれなりの量が入っているようで、置いた時に袋の中でジャラジャラと音がした。
「なかなかの金額になったな。」
「全て渡したわけではありませんのでもう少し増えると思われます。あの刺繍細工は他の街でも需要はあるでしょう。」
「あんな婆さんがなぁ・・・。」
「世の中何が起きるかわかりませんね。」
「まったくだ。」
ギルドの報奨金が銀貨50枚、提供した品物が金貨1枚と銀貨30枚、婆さんの袋には銀貨50枚入っていた。
しめて金貨2枚と銀貨30枚。
ぼろ儲けと言っていいだろう。
婆さんは穏やかな老後を迎えられ、ギルドは途絶えていた技術を継承し、うちは現金を得た。
三方丸儲け、誰も不幸になっていない。
よきかなよきかな。
「でさ、それなんだけど・・・。」
「これか?」
それともう一つ。
バカ兄貴に頼まれていた品を見つめる。
「さすがにそのままはまずいんじゃないかな。」
「やっぱりそう思うか?」
「うん。いくら普段使わないとはいえ、いざとなった時に使えなかったら意味ないよ。命を預けるわけだし修理した方がいいと思うわ。」
「修理、出来るのか?」
「それぐらいの欠けなら大丈夫よ。ミスリル以上になるとこの街じゃ難しいけど、ダマスカス鋼なら何とかなると思う。」
「その言い方は職人を知ってるんだな?」
「そりゃね、長い事冒険者をやってると腕のいい職人も紹介してもらえるの。」
命を預けるものだし、冒険者にとって良い職人の確保は必須事項だろう。
紹介してもらえるという言い方から察するに、そういう職人は一見さんを受け入れず、ギルドの紹介か何かでないと仕事をしてくれないんだろうな。
そうじゃないとそこばかりに仕事がいって、他の職人が育たなくなってしまう。
良く出来たシステムだ。
「なら早速紹介してもらうか。」
「高くついても怒らないでね?」
「仕方ないだろう。いい仕事にはそれなりの対価を支払うべきだ。フールの借金が増えるだけだろ。」
「そっか。」
「大丈夫です、何が何でも支払わせますので。」
横で話を聞いていたアネットが冷静に答える。
延滞などしようものなら俺よりもまずは妹に仕置きされるんだろうな。
自業自得だけど。
「今日はもうこの時間だし、明日の方がいいか?」
「ううん、朝は忙しくしてるからこの時間の方がいいかも。そのかわり・・・。」
「酒か?肉か?」
「お酒かな。」
「急な仕事を頼むんだ、手土産は必須だろうな。マスターの所に行っていい感じの酒を見繕ってもらってから行くか。」
「行ってらっしゃいませ。」
アネットとミラは留守番だ。
武器を持ちマスターから酒を仕入れてから、俺達はいつもとは反対側の裏通りへと向かった。
向かい合った商店街の各裏は職人通りになっているようで、うちの裏はルティエ達細工職人が多く、向かい側は武器や防具などの大型の工場を必要とする職人が多いようだ。
奥に行けば行くほどトンテンカンテンとハンマーを叩く音が響いてくる。
これだけデカい音がしてるのに、街中に響かないのは不思議だな。
「思ったよりも静かだな。」
「消音魔法のおかげよ。あれが無いと眠れなくなっちゃうわ。」
「なるほど、そりゃそうか。」
「あ、見えてきた。看板下の火はついてるからまだやってる・・・。」
と思いきやその火を消そうと突然男が出てきた。
「あ!待って!マートン!」
「なんだエリザじゃねぇか、今日は店じまいだぞ。」
エリザの姿を確認しつつも目の前で火を消してしまう。
そしてニヤリと笑いガハと大きな声を出した。
「あー!消したー!」
「あぁ消してやった。だからもう仕事はしねぇ。」
「いいもん、せっかくいいお酒持ってきてあげたのに。」
「何?酒だと?」
「仕事終わりに飲んだら美味しいだろうな~、まぁいいや。のんじゃお~っと。」
「そ、そんな固いこと言うなよ。話位は聞いてやるって。」
「ほんとに?」
「話だけはな。今日はもう炉の温度を下げちまったから仕事は出来ないんだよ。」
「いいわ。シロウ、こちらはマートンさん、この街一番の鍛冶師よ。」
エリザに紹介されてラグビー選手のような大男が一歩前に出る。
でかい。
縦にも横にもでかい。
まさに職人という感じだ。
「シロウだ、表の商店街で買取屋をしている。」
「エリザから聞いてるぞ、面白い武器をたくさん仕入れてくるそうじゃないか。今回もそうなのか?」
「あぁ、これなんだが・・・。」
「立ち話もあれだ、中に入ってくれ。」
「そんなこと言ってお酒が呑みたいだけじゃないの?」
「そうに決まってるだろ。」
なかなか正直な人のようだ。
職人と聞いていたので気難しい相手だとめんどくさいなぁとか思っていたが、これまた人は見かけによらないようだ。
案内されるがまま工房の中に入ると中はすごい熱気に包まれていた。
外でそれを感じなかったのは消音魔法と同じ何かの魔法がかけられているんだろうな。
「今日はまだ涼しいわね。」
「言っただろ炉の温度を落としたって。」
「これで涼しいのか。」
「日中は今の倍はあるぞ、特に炉の前は普通のやつなら一分も持たない。」
「だろうな。」
暑いのは苦手だ。
そういうのは専門の人間にやってもらうに限る。
「それじゃ見せてくれ。」
「まずは礼を言わせてくれ、いきなり来て悪かった。」
「いいって事よ、面白い品なんだろ?」
「面白いかどうかは見てから判断してくれ、まずこれがお礼の酒で、こっちが直してもらいたいブツだ。」
酒を横に置き、剣は正面に置く。
置いてすぐにマートンがその剣を取り上げ興味深そうに品定めを始めた。
回転させたりしたから眺めたり叩いてみたり。
まるで玩具を見せられた子供のように目を輝かせている。
「どうだ?」
「ダマスカス鋼か、こいつは炉の温度が高くならないとうまく叩けないんだ。それに軽量化と技巧の効果まで付いてる。欠けてるのはあれだが、大事に使われてきたのが分かるな。」
「鑑定持ちなのか?」
「いいや、鑑定スキルはないが持った感じでわかる。」
「それだけでわかるのか、さすがだな。」
「でしょ!マートンにかかればどんな武器でも綺麗に直っちゃうんだから!」
なぜエリザが自信満々なのかはさておき、鑑定スキルなしでそれが分かるのはすごい。
技巧効果なんて確認しようがないと思うんだが。
「直りそうか?」
「期待しているところ申し訳ないが無理だ。」
「どうしてよ!」
「普通なら直るさ、それこそ三日もあれば直る程度の欠けだからな。だが・・・。」
「直すための道具がないか、それとも材料がないかって感じか。」
「そうだ。直す人間が良くても道具が揃ってても材料がなきゃ直るものも直せねぇ。」
「材料って・・・鉱石がないの?」
そりゃ誰でも無理だ。
材料無しで料理を作れなんて、霞でも作るのかって話だからな。
「ない。普通ならあるが、つい先日別のに使っちまった。」
「少しは残しといてよ。」
「大口の依頼でな、街中のやつを無理言ってかき集めたんだ。しばらくは無理だろう。」
「ダマスカスで大口なんてあるの?」
「だから無いんだよ。俺だってあんなものを作ったのは初めてなんだ、金払いは良かったし悪い仕事じゃなかった。」
「そうか、無い物は仕方ない。」
「でも・・・。」
「良いものは手に入ったんだ、しばらく待てばまた修理してもらえるだろう。」
別に修理不可能と言われたわけじゃない。
材料が無いだけの話だ。
それさえ集まれば修理してもらえるだろう。
「酒までもらったのに悪いな。」
「いやいいえ、また次回宜しく頼む。」
「材料がそろったらエリザに伝える。だがなぁ、今は深く潜るやつがいないんだ。」
「ダンジョンで手に入るのか?」
「そうだ。」
「この時期は皆お酒飲むから深く潜らないのよ。あ、私も潜らないわよ?」
酒を飲みたいから深く潜らない。
どれだけ酒好きなんだよ。
エリザに潜らせようかと思ったが、先を越されてしまった。
「なら9月に入ってからだな。」
「それか隣街に行くかだ。ここのは使い果たしたが向こうにはそれなりに在庫はあるだろう。」
「結局そうなるのか。」
「何の話だ?」
「いや、こっちの話だ。忘れてくれ。」
「もし隣町に行くのなら買い付けていてもらっても構わない。在庫不足は俺も不安だからな、それなりの値段で買わせてもらうぞ。」
つまり行商しろという事だ。
よっぽどの用事が無ければ行くつもりは無かったが・・・。
これはいかなきゃならない流れになって来たな。
「とりあえず今日は帰る、これは預けていって構わないか?」
「別にいいが直せないぞ?」
「渡しておけば次回はエリザ無しでも会えるだろ。」
「それもそうだな。預かっておく。」
通常は一見さん御断りの工房だ。
だが物を預けているとなれば話は別、ギルドを通さなくても問題ないだろう。
マートンにお礼を言って店を出る。
はてさてどうするべきか。
「行くの?」
「とりあえず考える。店もあるし、行くからには儲けを出したい。」
「そういうと思ったわ。」
「そっちも調べてるんだろ?」
「まぁね、ダンが捕まらないから詳しくは聞けてないけど多少は調べがついてるかな。」
「それとミラの結果次第だな。」
観光に行くわけではない。
行くからにはやっぱり稼がないとな。
せっかく紹介してもらったのに直らなかったのは残念だが、決して無駄ではなかった。
良い職人との縁は何物にも代えがたい。
今後も色々と利用させてもらおう。
どうするか思案しながら腕に絡みついてくるエリザを引きずるようにして店へと戻るのだった。




