123.転売屋は業者と知り合う
お陰様で翌週にはいつも通り仕事が出来るようになった。
無理やり店に出た当日はミラからものすごい目で睨まれてしまったが、俺が梃子でも動かないと悟ると何も言わなくなった。
身体を動かすようになって回復が早くなった気がする。
やはり寝たままだと腹も空かないし、食事をしっかりしないと元気が出ないんだよな。
食べる時は食べる、休む時は休む。
ちなみに羊男が持ってきた果物はどれも美味しく、翌日にはきれいさっぱり無くなってしまった。
この辺りでは見かけなかった果物もあったので、また是非手配しようと思う。
「なぁ、取り寄せってどうやってるんだ?」
「取り寄せ?」
「この街にない物も沢山あるだろ?そういうのはどうやって手配してるんだ?」
元の世界であれば現地に行かなくても通信販売で手に入れることが出来たが、この世界にそれは無い。
どうしても必要な物とか出てきたらどうしてるんだろうか。
基本は取引板を使うと思うが、それだと非効率過ぎる。
「問屋さんにお願いをして手配してもらうか、冒険者にお願いをするかですね。」
「やっぱりそうなるのか。」
「何か欲しいのがあるの?」
「いやな、この前食べた果物がおいしかったからまた食べたくなった時にどうすればいいのかと思っただけだ。」
「美味しかったわね。」
思い出すだけでよだれが出てくる。
金に物を言わせて買いあさることは出来るが、方法が無いんだ。
「護衛とかで街の外に出る冒険者に頼むってのが多いんじゃない?隊商にお願いしてもいいけど、あっちこっち行ってから戻ってくるから生ものは頼めないのよね。」
「それか自分で買いに行くかだな。」
「お店は私とアネットさんで見ておきますので問題ありません。」
「行くなら店を休んで全員で行くべきだろう。」
「えぇ!シロウがお店を休むの!?」
「この前の一件もあるし、定期的に連休を取ればそれも可能だろう。そんな言い方をするんだ、エリザは留守番だよな?」
「行く行く、行きます!」
「エリザ様がご一緒でしたら護衛を雇う必要もありません。隣街でしたら馬車の手配だけで大丈夫でしょう。」
流石に歩いていくわけにはいかないからな。
馬車なんて観光地で乗ったことがある程度だ。
ちょっと、いやかなり気になる。
どんな乗り心地なんだろうか。
「じゃあさ、いつ行く?」
「八月は予定がいっぱいだから九月になってからだな。」
「そうですね。アネット様は製薬でお忙しいですし、一段落してからがよろしいかと。」
「九月かぁ、隣街って事はお魚が食べれるね。」
「そうですね。あそこは海が近いですから。」
海か。
この前食べた魚も美味しかったが、また新しい魚が食べられそうだな。
一泊程度じゃ堪能できないかもしれないが、何度か足を運べばいいだろう。
ここでは手に入らない品もあるはずだ。
新しい仕入れ先を探す意味でも面白いかもな。
「シロウ様、今お仕事の事を考えられましたね?」
「何のことだ?」
「あれでしょ、そこにしかない珍しい物を仕入れて来ようとか考えたんでしょ。」
「そんなことないぞ。」
「嘘ばっかり、だって楽しそうな顔してたもの。」
「シロウ様はすぐ顔に出ますから良くわかります。」
そんなにすぐ顔に出ているだろうか。
結構ポーカーフェイスは上手い方だと思うんだが。
ちょっと気を引き締めた方がいいかもしれない。
「別に駄目だとは言わないけど程々にしてよね。せっかくのお休みなんだから。」
「わかってる、わざわざ倒れるようなことはしないさ。」
「でも私も仕入れに関しては賛成です。隣町でしか手に入らない物は高値で取引されていますから、馬車代は十分に稼げることでしょう。」
「もぅ、ミラまで何言うのよ。」
「もちろん逆も然りです。ここでしか手に入らない物、それこそダンジョン産の素材なんかは高値で売れるでしょう。それに関しては取引所で調べておきます。」
「私もギルドで聞いとくね。」
「頼んだぞ。」
俺が何をしたいかを理解してからの動きはさすがだな。
ミラはともかくエリザもそれが分かるようになってきたようだ。
有難いねぇ。
と、カランカランとベルが鳴り客が入って来た。
エリザが素知らぬ顔で店の奥へと入って行く。
気を利かせているんだろうが、客からしたら何事かと思わないだろうか。
「こちら、買取屋で間違いないですか?」
「そうだが、客か?」
「いえ、お客ではないんです。今お時間良いでしょうか。」
入ってきたのは眼鏡をかけた小柄な女性。
だが歳はそれなりにいってそうで、目じりに少ししわが見える。
綺麗に隠しているんだろうが、見えるのは仕方ないよな。
「営業なら他を当たってくれ。」
「そう仰らずに、悪いお話ではないと思うんです。」
「それを決めるのは俺だ。まぁいい、暇だし話とやらを聞かせてもらおうか。」
客が来たら帰ってもらえばいいだけの話だ。
ありがとうございますと頭を下げてから女性は店内へと入って来た。
こういうのはポイント高いよな。
「ミラも横で聞いておいてくれ。」
「畏まりました。」
「初めまして、私こういう者です。」
差し出された名刺(もしかするとこの世界では初めてかもしれない)を受け取る。
何々、代理輸送業?
「各町を移動してご指定の品を目的地まで運ぶお仕事をしておりますアインと申します。」
「宅配便か。」
「普通は輸送ギルドを使用しますが、こちらの方のように個人で行っておられる方も稀におられます。でも女性の方は珍しいですね。」
「当店は迅速かつ安全な輸送をモットーとしており、専属契約を結んでおります冒険者も多数おります。必ずやご満足いただけるお仕事をさせていただきます。」
「一つ質問なんだが。」
「なんでしょう。」
眼鏡をこめかみの横でくいっと持ち上げて返事をする。
ってかこの世界にも眼鏡あるんだな。
「買取をしている店に何で入って来た?販売ならともかく客が自分で来る買取屋に輸送もへったくれもないだろう。」
「最初はそう思いました。しかしながら、この街だけで事業を拡大するのは難しいはず、隣町などで商売をされるのであれば商品の輸送は必要不可欠です。その点当店にお任せいただければ安心して商品を目的の場所まで運ぶことが出来ます。」
「そうだな、拡大するのであればそう言った事も必要だろう。」
「さらに言えばこちらのお店は近隣の街でも噂に上がるほどの有名店。遠方から来られたお客様から大量に輸送してくれと言われる可能性も高いでしょう。そんな時に当店をご利用いただければ信用を落とすことなくお届けさせていただきます。」
「ミラ、うちの店はそんなに有名なのか?」
「申し訳ありません。久しく街の外に出ておりませんのでそこまでの情報は・・・。」
「そう言う部分も含めて一度行くべきなんだろうな。」
井の中の蛙大海を知る。
今の所はこの街でも十分にやっていけるが、いずれその時が来るだろう。
ついさっきそう言う話をしていたわけだし、ちょうどいいと言えばちょうどいい。
「今なら初回利用時の代金を半額にさせていただいております。ぜひこの機会にご利用いただければと・・・。」
「残念だが今の所使う予定はないんだ。噂になっているかどうかはさておき遠方から来る客はいなくてね。」
「そうですか・・・。」
「だがそう言う業者があるという事が分かっただけでも収穫だ。探す手間が省けた。」
「そう仰っていただければ幸いです。」
「もしそういう機会があればそちらに連絡させてもらおう。どうすればいい?」
「冒険者ギルドのダンという冒険者に声をおかけください、すぐに私共に連絡が来ますので。」
「ダンだって?」
まさかの名前が出て来たので思わず大きな声を出してしまった。
「お知り合いですか?」
「あぁ、それなりに親しい間柄ではある。そうか、時々街の外に出ていたのはそれが理由か。」
「彼は当店創業時からのベテラン冒険者です。お知り合いという事であればより安全にお届け出来る事でしょう。」
「今度詳しく話を聞いておく。」
「よろしくお願い致します。お忙しい中失礼致しました。」
ペコリと頭を下げて営業は店を出て行った。
まさかこんな所でつながりがあるとはなぁ。
ダンジョンと護衛の二足の草鞋をしていたのか。
「最近あまりダンジョンに潜ってないみたいだし、そっちに鞍替えしたのかもしれないわよ。」
「結婚したし安定した収入を取ったってわけか。」
「空き時間にダンジョンに潜れば仕事がない時でも稼げるし、悪くないと思うわ。」
アイツはあいつなりに考えているんだなぁ。
いくら覚悟をしているとはいえ危険が少ない方がリンカも喜ぶだろう。
「ミラ、輸送ギルドもあるって言ってたよな?」
「はい。運びたい荷物があるのであれば、まず輸送ギルドに依頼するのが一般的です。ギルド間の連携が出来ていますから、護衛任務がギルドに張り出されスムーズに輸送がなされます。」
「だがさっきのような個人事業主もいると。」
「ギルドとの連携が取れない分時間がかかる場合が多いのですが、先ほどの話だとあらかじめ冒険者と契約する事でその問題を解消しているようですね。それに、固定の冒険者の方がノウハウが蓄積されている分安心して任せる事が出来ます。初心者に当たって荷物に何かあったら大変ですから。」
「なるほどなぁ。エリザ、護衛依頼ってのは難しいのか?」
「モノと場所に寄るかな。隣町程度なら初心者でも行けるけど、場所によっては強い魔物も出るし限られた場所で戦わないといけないから難しい場合もあるの。私はそう言うの嫌いだから受けたことないけど。」
脳筋だもんな。
もし隣町に行って何か運ぶことになったら利用させてもらうとしよう。
ゼロから探すよりも知っている業者があった方が何かと動きやすい。
「隣町にいく時に馬車に便乗できるのか聞いてもいいかもしれませんね。エリザ様が一緒であれば護衛も兼ねる事が出来ますから受けてくださるかもしれません。」
「馬車を借りるよりも安上がりか。成程な。」
「それも秋になってから。あー楽しみだなぁ。」
それから次の客が来るまででエリザとミラが楽しそうに話しているのを半分寝ながら聞いていた。
女ってホント食べ物の話が好きだよな。




