119.転売屋は提案される
八月になった。
夏本番という感じで毎日暑い。
が、元の世界程ではないので何とかやっていけている。
欲を言えば冷房を付けて寝たいが、湿度は低めなので風さえくれば何とか寝れる。
周りに何もないだけあって風は良く抜けるのがこの街の良い所だよな。
土埃って感じでもないし。
窓を開けて寝ればいいのだが、この時期は酔っ払いの声がうるさいんだ。
今月末には飲み比べ大会があるらしく、誰もが練習に余念がない。
「うー、飲み過ぎた。」
「そりゃあれだけべろべろになって帰って来たらそうなるだろ。」
「でもアネットの薬があるから大丈夫、今日も頑張って飲む。」
「酒ってのは楽しんで飲むもんじゃないのか?」
「楽しいよ?楽しいから飲み過ぎちゃうの。」
それで毎日ぐでんぐでんになっていると。
いいねぇ幸せそうで。
「薬の生産は追いついているか?」
「お陰様で順調です。少し余裕があるぐらいでしょうか。」
「これ以上仕事を詰め込むなよ、余裕がある方が動きやすいんだ。」
アネットの場合は緊急の製薬依頼があるからな。
人の生き死にに直接かかわるほどではないが、今や街ではなくてはならない存在になっている。
稼ぎもなかなかなので思った以上に早く買った金額は取り戻せそうだ。
それを考えると、奴隷になる前ってどれだけ稼いでたんだよって思うよな。
中々の利益率だが、素材の手配から注文販売まで全部自分ですると結構大変なんだろう。
「シロウ様、今日はシープ様とニア様がこられる日ですのでお出かけにならない様お願いします。」
「そういえばそうだったな。で、何しに来るんだ?」
「冒険者ギルドとの折衝でしょ?」
「あぁ、そんな話だった気がする。」
「最近ではギルドよりもこちらに素材を持ち込む方が増えましたので、その辺りの意見交換と伺っております。」
「意見交換と言いながらの警告だろうな。」
俺が店を開けて八カ月。
本来であればギルドで上げられるべき利益が俺の所に流れてきている。
もちろん俺もギルドに貢献するべくギルドを通じて調達するようにはしているが、それでも絶対数が違うのだろう。
俺が儲かれば街が儲かる。
でもギルドが儲からなくなると運営に支障が出る。
その辺のバランスを取るべく話し合いをしようじゃないか。
そんな所だろう。
俺としては喧嘩をしたいわけではないのである程度の譲歩はするつもりだ。
だが必要以上の要求にこたえる気はない。
俺にも生活がある。
奴隷二人と居候一人を食わせて行かないといけないしな。
結構金もかかるんだ。
ま、それ以上に儲けているけど。
「来るのは昼だろ?」
「そう伺っております。」
「じゃあそれまでマスターの所に行ってくるわ。」
「三日月亭ですね、かしこまりました。」
「何しに行くの?」
「ちょっとな。」
店をミラに任せて三日月亭へと足を向けた。
「俺を知恵袋か何かだと思ってるんだろ。」
「違ったか?」
「俺はお前の父親じゃないぞ。」
「俺だって父親になってもらった覚えはないな。」
「ったく、あー言えばこう言いやがって。で、お前はどうしたいんだ?」
「できるだけ穏便に済ませたいとは思っている。別にギルドと喧嘩したいわけじゃないんだ、だが自分の稼ぎも減らしたくない。」
なんだかんだ言って話を聞いてくれるのがマスターなんだよな。
ありがたいねぇ。
「それは我儘ってもんだろ。どこかで妥協は必要になるぞ。」
「それもわかってる。だから必要な素材はできるだけギルドに依頼するようにしてるんだ。それでも冒険者がうちを選ぶ分にはどうしようもないだろ?」
「最初みたいな販促も打ってないんだろ?」
「最近はおとなしくしてるさ。するとしても一角亭の食事券ぐらいだな。」
「それならまぁ何とかってところか。質屋はあってもお前のような仕事はこの街になかったからな、今後もこういう問題は出てくるだろう。良いじゃないか、いきなり買取禁止を言い渡されるよりかは。」
「まぁな。それなりに顔は利くようになったし、この街に貢献しているつもりでもいる。」
この街で商売するにあたって一番評価されるのはどれだけお金を落としたかという貢献度だと副長の奥様アナスタシア様が言っていた。
それさえクリアしていれば多少のことは目を瞑ってくれる。
そんな風に考えていたんだが、実際は今回のようにギルドが出てくることになった。
うーむ、何かいい方法はないか。
「まだどういう話かも聞いてないんだろ?とりあえず聞いてから考えたらどうだ?」
「・・・そうだな。」
「射る前から怯えてちゃ弓もひけないぞ。」
「ははは、確かに。」
それもそうだ。
ギルドが来ると聞いてつい構えてしまったが、まだどういう話かは聞いていない。
もしかすると新しい注文かもしれないし、今俺が悩む必要はないだろう。
「とりあえず戻るわ。」
「おぅ、それとエリザに言っといてくれ『戻らないなら荷物をどけろ。』ってな。」
「追い出すのか?」
「そうしたら俺が稼げる。来るかもわからない奴の為に部屋を空けるのはもったいないだろ?」
「まぁ金を払っているとはいえ邪魔だよな。」
「そういう事だ。その代わりに飯は食わしてやる、お前もな。」
「今度食べにくるよ。」
俺が部屋代を前払いし、エリザがその部屋に泊まっていたのだが最近はずっとウチで寝泊まりしている。
戻ってこないなら戻ってこないで新しい客を取り込めることを考えれば、さっさと出て行ってほしいと思うのが普通だろう。
返金はしないが飯は食わせてやる。
マスターの心意気に感謝だ。
「まぁ、なるようになるさ。」
帰り際にそんなことを言われ、返事代わりに手を上げて店へと戻った。
「今回来たのは他でもありません、冒険者ギルドより買取品の扱いについて苦情・・・というよりも意見交換の申し出がありましたので今回は仲介として参りました。」
あ、やっぱりそういう話ね。
世の中上手くいかないものだ。
「意見交換?」
「現在シロウさんのお店では冒険者ギルド同様に魔物の素材を買取されていますよね?」
「あぁ、必要な素材は買取させてもらっている。だがギルドよりも安価に設定しているし、固定買取品の決まりも守っているぞ。」
「不文律ながらこの街の決まりに賛同いただき感謝しております。」
「だが、その現状では困るからここに来たんだよな?」
「ニア、説明してください。」
昼になり予定通り冒険者ギルドからニアさん、ギルド協会から羊男がやってきた。
店頭で話すのはあれなので二階に上がってもらっている。
「実はですね、シロウさんが買い取りを始めてから冒険者ギルドで扱う素材の量がかなり減ってまして。その結果、本来でしたら必要なところに卸せるだけの品が集まらず別途調達しなければならない事になっているんです。」
「続けてくれ。」
「このままではこれまで利用してくださっている各方面の方々に迷惑が掛かってしまいますので、我々としては買取量を削減していただくもしくは制限していただけないかなと考えているのです。」
ふむ。
概ね理解した。
用は俺が買い取りし過ぎたせいで今までギルドが卸していた先に必要数を卸せなくなってきたと。
今は別の方法で何とかなってきたが、これが続くと取引先に迷惑が掛かるから買い取りを控えてくれ、って事だな。
「話は分かった。だがそれはそちらの都合であって、俺は全く悪くないよな?必要数が集まらないのであれば買い取り価格を上げるなりして確保すればいいんじゃないか?」
「シロウさんの言い分はもっともです。ですが値上げをすれば利益が減り、ギルドの運営に支障が出ることは目に見えています。ギルド協会としては健全な運営をして頂く為にもここはシロウさんにご協力いただけないかと・・・。」
「それは公平なのか?」
「現状では公平とは言えませんね。」
「そうだろう。公平を重んじるのであればそうなる何かを提示してくれ。それであれば考えなくもない。」
収集している以外の素材に関しては倉庫に一纏めにして後日ギルドに卸すようにしているので、ギルドよりも安い値段で買い取っている分多少でも利益が出ている。
だがそれを辞めるわけなんだから減った利益を補填するのが筋というものだ。
もちろんそれはわかっているんだろうけど・・・。
さぁどう出てくる。
「やはり減らすだけではだめですか。」
「減らすのは問題ない。だがそれでは足りないだけだ。」
「ですよねぇ。」
「お互い知らない仲じゃないし、そっちの状況も理解しているつもりだ。俺が買い取らない事でそっちが健全な運営をできるのであれば協力するのもやぶさかではない。だが、それとこれとは話が別なんだよ。高い税金を払う為にも、稼げるのであれば稼ぎたいというのが本音だ。」
「それはごもっともです。そこで、こういうのはどうでしょうか。」
話を聞いていた羊男が一枚の紙を取り出した。
「拝見しよう。」
受け取りざっと目を通す。
ある行に来た所で同じところを二度見いや三度見してしまった。
「本気か?」
「公平性を取るのであればこうあるべきだとギルド協会は考えています。」
「固定買取は俺がアンタにしょっ引かれたこの街の不文律だ、それを俺だけが犯すってのは間違いなく文句が出るだろう。」
「あくまでも許可するのは一品目だけです。シロウ様が抱えておられる奴隷、アネット様が一番使うであろう物だけ固定買取を免除します。」
「それが街の利益になるからといって、本当にやって大丈夫なのか?」
「もちろんシロウ様の所に買い取りが集中し、結果として我々に供給不足が出た場合は従来の固定買取価格で買い戻させて頂きます。が、その場合は差額がでますので現金で支払う事をお許しいただきたいのです。」
書類に書かれていたのは『薬草の固定買取を免除する』という内容だった。
俺がこの街に来て一番最初に取り掛かった商売だ。
もちろん固定買取の制度を知らなかったので、即刻この羊男にしょっ引かれたけどな。
銅貨15枚で買取する薬草を銅貨17枚で買い取ればほとんどの冒険者はこちらに売りに来るだろう。
冒険者だけじゃない、一般市民も売りに来る。
そうなればたちまちギルドは薬草不足になるだろう。
それを見越したうえでこの提案を受けている。
それはすなわち薬草で失う利益よりも素材で得る利益のほうが大きいということだ。
言い換えれば薬草の買取は冒険者以外からでも代替が利くのだろう。
それこそ他の街のギルドから輸送してくるとか。
だがまさかこんな提案を受けるとは想像していなかった。
うぅむ、どうしたものか。
「少し考えさせてもらってもかまわないか?」
「即決していただけませんか?」
「提案は非常に魅力的だ。だがそれで本当に利益を伸ばせるのか、薬師とも話をしたい。」
「いつまで待てばよろしいでしょう。」
「一晩でいい、かまわないか?」
「それであれば待ちましょう。良い答えを期待しています。」
「シロウさん、どうぞよろしくお願いします。」
夫婦ともども頭を下げて二人は下に降りて行った。
それを見送ってから、ソファーにドカッと身を投げ出す。
あー、疲れた。
予想通りの展開と予想外の提案。
さて、どう片付けるかな。
下から聞こえてくるミラとエリザの声に耳を澄ませながら俺は考えをめぐらすのだった。




