108.転売屋は夏を感じる
七月も半ば。
四季はあるものの、そんなに暑くなり過ぎないそう聞いていたはずなんだが・・・。
「あっちぃな。」
「暑いですね。」
店番をしながら予想以上の暑さにぐったりとしていた。
涼しい顔をしながらもミラの顔にも汗がにじんでいる。
エアコンなんて便利な道具は無いから団扇でしのいでいるが、熱風が来るだけでそんなに涼しくならない。
玄関を開けて風通しを良くしても風が無いんじゃ意味がないな。
「いつもこんなに暑いのか?」
「いえ、普段はもう少し涼しかったかと。寝苦しい日もあまりなかったように記憶しています。」
「昨日暑かったよな。」
「それはくっついていたからではないでしょうか。」
「なら今日から離れて寝よう。」
「それとこれとは話が別です。」
「可愛い奴め。」
暑いとヤる気も無くなるって?誰だよそんなこと言ったやつは。
ちょっと出てこい。
横に座るミラがペタッと肩に頭をのせてくる。
うーむ、気化熱で少しひんやりしてるな。
「そうだ、良い事思いついた。」
「どうしました?」
「タライあったよな。」
「倉庫にあります。」
「ちょっと取ってくる。」
裏口から裏庭へ、そして倉庫へと移動する。
中は蒸し風呂のような状態だった。
これ、中の素材とか傷んだりしないんだろうか。
そんな事よりもまずはタライだ。
丁度いい感じの金タライが三つあったのでそれを持って店に戻る。
台所で水を入れ、ミラの足元に置いてやった。
「ありがとうございます。」
「ローカルなやり方だが少しはましマシだろう。」
「そちらは?」
「アネットにな。」
蚤の市で受注した大量の薬を作るために頑張っているのだが、一番屋根に近い場所だけあってあそこはかなりの暑さになっている。
放っておくといつまでも製薬し続けるから、時々様子を見に行かなければならない。
まったく困ったやつだ。
タライを持って三階まで上がると案の定中々の熱気になっていた。。
換気のため窓は開けているが空気が入れ替わっている様子はない。
「アネット、そろそろ休め。」
「あ、ご主人様。」
ゴリゴリと何かをすりつぶしていたアネットが顔を上げる。
その顔はびっしょりと汗で濡れていた。
「ほら、これに足を入れろ。」
「でも・・・。」
「でももへちまもあるか。それで少し体を冷やして水分を取れ、これは命令だ。」
「わかりました。」
やっと手を止め靴を脱ぎ始める。
その間に台所に戻り水をもって上に戻るとタライに足を入れ幸せそうに表情を崩すエキゾチック美人がいた。
いいねぇ、絵になるねぇ。
「ほら、これも飲め。」
「何から何までありがとうございます。」
「うちの大切な稼ぎ頭だからな、元を取る前に倒れられても困る。」
「せめて風が出てくれたらいいんですけど・・・。」
「送風機的な物はないのか?」
「魔道具であればあるかもしれませんが、かなりの値段になると思います。」
湯沸かし用の魔道具や冷蔵用の魔道具があるんだから送風用の魔道具があっても良いと思うのだが、生憎この街には魔道具を作る職人はいない様だ。
買うとなると高くなるだろうし、自前で作るのも難しい。
せめて氷でも作れれば部屋が冷えるんだがなぁ。
「氷は買えないのか?」
「買えますよ。」
「なに?」
「この時期でしたらダンジョンから持ち帰ったやつが売りに出されると思います。今年は暑いですからすぐに売り切れるのではないでしょうか。」
「どこで売ってるんだ?」
「冒険者ギルドの管轄だったかと思います。」
「一休みしたら下に降りて飯を食え。準備してある。」
良い事を聞いた。
そのまま下に降り、ミラに一声かけてから店を出る。
いつもなら人通りの多い時間にもかかわらず、歩いている人は疎らだ。
暑さを逃れて別の場所に避難しているんだろう。
出来るだけ日陰を通ってギルドに向かったが、到着する頃には汗だくになってしまった。
「おぉ、涼しいな。」
「あ、シロウさんいらっしゃい。」
「ここは随分と涼しいんだな。」
中に入った途端明らかに空気が違った。
まるでエアコンの利いた部屋に入ったような感覚だ。
同じ街にいてここだけ涼しいわけがない。
何かカラクリがあるんだろう。
「さっきまで氷を売っていたのよ。」
「あぁ、ギルドで買えるって聞いてきたんだがもう売り切れたのか。」
「昨日から切り出しを始めたんだけど、今年は暑いからかすぐ売り切れちゃって。」
「切り出し?」
「ダンジョンに氷壁があるの。それしかないから普段は近づかないんだけど、この時期だけは依頼を出して冒険者に切り出して貰ってるのよ。」
「それは涼しそうだなぁ。」
「むしろダンジョン内は氷点下ですし長時間いると凍傷になるぐらいだから、結構過酷かな。」
氷点下はさすがにあれだな、涼しいを通り越して寒いいや痛い。
そんな中氷を切り出してくるとは、中々に重労働だ。
「一ついくらで売ってるんだ?」
「小売なもので銅貨50枚大きいので銀貨1枚。」
「それはまた強気だな。」
「仕方ないわ、最近じゃ受けてくれる冒険者も減ったからどうしても経費がかさむの。」
商売をする上で一番のネックは人件費だ。
俺の場合は個人でやっていたから気にならなかったけど、人を使うとどうしても高くなってしまう。
ミラやアネットを買うのにお金がかかっているからそれを値段に乗せる方法もあるのだが、ぶっちゃけやってられないので俺は加算していない。
ともかく人がいないと手配できないんだ、高くなるのは致し方ないだろう。
それに今年は需要が多くなる、供給量が少ないと必然的に値段が上がるのだ。
「ってことはだ、そっちの需要もあるわけだな。」
「あら、シロウさんが悪い顔してる。」
「人聞きの悪い事を言うな、俺は冒険者を増やしてやろうって言ってるんだぞ。」
「そうなの?」
「冒険者が増えない理由は依頼料ではなく環境の方だろう。ならそっちを改善してやれば増えるんじゃないか?」
「確かに仕事自体は簡単だし危険は少ないから・・・でもあの寒さよ?」
それにおあつらえの品をこの前蚤の市で仕入れたんだ。
冬までお預けかと思っていたが良い所で売れそうだな。
「ちょっと待っていてくれ、すぐ持ってくる。」
「何かわからないけど冒険者が増えてくれるなら、大歓迎よ。もっとも、値段次第だけど。」
「それは後で相談だな。」
何はともあれ現物が無ければ始まらない。
「たっだいま~。」
「あ、エリザお帰り。」
「これ頼まれていたやつね。」
「ウッドスネークの鱗、確かに受領したわ。早かったわね。」
「大変だったんだから色付けてよ。」
いい所にいい人材が帰ってきた。
立ってるものは親でも使え、知人ならなおさらだ。
「エリザお帰り。」
「あれ、シロウどうしたの?」
「依頼は終わったのか?」
「うん、後は代金を貰うだけだけど・・・。」
「じゃあ暇だよな、ちょっと付き合え。」
エリザの手を引っ張ってギルドの外へと向かう。
「え、どういう事?ちょっと待って、まだ依頼料貰ってない!」
「いいからいいから、すぐ終わるから。」
「も~なんなのよ~!」
エリザ程の力があればいとも簡単に離せそうなものだが、それをしない所がまた可愛らしい。
終始文句ばかり言うエリザをとりあえずキスで黙らせてから店に戻り、倉庫からブツを取り出して再びギルドへと戻る。
たったそれだけなのにまた汗をかいてしまった。
今日は水風呂にしよう。
「今戻ったぞ。」
「お帰りなさい二人共。」
「うぅ、ひどい目に合った。」
「それがとっておきのもの?」
「あぁ、耐寒の外套だ。全部で5枚ある。」
『耐寒の外套。これを身に着けるとある程度の寒さから身を守ってくれる。最近の平均取引価格は銀貨20枚、最安値が銀貨10枚最高値銀貨43枚最終取引日は67日前と記録されています。』
蚤の市で安く売りに出されていたのを買っておいたんだ。
時期的に不要なのか需要が無いのかはわからないが、五枚とも別々のお店で売られていた。
耐熱の外套が無いのが不思議だが、暑いのに外套を身に着けるやつがいないからだろう。
「五枚も、確かにこれがあればだいぶ楽になるわね。」
「これを貸し出せばそれなりに人は集まるだろう。そうすればここは儲かるし、俺も儲かる悪い話じゃないと思うぞ。」
「確かにそうだけど・・・おいくら?」
「五枚で金貨1枚。」
「高過ぎよ。」
即答されてしまった。
「これでも相場通りの値段なんだが・・・。」
「それでもそれだけの利益を還元しようと思ったら夏が終わっちゃうわ。」
「この需要なら十分に元が取れるだろ?」
「じゃあシロウさんがやればいいじゃない。」
お、そう来たか。
一回でどれだけの数を持って帰って来れるかはわからないが、金額次第ではいい利益が出るんじゃないだろうか。
仕入れるのは俺だが持ってくるのは冒険者だ。
楽して金が入るのならやらない手はない。
「なんだギルドの専売じゃないのか?」
「別に専売じゃな・・・ううん、専売よ、今決めた。」
「おいおい。」
「だってシロウさんがやったら絶対に利益を出すでしょ?そしたらうちの儲けが無くなるわけで、かつ他所で売られたらこの快適さが無くなっちゃうわ。」
なるほど、そっちがメインか。
なかなかずるがしこい女だ。
流石羊男の嫁さんって所だな。
「で、どうする?」
「もうちょっと何とかならない?」
「そうだなぁ・・・銀貨70枚、その代わりこれから9月まで毎日大きい方の氷一本ってのはどうだ?」
「割高だけど次の夏も使えるし、いざとなったら冬もつかえるわね。」
「そういうこと。」
「仕方ないわ、この快適さを失うぐらいならそれで手をうちましょう。」
よし!これで少しは快適な空間が手に入るな。
「ねぇねぇどういう事?」
「多少は涼しく過ごせるって事だよ。」
「確かに暑いけどそんなのダンジョンの中にいたらいいんじゃない?」
「「・・・。」」
これだから脳筋女は。
珍しく俺とニアさんが同じ事を考えた瞬間だった。
ほんと、これだから脳筋女は。
「え、え、なに?なんなの?」
「なんでもねぇよ。さっさと依頼料貰って帰るぞ。」
「ちょっと、シロウ!ねぇニア、どうしてそんな顔なの?ねぇってばぁ!」
エリザの困惑した声がギルドに響く。
長い夏はまだまだ終わりそうにない。




